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【調書は語る 吉田所長の証言】(3)海水注入ためらったか 堀に水「これしかない」東京電力福島第一原発1号機で水素爆発が起きる前から、吉田昌郎(まさお)所長が最も心配していたのが水の確保だ。過熱した炉心を冷やすには、大量の水が必要となる。十二日早朝から消防車による淡水注入が始まったが、水源は建屋周りの防火水槽。一つの水槽には四十トンほどしかなく、使い果たすのは時間の問題だった。 (肩書はいずれも当時)
◆淡水は尽きる−海水注入の経緯は。 「十二日の午後から『いずれも淡水がなくなるから、海水注入をする準備をしておきなさい』ということは言っておりました」 「水をどこから取るかということは非常に難しい。海からは直接取れない。どの海もポンプがないものですから。消防班に『海水を入れるにはどうすればいいんだ』と検討させて。海から取るとあそこは(注水先のタービン建屋まで)十メートルのあれ(段差)があるから、普通の消防用ポンプでは上がらない。水を十メートル上げないといけないので、普通のサクション(吸引装置)では無理なんですよ。だから『どうするんだ』と」 <十メートルの高さをくみ上げる。簡単なようで、強力なポンプでなければ難しい。吉田氏が頭をひねっていたさなか、現場から思いがけない報告が上がった> 「たまたま3号機の逆洗弁ピット(堀)で、津波の水が、海水がたまっているという情報があって『この水を使え』と。本当に工夫なんですよ。とりあえずこの水を使っていくしかない。その後、消防車がたくさん来てくれたので(消防車をつないで海水を引き上げるという)ラインアップ(送水の準備)が完成するんですけれども、最初の1号機の状態は、ここにたまっている津波の水を使うという、極めて現場的なことしかできなかった」 −原子炉に海水注入するという事例を聞いたことがあったか。 「まずないです。世界中でそんなことをしたことは一回もありませんから。ないんだけれども、冷やすのに無限にあるのは海水しかないですから。淡水はどこかで尽きるのは決まっていますから、もう海水を入れるしかない。私がこのとき考えたのは『格納容器の圧力を何とかして下げたい』『原子炉に水を入れ続けないといけない』。この二点だけなんですよ」 ◆炉の再使用を考えず<逆洗弁ピットは、タービン建屋の海側にある大きな堀のこと。発電に使った蒸気を冷やして水に戻す復水器には細い配管が数多くある。配管内を洗う際には、このピットに水を入れて逆流させる。普段は空だが、3号機のピットだけ津波の海水がたっぷりたまっていた。ほかの号機のピットはトラックや折れ曲がった鉄骨などのがれきで埋まっていた。吉田氏は大量の水の発見を喜んだ>
−海水注入の準備など、そういうやりとりをしていることについて、本店などは把握していたか。 「準備しているだとか、細かい状況については報告していなかったんですね。別に情報を知らせたくないということではなくて。ポンプ何台、消防車何台あるんだ、と図面を持ってきていろいろやるわけですね。別にいちいち言う必要はないわけで。本店に言ったって『こんな逆洗弁ピットに海水がたまっています』なんていう情報は百万年たったって出てきませんから。現場で探すしかないわけですね」 −淡水がなくなったら、海水を入れようと考えるまでの間に、本店なり円卓のメンバーなりに合意を求めたか。 「『淡水がなくなったら、海水にいくように検討をやっている』というような話は、午後にはしていたと思います」 −その際に何か反対意見などは。 「なかったですよ。冷やすのに水がないんだから海水を入れるしかないですから。『海水を入れるようにしますよ』というようなことでお話をした」 −海水を入れると機器が全部使えなくなってしまうので、お金がかかる。淡水でやれるところまでやり切らないといけないのではないか、という考えは。 「全くなかったです。もう燃料が損傷している段階でこの炉はもうだめだと。だから、あとは(炉を)なだめるということが最優先課題で、再使用なんて一切考えていないですね」 ◆吉田所長が一芝居<十五時すぎ、逆洗弁ピットを水源に、消防車を経由しての海水注入の準備が整った。その直後、1号機の水素爆発が起きる> −爆発した時点は、これから海水を入れようという段階だったのか。 「そうです。ラインアップもできたという話を聞いて、やっと水が入る手段ができて冷やせるなと、ちょっと明るい兆しを持っていたところでボンと来てしまった」 <爆発で注水のためのホースが破損したものの、大急ぎで夜までにホースのつなぎ直しが完了。海江田万里経済産業相は十七時五十五分に海水注入の命令を出した。だが、吉田氏らが注入を始めたところでストップがかかる。電話の主は早い段階から官邸に詰めていた東電の武黒一郎フェローだった> 「十九時四分に海水を注入した直後、官邸にいる武黒から電話がありまして『官邸ではまだ海水注入は了解していない、と。だから停止しろ』との指示でした」 「(私は)『できませんよ、そんなこと、注水をやっと開始したばかりじゃないですか』と。はっきり言うと、(武黒氏から)『四の五の言わずに止めろ』と言われた」 「何だこれはと思って取りあえず切って、(テレビ会議で)本店に『(武黒氏が)こういうことを言ってくるけれどもどうなんだ。そっち側に指示がいっているのか』と聞いた。指示がいっていたような、いないような、あいまいなことを言っていました」 「(結局、本店との協議で)『やむを得ない、では止めるか』と。入れたことの位置付けは『試験注入』とし、それが完了したので停止することにしましょう、と。ただ、私はもうこの時点で注水を停止するなんて毛頭考えていませんでしたから。いつ再開できるんだと担保のないような指示には従えないので、私の判断でやると」 <水素爆発後でも、1号機の原子炉内には熱い核燃料が入っている。ここで注水を止めれば、また炉内の圧力が上がって冷却できなくなってしまうかもしれない。その危険性を誰よりも強く認識している吉田氏は、テレビ会議の場で大胆にも一芝居を打つ> 「円卓にいた連中には、『中止する』と言いましたが、それの担当をしている防災班長には、ちょっと寄っていって、『中止命令はするけれども、絶対に中止しては駄目だ』と指示をして。それで本店には『中止した』という報告をしたということです。その後で官邸の方から注水していいよという話が来た。何時ごろか忘れましたけれども、(注水が了解されて)本格的に注水を二十時二十分にするということで報告しましょうと」 −官邸の方から了解が出た、と。 「(了解の話は)官邸からというより、テレビ会議で本店からの指示が来た。OK、了解のお話はね」 −円卓の皆さんは、一時止めていたという認識の人もいるわけか。 「ほとんどが止めていたという認識を持っておるんじゃないでしょうか」 [その時、政府や東電は…]再臨界論争で混乱水素爆発後、やっと1号機の海水による冷却が再開されたのに、官邸に詰めていた東電の武黒氏が、吉田氏に海水注入を止めるよう指示した背景には、官邸で1時間も続いた「(連続的に核分裂が起きる)再臨界論争」があった。 破損したホースをつなぎ直し、注入準備が整ったところで海江田経産相が報告のため、官邸に行った時のこと。 菅直人首相が「海水を注入した場合、再臨界の危険はないのか」と質問し、班目春樹・原子力安全委員長が「可能性はゼロではない」との趣旨の答えをした。 その場にいた人は「え?」と思ったが、班目氏の答えを聞いて危険があるのかどうかの議論が始まってしまった。 議論の末、「危険なし」でまとまったが、結論が出る前に、武黒氏が「官邸の了承が得られていない。現場先行が将来の妨げになっては困る」と判断。命令もないのに吉田氏に中止を指示した。 通常なら、班目氏も「なし」と明言したかったはずだが、「なし」と明言したのに1号機で水素爆発が起きた。 「その辺の負い目みたいなものがあったと思うんですよ。確信を持って言うのはまずい、という」。細野豪志首相補佐官や海江田氏は調書で、班目氏の心境を推測している。 吉田氏の機転により予定通り注水されたが、現場を混乱させた一件だった。 PR情報
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