お前は俺の言うことすぐ否定するもんな。
否定してるわけじゃない。
ボケるから突っ込んでるんです。
仕事なんですね。
デジタルアートの風雲児猪子寿之さんが伝授する「チームのチカラ」。
(2人)お楽しみに!
(テーマ音楽)宮城県石巻市にあった精神科病院の恵愛病院。
津波で24人の患者と3人の職員が犠牲になりました。
恵愛病院で看護部長を務めていた…多くの命が失われた事で震災後も苦しみ続けました。
あの日病院には115人の患者がいました。
地震発生後藤中さんたちは患者を1階から2階へ避難させようとしていました。
50人ほどが集まっていた1階の広間にいた藤中さん。
窓の外を見て異変に気付きます。
黒い水が窓を突き破って流れ込み天井近くまで達します。
患者や職員たちは沈んだり浮かんだりしながら互いに声をかけ合いました。
しばらくして水が激しく引き始めました。
水の中には全く動かなくなった患者が20人以上いました。
全員を助ける時間はありません。
藤中さんは決断を迫られます。
強烈な引き波の中で藤中さんは息がある患者を2階へ運ぶよう指示します。
一方助かる見込みが少ないと思われる患者の手を放さざるをえませんでした。
その後藤中さんたちは生き残った患者を市外の病院に順次転院させる事にします。
3月末に全ての患者の移送が完了したあと病院は閉鎖。
藤中さんも退職します。
あの日の出来事は藤中さんを苦しめ続けました。
藤中さんは人と会う事を避け毎日近所の道をひたすら歩きました。
1年後転機が訪れます。
知り合いに誘われデイサービスセンターで働き始めたのです。
今の職場からは恵愛病院の跡地が見えます。
2015/11/30(月) 23:20〜23:25
NHKEテレ1大阪
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県石巻市 藤中好子さん」[字]
東日本大震災に遭遇した人々の証言。宮城県石巻市の精神科病院で看護部長を務めていた藤中好子さんは、津波から患者全員を救えなかったという苦悩にさいなまれてきた。
詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した人々の証言。宮城県石巻市の精神科病院で看護部長を務めていた藤中好子さんは、津波に襲われたとき、患者全員を救えなかったという苦悩にさいなまれてきた。
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
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