*この記事には『メタルギアソリッド5:ファントムペイン』のネタバレが含まれています。*
尚こちらの記事は後編になります。まずは前編からお読みください。
前編⇩
「MGS5」予告編より。「自我を手に入れたギーク」。
「自我を手に入れた」とはウィンストン・スミスのように「自由意志を手に入れた」ということか?
今回の『MGS5』は”何か”がおかしい
『メタルギアソリッド5:ファントムペイン』において、仲間を裏切り大勢を殺した罪を糾弾され、マザーベースの中で裁判を受けさせらることになるヒューイ・エメリッヒ。
前篇では『MGS5』におけるヒューイの描写の不自然さをあげていき、最後は
「ヒューイは無実であり、全てを仕組んだのはカズとオセロットではないか?」という仮説をお話しました。
「考えすぎだ」と言われそうですが、そう推察してしまうほどに、今回の『MGS5』のストーリーには多くの不可解な点があるのです。
詳しくは後述しますが、特に不可解な部分は主人公ビックボスが指導者となっているダイヤモンドドックズという組織が『MGS5』において「まともな組織」として描かれている部分です。
主人公(プレイヤー)なので正義の味方なのはある意味当然ですが、今回は発売前の予告編などで「伝説の英雄ビックボスが悪に墜ちた理由が語られる」と何度も言われていました。しかし実際にはそんなシーンは存在せず、予告の中でも物議を醸した子供を撃つシーンも実際には撃っておらず、むしろ主人公たちは積極的に子供を保護するようになります。
凄惨なものになるかと思われたスカルフェイスとの闘いもあっさりと決着してしまい、この戦いの中でもそれほど悪には堕ちませんでした。
もちろんオープンワールドゲームの自由度があるので、主人公のプレイ次第では残虐プレイも可能ですが(実際隠しパラメーターで残虐度なる物もある)、それはあくまで本編のストーリーには影響しません。
しかし本作は2章に分かれており、メインストーリーの大部分を占める第1章の終了後、その後日談を描く第2章がスタートします。
そして、ここから物語が決定的におかしくなり始めます。
何か不穏な空気がマザーベースを覆い始め、様々な不審な出来事が起き始めます。
それが伏線となって大きな物語の展開があると思いきや、なんとこれら不審な出来事には一切触れられることなく話が進んでいき、唐突に物語は終了してしまうのです。
一体、2章の始めで行われたカズの演説はなんだったのか?
マザーベースに貼られていたポスターは何だったのか?
コードトーカーの呟いたセリフの意味は?
「悪に墜ちる」とはなんだったのか?
悪に墜ちたのはヒューイだけではないか!
この2章の唐突な終わりとスッキリしない感じが『MGS5』の批判の大きな理由となっていて、僕もその気持ちはわかります。前回の記事でも書いたように、今回のストーリーや設定には明らかに穴があります。
ですが、もしかしたら、これは小島監督が意図的に残した穴かもしれません。
その理由としてあげられるのが、これから説明していくジョージ・オーウェルの『1984年』からの影響です。今回の『MGS5』は予告編の時点から『1984年』の影響化にあることを堂々と宣言しています。
第2章は『1984年』を明らかに意識したカズの演説から始まります。そしてそのラストシーンは、オセアニアのようにマザーベースの全体主義化が完了したことを意味しているように思えるのです。
それを説明するためには、まず『1984年』という小説について話さなくてはなりません。
『1984年』の中の全体主義社会
『1984年』は1948年にジョージ・オーウェルが執筆し(刊行は49年)、荒廃した未来を描くディストピア小説の中でも金字塔となっている小説です。
核戦争後の近未来、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアという三つの超大国に分割統治されています。
その中の一つ、独裁国家オセアニアは指導者「ビックブラザー」とイングソック党の支配下に置かれていました。オセアニアは常に他の二つの大国の内どちらかと戦争状態にあり、テレスクリーンという監視装置と思想警察によって国民の生活は完全に監視されています。
真理省と呼ばれる役所に勤める主人公ウィンストン・スミスは、日々国家にとって都合の悪い情報、歴史を修正し続けていました。
彼は次第に自分の仕事、生活、そして自分達を支配する国家に疑問を持つようになり、その気持ちを日記に付け始めます。
物語の中で次第に明らかになっていきますが、実はオセアニアは他の超大国と裏で手を組み、同盟を結んだり敵対したりしながら意図的に戦争を継続させています。
その理由は、国を常に戦時下に置くことで国民を支配しやすい状況に置くことでした。国民が力をつけることがないように資源や労働力(国民)を戦いで消費させ、挙国一致の状態の中で国民自身にお互いを監視させ、支配階層の権力を永遠に保持しようとしていたのです。
こうして幾人もの人々が国家による国民監視の元、逮捕、監禁され、厳しい尋問や拷問の末に「敵国のスパイ」などと無実の罪を着せられ、「裏切者」として処刑されていきます。そして最後には主人公すらも無実の罪を着せられてしまうのです。
「『1984年』は監視社会というものが国民一人ひとりを洗脳し、その心を破壊しようとする恐怖を描いています。
ハッキリ言って、『メタルギアソリッド5』の後半におけるダイヤモンドドックズはまるで、このビッグブラザーによって支配されたオセアニアにそっくりなのです。
全体主義化していくマザーベース
第2章の始め、カズがマザーベースのスタッフを集めて演説をしています。
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「親愛なるダイヤモンド・ドックスの諸君。
スカルフェイスは死んだ、だが俺たちは仲間の仇が取れたか?
(中略)サイファーもまだ残っている。
彼らが俺たちを内部から蝕むスパイ、寄生虫を植えつけていることは明らかだ!
いいか、仲間を疑え!
そして疑わしきは告発しろ!」
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どう考えてもこれは危険な演説です。
カズはスカルフェイスとの闘いの中で右手と左足、さらに両目を失います。その幻肢痛と怒りはカズの復讐心を大きくしていき、スカルフェイス無き後も膨らみ続けているのです。
その直後、プレイヤーがマザーベースに戻ってみると、施設の壁には一面にポスターが貼られ、ビックボスの顔写真と共にこう書かれています。
「BIG BOSS IS WATCHING YOU!」
(ちなみに上の大きく映ってる方の写真は、ファンが自作したTシャツです。)
この時からヒューイやクワイエットの裏切りの証拠をカズは探し始めていました。
まず最初にクワイエットを拷問にかけ、自白を強要します。この時カズは高圧電流を流す拷問をクワイエットに対して行います。
このシーンや、第1章で描かれたヒューイに対する尋問などを見ると、既にこのマザーベースでは敵のスパイや捕虜に対する拷問が容認されているようです。
マザーベース全体にカズの強権がしかれ始めていることが分かってきます。
その後カズはヒューイの調査に集中し、ザ・ボスを模したAIが搭載されたママルポッドを回収、その中からストレンジラブの遺体を発見します。
カズは即座にヒューイによる殺人だと断定し、しばらく行われていなかったヒューイに対する尋問を再開します。
その後、マザーベースの中で声帯虫によるバイオハザードが再発生します。大勢のスタッフが感染し、彼ら全員をビックボス自身の手で射殺します。
カズは今回の事故もヒューイが仕組んだ大量殺人だと断定し、尋問の中でヒューイが敵と接触した証拠だという通信記録を彼に突き付けました。
そこからさらに恐ろしい展開になります。
ヒューイに対する怒りをため込んでいた他の兵士たちが尋問室の中になぜか入ってきたのです。兵士たちは口々に「ヒューイを殺せ!」と叫びます。
しかしそこでカズは打って変わって冷静になり、兵士たちをなだめ始め、ヒューイに対する裁判を開くことを宣言します。
そしてマザーベース内の「101号室」の中で開かれた裁判では、両手を拘束された状態でヒューイが全スタッフの前に晒し上げられます。
「殺せ、殺せ」というヤジの中、ヒューイの罪状を冷静に述べていくカズ。ママルポッドに録音されたストレンジラブの音声が決め手となりヒューイの罪は確定、彼は弁解をするも、殺気だったスタッフの怒号で倉庫は埋め尽くされ、ヒューイの声は掻き消えてしまう・・・。
ビックボスの判断によりヒューイはマザーベースからの追放だけで許されました。
ヒューイを処刑したかったカズも他のスタッフもその判断に納得できず、不満が残ります。
ヒューイは「僕は悪くない」「まともなのは僕だけか」と叫びながらマザーベースを去っていきます。彼は最後まで罪を認めませんでした。
そしてその後、物語はクライマックスを迎え、プレーヤーが操作していた人物は、実はビックボスではなく影武者だったことが明らかになり、皆が彼だと信じていたビックボスは最初からいなかったことがわかったところで物語は幕を下ろします。
さて、ここで問題なのはゲームのプレイヤーでありこの物語の観客である我々はこの一連のストーリーをどう見ていけば良いのでしょうか?
ハッキリ言ってカズによるヒューイの扱いは完全な魔女裁判、もしくは人民裁判にしか見えません。最初から判決は決まっておりヒューイの死刑は最初から確定しているのです。
しかしネットの反応を見る限り、ほとんどのプレイヤーはヒューイの有罪を確信しているようです。やはり、ここではカズのほうに感情移入し「ヒューイがこうなるのは当然だ」と考えるのが自然なのでしょうか?
確かにそう見えます。
事実、我々プレーヤーはヒューイが裏切者だという情報をゲーム開始時からずっと聞き続けていますし、それを覆す情報もゲーム中には提示されません。
そして何より、この裁判の後は特に何事もなかったかのように物語が終わってしまうのです。ヒューイに関してはほとんどの人がこれで納得したようです(中にはヒューイを殺せと言ってる人もいるようですが・・・)
しかし、それは変です。
第2章からのダイヤモンドドックス、特にカズは明らかに暴走、またはそうとしか見えない行動をとっています。たとえヒューイが裏切者だったとしてもそのこと自体は変わりません。
仲間に対する監視、容疑者への拷問は完全に行き過ぎた行為です。さらにヒューイに対する魔女裁判まがいのシーンは全体主義的な恐怖を感じます。
なのにそのことは裁判後のストーリーの中では一切触れられません。
普通の物語なら、暴走したことによって主人公たちが悪に染まったり、または悪いことをした分しっぺ返しをくらうのが当然なのですが、そういうことは一切ありません。
まるで「これで良かったんだ」と言わんばかりです。
・・・一体どういうことなのでしょうか?
あちこちに見られる『1984年』からの流用
「BIG BOSS(brother)IS WATCHING YOU!」
第2章開始直後にマザーベースに貼ってあるポスター。そこに書いてある「BIG BOSS IS WATCHING YOU!」 という文字。
もちろんこれは『1984年』のなかに出てくる「BIG BROTHER IS WATCHING YOU!」のパロディです。
『1984年』の中で、オセアニアの国民は常にテレスクリーンという装置に24時間監視され、国民同士が互いを監視しながらいつ「思想犯」として密告されるかわからない生活を送っています。
そんな中、街のあちこちに貼ってあるのが「BIG BROTHER IS WATCHING YOU!」と書かれた偉大な指導者ビックブラザーの顔写真入りポスターなのです。
「ビックブラザーが見守っている」という意味でもありますが、当然実際の意味は「お前たちを監視しているぞ」という意味です。
マザーベースの中にこんなポスターが貼ってあるということは、それだけでダイヤモンドドックズが監視社会になりつつあることを示しています。
ビックボス=ビックブラザー
これはポスターを見てわかる通りです。小島監督は、今回のビックボスを『1984年』のビックブラザーと同じものとして考えているようです。
ではビックボスとビックブラザー、どう同じなのでしょう?
それは両方とも「実在しない」という点に尽きます。
『1984年』の中ではビッグブラザーという存在はあやふやであり、本当に実在するかどうかがわかりません。
主人公のウィンストンは「ビックブラザーは実在するのか?」という質問を投げかけますが、それに対する明快な答えは無いまま物語は幕を下ろします。
しかし重要なのはビッグブラザーが「偉大な指導者」で、「存在する」と国民が思っていることであり、たとえ実際にはハリボテで存在しなかったとしても、国民がそれを知らなければオセアニア全土の士気は保たれ、政府による独裁は続くわけです。
『MGS5』のビックボスも同じことです。ゲームのラストで、主人公の正体はビックボスではなく、ただの影武者であることが明らかになります。
全ては本物のビックボスと、カズ、オセロットらが仕組んだことであり、ビックボスが不在の間でもダイヤモンドドックズの兵士の士気を保ち、組織を大きくしていくための「偶像」が、プレーヤーの操作する主人公だったのです。
ビックボスとビックブラザー、結局これはどちらも同じで、国家や組織が人々を都合の良く操るために用意した「偶像」に過ぎないのです。実際に権力を振るい、行使しているのは別の人間たちです。『1984年』なら一部の特権階級、『MGS5』ではカズとオセロットということになります。
「裏切者達」の「犯罪」
『MGS5』でヒューイは「スカルフェイスの陰謀への関与」と「裏切り」と「家族に対する殺人」の罪で告発されますが、これも『1984年』の中に似たようなシーンを見つけることができます。
『1984年』の中では様々な人々が冤罪で投獄されていきますが、その中でもオセアニアを建国した革命初期のメンバーが粛清されていった時代を主人公が思い出すシーンがあります。
メンバーの多くは失踪するか(おそらくは殺された)、罪状を告白する見世物的な公開裁判の後に処刑されてしまいます。
その中には生き延びたメンバーも三人いましたが、彼らは全員「敵国と通じていた」「公金を着服していた」「信望のあった多数の党員を殺害した」「ずっと前からビックブラザーに対して陰謀を企み、多くの国民を死に追いやる計画に加担した」と次から次にデタラメの罪を着せられ、しかも拷問によって自白を強要され、ありもしない罪を自ら認めてしまうのです。
さらに彼らはただ捕まって殺されるのではなく、一旦釈放されるところもポイントです。
彼らは苛烈な尋問と、裁判での「罪の告白」の後に、一旦釈放されます。そして閑職に飛ばされた後、じっくりと飼い殺しにされるのです。彼らは厳しい尋問によって一種の洗脳状態に陥っていて、本当に自分たちが悪かったと思い込みます。そして自らビックブラザーへの忠誠を誓うようになったところで再び逮捕され、裁判で新たな罪を付与されて処刑されます。
映画版『1984年』より。公開裁判に引きずり出された主人公のウィンストン
「他のスパイと共に紙幣を偽造して工場機械を破壊して水道を汚染して敵国のロケット弾を空港に誘導して党の男女を誘惑して乱交して故意に梅毒に感染し妻と多数の党員に感染させた」罪を認めて、ビックブラザーへの忠誠を取り戻したと宣言する。素晴らしいいさぎの良さだ。
『MGS5』の中盤で監禁されたヒューイは、厳しい尋問の後、一旦釈放されて再びマザーベースのために働かされます。
そこからヒューイがおびえた様子を見せながらも、自分の罪を反省してビックボスへの忠誠を取り戻すような描写が(単に忠誠をアピールしているようにも見えますが)何回か出てきます。
「考えを改めたよ、君の役に立ちたいんだ」
しかしその後、ヒューイは再び逮捕され、新しい罪をさらに付与されて裁判の場に引きずり出されることになります。
バトルギア開発と特性マグカップで忠誠をアピール。
バトルギアを作らされた後に拘束されて裁判に引きずり出されるヒューイ。
「スカルフェイスに通じて敵を誘導しマザーベースを破壊して自分の息子を研究の実験台にしてストレンジラブを殺害してサイファーと密約して隔離棟内でバイオハザードを起こし大量虐殺」した罪をなぜか認める気配がない。ちょっとはウィンストンを見習え!
なんと「101号室」が出てくる『MGS5』
『1984年』の世界には「愛情省」という役所が存在し、思想犯達は全員そこに送られます。思想犯はそこで「罪」を告白させられた後に洗脳を施され、やってもいない自分の罪を悔いて、ビックブラザーを自ら愛するようになっていきます
「101号室」とは愛情省の中にある洗脳室のことです。
その部屋には思想犯が心理的にもっとも恐怖するものが用意されており、そこで彼らを精神的、肉体的に追い詰め、最後には心を破壊するのです。
この小説の最後は、主人公がこの101号室に送られ、そこで彼の心の中にある最後の希望が破壊される・・・という展開です。
なんと『MGS5』にはその「101号室」が出てきて、まさにそこでヒューイは尋問と拷問を受けることになるのです。
以下はウィキペティアにある101号室の項目の引用です
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101号室が小説内で持つ核となるテーマは、拷問と洗脳の最終段階というプロットのクライマックスであるだけではなく、主人公の持っていた自由の精神を破壊し人格を毀損することにある
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ヒューイは尋問の中で、途中何度もカズやオセロットから「お前は自分に嘘をついている」「自分を誤魔化している」といった『説得』を受けることになります。オセロットのセリフを引用すると
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「お前はいつでも幸せだ。相手によって嘘を変え、隙間だけで生きている。都合の良い真実を重ねて、それももう気にしなくなっている。
だがお前が一番幸せなのは、そんなお前にお前自身が気づいていないということだ。
よく確かめろ、自分が何者か、お前は被害者でも物言わぬ大衆でもない。
お前は加害者だ、自分が可愛い偽善者だ。
現実がお前を傷つけてるんじゃない、お前が現実に傷をつけてるんだ」
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普通に聞いていると、まるで正論を言ってるようにも聞こえます。ヒューイにムカついていたプレーヤーの中には「よくぞ言ってくれた」と喜んだ人もいるでしょう。
しかし僕はオセロットの心理分析力の高さに感心しつつも、同時にものすごい「気持ち悪さ」を感じました。
なぜなら、オセロットのこの物言いは、『1984年』の作中、まさに101号室で主人公を尋問する愛情省の幹部オブライエンにそっくりだからです。
『MGS5』のオセロットと『1984年』のオブライエンを繋ぐ「ダブルシンク」
オブライエンは『1984年』に謎の人物として登場するキャラクターで、物語の後半に思想犯を尋問、洗脳する愛情省の幹部であることが明らかになります。
オブライエンは主人公を尋問室の中に監禁し、拷問にかけます。その中で彼は非常に説得力のある言葉で、ビックブラザーに反感を持つ主人公がいかに間違っているか、いかに愚かか、いかにみじめで哀れな存在かを、時間をかけて説明します。
主人公はそれを聞きながら、次第に精神が追い詰められていきます。オブライエンは時に厳しく叱責し、時に優しくしながら主人公の心をじっくりと壊していくのです。
そして101号室の中で、オブライエンは主人公がもっとも恐れるものを突き付け、その心を壊してしまいます。
『MGS5』のオセロットによるヒューイの尋問は、オブライエンのそれを思い起こさせます。オセロットはヒューイの心の弱い部分を見抜き、それを語ることで彼を精神的に追い詰めていくのです。
さらにオセロットはヒューイの一番恐れるものは「足を失うこと」であることも見抜き、腐食性の液体を彼の足に突き付け、その心を折ってしまうのです。
さらに今回のオセロットを語る上で外せないのがダブルシンク(二重思考)であり、これもまた『1984年』の中に出てくる用語です。
『1984年』の作中、聡明な頭脳を持つオブライエンは、オセアニアという国の異常さや、それが間違っていることも当然ながら気づいています。しかし彼はダブルシンクという思考法を自分自身に植え付けることで、異常な国家に対する忠誠を保ち続けているのです。
ダブルシンク(二重思考)とは即ち、二つの矛盾する考え方や記憶を同時に持つことできるようになる思考法で、作中ではオセアニアの独裁を永遠にするために必要不可欠なものとされています。
つまりビックブラザーの名のもとに国民を弾圧する方法を考える一方、もう一方では自分たちが平等で平和的な政府であることを心から信じられるようにするのです。
『MGS5』の後半、このダブルシンクという言葉が出てきます。
カセットテープの「真実の記録」の欄に「ダブルシンク」というテープがあります。
それによればオセロットは、ダブルシンクをすることでビックボスのファントムを本物だと思い込み、さらに必要な時にはそれを思い出せるようにすることで、ビックボスが実は影武者であるという事実を周りに悟られないようにしているのです。
おそらくはそれだけでなく、ダブルシンクを使うことでマザーベースにまつわるあらゆることをスタッフ達に隠していると思われます。
2分間憎悪
『1984年』の序盤、主人公が仕事をしていると、職場のモニターから映像が流れ出し、オセアニア国民の日課である「2分間憎悪」が始まります。
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”憎悪”が始まったのである。
いつものように人民の敵、ゴールドスタインの顔が画面にあらわれた。
”憎悪”が始まって30秒もたたないうちに、押さえきれぬ怒号がホールにいる人間の半数の口々から湧いて出た。
二分目になると”憎悪”は熱狂的なものに高まった。
椅子から飛び上がったり、声を限りに絶叫したりしてテレスクリーンから伝わる狂おしい羊の声を圧殺しようとした。
ウィンストンの後ろにいた女は
「畜生め!畜生め!畜生め!」
と絶叫していたが突然、分厚い新語法辞典をつかむなり画面めがけて投げつけた。
ハッと我にかえった瞬間、ウィンストンは自分も同僚と同様に絶叫しているのに気付いた。
ジョージ・オーウェル著『1984年』第一部より
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映画『1984年』より
「売国奴」ゴールドスタインに”憎悪”をむき出しにするオセアニア国民の皆さん。
2分間憎悪はオセアニアの国民に対して行われるプロパガンダです。
国中に設置されたテレスクリーンで2分間憎悪が放映されてる間、画面を埋め尽くす「売国奴と、その背後にいる敵国」に対して国民はありったけの憎悪をぶつけなければなりません。
その後画面にビックブラザーの慈悲深い顔がスローガンの文字と共に登場し、それまで憎悪を吐き出していた人々は一転して偉大な指導者に感動し、陶酔するのです。
2分間憎悪の目的は当然国民の感情をコントロールすることです
都合よく敵を作り出し憎悪を煽ることで国民の士気を高めていき、しかも内政の不満を外敵に向けさせることができるのです。
これと同じようなシーンが『MGS5』にもありましたね。そう、ヒューイの裁判のシーンです。
映画『1984年』より
「売国奴」ゴールドスタインに”憎悪”をむき出しにするオセアニア国民の皆さ、おっとこれは『MGS5』の映像だった。ゴメンッ見分けがつかなかった。
ヒューイの描写に隠された小島監督の意図は?
オセロットによる尋問、そして裁判の内容はヒューイに過酷な精神的苦痛を与える残酷なもので、どう考えてもやりすぎです。ですが物語はそのことに一切触れずに、そのまま進行していきます。そして何故か、「それは正しかった」「裏切者を追い出せてよかった」という形で『MGS5』は終わります。
何か変です。
そもそも『MGS5』は『グラウンドゼロズ』(『GZ』)という序章から始まっていますが、舞台はキューバの米軍基地であり、そこでは捕虜に対する違法な拷問が行われているという設定でした。
これは現実に則した設定で、実際にキューバの米軍基地で拷問が行われていたことが明らかになっています。これに関してはこちらの記事でも触れました。
さらに『ファントムペイン』でもソ連がアフガニスタンで行った残虐行為に触れています。
戦争における残虐行為に対する小島秀夫監督のメッセージであることは明らかですが、ゲーム中でなぜか主人公たちも同じような拷問をしているのです。
「アメリカやソ連がやるのは戦争犯罪、ダイヤモンドドックズがやるのは必要悪」
というふうに小島監督が思っているのでしょうか?
「そんなこと無い!」とあながち言い切れません。なぜなら小島監督はあきらかにかわぐちかいじ先生の『沈黙の艦隊』に 影響を受けているからです。
『沈黙の艦隊』には、「アメリカやロシアなどの国がそれぞれ核武装するのは危険だが、国家を超えた存在が核武装して世界を平和にするのは必要悪」だというような思想が出てきます。
まさに国家を超えた存在であるビックボスと彼が率いるダイヤモンドドックズが核武装したり、捕虜に対して拷問するのは必要悪だと、『沈黙の艦隊』に影響を受けた小島監督が思っている可能性はあります。
しかし
それならなぜ国家を超えた「まともな傭兵組織」であるダイヤモンドドックズを、『1984年』の独裁国家オセアニアにだぶらせる必要があるのか?
「裏切者」、「裁判」、「尋問」、「拷問」、「BIG BOSS IS WATCHING YOU!」『ダブルシンク』、「101号室」
『1984年』から引用されているこれらのキーワードを結び付けていくと、僕には小島監督がこうメッセージを発しているように思えるのです
「ヒューイは無実である」
「裏切者」ヒューイはなぜ小島監督のメガネをかけているのか?
ヒューイが無実であるというのが僕の妄想でないとすると、小島監督はなぜそれを隠したりするのでしょうか?
そのヒントらしきものは、ヒューイのラストシーンで垣間見ることができます。
裁判を受けたヒューイはビックボスの温情によって命は救われますが、マザーベースからは追放されることになります。
ヒューイはひたすら「僕は悪くない」と叫びながらマザーベースを後にします。
しかし、ここでヒューイがかけているメガネが、なんと小島秀夫の愛用しているメガネと同じものだというのです。
これはJ・F・RAYという企業の作ったもので、ツイッターでコラボを発表するほど、小島監督は懇意にしているようです。
ヒューイがこのメガネをかけているのは、追放されるこのシーンだけであり、他のシーンでは違うメガネをかけているようです。
ダイヤモンドドックズを裏切ったくせしてコナミを裏切った小島のメガネなんか掛けやがって! ん? じゃあ良いのか。
これは偶然同じものをかけさせただけなのでしょうか? しかしこう捉えることもできます。
マザーベースから追い出されるヒューイ = 小島秀夫
前回の記事でも書きましたが、元々ヒューイ、オタコンは小島監督の投影が非常に強いキャラだったはずです。なぜそのキャラを「裏切りによる追放」という目に合わせ、その時になぜ、よりにもよって監督と同じメガネをかけているのか?
そこで考えたいのは、「小島秀夫退社」という噂を巡るコナミの一連の騒動についてです。
コナミが「ビックブラザー化」した?
元々これは今年の3月に、小島プロダクションのツイッター公式アカウントがメタルギア公式アカウントに移行することが発表されたことで始まった騒動です。
その後メタルギア公式アカウント上でコナミの制作体制の変更と小島プロダクションの制作本部体制への移行が発表され、さらにメタルギア公式HP上から小島プロダクションの表記が消えたことでネット上で「コジプロ消滅か?」との噂が立ち始めます。
その後も関係者のツイートで小島監督が退社する、もしくは既に解雇したとの情報が流れ、それをコナミが否定するなど騒動は拡大していきました。
このことに関して小島秀夫監督は沈黙を守っており、いまだに真相は分かりません。
この騒動が起こる以前からコナミを巡っては『ラブプラス』の制作者である内田明理さんの突然の退社や、桃太郎電鉄のさくまあきらさんがツイッターでコナミを批判するなど、社内環境の問題が疑われていました。
ネット上では「コナミ社内で経営陣とゲーム制作側の深刻な対立が起きていて、小島秀夫は経営陣に逆らったために干されてしまった」、というような噂が立っていますが、これも真相は不明です。
また有名なゲーム系ブログであるKOTAKUがコナミ社内の状況を暴露し、話題になりました。
『コナミで働くとき、ビッグ・ブラザーが常にお前を見ている』
と題されたこの記事の中で、コナミの社員が厳重な監視の中で仕事をしていることを明らかにしています。ここでもまたビックブラザーが出てきました。
以下はネット上に出回っている翻訳のコピペです。
・コナミには「内部監査室」という、従業員にとってみれば秘密警察と言える部署がある。ここでは、メール、監視カメラの映像など社内を逐一観察している
・コナミには「モニタリング課」と呼ばれるチームもあり、各部屋、廊下、データセンターに備え付けられた監視カメラの映像をチェックしている。「内部監査室」は従業員を監視するため、これらすべての情報にアクセスできる
・「内部監査室」は、元コナミ社員を新しく雇うことになった会社に連絡をとり、コナミでどれだけ酷い従業員だったかを伝えているという
・社員がネットを使う際には、IT部署にVPNの申請が必要。ノートパソコンを自宅に持ち帰る場合も申請がいる。必ずVPNを通さなくてはならず、ランダムで画面上のスクリーンショットが撮られている
・屋外に出るときにはIDカードを通すが、どこにいくのか警備員に言う必要がある。営業時間内に社内から出る場合は、追跡されファイリングされる。あまりにも頻繁に外出する従業員は懲戒処分もある
・毎週月曜日、録画された会議の模様が社内ウェブサイトに公開される。全社員がこれを見なくてはならず、見たかどうかもチェックされている。これを見なかった従業員は所属部署と名前が会社内にアナウンスされる
コナミの中には「内部監査室」と呼ばれる部署があり、社内のあちこちに設置された監視カメラで常に社員の行動を厳しくチェックしているということです。
さらに規則を守れなかった社員を厳しく罰するなど、この記事ではコナミの過剰な管理体制を『1984年』に出てくる監視社会にそっくりだと書いています。
しかしソースがわからないので、この記事がどこまで本当なのかはわかりません。
小島監督のメガネをかけたヒューイの話に戻しましょう。
もしこの記事に書かれていることが事実で、このことに小島秀夫が反発したことで今回の騒動が起きたとします。
すると恐ろしいことに、今回の『MGS5』の内容と気持ち悪いぐらい状況が一致してしまうのです。
ヒューイ=小島秀夫、マザーベース=オセアニア=コナミ
もし「ヒューイがダイヤモンドドックズの裏切者としてマザーベースから追放される」ことが、「小島秀夫がコナミに逆らったため、会社から追放される」ことと重ねられているとすれば、これは一体どう捉えるべきシーンなのでしょう?
可能性としては
①小島秀夫はコナミの規則を守らなかった為に処分された。つまり自業自得である。だから裏切者のヒューイと小島秀夫を重ねて描いた。
②処分された小島秀夫は可哀想。ヒューイも追放されて可哀想。境遇が似ているのでとりあえず重ねてみた。(ヒューイが「裏切者」なのはスルー)
③ヒューイが実は無実の罪で追放になった、そのこと示すヒントとしてコナミ社内で理不尽な境遇にある小島秀夫のメガネを彼にかけさせた。
もし③が正解ならば、今回の『MGS5』におけるヒューイの描写は、全て小島監督がコナミ社内で経験したことのメタファーなのではないでしょうか。
小島監督はコナミ社内で受けた酷い冷遇を、「ヒューイが仲間たちから裁かれ、糾弾され、最後は追放される」という描写の中に隠したのではないでしょうか。
そうだとするなら、やはりヒューイは無実であり、陥れられたと考えるのが自然です。
では誰が、なぜヒューイを陥れたのでしょうか?
ヒューイは、誰に、なぜ無実の罪を着せられたのか?
おそらくカズのハンバーガーのことが心配なのだろう。(詳しくはカセットテープを聴け)
「カズヒラに気を許すな」
第2章の途中にあるイベントの中でキャラクターの一人、コードトーカーがビックボスにそうつぶやきます。
しかしこの発言に関してはその後の物語の中で一切触れられず、そのまま『MGS5』は終わってしまいます。
「『MGS5』は未完成であり、何かの伏線を貼ったけど回収できなかった」、ということも考えられます。
しかし僕にはこれが何かのヒントに思えてなりません。
もしヒューイに罪を着せた者がいるのなら、順当に考えて、犯人は間違いなくカズでしょう。
彼は9年前に、ヒューイが受け入れた核査察でマザーベースが崩壊したことを恨んでいました。カズは執念でヒューイを探し当てた後、彼を尋問しながら「お前は何も失っていない」と怒りをあらわにします。
ヒューイが有罪である決定的な証拠の一つだったATGC社とヒューイの交信記録もカズが発見したものであり、これも怪しい気がします
カズ同様に怪しいのがオセロットです。
今回のオセロットのキャラクターは、明らかに『1984年』のオブライエンに影響を受けていると思われます。
何度も言いましたが、9年前のヒューイの裏切りを証明できるものは何一つありません。それなのに慎重なオセロットが、ここまでヒューイをクロだと確信できているのは不自然です。
今回のビックボスは影武者であり、あくまでも兵士たちを従わせるための偶像でしかありません。本物のビックボスがいないダイヤモンドドックズを実質的に統括しているのはカズとオセロットの両名です。
エンディング後に見られるエピローグ(『MGS』恒例、タイトルバックで聞こえる会話)からもそれが伺えます。
「敵」に対する憎悪を煽ることで、ダイヤモンドドックズの結束を強め、自身の権力をより大きくしようとしたと考えることもできます。
そうなると第2章で起こった隔離棟のバイオハザードも、この二人が本当の犯人である可能性が出てきます。
(ちなみに『1984年』の中でオセアニアは定期的に敵国のロケット弾攻撃を受け、大勢の死者を出しています。ですが中盤で「実はこのロケット弾はオセアニア政府自身が発射しているのではないか」という話が出てきます。結局その真相はわからないままですが、その目的としては死者を大勢出すことで敵に対する国民の憎悪を煽り、さらに戦時であることを常に国民に自覚させることで士気を高められるからだそうです。)
他にいるとすればビックボス(ヴェノム・スネーク)でしょう。
プレーヤーが操作しているキャラクターゆえ、彼がヒューイを陥れることは考えにくいですが、それでもマザーベースを(形だけとはいえ)仕切っている以上可能性はあります。
ヒューイを処刑せず、追放で済ませたのは、復讐の連鎖を引き起こさないための冷静な決断だったかもしれませんが、ひょっとしたら彼も真相を知っていたのではないでしょうか? ヒューイを逃がしたのは、良心の呵責からの選択かもしれません。
もしくは「本物のビックボス」のように慈悲を示すことで、「偉大な指導者ビックボス」という「偶像」を完璧に演じきっただけ、という可能性もあります。
終わりに ー「事実なる物は存在しない」ー
「まともなのは僕だけか?」
これはヒューイの残したセリフです。
確かにビックボス率いる傭兵部隊ダイヤモンドドックズが危険な存在であることは事実です。彼らはビックボスという強力なリーダーを信奉しているカルト集団であるという見方もできます。
しかし実際にゲームをするプレイヤーにはそうは思えません。スタッフを集め、マザーベースを拡張し、勢力を拡大している間、プレーヤーはダイヤモンドドックズという組織に酔いしれています。
ですが今現在私を含め、大勢のプレーヤーが育てている組織は、結局アウターヘブンへと変身していくことになります。
我々はテロ国家を育て上げているのです。
狂っているのはビックボス(プレーヤー)か、それともヒューイなのかは誰にもわかりません。
「事実なるものは存在しない。あるのは解釈だけだ」
最後のエピソードに出てくる意味深なニーチェの引用。小島秀夫が何を言いたいかはわからないが、一つ言えるのは俺が書いたこの記事はまさにこの引用通りだということだ。全ては小島の手のひらの上・・・。
ヒューイが裏切り者でなく、劇中に彼が語っていたことが全て本当だとするなら、9年前の真相はこうです。
「9年前、ヒューイはマザーベースが核武装することに大きな危機感を持った。それはマザーベースが道を誤り、世界から孤立化する選択をしたことだ。
『MGS:PW』の経験から彼は核抑止の考えには反対だった。
このままでは大きな悲劇が起きることを予感したヒューイは、ビックボスの反対を押し切って国連の核査察を受け入れた。
マザーベースの核武装は止められなくても、査察を受けることで世界からの孤立は防げるはずだった。
しかし査察団は偽装だった…。」
しかし9年前の裏切り、隔離棟での殺戮がシロだったとしても、やはりストレンジラブの件での疑惑は残ります。前回の記事で言った通り、彼は明らかにストレンジラブとHALに関しては何かを隠しているように思えます。
ですがストレンジラブとヒューイの会話テープも何も発見できないため、やはりこれも「クロだ」とは言い切れません。
あるいはオセロットの言う通り、彼は心が壊れていて、自分が犯人である事実を否定しているだけなのかもしれません。
だとしたらなぜ、『1984年』からの引用が、ヒューイの周りにこれほど散りばめられているのか?
『1984年』とは全体主義社会が個人を抑圧していく恐怖を描いた話です。しかし『MGS5』の表面だけを見れば全体主義社会(ダイヤモンドドックズ)が個人(ヒューイ)を抑圧することが正しかったかのように見えます。思想的にはリベラルである小島秀夫が『1984年』をそんな風に引用するでしょうか?
しかもヒューイのかけているメガネは、まさに全体主義社会(コナミ)に抑圧されている最中である(だと噂されている)小島秀夫自身のメガネなのです。
小島監督は普段から現在の日本のゲーム業界が次第にガラパゴス化し、孤立していくことに危機感を感じていた人です。
暴走をやめないダイヤモンドックズに対し、「まともなのは僕だけか!?」「僕は皆のためを思ってやったんだ」「僕は悪くない」などとヒューイが叫びますが、傲慢にも聞こえるこの言葉を小島秀夫自身の気持ちだと考えるなら、そこにはゲーム業界がただ売り上げのみを重視していく現在の状況に対して普段から警鐘を鳴らし、世界に挑戦できる大作ゲームを作ろうとした小島監督の切実な本音が込められているような気がします。
劇中のヒューイのように小島秀夫も今や、日本のゲーム業界で孤独になってしまったのではないでしょうか?
もちろんコレ全部、推測ですけどね。
謎は尽きません。ひょっとしたら僕の妄想かもしれません。
しかし小島秀夫は『MGS5』の発表当初からお客への意図的なミスリードを繰り返してきました。『ファントムペイン』という謎のゲームを、無名のメーカーのふりをして発表、後に「実は『MGS5』でした」と公表するという演出を小島監督は行っています。
その後再び無名のメーカから配信された謎のゲーム『PT』は、これが実は小島秀夫監督による『サイレントヒル』新作だとクリア後にわかる仕掛けになっていました。(その後制作中止)
『ファントムペイン』のために用意されたインチキ会社とインチキ経営者。小島秀夫は本当にこういうのが好きだ。
ひょっとしたら不可解なヒューイの描写も、小島秀夫が『MGS5』に仕掛けたプレイヤーへのミスリードなのかもしれません。
もしそうなら小島秀夫は嘘の情報をながし、ネット上でヒューイに対する”憎悪”を煽ったことになります。
ネット上にある『MGS5』の掲示板では、誰もが疑問すら持たずにヒューイに対する悪口を書き込んでいます。「2分間憎悪」顔負けです。
『MGS5』で我々プレイヤーはならず者の傭兵組織を拡大して全体主義社会に作り替え、核兵器を開発し、他人のマザーベースから資源を強奪しては相手プレーヤーと報復合戦を繰り返し、有罪かどうかもわからない男をマザーベースから追放してネット上で憎悪を吐き出しているのです。
小島秀夫はプレーヤー自身に『1984年』の世界を作らせました。
ひょっとしたらこれこそが監督の「狙い」だったのかもしれません・・・
予告編通りビックボス(プレーヤー)達は悪に墜ちたのです。
前編⇩
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僕が呼んだのはこっちのほうです。