NEXT 未来のために「どこまでも遠くへ〜義足のジャンパー 限界への挑戦〜」 2015.12.03


事故で右足を失い生きる希望をなくしていた14歳の少年。
9年後ロンドンパラリンピック走り幅跳びで金メダルを獲得しました。
彼の名はマルクス・レーム。
限界に挑み続ける義足のジャンパーです。
今年10月。
レーム選手は世界に衝撃を与える記録を打ち立てました。
8メートル40センチ。
ロンドンオリンピック金メダルの記録を上回るジャンプ。
障害者が初めてオリンピックの記録を超えたのです。
健常者と同じ舞台に立ち自分の力を証明したい。
リオデジャネイロ・オリンピックへ向けて進み始めたやさきレーム選手は大きな壁に直面しました。
突然のルール変更でした。
限界に挑みより遠くに跳びたい。
義足のジャンパーマルクス・レーム選手の挑戦の日々を追いました。
ドイツ西部ライン川沿いの工業都市レバークーゼン。
マルクス・レーム選手は今年27歳。
趣味のスケートボードを軽快に乗りこなし毎日練習場へ向かいます。
朝9時トレーニングのスタート。
所属しているのは陸上競技の一流選手が集う名門のクラブチームです。
週4日から6日3時間近くみっちり練習します。
筋力トレーニングはチームのオリンピック選手とほとんど同じメニューをこなします。
レーム選手は右足の膝から下がありません。
バランスをとる訓練を重ね不安定な台の上でもふらつく事はなくなりました。
ジャンプをする時は競技用の義足に履き替えます。
重さ1キロ。
丈夫なカーボンファイバー製です。
レーム選手が踏み切るのは義足をつけている右足。
左足とほとんど変わらない足の運びで正確に踏み切ります。
車を運転する時もアクセルやブレーキを踏むのは義足の右足です。
今では自分の足と変わらない感覚があると言います。
レーム選手が右足を失ったのは14歳の時。
ウェイクボードの練習中でした。
ボートのスクリューに右足を巻き込まれたのです。
しかし2年後にはもうウェイクボードの第一線で活躍していました。
事故の前にはできなかったジャンプの大技を身につけ全国大会で2位になりました。
類いまれなジャンプ力が陸上関係者の目に留まりました。
走り幅跳びの選手になって僅か3年。
ロンドンパラリンピックで金メダルを手にしました。
その後も自らの限界に挑み次々と記録を伸ばしていきました。
パラリンピックの次の年健常者のトップレベルとされる8メートル台にあと5センチまで迫りました。
去年7月レーム選手はついにドイツ陸上界の頂点に立ちます。
国内ナンバーワンを決めるドイツ選手権。
レーム選手は陸上連盟に働きかけて出場を認められました。
元オリンピック代表選手を抑えて初優勝。
レーム選手が跳んだ8メートル24センチはドイツの公式記録と認められオリンピックパラリンピック両方でのメダルに期待が高まりました。
レーム選手はチャンピオンとして再び出場するドイツ選手権に向けて準備を進めていました。
ところが大会直前思わぬ事態が起きました。
きっかけはある新聞記事。
去年レーム選手に敗れた選手たちが「義足が有利に働いた」としてタイトルの剥奪を申し立てたというのです。
これを受けたドイツ陸上競技連盟の見解です。
今年レーム選手が勝っても去年のようにチャンピオンとして表彰台に立つ事はできません。
大会3日前レーム選手は記者会見に臨みました。
レーム選手のタイトル剥奪を申し立てた元オリンピック代表選手も一緒です。
レーム選手の発言に注目が集まります。
大会当日。
レーム選手を目当てに大勢の観客が集まりました。
上位の選手はオリンピックにつながる世界選手権の代表に選ばれます。
しかし去年のチャンピオンレーム選手にその資格はありません。
レーム選手の記録に異議を申し立てた元オリンピック代表選手。
レーム選手は3回目の跳躍まで7メートル台にとどまっていました。
観客の手拍子の中4回目。
(拍手と歓声)誰よりも遠くに跳びました。
(拍手と歓声)
(拍手)競技終了後。
レーム選手はたった一人で表彰台に上がりました。
記録は参考記録です。
(拍手と歓声)メダリストの表彰式。
元オリンピック代表選手を含む2人が世界選手権への切符を手にしました。
レーム選手は自分の力では乗り越えられない壁に突き当たりました。
観客の祝福に笑顔で応えるレ−ム選手。
どんな逆境にあっても同じ立場の人たちを励ましたいとの思いがあります。
ふだんレーム選手は義足を調整する技師として働いています。
ウェイクボードの選手だった頃度々自分で義足を修理した経験が役立ちました。
事故や病気で足を失った人たちを支えたい。
一人一人の状態に合わせてきめ細かい対応を心がけています。
ドイツ選手権から1か月。
レーム選手はオリンピック出場を諦めていませんでした。
レーム選手は2年前から同じモデルの義足を使い続けています。
競技用の義足は年々性能が高まっていますがあえて変えていません。
ドイツ選手権のあと調子を落とし8メートルを超える記録を出していません。
踏み切りのタイミングがうまく合わないのです。
原因は助走の歩数を増やした事にありました。
以前は踏み切るまで17歩。
それを去年から21歩にしています。
歩数を増やす事で助走の速度を上げてより遠くに跳ぶねらいです。
しかしスピードを上げた事で踏み切りが難しくなっています。
どの位置からスタートすればスピードにのって正確に踏み切れるのか。
一回一回印をつけて走りだす位置を確認していきます。
「オリンピックに出たい」。
ミリ単位の調整を続けていました。
レーム選手の望みを断ち切る知らせが届きました。
国際陸上競技連盟がオリンピックの選考レースが本格化する前に義足の選手の参加資格について見解を示しました。
オリンピックなどの国際大会に出るためには「義足の反発などが有利に働いていない事を選手自ら証明せよ」というのです。
背景の一つに義足の性能が急速に上がり障害者の競技力が飛躍的に伸びた事がありました。
例えば100メートル。
今年アメリカの選手が10秒61を記録。
世界記録との差は僅か1秒。
義足の性能を調べるべきだと声が上がっていました。
義足が有利に働いていない事を証明しない限りオリンピックをはじめとする全ての国際大会に出られなくなりました。
義足の検証には数千万円もの費用がかかります。
自分で証明しろと言われてもどうすればいいんだ。
10月下旬中東カタール。
レーム選手は障害者の大会に出場する事になりました。
ドイツ選手権以降まだ8メートルを超えていません。
この日自己ベスト8メートル29センチの更新を目標に競技に臨みました。
1回目助走の距離を長めにとりました。
8メートル50センチを超える大ジャンプ。
ところが僅か数ミリ義足が踏み切り板を越えていました。
2回目ファールを避けて更に後ろに40センチ印をずらします。
踏み切り板を意識して慎重になり過ぎました。
3回目の跳躍。
今度は10センチほど前に位置を変えます。
記録は…。
8メートル40センチ。
(拍手と歓声)ロンドンオリンピック金メダルの記録を上回りました。
助走のスピード。
正確な踏み切り。
全てがかみ合いました。
空席の目立つスタジアムで静かに達成した歴史的ジャンプでした。
(拍手と歓声)オリンピックへの道が断たれたレーム選手には今目標があります。
それは来年6月オリンピック代表を決めるドイツ選手権に再び出る事です。
2015/12/03(木) 00:10〜00:40
NHK総合1・神戸
NEXT 未来のために「どこまでも遠くへ〜義足のジャンパー 限界への挑戦〜」[字]

走り幅跳びのマルクス・レーム選手は右足が義足。10月の世界選手権で、ロンドン五輪金メダルの記録を超える8m40cmを跳んだ。義足のジャンパーの挑戦に迫る。

詳細情報
番組内容
陸上・走り幅跳びのマルクス・レーム選手(ドイツ・27歳)は右足が義足のジャンパー。10月の障害者陸上世界選手権で、ロンドン五輪金メダルの記録を超える8m40cmを跳び、世界を驚かせた。義足で踏み切り、オリンピックを目指す選手にも負けない跳躍を見せるレーム選手。ドイツ国内では、義足が有利に働いているのではないかとの議論も起きている。逆風に正面から立ち向かうレーム選手の挑戦の日々に密着する。
出演者
【語り】藤本隆宏

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – スポーツ
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
スポーツ – マラソン・陸上・水泳

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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