今年の干支の「未」から来年の干支の「申」の絵馬への架け替え作業は神職や宮大工らによって、絵馬を傷付けないように慎重に進められていました。
訪れた観光客らは早速、大絵馬をバックに記念撮影をしていました。
(黒柳)まあなんて素敵な美男美女。
ご夫婦でいらっしゃいます。
政井マヤさんと前川泰之さんなんですけど。
このお二人がそろってお出になったりするとみんながネットとか何かでああいう夫婦になってみたいとか羨ましいとかそういうお声が大変あるというのでおいでいただきました。
よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
お願いいたします。
特に…奥様の政井マヤさんは波瀾万丈な人生をたどって…たどってっていうかいらしたのでそんなこともあってご夫婦はなんていいんだろうという…。
色んなことがあるものだなと本当に思います。
よくいらしてくださいました。
よろしくお願いいたします。
マヤさんはあのマヤのマヤなんですよね?マヤ文明のマヤをいただいてます。
メキシコ生まれなので。
メキシコ生まれなのでねあのマヤからなのでマヤさんとお呼びしたほうがたぶんいいと思うんですけど。
ご主人は元モデル…出身でいらっしゃいましてパリコレにもお出になった…。
ちょっと写真ありますので。
パリコレとかそれからイタリアですかね?ミラノのコレクションに…。
ミラノのコレクションとかそういう本物のところにお出になったモデルの方ですごくまあ格好のいい背のお高い…。
186…?186ぐらいですね。
20代の頃によくパリとミラノは行きました。
そういうモデルしていらした方なんですけど突然30歳ぐらいから?俳優になろうかなって…。
そうですね。
突然っていうわけではないんですけどもやっぱり二十歳ぐらいでモデルの仕事を始めてそれがどんどんやっぱり楽しくなってそうやって海外も行くようになって。
でもやっぱり昔から憧れてた役者の仕事っていうものを…。
役者に憧れていらっしゃった…?そうですね。
でなんかこうモデルの仕事もある程度30ぐらいまでやったところで何となくやめようっていうのはずっと頭の中では思っていて…。
そうですか。
はい。
それがたまたまこういいタイミングで変わる時期がきたので…。
また俳優になってからは『半沢直樹』とか色んなものにお出になるようになって俳優としてみんなが認めてくれるようになってきたっていう…。
そうですね。
それまでやっぱりどうしても…モデルの仕事も長くやってきましたからなかなか役者として仕事が…何ていうのかな?自分の中で納得できるようなお芝居ができなかったりっていう時期が長かったですし。
でもそれがこう…2年ぐらい前のその『半沢直樹』っていう作品に出していただいてようやく何となくこう…。
僕の中で何かが大きく変わったっていうことはないんですけどもやっぱり周りの先輩から役者として認めていただいたというか…。
それがやっぱり大きな転機だったかなとは思います。
それはそばで見ていらしてもよかったとお思いになるでしょ?そうですね。
付き合い始めた頃はまだモデルだけだったので「役者になろうと思うんだ」っていう話を聞いた時はちょっとびっくりして。
30歳…遅くないのかしらと思って。
でもその時は結婚もしてないのであのね…夢は応援するべきかなと思って何も言わなかったんですけど。
でもよかったですよね今そういうふうに…。
そうですね。
ちょうどお年頃もいい。
そうですね。
今となってはそういうふうに思いますけどやっぱりなかなかうまくいかない時期もありましたし。
そういう時はちょっとこう家庭の中で感情的になる部分もあったりとかはしますけど…。
でも…えーと…2011年においでになった時にちょうどおなかが…。
そうです。
2人目がもう本当生まれるひと月前ぐらいで。
ギリギリ…。
そこのところがちょっと出てくださった時のVTRがあるのでちょっとご覧いただきます。
ご主人もご覧ください。
「ちょっとめったにないことなんで横…」「いいですか?どうしたらあれですか?」「わかりやすいですかね?」「これ出っ張ってますね」「これでまだあと1カ月でグググッと大きくなるのでまだまだ…」「今動いてるの?それ中で」「動いてます。
すごく蹴っ飛ばして…」「私の声も覚えておいていただいて…」「これ本当ビデオをお残しになったらこの1カ月あと…1カ月ぐらい?」「1カ月あとで生まれたのよって仰れるので」「そうですよね。
徹子さんにお会いしてるなんてね」「そうですよね。
うれしいです」あのあと触ってもいただいたのでね。
すごく…はい。
もう元気に育ちました?おかげさまで。
もう4歳半に。
男の子?女の子?男の子です。
あっ今ね可愛いね。
さっきの…右の子がおなかにいた子?そうです。
もう4歳半ですので大きくなりました。
これ何?忍者ですかね?なんか忍者が好きなんですよね。
でタオルを…。
これ親戚のお宅におじゃました時なんですけどタオルをああやって…。
「忍者にしてくれ」って言われたんで何とか輪ゴムとタオルで…。
頬かぶりして。
でも可愛いわね。
本当に…。
ちょっとお子さんのお顔をあれしてるんですけど前川さんとても子供さんを可愛がってイクメン…。
イクメンですね本当に。
ですってねとても。
ご飯…子供たちのお弁当も作ったりとか。
すごいと思うのはお嬢さんの頭の毛が…。
あれがすごい。
あれねなかなか結えないあんなふうに。
これ見て。
お嬢さんの頭ねお父様が…。
バレエをね習ってて行かなきゃいけないんで。
妻がいる時はやっぱりずっと頭やってもらってたんですけどある時やっぱり仕事でいなかったりするので僕が連れていく…。
最初のうちは教室の先生にお願いしてたんですけどそれがあんまり何回も続くと申し訳ないので「ちょっとやってみよう」って言って…。
最初はもう何回も失敗して。
そうなの?あれやるのに40分ぐらい掛かりましたけど。
でもすごく上手。
これ本当に上手よね。
今は私より上手に…。
美容院の人ぐらい?元々器用なので。
そう。
3回4回やったら結構できるようになりました。
今まで私だけしかできないことがミシンとこの子供のお団子…シニヨンを作ることだったんで…そのお団子ができちゃったんであとミシンもできるようになったら私がいなくても家庭は何も困らなくなる…。
でもまあお弁当や何かもね全部作ってくださるんだったらねそれはありがたい。
お弁当の写真もありましたよね。
本当にね…。
可愛い。
別にそんなお見せするほどのものでもないんですけどね。
でもほらお父さんが作ったってさ…。
子供の…栄養がよさそうなものをね。
そうですね。
でも大体ねまだやっぱり子供のお弁当箱小さいのでおかず3品ぐらい入ってれば済むからまだ楽ですけどね。
本当にいいご夫婦なんだけど実はさっき波瀾万丈と申し上げたのはマヤさんは2歳の時にお父様とお母様とを一緒に亡くしたっていう…。
そうです。
交通事故で2人とも亡くなりまして。
それで本当に…。
これは本当のお父様と?そうですはい。
メキシコのお父様と日本のお母様で。
その舌出してるのがあなたですかね?はいそうです。
可愛い。
1歳の時ですね。
ちょうどたまたま神戸…日本の神戸に遊びに来てた時の写真で。
よかったわねでもね。
こういう写真があってね。
そうですね。
そうじゃないとねお父様がどんな方だったか…。
覚えてないのでこういう写真がすごくね…。
でもこれの1年後にお父様もお母様も亡くなってしまうっていうことがあったんですけれども。
その時にどうするかっていうことになった時に…だからメキシコのお父様と日本人のお母様との間のあなたとお兄様と…。
はい。
兄です。
ちっちゃかったのねあなた。
2歳。
私が2歳で兄が4歳でした。
その子供をなんと…育ててあげると仰った方があなたのおじ様にあたる方?そうです。
私の母の姉の旦那さん。
伯母夫婦ですね。
これが育ての父になるんですけども。
でもすごい。
この時もう50歳…?そうです。
今考えると54歳の時に引き取ってくれまして。
元々子供がいなかったんですけれども。
私もメキシコで生活してたので日本語があんまりわからなかったんですね。
なのでスペイン語の兄妹2人を54歳で引き取ってくれたんですね。
どんな心境だったんでしょう…。
でもこんなふうにあの子供2人であそこで食べて…ね。
そうですね。
先ほどの最初の写真が1歳の時神戸に行った時の写真でその時に父同士も初対面で…。
そうか。
お二人ともお医者様だったんだって?同じ職業医師でしかも2人とも仏教が好きだったり色々共通点があってすごく意気投合したらしくて。
私に何度も言ったのは「奥さんの姪っ子甥っ子だから引き取ったんじゃない」と。
「フェルナンドってあの男が好きだから…そのフェルナンドの子供だから育てたいと思った」っていうふうに何度も…。
あのおじ様にしてみるとフェルナンドっていうあなたのお父様は…。
でも54歳で…。
そうですね。
54歳で4歳と2歳の子供を引き取って育てるっていうのはもう本当に決心がいったこと…。
しかも言葉もわからない2人だったので大変だったと…。
しかもメキシコにいた子を日本に…。
ええ。
でもまあさっき仰ったように日本に一度メキシコのお父様がいらした時にお会いになって…そのお父様もお医者様だったんですってね。
そうですはい。
とても困ってる人やなんかの健康改善に役立つようなことを…。
メキシコのインディオの方々の診療とかを無料でやったりっていうことをやってたんです。
だからそういうお父様とお母様が一時に亡くなるって本当に残念な事故だったんですけどもそのおじ様があなた方を育ててくださるということで…。
場所はどこで育った?神戸で育ちました。
全く実の両親だと思って甘えて育ちました。
だからそれがすごいと思うの。
前川さんそうお思いになりません?だから余程のやっぱり決心がないとそれは引き受けられないと思いますし僕も今やっぱり父親になってその大変さっていうのはね…子供を育てる大変さっていうのはすごく身に染みてわかるから余計にそういうふうに感じるようになりましたね。
考えたらよその家に行ってああやって忍者やってるのだってもうちょっと大きい子だものね。
そうですね。
あれよりもっと小さい子供が来るわけなんで…。
メキシコでも「育てる」って言ってくれたんですけどどうしても兄妹バラバラに…女の子がいるところに私が引き取られてバラバラになりそうだったので…。
そう…。
前川さんはご結婚なさってからその育ててくださったおじ様っていうかお養父様のところに会いにいらしたりして…。
そうですね。
結婚前に神戸には行ってまあ何度かお会いして。
そう…。
その頃からすごくね素敵なお養父さんで…。
もうでも僕が最初に紹介してもらった時は80近かったのかな?もう80前半でしたね。
白いひげでねあっ仙人みたいな人だなってちょっと思ったんですけど。
割とこう物静かででも本当に最初にお会いした時はまだ体もお元気で一緒に一杯ビールなんか飲みながら…。
お養父さんが戦争引き揚げ組だったのでその頃満州のお話とかをよく聞かせてくれて。
お養父さんの人柄みたいなのが僕はすごく好きで…。
でお宅におじゃましては一緒にビール飲んでお話を聞くのが毎回楽しみでしたね。
でもそういう思い出があるのはよかったですよね。
そうですね。
結婚なさるっていうことになって結婚式っていうことになった頃そのお養父様…おじ様がお体がお悪くなってきて…?そうですね。
元々結婚はいつかしようっていうのは話してたんですけど養父の具合が悪くなってどちらかっていうと結婚を決めてくれた感じでしたね。
そんなことないけど。
養父が元気なうちにっていうのは何度も言ってくれましたね。
元々は結婚式も披露宴も東京でやろうっていうふうに決めて2人で計画してたんですけどもその5月の式っていう予定が近付いてきた時にちょっとお養父さんが具合がよくなくなってしまって。
それでもお互いにやっぱり知り合いなり仕事の関係の方っていうのは東京にほとんどいますから妻のほうは「どうしても東京で式も披露宴もやる」「お養父さんきっと大丈夫だから」って言ってたんです。
でもやっぱりねどう考えても…お養父さんの体調を考えても年齢のことを考えても神戸から新幹線に乗ってきてもしそれで…もちろん式出られたとしてもそれで体調を崩してしまったりしたらやっぱり意味がないんじゃないかと思ったし。
何よりやっぱりさっきもお話ししてましたけど50過ぎてね引き取った…。
僕たぶんお養父さんから聞いたのかちょっと忘れちゃったんですけど「フェルナンドから預かった子供を嫁にいかせるまでは自分は責任があるんだ」っていうふうに…。
あなたの…お父様ね。
ええ。
僕はもうその言葉がずっと忘れられなくて…「そういうやっぱりお養父さんに無理をさせてまで東京でやる意味はないんじゃないか」って言って。
でちょっと急きょ早めて神戸で式だけはやろうっていうふうに決めて。
本当に小人数でおやりになったんですってね。
もう友達も急きょ…1週間ぐらい前にお伝えして本当に親友のお友達が何人か駆け付けてくれて。
でもその時今そこに座って…泣いていらしたの?その時。
初めてですね。
涙なんて見たことがなかった養父なんですけど。
左側でね。
おじ様…お養父様が。
すごく養父も…彼のことすごく気に入って。
「こんないい男はいない」って何度も言ってくれてたので本当に結婚は喜んでくれて…。
よかったね間に合ってね。
そうですね本当。
「夢みたいだ夢みたいだ」ってこう言ってくれました。
それからどのぐらい?それからでも1年結構持ち直しまして…。
よかった。
孫をだっこするところまでは…。
そうですってね。
孫をそれでしかも抱かせてさしあげた時のお写真もちゃんとあるの。
見て。
もうベッドに本当に横に置いたんですけどね。
でもうれしかったでしょうね。
この時も「夢みたいだ」って何度も…。
「信じられんな」って何度も言ってましたからね。
本当にそうでしょうね。
あの時のあんなちっちゃい子供がね…。
2歳の子だからほとんどこの子と同じぐらいの子だった子がねこの子を産むぐらいになったんだから。
それで元気でね抱くこともできたので…。
本当見届けて旅立ってくれたのかなっていう気がしますね。
でも今のお写真なんかはまだお元気そうに見えます…。
そうです。
でもここからもう…。
結局亡くなった時何歳だったんですか?84ぐらい…。
4か5。
娘が1歳になるかならないかぐらいだったと思います。
じゃあ割と…。
やっぱり結婚式神戸でなすってよかったですよね。
結婚式の晩も救急で運ばれたぐらいすごく体調がよくなかったんですね。
でも世の中には本当に不思議なことがあって波瀾万丈と申し上げたけど。
まあマヤっていう名前もね不思議な気がするんだけど。
2歳の時にそうやってご両親亡くしたのにそうやって育ててくださる方がいらしてご結婚もなすっていい旦那様に出会ってね。
本当に…。
本当。
そして子供も2人も生まれたのをちゃんと小さいほうの子だけでもねお養父様に見せることができたんでね本当にそれはうまくいきましたね。
よかったと思います。
本当いいパートナー見つけられたのが親孝行だったなと…。
だってそうじゃないとさ「そんなの面倒くさい」って言う人だって世の中にはいるじゃない。
そんなごちゃごちゃして何だか…。
それでそんなメキシコの親戚が…。
マヤさんがお生まれになったのはなんとメキシコのチワワというところで。
あのチワワの犬の…。
そうなんです。
犬のチワワっていわれている場所です。
そこにおばあ様がいらっしゃってそのおばあ様はもうすごい…。
これがチワワですか?はい。
砂漠な感じの乾燥した場所なんですけれども北部ですねメキシコの。
そうですか。
ところがその家族が…。
おばあ様今95?97歳。
97歳におなり?はい。
元気です。
95の時にはパーティーをおやりになったそうですけどこの真ん中の白いお洋服がおばあ様?はい。
これが90歳の時のパーティーで。
この階段のところにずっとみんながすごくいっぱいになってて…。
はい。
もうあなた方上のほうの白い…。
初めて行った時ね。
僕初めてメキシコに行って向こうの親戚に会った時ですね。
まあでも…ほらさっき言ったようにそんなの面倒くさいなと思う人じゃとても駄目じゃない?これが最小限の単位で50人ぐらいなんですけども。
ところがこのあとね今現在どうなったかってさっき写真見て本当にびっくりしましたね。
こんなに人って…見て皆さん。
こんなに増える。
祖母の…4人兄弟いるんですけどその4兄弟以下全員で。
しかも配偶者は実は入ってないんですね。
本当に血がつながった子孫ひ孫だけの写真でたぶん百何十人。
毎年でもこのクリスマスに集まるのが恒例で。
おばあ様はこの時何歳?赤の…。
この時がもう96かな?6かな?6ですね。
でも本当にお元気そうなね奇麗なおばあ様で。
すごいユーモアがあって素敵なおばあさんで会うといつも冗談を言ってくれたりしていつもね「ここにキスしろ」って言うんですよ。
ほっぺたに?そう。
そう。
若い男の人だからねきっとね。
でもあんなに親戚がいるってすごいと思いません?家族のつながりがすごく強くって…。
本当ね。
家族っていうけど皆さんねあちらの方は家族大事にするっていうけどあんなにいたらもうお年玉とか何とかも言ってられないわね日本だったらね。
僕だから初めて行った時にあの全員とハグとキスをするわけです。
それだけで疲れ果てちゃって。
本当そうよね。
また「帰ります」って言った時また全員と…。
もう帰っちゃうの?みたいなねそういうの…。
キスしてハグして帰らないといけないので。
でもそういう…何ていうのかしら?初めの出発点はとても悲しかったけども今色んなことがどんどん幸せな方向に向かっていくのはね。
そうですね。
メキシコの家族の絆っていうのも…この間兄の結婚式でも20人ぐらい来てくれたんですけど。
そう。
向こうから?ええ。
その時もおばがスピーチで「家族の絆っていうのは放っておいたらなくなってしまう」と。
「それを温めたり確かなものにするために常に闘わなきゃいけないんだ」って。
だから私たちはこうやって結婚式には必ず来るし…。
すごい。
あなたのご結婚式の時も…?18人ぐらい来てくれまして。
そうですってね。
アテンドでヘトヘトに…。
結婚式の前の1週間ぐらい前から東京に来て色々観光もね連れていってあげなきゃいけないので。
それでもうね披露宴の前に2人してヘロヘロになっちゃって…。
それはそうですよね。
ほらメキシコの方やなんかってものすごく元気じゃない?元々が。
そうなんですよね。
そのあと披露宴終わってねまた遊びに来てねってメキシコに送り返したあと街で外国人を見た時にまだいる!っていうちょっとした…ドキドキするみたいなのありましたけど。
やっぱりこっちが何かしてあげたことをすごく喜んでくれたりするのでやっぱりこっちも幸せな気持ちになりますしね。
もうすっかりヤスもファミリーっていう感じでね。
最初は僕もまだなんかやっぱりこう溶け込めない感じは1回目はありましたけど2度目行った時にまたクリスマスのパーティーでおばあちゃん囲んで40人ぐらいで食事をしてそれでお酒飲んで途中から音楽かかってみんな踊り始めるんですけど。
そうやってすごく盛り上がってみんなが楽しそうにしてる時にやっぱり向こうのおばさんが「こんなに今年のパーティーが楽しいのはヤスたちが東京から来てくれたからなんだよ」って…そういうことをやっぱり伝えてくれるので。
ありがたいですよねそういうのってね。
その気持ちとその盛り上がってる…あの90すぎのおばあちゃんも立ち上がって踊るわけですよ。
それが楽しくて…僕楽しすぎて涙が出ちゃって。
そうですよね。
本当にその…最初はねこの外国人たちが僕の親戚なんだなっていう不思議な感じありましたけど。
でもやっぱりその頃からすごく…自分のそういう親戚が外国にいてそういう愛情を持って自分たちを迎え入れてくれるっていうのはすごくありがたくて。
それはよかったですよね。
ええ。
前川さんのお父様とお母様はお元気?はい。
元気に埼玉にいるんですけども。
母はちょくちょく子守にも来てくれますし。
そうなの?それはありがたい…。
まだすごく若くて孫の世話を一手に引き受けてくださるので…。
よかったわねそれはね。
この番組が大好きで…。
あっこの番組?はい。
僕が小学校から帰ってくるといつもついてて…。
「ターラタタタタ」…って?そうなんです。
もうだからその音楽はいつも僕は聞いてましたし今回「出していただける」って母に言ったら本当涙流して喜んでました。
ふーん。
どういうところでお二人がお会いになったんでしたっけ?共通の友人がいて僕とその友人が食事してるところにたまたま来たっていう…それが最初ですね。
初めからビビッてなったんですか?ビビビッ…。
初めモデルさんっていう職業だったのでなんか構えちゃいましたね。
モデルさんイコール遊んでるっていうイメージがあったので…そう。
でもすごく真面目で。
さっき立ってらっしゃるところ見たんだけどもあんまりね背が…。
ちょっと立ってみていただいていいですかね?恥ずかしいけどこんなです。
何しろ…もうちょっと引いて足の長いところもお見せ…。
そりゃあねもうすごいですよ。
私びっくりしたんです廊下のところで。
えー!モデル…パリコレイタリアのミラノのモデルとは伺ってたけどこんなに大きいの。
今俳優さんになって背が高くて困ることないですか?最初のうちはなんかやっぱり画面に映った自分が大きすぎて嫌だなと思うことはありましたけどまあでもそれはもうそれで自分なので。
それにこの頃大きい人多いしね。
そうですね。
ただ時代ものの時みんながちょんまげとか着けると…。
そうなんですよ。
鴨居が低いので僕も首曲げてくぐんなきゃいけない時とかありますけどね。
そうなの?でもねそのぐらい…。
だからちょっとそういうああいう人だからちょっと遊び人じゃないかなと思ったの?そう思ったら話すとものすごく真面目でそのギャップがすごく惹かれましたね。
よかったね。
じゃあもう本当に今亡くなったお父様とお母様がどこかで見ててくださったら…。
すごく喜んでると思います。
本当にね。
はい。
お二人が考えた…亡くなったお父様とお母様が考えたのはとにかく子供たちのことだろうからね。
そうですね。
私も恵まれてきたのでね何かお返しをしなきゃなとは思ってるんですけどもね。
でも本当にまあ世の中には本当にそんなに悲しいことがあってもみんながそういうふうに努めて仲よくしようとしてるとそういうふうになっていくっていうのがね。
やっぱりあなたのその…マヤの性格も…。
あのシニヨンの結い方なんてすごいもんね。
ありがとうございました。
(2人)ありがとうございます。
(拍手)2015/11/30(月) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
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◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
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