BA Theses Public Presentation
2015-02-15(Sun)
2月10日にA2教室で行われた2014年度の卒論発表会。4年生、3年生、教員をあわせて30名ほどが会した。司会を担当した教員が英語で始めたのを皮切りに、15名中11名が英語で発表した。その意識の高さに感心すると同時に、「英文研をまるで英語圏にいるかのような異空間にできないものか」と密かに願いながらバーミンガムから帰国して1年半足らずのうちに、じっさいにそうなってきていることを実感し、感激した。うまくいけば、近い将来、論文発表は英語ですることがあたりまえになる。なかにはわたしなどよりもはるかに流暢な英語を話す学生もおり、その発表は世界の学生たちとじゅうぶんわたりあえる堂々とした内容だった。
毎年のことながら、専門移行後3年間で一定レヴェルの英語論文を書き上げるまでに成長した姿を見るのは、感慨深い。英語による発表について、「2年生のときは10分間が長く感じたが、いまは短すぎる」という4年生のひとことが、彼女たちの成長の跡をみごとに代弁している。
11年間務めた前任校の英文科では、送り出した300人近い卒業生のなかで、英語で発表したのはたった一人だったと記憶している。あのときは、なんとなく違和感を覚え、聴衆のレヴェルを考えると、「学部レヴェルでそこまでさせるのはどうか」と批判的だった。もう20年以上前のこと。留学経験はまだなかった。わたし自身「井の中の蛙」だったということだ。
あえて辛口の感想を言おう。おのおの作品と格闘した跡はわかる。しかし、「その解釈が批評史のなかでどう位置づけられるのか」「自分が研究したことがどう独創的なのか」―そこまで踏み込んだものは、発表を聞くかぎり、見当たらなかった。また、出典を明記したハンドアウトは皆無だった。いずれも、アカデミズムの世界では常識的なこと・・・。2,3年生のときから授業で何度も言い聞かせたはずなのに・・・。「しょせんBAレヴェル。そこまで求める必要はない」という意見があるのは承知している。でも、それでは世界と対抗できない。
11年間務めた前任校の英文科では、送り出した300人近い卒業生のなかで、英語で発表したのはたった一人だったと記憶している。あのときは、なんとなく違和感を覚え、聴衆のレヴェルを考えると、「学部レヴェルでそこまでさせるのはどうか」と批判的だった。もう20年以上前のこと。留学経験はまだなかった。わたし自身「井の中の蛙」だったということだ。
あえて辛口の感想を言おう。おのおの作品と格闘した跡はわかる。しかし、「その解釈が批評史のなかでどう位置づけられるのか」「自分が研究したことがどう独創的なのか」―そこまで踏み込んだものは、発表を聞くかぎり、見当たらなかった。また、出典を明記したハンドアウトは皆無だった。いずれも、アカデミズムの世界では常識的なこと・・・。2,3年生のときから授業で何度も言い聞かせたはずなのに・・・。「しょせんBAレヴェル。そこまで求める必要はない」という意見があるのは承知している。でも、それでは世界と対抗できない。
(BA Theses Public Presentation, A2, 10 Feb 2015)