ふんわりとしたスポンジに甘〜い生クリーム。
家族との幸せな時間を彩るのが…誰にとってもうれしいはずのこの手作りケーキをちょっと違った視点で描いた物語があります。
この辛辣な表現は母への反発そのもの。
しかしこのケーキが生き方を模索する娘の心をちょっぴり変えていく事になるのです。
光る石をたどれば行き着く不思議な家にあのお菓子の家のヘンゼルとグレーテルの末えいが暮らしています。
彼らが振る舞うおいしいお菓子の物語をご賞味あれ。
「グレーテルのかまど」へようこそ。
うれしい時悲しい時もうひとふんばりしたい時一口頬張ると何だか元気が湧いてくるのがスイーツ。
その一つ一つに思いがけない誕生のドラマやその味を愛してやまなかった人々の物語が秘められています。
そんな不思議なスイーツの物語を我が家のかまどで最高においしく焼き上げましょう。
今宵ひもとくお菓子は「角田光代のホームメイドケーキ」。
女性の心の奥底にある感情を独特の視点で紡ぎ出す作家角田光代。
2006年に発表した小説「薄闇シルエット」に「ホームメイドケーキ」の一節があります。
一体どんな事が書かれたお話なのか。
作者の角田さんは…。
書きたかった事は…まあ迷っている姿ですよね。
30代の女の子が迷っている姿っていうのを単純に書きたかった。
この小説が出る少し前「負け犬の遠吠え」という本が出版され30代以上の未婚女性が自ら「負け犬」と称する事が大きな話題に。
就職結婚出産…何が「勝ち」で「負け」なのか。
「薄闇シルエット」に描かれた30代女性のリアルな描写が大きな反響を生んだのです。
その物語の第1章が…主人公の…物語の冒頭つきあっている彼氏が突然仲間に自分との結婚を宣言します。
「ちゃんとしてやんなきゃ」と得意げな彼。
しかしハナにはある感情が芽生えるのです。
このどこかしっくりこない感情は何かに似ている。
そうそれが母のホームメイドケーキだったのです。
洋菓子店に並ぶ美しいケーキに比べ家族の誕生日の度に母の作るケーキはあか抜けずやぼったい。
そんなケーキをハナは冷ややかな目線で語ります。
母と娘の関係ってとっても微妙なところがあると思うんですね。
母親の価値観ずっと聞かされてきた価値観っていうのから逃れるのがすごく難しいと思うんですよね。
その手作りのケーキっていうのは象徴と言ったらおかしいですがお母さんの価値観じゃないものもいっぱいあるっていう事に気付いていくきっかけの一つですね。
母の価値観以外にも世の中には可能性を秘めた何かがあるはず。
そう気付き反発するハナ。
しかし物語が進むにつれ母が手作りする本当の意味を知る事になるのです。
ねえこの本どう思う?う〜ん…。
俺もちらっと読んでみたんだけど男だからか理解しづらいというか難しいんだよね。
そっか…。
かまどはね胸が苦しくも痛くなるぐらいすごく感じちゃうの。
あそうなんだ…。
ちょっと姉ちゃんこんな事も書いててさこれ見て。
今まで俺もいろんなスイーツを作ってきました。
おしゃれでスタイリッシュな…だから「あか抜けない」がちょっと分かんない。
スタイリッシュだとは存じませんでした。
そうなの?かまど思うんだけどグレーテルはその主人公の気持ちがきっと分かったんだと思うよ。
そうなのかな。
誕生日の度に家族のためにケーキをかいがいしく手作りする専業主婦の母。
一方独身で女友達と一緒に古着屋を経営するハナ。
そんなハナに母は「早くいい人を見つけて結婚をしてきちんとした家庭をつくりなさい」と言います。
そして反発するハナは母との対話を放棄するのです。
母親に「結婚しなさい」とずっと言われてきて母のように生きたくない。
お家にいて手作りのおやつを作って手作りのお洋服を縫ってそうやって生きていく事は嫌だと。
多分多くの人が何か持っている…母親に対して持っているこの人のようにはできないとかもしくはこの人のようにはなりたくない。
何ていうかそういうある種敵対とかではないもうちょっと普遍的なちっちゃい感情。
結婚する事だけが幸せなのか疑問を抱くハナ。
一方家庭を守る事に懸命だった母。
世代も価値観も違う親子の複雑な感情がホームメイドケーキを通して描かれているのです。
昭和40年代は女性は結婚したら家庭に入るのが当たり前という時代。
そんな中オーブンなどが普及しお店や裕福な家でしか作れなかったケーキが庶民も作れるようになります。
手作りのスイーツで家族を喜ばせる事が母親たちのささやかな幸せだったのです。
そんな時代に子供の頃を過ごした角田さんのイメージするホームメイドケーキとは…?市販品よりちょっとおいしくないケーキというイメージがあります。
ちょっともっさりしたケーキで。
スポンジもちょっとふわっというよりどっしりしているような。
断面が切ってあって中にクリームが敷いてあるんですけど缶詰のミカンとかパイナップルが切って入っててというようなあか抜けないケーキをイメージして書いていました。
母の温かな愛情に満ちたケーキはどこかもっさりあか抜けない。
母と娘の繊細な関係を象徴するものでした。
ハナが子供の頃昭和40年代はね「お父さんは外で仕事」「お母さんは家を守る」っていう時代だったのよ。
家庭像がそれだったんだ。
みんなちょっとずつ家庭にゆとりができてきて手作りのケーキを作るとかそういう生活を楽しみ始めてね。
すごくいい時代だと思うけどね。
そういい時代だったの。
じゃあ早速キメテ!はい!はい決まりました!今日はあえてあか抜けないけれども温かいというそんなホームメイド感たっぷりのケーキを目指しましょう。
任せといて下さい!でもスポンジは何回も作ったから。
任せますよ。
じゃあ小麦粉を入れるところでまずオキテいっちゃいましょう。
もっさりってアリ?アリです!角田さんも言ってたでしょ。
「ちょっともっさりした感じで」って。
洗練されていない素朴な感じが逆にいいのよ!確かに。
それにはいつもより粉が多めに。
確かに多いもんね!満遍なく振った方がよかったけどどさっと荒っぽくいったね。
そこなのよスタイリッシュじゃない理由は。
もっさり感を演出したかったの。
それは要らないのよ。
滑らかになったらバターと牛乳を入れて手早く混ぜたら型に入れちゃって。
型…あるんだけどいつもの紙は敷かなくていいの?今日はねあえて周りがちょっと焼けた感じを生かしたスポンジにしたいんです。
型にはバターを塗って小麦粉をチョチョッとはたいただけにしました。
分かったこれあれでしょ?「端っこがおいしい」みたいな。
そうそうそういう荒っぽさがホームメイドって感じがするでしょ。
じゃあそれをオーブンに入れたらいいですよ!ここでちょっとティーブレーク!あなたの思い出のホームメイドはなあに〜?銀座を歩く30〜40代の女性たちにお母さんの作ってくれた思い出のお菓子を聞いてみました。
さつまいもでスイートポテトとか…。
母はもともと味付けが甘いので甘いんです。
実家から送ってくれるんですがそれがやっぱり懐かしい。
「ああこの味この味!」って。
うちは寒天。
缶詰のミカンとか…ゼリーよりは固くてコリコリしてて。
ゼリーより好きでしたね。
私の母はスイーツを作らないんですが唯一言うのであればパンの耳を揚げて砂糖でからめて。
誰が作ってもきっとあの味なんでしょうけどいまだに味は覚えてますね。
こちらの親子は…娘さんが結婚して改めて思い出すお母さんのお菓子があるそうよ。
単純にドーナツだけです。
うちのママはお料理が苦手だったので一生懸命それを作ってくれるというのが…。
そういった事から親への感謝の気持ちが分かる…。
ありがたいです。
他にもいろんなお菓子が!あなたも母の手作りスイーツたまには思い出してみたら?ホームメイドいいね!いろんな話聞けて。
ヘンゼルはホームメイドのスイーツで何かありますか?思い出。
さっき出てたけどパンの耳はすごく思い出がある。
おいしいのよねあれ。
そろそろ焼けたかしらね。
そうだね!きてるきてる。
おっきれいに焼けとります!焼けとりますね。
焼けとりますけどねこれはどうやって外せばいいのかな?くるりっと裏っ返しにしたらポポン!っと外れるはずですけど。
大丈夫?滑った。
おお!ほらかまどこの周りこんがり!いい感じです。
そこにラップを…。
あんまり水分が蒸発しちゃうと固くなりすぎちゃうわけで。
冷ましている間に続きをやりますから。
生クリームを八分立てぐらいにしてほしいです。
ほいほいじゃあねいいかたさになってるかどうかすくってみて下さいよ。
持ち上げられれば…。
ああいいですね!そうしたらそこでオキテいきましょう。
そこから1/3ぐらいを取って溶かしたバターを入れて下さい。
バター入れるの?バターちょっと入れると重めのクリームが出来るから。
でも全部やっちゃうとくどくなるから今回は間に入れるクリームの分だけをバター入りにしたいの。
だから今1/3取ってもらったんだけどね。
混ぜたらあっという間にかたくなってくるから。
OK!という事でクリーム完成です!結局彼との結婚を断り一人になってしまったハナ。
そんな中共同経営者の友人とお店の方針で意見の食い違いが起こり友人と別々の道を歩むかもしれないという事がハナの頭をよぎります。
37歳もがき悩むハナ。
そして再び登場するのがホームメイドケーキです。
突然の父からの電話。
母が倒れ危篤状態になるのです。
妹と交代で母に付き添うハナ。
実家の冷蔵庫を開けて言葉を飲み込みます。
ハナはその場でしゃがみ込み泣きだしてしまいます。
そしてかつて母が手作りした幼い頃の服を手にしてこう思うのです。
ケーキを手作りする事に「母の生き方」を感じたハナ。
そして母への思いが少しずつ変化していくのです。
子供の頃気付かなかった事とか分かんなかった事がさ大人になるにつれ親の気持ちとか分かるのは共感できるかも。
僕も今その途中だけど。
そうだね。
いろいろ考えるよね。
仕上げちゃいましょうか!そうしよう。
じゃあもちろん手作りっぽくフリーハンドで切りますよ!フリーハンド?絶対に曲がっちゃうんですけど!スポンジの真ん中をぐるっとナイフで印をつけてしまうのですよ。
こういう事ですか?そしたらそのラインに沿って切っていけばいいわけですよ。
そういう事か!上手よヘンゼル。
じゃあそこにシロップを塗っていきますよ。
OKじゃない?じゃあここでオキテどうぞ!今日はあえてパレットナイフは使いません!えっ!スプーンじゃ無理でしょ!これ普通のスプーンだよ。
いけるのいけるの!こんもりいってスプーンの背中を使って中央からま〜るく広げて下さい。
それでいいのよ。
こういう事ね。
周りもいく?これもスプーンで。
これはのばしやすいな。
それはバター入ってないからね。
はい側面いっちゃって!クリームを置いて上に引き上げる感じよ。
こういう事?うんうん。
それで1周いきますか。
きれいにピシッと塗らないのがいい感じだからね。
いいよぽってりしててすごいおいしそうなんだけど!ほんと?じゃあクリームを絞ってイチゴを飾って下さい。
あっきれいこれ!きれいですよ!じゃあ今日は懐かしいデコレーションでいきます。
アンゼリカいって下さい。
えっ?人ですか?アンゼリカさんです。
これだよね?斜めに切ると葉っぱみたいになるから。
超懐かしいのそれ。
昔ねよくケーキにのってた。
まあかわいいその葉っぱ。
ほら完成しました!ジャーン!
(チャイム)あっ姉ちゃん帰ってきた!姉ちゃんおかえり!いい感じにあか抜けないケーキ出来たよ!ヘンゼル特製ホームメイド感たっぷりのケーキ!もっさりあか抜けない感じが絶妙よ!買ったものとは違う味わい深いケーキです!久しぶりに帰宅する娘のためにケーキを手作りしようとしていた母。
ケーキや洋服…手作りのもので家を満たしていた母の思いをハナは考えます。
その時に主人公は母親としてのお母さんじゃなくて一人の女性として一つの家族をつくって守ってきた女性としての母親を等身大で初めて見る事ができる。
等身大のお母さんが見えた時にハナはすごく楽になる。
その後母親は病院で静かに息を引き取ります。
しばらくしてハナはケーキを自分も作ってみようと思い立ちます。
しかし出来上がったケーキはとても食べられるような代物ではありませんでした。
自分とは違う生き方であっても母もまた懸命に生きた一人の女性だった。
ハナにそう気付かせてくれたのもやっぱりホームメイドケーキだったのです。
今日の「グレーテルのかまど」いかがでしたか?角田さんの小説に登場するホームメイドケーキ。
決してスタイリッシュではないあか抜けないケーキではあるけどお母さんが作ってくれたケーキは誰にとっても世界でたった一つの特別な存在ではないでしょうか。
じゃあちょっと失礼して。
うわすごいこれ弾力が…。
いただきます。
いかがでしょうか?普通のケーキよりももっさりだね。
まさしくね。
まさしく!このフルーツの所のクリームと周りに塗った所のクリームも違う。
重い。
なんか娘にとって母親って特別なものと思って見ちゃって一人の自分と同じ人間であり女性であるっていうふうにはなかなか思えないでずっと生きちゃうわけね。
母親も苦しみながら悩みながら何かを伝えようとしてくれてるという事に気付いた時にお互いの関係性が変わって自分も変わり始めるというか。
そこでやっと分かったんじゃないかな。
語るかじゃあ。
今夜は語りましょう。
2015/12/02(水) 10:30〜10:55
NHKEテレ1大阪
グレーテルのかまど「角田光代のホームメイドケーキ」[字][デ][再]
仕事、結婚、何が勝ちで負けなのか?30代女性のリアルな感情を独特の視点で描く、角田光代の小説「薄闇シルエット」。母の手作りケーキを通して見える母娘の関係とは?
詳細情報
番組内容
2006年に発表された角田光代の小説「薄闇シルエット」は、当時「負け犬」と呼ばれた女性の心情をリアルに表現し、多くの共感を呼んだ。主人公ハナは、仕事は順調、でも彼氏との関係はどこかしっくりこない。このモヤモヤしたつまらない感じが、母親の手作りするイチゴのケーキと似ていた。「もっさりと、あか抜けない」ケーキ。このホームメイドのケーキは一体何を意味するのか。母と娘の関係を手作りケーキを通してひもとく。
出演者
【出演】角田光代,瀬戸康史,【語り】キムラ緑子
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
バラエティ – 料理バラエティ
情報/ワイドショー – グルメ・料理
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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