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アメリカントラッドの起源は No.1サックスーツにある

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2015.12.2 UP NEW

アメリカントラッドの起源は No.1サックスーツにある

アメリカントラッドを語る上で、その起源となったアイテムを挙げるとすれば、ブルックス・ブラザーズが製造したNo.1サックスーツが当てはまる。今回はアメトラの始まりを改めて探るべく、2回に分けてこのスーツについて考察していこう。
text_shuhei tohyama
illust_yoshifumi takeda
edit_rhino inc.

アメリカントラッドとは、
どのように誕生したのだろう?

我々が普段着として愛用しているボタンダウンシャツやチノクロスパンツ、あるいは仕事に使うトラッドスーツやレジメンタルストライプタイ。こうしたアイテムを組み合わせてワードローブを構築することをアメリカントラッドと当たり前のように呼んでいる。

しかしアメリカントラッドは、いったいいつ頃、どのようにして生まれたのだろう。こうした素朴すぎる質問をいろいろな方に聞くと、案外業界のプロフェッショナルでも言葉に窮してしまうことがある。

アメリカントラッドの起源については諸説あるだろうけれど、このコラムを一緒に企画編集してくれる仲間たちと話あった結果、それは『No.1(ナンバーワン)サックスーツが登場したことから始まるにすべきだ』という見解で一致した。

その理由を述べるには、まずNo.1サックスーツとは何かを説明しなくてはならない。


No.1サックスーツジャケット

No.1サックスーツとは何なのだろう?

No.1サックスーツとは、1818年に創業した米国の老舗クロージングストア、ブルックス・ブラザーズが製造したスーツのモデル名を指す。このスーツが登場したのは、1915年だとか、否1918年が正しいとか、いろいろな説があったのだが、最近ブルックス・ブラザーズのオフィシャルフェイスブックで1901年と明記されたので、ここではその年号を採用することにしている。

1901年は、20世紀が始まったばかりの年。プレイボーイにして希代の洒落者として知られるエドワード7世が英国王に即位し、暗く厳格だったヴィクトリア時代に一区切りがついた年でもある。そんな時代、それまでさまざまな形で登場していたサックスーツのデザインを総括するように、ブルックス・ブラザーズは、『これこそが、希望に満ちた国アメリカにふさわしいグッドテースト(趣味の良い)なスーツである』と自信をこめて発表したのがNo.1サックスーツなのである。

No.1サックスーツのデザイン詳細を解説しておくと、肩のラインはパッドのないナチュラルショルダー、シングルブレストの3つボタン段返り衿(一番上のボタンが衿の下に隠れているディテールのこと)、ボディのラインは胴に絞りを入れない直線的なライン、腰ポケットはフラップポケット、背中にセンターベントが切られる、というもの。

つまりNo.1サックスーツは、ビジネススーツとして今も多くの人々に愛用されているトラッドスーツを100年以上も前に先取りした画期的なデザインであった。このスーツの登場によって、新興国アメリカはファッションにおいても英国の影響から抜け出て、アメリカらしい独自のトラッドスタイルを獲得したのだといえよう。

ちなみに、もうひとつの代表的なトラッドアイテムであるボタンダウンシャツ(ブルックス・ブラザーズではポロカラーシャツと呼ぶ)は、創業者のひ孫にあたるジョン・E・ブルックスが、英国でポロ競技を見ているとき衿に小さなボタンをつけることを思いついて、20世紀初頭に売り出している。そんなことからも、アメリカントラッドの起源を1901年に置くのは妥当と考えられるはずだ。


ラウンジスーツ

サックスーツが誕生するまでの
近代メンズモードをおさらいしておこう

トラッドスーツは、現代でこそコンサバなスーツという印象が強いけれど、サックスーツが登場した時代にそれを好んで着たのは、新しい産業を積極的に興していくイノベーター(革新者)が多かったのである。

その事実を証明するために、まずは近代のメンズモードの歴史を簡単に振り返ってみることにしたい。

18世紀半ばに英国では産業革命が起こる。さらに18世紀後半にはフランス革命が起こり、貴族が愛用していたブリッチェズ(半ズボン)の代わりに、革命側の市民が愛用したトラウザース(長ズボン)が流行する。と同時に、それまでモードの中心地だったパリは革命で疲弊し、代わってメンズファッションの中心は産業革命で経済が活性化したロンドンへ移るのである。

19世紀初頭のロンドンにはダンディの元祖ボウ・ブランメルが登場。華美な宮廷衣装に代わって白×黒のシンプルなスワローテールコート(燕尾服)、ウエストコート(ベスト)、トラウザースというすべて異なる生地で作られた3点セットが紳士のドレスの主流になっていく。また昼間の仕事着としては、モーニングコートやフロックコートが活用されていた。つまり当時主流になっていた3種のテールコートはいずれも着丈が長いものだったのである。

そして1848年頃にラウンジジャケットが登場。さらに同一生地のスリーピースで作られたラウンジスーツが1860年頃に出現する。ちなみにサックスーツとは、ラウンジスーツの米国式の呼び名であった。


スモーキングジャケット

サックスーツは20世紀の新しい社会にフィットした

上着丈の長い燕尾服やモーニングコートに対抗するかのように現れた、上着丈の短いラウンジスーツはいったいどのようにして生まれたのだろうか。そのデザインルーツはふたつあると考えられている。

ひとつはスモーキングジャケット。もうひとつはハンティングジャケットである。

19世紀の紳士の間では喫煙が流行していた。ご婦人方との会食の後で、紳士は男だけの会話と喫煙を楽しむためにスモーキングルームへ向かう。この当時、女性の喫煙はタブーとされていたからだ。その部屋で彼らは、煙草の臭いが燕尾服にうつるのはマナー違反になるという理由で、スモーキングジャケットに着替えた。着丈の短いスモーキングジャケットのデザインは、ラウンジスーツだけでなく、ディナージャケットのルーツになったともいわれている。

狩りや釣りに使用されるハンティングジャケットも、機能性を考慮して着丈の短い上着が多かった。その代表的なアイテムは、ディーサイドコートとかツイードサイドコート呼ばれる服。ディーとツイードは、狩猟地を流れる川の名前である。


ディーサイドコート

これらの服のデザインは、防風防寒を考慮して、衿がステンカラーコートのようになっていた。しかも首もとのボタンを開き、前合わせを左右に開くと、それがラペルのようになる工夫がされていた。これをギリーカラーと呼ぶ。サックスーツのVゾーンが極端に狭かったのは、ギリーカラーの影響が強かったように思う。ギリーとは狩猟案内人のことである。

いずれにせよこの2種の着丈の短い上着を足がかりにして、サックスーツは、フロックコートやモーニングコートに代わってビジネスウエアの地位を獲得。代わりにテールコート類はフォーマルウエアへ格上げされるのである。

時は、世紀末から20世紀へ。産業、科学、芸術、文学など、あらゆる分野でパラダイムシフトが起こり、旧社会と新社会の価値観がぶつかりあった時代である。ファッションにおいても、着丈の長いテールコートに代わって、新社会を代弁するサックスーツの勢いが次第に増していくのは当然のことであった。

その現象は、IT産業の台頭によってビジカジという新たな仕事スタイルが生まれたようなもの、と譬えれば現代人にも理解できるはずであろう。


(1月6日公開)後半へつづきます。


遠山 周平さん

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遠山 周平(とおやま しゅうへい)さん
服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。

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