2015-12-05
『劇場版ガールズ&パンツァー』
- 『劇場版ガールズ&パンツァー』2015年
『ガールズ&パンツァー』全12話を楽しんだ人にとっては必見と言える作品で、12話分を受けたネタの数々が楽しめる。
逆に言えば、後述するようにこの劇場版単体で楽しめるような構成ではないので、まずはテレビシリーズ全12話を視聴した後で、シリーズの評価に応じて観に行くと良いと思う。
という訳で、この作品を「ネタバレ」なしで評するのはほぼ不可能で、かつ初見時の面白さをこの記事あるいはこの記事の関連情報が削いだとしても当局は一切関知しないので、以下の記述は劇場版一見の後でお読みいただきたい。
さて、御覧になっていかがでしたでしょうか。
いやー凄かったですね、ダージリンがホーカー・タイフーン戦闘爆撃機のみならず戦艦部隊まで持ち出しての大上陸戦。まあ巡洋戦艦フッドが大爆発するのはお約束でしょうか。
…という記述が大嘘だと分かった方のみ以下の記事をどうぞ。二重に警告しましたので、後は宜しく。
最初に問題点だけ触れておくとすると、物語全体の構造はほぼそのままテレビシリーズの踏襲で、はっきり言って同工異曲なのですね。最初のエキシビションマッチはシリーズ前半の、白熱しつつも和気あいあいなところがあった感じの部分と共通しているところで、次のパートで再び廃校の危機、そして廃校を防ぐための負けられない戦い、というのは全く以てテレビシリーズ後半と変わりません。劇場版後半は、これはもうテレビシリーズ11・12話と同じ展開になるな、と予想が出来て、そしてそれを全くひねることなく物語は終わっていきます。
従って物語の構造と主題だけを観れば、ちょっと余りにもひねりがないので、この作品で初めてシリーズに接するというのはお勧めできませんし、テレビシリーズの展開に不満の在った方にとっては全くの二番煎じが続くというのは耐え難いでしょうから、テレビシリーズよりも作品世界を広げて門戸を広げるような作品ではない、という明らかな問題点が存在します。
この問題点を問題点と思わない、テレビシリーズを許容した層にとっては、テレビシリーズの描写につながるネタが多く、テレビシリーズでは入れられていなかったネタが見れるという点で、支持層向けとしてはかなりの完成度を誇っているという訳です。
もう一つは、ガルパンというシリーズの更に外側の、軍事一般や往年の戦争映画に詳しい層にとっては、相変わらずマニア向けのネタがふんだんに取り入れられており、そういった層ならこの作品からテレビシリーズへという導入も、不可能ではないとも思います。
この作品を単体でオリジナルとして観るのではなく、メタな視点から観るというのが、この劇場版を楽しむための見方ということになるかと思います。
導入部はいきなりメタです。『トップをねらえ!』の「科学講座」風の描写にズッコケかけましたけれど、意外にこの作品の本質が現れた部分かもしれません。一見ソフトにテレビシリーズを観ていない層へ向けてこれまでのあらすじを振り返っているようで、これは本当のところはテレビシリーズを潜ったファン層に再び劇場版作品を提示するための導入という、メタな構造を反映していると言えそうです。
物語全体の構造はごく単純ながら、その下での展開・描写についてはかなり細かく練られていて、目まぐるしい動きと多くの登場人物を的確に捉えていることは、既に多くの評が述べているところです。
本編が始まってからの冒頭、ダージリンの一言から始まるエキシビションの状況説明も実に滑らかでした。
イギリスびいきとしては、最初の不可解なまでの防御から、一転知波単学園の余りの無能ぶりを軽くあしらう聖グロリアーナの老練さに、まず満足です。
タイトル部分、この作品のテーマ音楽を初めて聞いたとき明らかに『大脱走』調なのがとても嬉しかった身としては、インストで戦車道行進曲が流れている中を戦車が走行していくOPに、まず一安心。スタッフ名と各戦車のマークが写っていくという、昔の戦争映画のような単純さがむしろ良かったです。戦車道行進曲を劇場で聞ける、というのは劇場に観に行く結構大きな要素だと思います。
援軍がプラウダで、今回は何と留学生と思しき隊員も登場させて、またまたロシア語会話シーン頻発。日本アニメ史上、ここまでロシア語が飛び交った作品があるのでしょうか。
1年生チーム、大洗のアイゼナッハこと丸山にも再び見せ場が…ここですぐに13話のようにせず、後半に本当の見せ場を持ってくる辺りが、また構成の練られたところです。
予告の「第二次大洗市街戦」はここでした。テレビシリーズでも登場した場所が再登場し、破壊規模もインフレ気味。旅館やホテルは崩壊していきます。そういえば大洗駅の帯は実在の県立大洗高校のものでしょうか。
知波単学園の、ステレオタイプ化した「突撃」一辺倒には笑うしかなかったのですが、冗談抜きで十五年戦争期の大日本帝国陸軍は実際にこういう作戦思想だったのが笑えない歴史です。「大東亜戦争」史観が強まった昨今、ここまで日本陸軍をコケにした描写は珍しいかも。
海岸線に出た段階で、ロンメルがノルマンディー防衛に使ったような三角ブロック杭が打ち込まれているのがさすがというか。テレビシリーズOPには登場しながら描かれなかった、砂浜での戦闘シーン。
文部科学省の官僚の無慈悲さと姑息さの描写も一貫していて、これもここまで文部科学省をコケにしたアニメ作品も珍しいのではないかと思います。国立大学の人文教育系学部の皆さんにとっては、これも冗談では済まない話題な訳ですが。
戦車道連盟の理事長が和服であるのは、ちばあきお『キャプテン』へのオマージュだと私は感じました。物語全般や西住みほの設定にも『キャプテン』は強く影響していると感じますが、集英社文庫版2巻から3巻、対青葉学院戦が再試合となる過程が今回再びそっくり類似しているので、敢えて連盟本部で和服の理事長を登場させたのかなあ、などと思っています。
大洗女子学園は教員は居ても事務職員はおらず生徒会が予算も握っているという、相変わらず不思議な国立学校ですね。現実ならば事務局長や課長クラスが文科省出向組で、首根っこを押さえられているところだろうと思うのですけれども。
(追記)大洗女子学園は「県立」でした、すみません。しかしそれなら今度は茨城県庁からの出向組とか、他の県立高校と同様の学校事務が不在なのが解せないし、廃校の危機に県側からの支援もありそうなものだけれども…。
(追記2)一方書類上は廃棄扱いにして温存しておく、というのは『エリア88』のマッコイのようなアウトローの商人から、『銀河英雄伝説』のキャゼルヌ少将のような切れ者の軍官僚までが用いる手で、こちらは生徒会役員3人組らしい話ではありました。
この段階で最初会長以外の面々が考えたようにレジスタンスに転じていたら、また別の冒険活劇物になったのだろうと思いますけれども、そこで戦車道の枠に踏みとどまる辺りが良くも悪くも本作ですね。
戦車を預かりにきたサンダースの輸送機、左側面のロゴが『サンダーバード』みたいだったのは気のせいでしょうか。
荒れるソド子たち。ケンカのシーンは観てみたかったですね。ソド子はともかくゴモヨは良いとこのお嬢さんがいきなり不良少女みたいになった違和感が凄そうですね。
廃校決定から試合まで、ここでは大洗女子学園の「非日常」が描かれる訳ですが、テレビシリーズで大会を通じて集団としての団結が高まったという描写はあったにせよ、非日常が非日常として提示されて説得力を持つには、やはり1クールでは日常が日常となるレベルまでの描写は無理だったので、この辺りの描写は少し浮いたように思います。4クール50話ぐらいテレビシリーズが放映されていたら、この辺りはより面白かっただろうになあ、と思います。
一番大笑いしそうになったのは、ボコられ熊のネタを拾って西住みほの意外な一面を描写した一連のシーンです。今見返すとテレビシリーズ第1話の凡人ぶりもなかなかのものですが、今回のボコられ熊への入れ込みようは尋常ではないものがあり、他の4人組でさえついていけていないのがまた。ボコられ熊の博物館のB級ぶりといい子供向け作品のパロディぶりも効いていて、個人的には一番腹筋が苦しくてよっぽど声を出して笑いたかったのですが、ガルパンファンいや日本のアニメファンというのは皆さん真面目で、クラシックコンサートの聴衆みたいなのですねというのが今回劇場まで観に行って印象的だった点でした。
親のサインを偽装するまほ、真面目一辺倒ではない茶目っ気が出ていて、回想シーン共々柔らかい雰囲気が良く出ていました。しかしコンビニまでマーク4号戦車で行く燃費の悪さを観た後とはいえ、駅まで行くのにマーク2号戦車かい…。
ベルレーヌの詩がノルマンディー上陸作戦での暗号としてレジスタンス向けにラジオ放送され、『史上最大の作戦』でもそれが描写されている…ということをかろうじて知っているのでダージリンが詩を朗読している傍でモールスを打電するオレンジペコ、というシーンは楽しめたのですが、このことを知らない層は捨て置くという、こと軍事に関してはかなり教養主義的な本作らしい場面でありました。
で戦争映画風だった招集場面に続く各隊の登場シーンは、これはもう公式作品でコスプレ劇をやってしまったとしか言いようがないですね。メタな本作らしい場面で、個人的には良かったと思っています。
人数を巡る駆け引きは、不文律を突く辺りこれは前述の『キャプテン』風ですね。
作戦会議、作戦名だけで盛り上がるってどこの銀河帝国軍の提督たちですか。しかし田中理恵・喜多村英梨・金元寿子・川澄綾子等々が発言している脇で、敢えて能登麻美子が無言という辺りは女性声優起用としてもとても豪華ですね。
よく120分でこれだけの登場人物、それも知波単と継続は実質新登場なのにあれだけの見せ場を作るという荒業が出来たなあと、物語の単調さを犠牲にした脚本構成の妙だろうというところですね。
繰り返しますが、知波単の突撃一辺等ぶりは硫黄島等を例外とすれば大日本帝国陸軍のステレオタイプの反映で、実際ガダルカナル島での数次の総攻撃やインパール作戦などは知波単もかくやというレベルだったりします。
知波単の眼鏡を掛けた下級生、「福田」なのを劇場では聞き流していたのですが、これって福田定一少尉こと司馬遼太郎では。
カチューシャを称えるノンナの台詞が、敢えて直訳調の堅い口調なのがこれまたソ連ぽいという。
サンダースはナオミの有能さと、1年生チームに翻弄されるアリサの憎めないダメっぷりがこれまた。
エリカはまほの指示にとても明るく返事をする一言が、これがまたテレビシリーズとの違いで良かったですね。
ダージリンのアッサムに対する評価が皮肉っぽい点は、普段からの二人の仲の良さゆえなのか、アッサムの歴史主義とも言えそうなデータ重視の上をいくダージリンの名将ぶりの反映なのか、さて。
遊園地跡の時点で何か混ぜてくるかなあと思っていたら、西部劇風のセットってこれ音楽も含めて明らかに『荒野の七人』じゃないですか。ここも思わず声を出したくなった箇所。
市街というか町の中で集団でやり合う、というのは『荒野の七人』の更に元の黒澤明監督『七人の侍』の継承、と言えなくはないように思います。武士の斬り合い、騎馬の撃ち合いが置き換わったと考えた方が、史実の戦車戦の再現ではない、無茶苦茶早い戦車同士の戦いを捕まえられるような気はしています。そうすると継続高校は宮口精二の役回りか。
ただ『七人の侍』で言うと雨中のあの描写とか、倒れて泥が跳ねるシーンとか、どうせなら雨の市街戦というのも想像してみると面白いですね。
30対30なので、5両ずつぐらいバタバタ倒れていくのはちょっと勿体なく、本当は1クール掛けたっていいぐらいの駆け引きと人物描写があっても良いところですが、まさか『サウンド・オブ・ミュージック』か何かのようにインターミッションを挟むような尺は商業的に不可能でしょうから、2時間の劇場版では致し方なし。観察者の視点も時々両家元が映る程度で、これで水島新司調の1球の間に5,6人の観察が挟まれる試合展開描写をやったら映画が終わる前に製作が中止になってしまっていたかも。
最後の仕留め方が、前半でダージリンとカチューシャの披露した方法を踏襲しているのが、これまた4話と13話をつなげたテレビシリーズと同じで、構成のしっかりとしたところでした。
敵役は、事前にみほと出会ったことがある、という場面は結果的にそこまで活きなかったような。これだったらもう少し得体の知れない存在にして、試合開始の時に飛び級の少女だと分かるようにしたら意外性はあったかもしれないですね。
エンディングは、みほとまほの会話までカットです。ただ各隊・各チームの描写で見所は多かったですね。サンダース、コクピットでこれでもかというファストフードの物量作戦。聖グロリアーナ、ダージリンの格言攻勢に呆れ顔のオレンジペコ・アッサム等々。ダージリン、軍隊組織でこれだとバトル・オブ・ブリテンを勝利に導きながら更迭されてしまったダウディング大将やパーク少将みたいになってしまいそうな、と『空軍大戦略』を観た後だと感じてしまったり…。アリクイさんチームの活発さ、カモさんチームがまた清教徒的真面目さに復帰、レオポンさんチームの相変わらずの整備屋魂、といった辺りも芸が細かかったです。
最初に挙げた問題点さえ気にならなければ、公式が劇場で観れる壮大な二次創作作品を全力で作ってくれたという、ファンにとっては夢のような話ということになるのではないでしょうか。オリジナルかメタかにこだわらずに楽しむのならば、充実した作品であったと思います。
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