時代の寵児Ustream、ひっそり撤退…なぜ視聴者&配信側に見捨てられた?甘さがアダ
インターネットサービスの栄枯盛衰は、あまりにスピードが速い。5年前に時代の寵児となったライブ動画配信サービス・Ustreamが、2016年1月にひっそりと日本での展開を終える。
12月1日にソフトバンクの子会社・Ustream Asiaが、アジアでのサービスを本国アメリカのUstream, Inc.に移行すると発表した。Ustream Asiaは日本・韓国を含むアジア地域でのサービスを独自にカスタマイズし提供していたが、これをアメリカに返すかたちだ。
一言でまとめれば、Ustream日本法人の撤退、だろう。Ustream自体は今後も日本から利用できるが、ソフトバンク子会社が提供してきた日本語トップページや、日本独自の付加サービス・有料サービスは廃止か移管される。
Ustreamはイラク戦争に派遣された兵士とアメリカの家族をネット動画で結ぶことから着想を得て、07年からスタートしたインターネットの生放送サービスだ。アメリカ大統領選挙のキャンペーンで使われたことから大きくブレイクしている。
日本ではTwitterとの連携をきっかけとして、革新的なメディアとして09年末から注目を集めた。視聴者がTwitterで参加することで、放送側に意見を反映できる(=双方向性)、視聴者同士でパブリックビューイングのように盛り上がる(=共感)、そして視聴者が増える(=拡散)という素晴らしい効果があった。テレビやラジオのような時間の区切りがなく、無料で高画質配信が誰でもできることから、新しいタイプのメディアとして脚光を浴びた。
そこに目をつけたのがソフトバンクの孫正義社長だ。09年末に出資を決め、10年5月から日本法人がスタート。ソフトバンクの決算発表や新製品発表会はすべてUstream配信され、関係者によれば「孫社長が配信後に『今日のUstreamは何人視聴したのか?』と聞くのが定番になっていた」というほど力を入れていた。
当時のUstreamは、ライブ動画配信サービスの代名詞ともなり、先進のメディアとしてのブランド力があった。有名アーティストやクリエーターがこぞって配信を始め、企業もイベントやプロモーションで利用。10万人を超える視聴者を集める配信が続出した。
また11年の震災で、テレビ同時配信を行ったことによって一般ユーザーにも浸透。12年には月間ページビューが1700万PV、ユニーク視聴者数も800万人を超えて、日本最大の生放送メディアに成長している。
しかしそれからわずか3年で、日本法人は店を畳むことになった。Ustreamに何が起きたのか。失敗の理由は、大きく分けて3つあった。
●Ustreamが敗れた理由は「囲い込みの失敗」「ビジネスモデルの難点」「ブランド力の低下」
理由の1つ目が「囲い込みの失敗」だ。
Ustreamでは人気アーティストや、企業協賛の大きなイベントの巨大な配信が行われる。その配信には数万人単位で視聴者が集まるのだが、視聴者の興味はアーティストやイベントであって、Ustreamそのものではない。数万人が来ても、ほかのUstream配信には目もくれない。
それに対して、ライバルであるドワンゴのニコニコ動画・生放送は、徹底した囲い込みを行った。会員制にした上で同種の配信を宣伝し、見やすいトップページをつくって視聴者を定着させていた。Ustreamも似たような努力をしていたが、トップページに並ぶのは風景を映すだけのライブカメラだったり、通知機能が甘いこと、動線の問題などがあって、囲い込みに失敗していたのだ。
2つ目の理由は、ビジネスモデル自体の問題だ。ライブ動画配信サービスでは、動画生放送のために太い回線を常時利用する。つまり継続的にコストがかかる構造であり、安定した収入が必要だ。
ライバルのニコ動は、視聴者への月額課金モデルを収益の柱とした。YouTube(YouTube Live)は、広告モデルが中心。それに対してUstreamは、ニコ動やYouTubeとは異なり、配信側から利用料金を取るビジネスモデルを中心に置いた。
ここでの焦点は「プラットフォームとコンテンツ、どちらに力を入れるか」だ。ニコ動はコンテンツに力を入れた。独自の制作チームをつくり、イベント配信だけでなく独自番組も数多く制作して視聴者を集めた。ニコ動は視聴者への課金モデルなので、コンテンツに力を入れるのは当然だったろう。
それに対して、Ustreamはプラットフォームビジネスを標榜していた。Ustream Asiaの中川具隆社長はスタート当初、「Ustreamはプラットフォームとして力を入れる。高画質・ソーシャル連携など魅力的な配信プラットフォームを提供することで、配信者にアピールしていく」と発言していた。つまり優れたプラットフォームを提供すれば、配信者=お金を払ってくれる顧客を得られるだろう、という戦略だったのだ。
しかし配信者側からお金を取るビジネスは、メディアとしては無理がある。それは流すコンテンツの制作に大きなコストがかかるためだ。配信側=コンテンツ提供側は、コンテンツ自体の制作にコストをかけた上で、さらに配信するプラットフォーム=Ustreamにもお金を払わなければならない。コンテンツの出し手に課金するという手法は、顧客をプロモーションや有料コンテンツだけに絞ることになり、魅力的な配信が少なくなる原因となった。
これはゲーム機のビジネスに似ている。ゲーム機本体を普及させるためには、魅力的なゲームを多数出す必要がある。人気のゲームタイトルを獲得するために、制作費の補助を出すことが行われている。
しかしUstreamはそうではなかった。高性能なゲーム機は出したが、ゲームメーカーには補助をせず、逆にお金を取るスキームだったのである。
もちろんUstream Asiaでもコンテンツの重要性は認識していて、大ヒットとなったアニメ作品「TIGER & BUNNY(タイガー&バニー) 」を無料配信したり、ももいろクローバーZの配信を支援するなどの取り組みは行った。しかし、いずれもUstream自体が手がけたコンテンツではなく、あくまでプラットフォームという立場は変えなかった。
またUstreamはスタート当初はすべて無料だったが、段階的に制限をつけて課金させるモデルに移行していった。録画の無制限保存をやめて1カ月保存にすることで配信者側の有料チャンネル加入をうながし、配信途中に動画広告を流すことで広告を出さないオプションに契約させようする。Ustreamでの囲い込みがうまくいっていれば、この戦略でも成功しただろう。しかし囲い込みに失敗し、ブランド力が落ちたことで、段階的課金はうまく進まなかった。
●日本での赤字でアメリカ側が見放したのか
Ustream凋落の3つ目の理由は、「ブランド力の低下」だ。ネットライブ動画の代名詞となったUstreamは、先進的なメディアとして大きなブランド力があった。筆者は仲間と週に一回、UstreamでUstreamの情報をまとめる「UstToday」という番組を制作しているが、ここでステッカープレゼントを行ったことがある。単なるステッカーなのだが、プレゼント応募のツイートが殺到し、それだけで視聴者が大きく増えることもあったほどである。その人気の高さ、ブランド力の強さを実感した瞬間だった。
しかし、ブランド力は12年頃から徐々に落ちてきた。ライバルのニコ動の人気が高まり、一般ユーザーだけでなく企業も使い始めたこと。スマートフォンでは、ツイキャスことTwitCastingのユーザーが爆発的に伸びたこと。最大の動画メディア・YouTubeが、YouTube Liveを始めたことなどにより、ネット生放送は目新しいものではなくなった。
またUstreamのシステム改善が遅れたことも、ブランド力を低下させた。当初のUstreamは、孫社長に「専用のスタジオが欲しい」とTweetしただけで、Ustream Studioが生まれるなど、即座に柔軟に対応することが魅力に思えた。しかし、徐々に硬直化していく。
その1つの象徴が、Andoridへの対応だ。Androidのアプリは初期からあったが、Ustream最大の魅力である視聴者からのTwitter書き込みができなかった。いつまで経っても改善されず、12月の現在でもAndoridのUstreamアプリからのTwitter書き込みはできない。
これにはUstreamの構造の問題がある。ソフトバンク子会社のUstream Asiaは、日本とアジアだけの法人であり、Ustreamのサービス本体はアメリカのUstream, Inc.と、ハンガリーの開発拠点でつくられている。ソフトバンクが20%出資しているものの、実権はアメリカとハンガリーにあるため、日本の要望はそう簡単に受け入れられないのだ。
一方、ニコ動は日本のドワンゴ、TwitCastingは日本の株式会社モイがつくっており、日本のユーザーの要望を受け入れて改善してきた。しかし、Ustreamは改善の歩みが遅く、ユーザー離れの一因となった。
このように「囲い込みの失敗」や「ブランド力の低下」などにより、Ustreamで配信してきたコンテンツが少しずつ離れていく。ネット生放送でもっとも人気があったDommuneはYouTubeに移り、視聴者が多いゲーム系配信もニコ動へ、個人ユーザーの多くは手軽なスマートフォン向けのTwitCastingへと移っていった。現在の日本のUstreamは企業の発表会、イベント中継、プロモーションが中心であり、独自のコンテンツは少数となっている。
●チャンネルは残るが、日本独自サービスは廃止される可能性大
Ustream Asiaは当初、3年での黒字化を目指していたが、通年での黒字は達成できなかった模様だ。株式公開されていないため決算のデータがなく詳細は不明だが、黒字化の発表がないことから推測できる。
Ustream Asia撤退を決めたのは、アメリカの本体側なのか、ソフトバンク側なのかは不明だ。筆者の推測にはなるが、成長市場であるアジアの法人・Ustream Asiaが赤字であったことが、本社のUstream, Inc.の足を引っ張っていたのだろう。撤退はアメリカ側の意向が強いのではないだろうか。本社が新しい展開をするにあたって、負担となっていたアジア法人を切った可能性が高い。
ソフトバンク広報部によれば「ソフトバンクからUstream, Inc.への出資比率20%は変わらない」とのことだ。しかし、今後の展開によってはこの出資比率も変化しそうだ。
今後について、Ustream Asiaでは以下のようにアナウンスしている。
・1月31日で運営をUstream Asiaから、Ustream, Inc.へ移管
・日本での有料サービスは同様のものを準備中
まだAsiaの担当者がUstream, Inc.とすり合わせを行っている段階であり、2月以降の詳細は不明だ。ひとつだけ言えることは、日本で持っていたチャンネルは、移行後もそのまま使えるだろうということだ。
ただしUstream Asiaが独自に運営していた日本語のトップページは、なくなる可能性が高い。本社では運営できない内容だからだ。また日本独自の有料課金サービスもかたちが変わるだろう。
今後のUstreamをめぐる状況だが、企業やコンテンツ制作者は「Ustream Asia撤退」のニュースを聞いて、徐々に離れていきそうだ。Ustream自体は残るものの、英語中心になる上に、撤退という悪いニュースによってブランド力が落ちてしまうためだ。ニコ動、YouTube Live、TwitCastingなどほかのライブメディアに移るところが多いだろう。そうなるとUstream自体が閑散としてしまい、さらに配信者・視聴者が減ることになってしまいそうだ。
偶然にもNTTドコモ「NOTTV」が500億円の損失で撤退するニュースとぶつかったため、ネットでの動画ビジネスの難しさが浮き彫りとなった。しかし、ネットでの動画生放送は、スマートフォン中心に再び伸びようとしている。国内でのスマホ生放送No.1のTwitCastingに加えて、DeNA(SHOWROOM)が積極的に取り組んでいるほか、ソニー(キャスタウン)も映像SNSに新たに参入する。また、アメリカではスマートフォン向けの動画SNS・Flipgramが流行するなど、スマートフォンでの動画ビジネスは大きく花開こうとしている。
今後のネット動画ビジネスは、スマートフォンを中心に展開することは間違いないだろう。Ustreamがなぜ失敗したのかに学んで、日本のスマホ動画サービスの成功を願いたいものだ。
(文=三上洋/ITジャーナリスト)