苦しいけれど、目を逸らしてはいけないと思った。ー西加奈子(作家)
僕が自ら映画監督を名乗らないのは、橋口監督のような人がいるからです。こんな映画を作る人と自分が同じ職業なわけがない!これぞ映画!これぞ映画監督!そしてこれぞ今観るべき日本映画!!!ー大根仁(映像ディレクター)
『恋人たち』という映画を観てきました。冒頭の引用は、この映画に寄せられた一部の著名人のコメント。苦しいストーリーであるものの、笑える、滑稽なところもある作品。それに向き合うと痛いことがわかってるから避けてきたことに、正面でぶつかっていく今作。大根さんは『バクマン。』の監督ですね。
『ぐるりのこと』、『ハッシュ!』などで有名な橋口監督の最新作です。この監督の作品の特徴は、どこまでも人を信じるということ。ちなみに、上映後のトークイベントで橋口監督のお話を少し聞けました。
7年ぶりの長編だったんで、めちゃくちゃ待ちに待った1本。今の日本を描いた、人間ドラマの傑作でした。
最初に言っておくと、今年観た邦画の中で間違いなく1番。140分と長い時間でしたが、一瞬も目が離せなかった。007の最新作がこれからなんで、「邦画」にしておきます。笑
究極的に人間を描いた映画。なんでこんな名作が東京でもテアトル新宿でしかやってないんだよ!もったいないなあ。
それぞれの「恋人たち」
まずは予告編をどうぞ。
主演は3人。
この3人は全員、監督自らがオーディションで選び、脚本は彼らのキャラクターを活かして監督がアテ書きしたというもの。無名の新人俳優たちです。
だけどこの作品、無名の俳優だからといって、映画のクオリティが低いなんてことは一切ありません。
むしろ、リアル。こう言ったら失礼ですけど、主演が人気俳優の、知名度目当ての作品とかあんまり感情移入できないんですよね。笑
その点、どこにでもいそうなこの3人は現実よりも現実だったような気がします。
1人目は橋梁点検で働きながら、3年前に妻の命を奪った通り魔に対する裁判を諦め切れないでいるアツシ役の篠原篤さん。
この映画の冒頭は、その亡き妻との思い出をアパートの一室で語るシーンから始まります。
2人目はそりが合わない姑、自分に関心を持たない、魅力的でない夫との平凡な暮らしの中、突如現れたら男に心が揺れ動くどこにでもいるような主婦、瞳子役の成嶋瞳子さん。
3人目は親友への思いを胸に秘める同性愛者で、完璧主義のエリート弁護士、四ノ宮役の池田良さん。
ストーリーはこの3人を軸に進んでいきます。三者三様の「恋人たち」の物語です。
痛いときに「痛い」って訴える男
ちなみにぼくはこのセリフで涙腺やられました。笑
「笑うのはいいんだよ。腹いっぱい食べて笑ってたら、人間なんとかなるからさ」
これは黒田とアツシが身の上話で盛り上がっていた時のセリフ。
監督も仰ってましたが、黒田もアツシもそんなことでなんとかならないってことを知ってるんですよね。
だからみんな虚勢でいいから強がって、空元気で生きていくしかない。
自分に嘘つかないとやってけないんですよ。アツシをその瞬間だけ励ますようなこの言葉がぼくは好きです。
そして、この映画の最後のアツシの一言。監督が全ての悩める人たちに対して「こうやって生きてくんだよ」って提示してくれる、ささやかな光を灯してくれるような言葉に救われる人は間違いなく多いでしょう。ラストのアツシの亡くなった妻への独白も圧巻でした。
ここまで見て、暗い話だと思うかもしれません。確かにそうです。でも、シリアスの中にも少し距離を置いてみれば滑稽に見えるようなシーンも多いんです。苦しくなる部分も多いんですけど、日常を離れてないんですよね。
実際、上映中に結構笑い起きてましたし。
日本のプリンセスに憧れる主婦
痛いくせに痛くないフリをする男
さいごに
今の日本で生きる、すべての悩める人たちに観てほしい一本。
この映画は誰の痛みも解決しないかもしれない。だけど、ささやかな希望をもたらしてくれるラストにあなたもきっと励まされることでしょう。ほんとに観てよかった。