悲劇の元力士・角田博且さん結婚 日航機墜落で恋人を失う
乗客乗員520人が亡くなった1985年8月12日の日航ジャンボ機墜落事故で恋人(当時20歳)を失った大相撲の元幕下力士・琴旭基(ことあさき)の角田博且(ひろかつ)さん(51)が4日、不動産賃貸業を営む横瀬美保さん(61)と結婚したことが分かった。同日、都内の区役所に婚姻届を提出した。事故から30年間、恋人のことが忘れられず独身を貫いてきた角田さんは、「天国の彼女も祝福してくれると思う」と喜びをかみしめた。(江畑 康二郎)
「ようやく新たな人生の第一歩を踏み出すことができました」。51歳の誕生日に婚姻届を出した角田さんは、美保さんと笑顔で見つめ合った。互いに初婚。このほど、2人は都内で結婚の記念写真を撮影した。ウェディングドレス姿の花嫁は「この年で照れくさいですが、うれしかった」と幸せいっぱいの表情を見せた。
出会いは、1985年。美保さんは、地方場所にも訪れるほどの大の相撲ファンで、当時、一眼レフカメラで多くの力士たちの取組の写真を撮って渡していた。その中に、佐渡ケ嶽部屋で入門4年目の角田さんもいた。「立ち合いの写真を撮ってくれる人はなかなかいないので、うれしかった」と角田さんは振り返る。
85年は角田さんの心に深い傷跡を残した年でもあった。8月12日、日航ジャンボ機が、群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」に墜落し、搭乗していた恋人を失った。交際1年余りで、互いに二十歳。角田さんの初恋だった。突然の別れで心の支えを失い、土俵では精彩を欠いた。幕下まで昇進したが十両以上の関取にはなれなかった。98年に引退。彼女を忘れることができず、これまで30年間独身を貫いてきた。
引退後は、彼女のふるさとに近い大阪でちゃんこ店を開店。「若くして亡くなった彼女のことを書き残しておきたい」と出版を考えるようになったが、店が忙しく、実現しなかった。2003年には、脳出血で右手足と言語機能に障害が残る悲劇に見舞われた。
止まった時計の針が、再び動き出したのは11年。3月の閉店を機に出版に向けて本気で考え始めた。4月に東京に戻ると、美保さんに電話した。「会って話したい」。突然の連絡に戸惑う美保さん。都内の喫茶店で「彼女の本を出したい」と相談され驚いた。予算が限られていたこともあり、自費出版を決めた。右腕が不自由な角田さんの代わりに、美保さんが聞き取り、文字に起こした。
12年7月、ようやく本の発行にこぎ着けた。タイトルは「元力士・琴旭基~運命を変えた日航ジャンボ機墜落事故、そして脳出血後遺症との戦い~」。約1年間、寝る間も惜しみ必死で手伝ってくれた美保さんに、角田さんは感謝するとともに、忘れかけていた恋愛感情が芽生えていた。「結婚してください」。自然なプロポーズに美保さんは優しくほほ笑んだ。
今年8月、角田さんは、病で足が遠のいていた御巣鷹山に登り、彼女の墓標に本を供えた。天国の彼女への結婚報告だった。「君の分も、美保さんとともに生きるよ」と手を合わせた。くしくも「彼女のための本」で結ばれた2人。挙式の予定はなく、静かに新たな暮らしのスタートを切る。「彼女が引き合わせてくれた気がします。きっと、祝福してくれると思います」
◆角田 博且(かくた・ひろかつ)1964年12月4日、東京都杉並区生まれ。51歳。堀越高校中退。82年2月、佐渡ケ嶽部屋に入門。しこ名は琴旭基。最高位は東幕下5枚目。98年夏場所で引退。同年10月、大阪市でちゃんこ料理店を開店。2003年10月、脳出血に倒れ1年間入院。11年3月に閉店。現在、都内で暮らす。
結婚・熱愛