そういった人たちが協力して捜索をしてくれるんですね。
なるほど。
今度声かけしてみよう。
はい。
(テーマ音楽)釜石東中学校の副校長村上洋子さんは津波に追われる中子どもたちを守るために奮闘しました。
岩手県釜石市鵜住居地区の海から300メートルの所にあった釜石東中学校。
地震の時まだ多くの生徒が残っていました。
村上さんが避難指示を出す前にグラウンドにいた40人ほどの生徒はすぐに避難を開始しました。
ほかの生徒と教師もそれに続きます。
釜石市は津波が来る時にそれぞれの判断で別々に高台に逃げる津波てんでんこを防災教育に取り入れていたのです。
生徒たちは学校から700メートルほど離れた老人介護施設に逃げ込みました。
中学校とその隣の小学校が避難訓練の時に使っていた場所です。
合計500人ほどの子どもと教師が集まっていました。
その時村上さんは「背後の崖から小石が落ちてくる」との報告を受けます。
村上さんは更に内陸の高台に避難するように指示を出します。
子どもたちは手をつなぎ次の避難場所を目指します。
そこには近くの保育園の園児や地域住民を合わせて600人余りが集まります。
列の一番最後にいた村上さんは異変に気付きました。
堤防を越えた津波は時速40キロほどの速さで町をのみ込んでいきます。
中学校と小学校も水に沈みました。
避難していた人々は更に高い所を目指して一斉に走りだします。
しかし生徒の中にはとっさに幼稚園の園児を抱えて逃げたりワゴンを押したりした者がいました。
村上さんたちは国道まで駆け上がり難を逃れます。
震災のあと中学校に保育園から礼状が届きました。
村上さんは生徒たちが園児を助けた事を初めて知りました。
2015/11/30(月) 10:50〜10:55
NHK総合1・神戸
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「岩手県釜石市 村上洋子さん」[字]
東日本大震災に遭遇した人々の証言。岩手県釜石市の中学校で副校長を務めていた村上洋子さんは、日頃から力を入れてきた防災教育があの日の避難に生かされたと感じている。
詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した人々の証言。岩手県釜石市の中学校で副校長を務めていた村上洋子さんは、日頃から力を入れてきた防災教育があの日の避難に生かされたと感じている。
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
OriginalNetworkID:32080(0x7D50)
TransportStreamID:32080(0x7D50)
ServiceID:43008(0xA800)
EventID:15168(0x3B40)