テロが頻発する時代、各国がとるべき協調行動は何か。それは、自らの国内外を見つめる重層的で地道な取り組みである。単に、国外に敵を定めて武力行使をすれば済む話ではない。

 中東の過激派組織「イスラム国」(IS)に対し、英国がシリアでの空爆を始めた。ドイツも偵察機や艦船を派遣し、米国主導の有志連合への後方支援を担う方針を決めた。

 パリでのテロ事件後、フランスのオランド大統領は「戦争状態だ」と演説し、自ら空爆を強化している。英独も「戦争」に追随することで結束ぶりを示す狙いがあるとみられる。

 しかし、こぞって空爆の強化に走ることがテロに立ち向かう団結の証しのように考えるのは誤りである。むしろ、武力行使は極力抑制的であるべきだ。

 国家並みの軍事力を備え、住民らの虐殺や弾圧を続けるISに、一定の軍事的な対応はやむを得まい。だが一方で、空爆が過剰に広がり、各国の勝手な思惑で標的を選ぶ状態が続けば、戦乱を拡大するだけだ。

 空爆は、市民の巻き添えが免れない。単独で行動するロシアは、IS以外も爆撃している。いま必要なのは戦力増強の性急さより、空爆で何をめざすのかを問い直す冷静さだろう。

 市民の被害を抑えるために、空爆の対象や規模を欧米とロシア、トルコ、アラブ諸国も含めて細かく調整すべきだ。

 何より、ISを生んだ根源であるシリアの内戦を終わらせるため、当事者の各勢力を束ねて新たな政権像を描く政治的取り組みが不可欠である。その青写真がないままでは、軍事行動の最終目標も定義できまい。

 そもそもテロの撲滅をめざす努力は、「戦争」と呼ぶべきものではない。むしろ、警察、情報、金融、そして社会の融和などを総合した営みである。

 とりわけ今回のパリ事件の構図を考えれば、国外での軍事行動にばかり目を向けることは再発防止策とはいえない。

 容疑者の多くはベルギーやフランスで生まれ育った若者だった。武器も大半は欧州で調達されたといわれる。ならば、欧州社会の治安強化や過激派の解明に注力すべきだろう。長期的には移民らを包摂する社会のあり方も考えねばなるまい。

 社会的差別や武器の闇市場など足元のひずみを直視する国内の取り組みと、シリア問題の収束をめざす外交努力の両輪が必要である。

 国際社会が手を携えるべき喫緊のテロ対策を、武力の行使に単純化してはならない。