日本の一般家庭に広く薬が常備されだしたのは終戦直後の1945年以降といわれこの頃の日本は…。
なかでもお母さん!え〜!当時は火傷をしてしまう子供があとを絶ちませんでした。
そこで重宝されたのが…。
当時アロエのエキスは傷口にいいと海外から伝わりどこの家庭もこぞってアロエの鉢を置いたといいます。
なかには…。
おばあちゃん火傷した!まあ!でもねこれがあるから大丈夫。
何を言ってますか!戦後はあまりにも火傷が多かったため一般家庭の常備薬として浸透した薬があります。
それが…。
お値段は当時今の価値に直すとおよそ420円とお値段もお手頃。
殺菌力が高いことから軽度の火傷といえばこの軟膏が定番でした。
1950年代に入ると庶民の暮らしにも少しずつ余裕ができ健康に気を遣うようになってきました。
そしてこの頃
(お腹の鳴る音)それは…。
(尾形)これどこに捨ててんすか?
(伊集院)日本の感じじゃないよねなんかね。
戦後いちばんの悩みは水の汚染問題。
川で野菜や食器を洗うのがあたりまえの時代。
そこで爆発的に売れた薬があります。
それが…。
CMでおなじみの成分は今とほぼ同じ。
外出時のピンチのときでも腹痛が治ることでいち早く家庭の常備薬に。
がしかし!条件反射で。
洗濯機や給湯器がまだなかったこの時代。
そんな世のお母さんたちを襲ったピンチが…。
そこで大流行したのがメンソレータム。
アメリカで生まれたこの薬用クリームはリトルナースのかわいいキャラクターといい?開けるわよ。
うわぁ!あまりにいいにおいだったため当時のお父さんたちはポマード代わりに使う人も多かったそうです。
(伊集院)本当?抜けない?大丈夫?明治時代に発売されましたが大ヒットしたのは1950年代。
あまりの人気にリトルナースのデザインに似せた類似品が200種類以上もあったそうです。
そんなメンソレータムと人気を二分したのが…。
発売当初はメンソレータムが圧倒的シェアを誇っていたため…。
更にホーロー看板は営業マンにノルマを設定。
街のいたることろに貼ることで知名度が一気に上がったそうです。
オロナイン初代モデルの女優浪花千栄子さん。
起用された理由は人気があったことともう1つあります。
何だと思いますか?パンサー尾形さんお答えください。
なんかこう…。
なんでだよ!食べられないよ!塗るんだよ?正解は…。
塗り薬にピッタリのお名前だったのです。
薬はこの頃続々と登場しましたがお値段はまだ少々高く今のようにさまざまな種類を揃えることはできませんでした。
続いても…。
(伊集院)でもそう思い込んだら速くなりますよね子供ってね。
盛んに行われるように。
当時は教室がなかったためお寺の境内などで行われていたそうです。
そんな健康法のおかげか戦後わずか10年で日本人の平均寿命は13歳以上も伸びました。
さまざまな知恵でピンチを乗り越えてきたこの頃どちら様ですか?そう薬を全国に広めたといわれているのがこのおかげで各家庭に何種類もの薬が揃うようになったんです。
コーヒーも後で使った分買うっていう。
1960年代に入ると所得倍増のスローガンのもと景気は右肩上がり。
町に1軒しかなかった薬局も次々と増えていきました。
がしかし…。
大手菓子メーカーが次々とチョコ菓子を製造。
そんなチョコレートブームに子供たちを襲ったピンチが…。
痛い!当時の歯磨きといえば靴磨きのような大きな歯ブラシに缶に入った粉歯磨き。
タバコのヤニ取りが主な目的だったため味になじめなかった子供がかなり多かったそうです。
苦ぇ!そのためか1960年代は子供の虫歯の数がとても多かったのです。
そこで大流行した常備薬がとにかく今治水だった。
ビンに入った黄色い液体を綿に含ませ直接痛む歯に塗るだけ。
この頃虫歯とともに社会問題になったのが塾通いする子供やそこで…。
この頃から体育の授業はどんどん過激に。
1960年代そこで爆発的にヒットした薬があります。
それが…。
いわゆる塗ったことないでしょ実際には。
はいないです。
この頃すり傷といえば赤チン。
よく染みましたがどの家や学校にも必ずこの薬があり子供たちは1960年代には多くのメーカーが赤チンを製造。
あまりの人気ぶりにそんな大人気だった赤チンですが水銀騒ぎやコストが高いことからしかし赤チンの根強いファンから復活してほしいという声が多数あがり全盛期の頃からは減ったものの現在も世田谷区の製薬会社で作られています。
現在の価格は月に3,000個ほど売れているそうです。
(伊集院)すげぇわかりやすいすごい。
そんな働くお母さんのかわりにおばあちゃんたちが愛用したのが…。
それまでの貼り薬といえばゴマ油を主成分とした万金膏。
黒い跡がついたりすぐに剥がれたり何より大きくて目立つのがネックでしたが当時の人が驚いたのはその小ささともう一つ。
その匂いがいいというおばあちゃんも多くダメダメ。
と思っているおばあちゃんが大勢いました。
そして若いお母さんたちに流行したのは…。
手を汚さず塗れるという機能と湿布のように目立たないことからこのあと昭和平成を彩ったヒット商品。
そこには日本人の知恵と誇りがあった。
今日も駆け出すサラリーマン
高度経済成長期真っただ中の1960年代。
給料はどんどん増えていきましたがお父さんたちの仕事は過酷なものでした。
はい両手をあげて
この頃のお父さんはノルマや残業が当たり前。
猛烈サラリーマンと呼ばれていました。
日本初の栄養ドリンク剤といわれ薬局の店頭に専用冷蔵庫が登場しました。
ドリンク剤を買ってその場で飲むというスタイルは当時は画期的!ああ効く!!この頃肝心な受験を控えそれが…。
乾布摩擦?今では考えられませんがそれでも受験勉強で無理をし当時のお母さんたちの民間療法はネギを首に巻くというのが定番でした。
この頃のお母さんたちは数々の風邪の治療法を編み出していました。
まずは…。
よしじゃあいくよ?ほっ。
うわ〜!これ効くの?え〜!?続いては…。
まず!どうよ第10回のチャンピオンはどうよ。
続いては…。
2年後の1963年には自己負担割合が一部5割から3割に削減。
この頃病院でもらう子供用のカゼ薬といえば赤い液体のシロップ。
一見甘そうなんですが…。
子供たちは絶句しました。
一方大人のカゼ薬の主流は薬局で調合してもらう粉薬。
にが!かなりの苦さだったため胃の中で溶けるオブラートに包まないと飲めない人が大勢いました。
たまにノドにくっつきましたが苦い薬を直接飲むよりましとそのおかげで…。
と言うようになりました。
市販のカゼ薬も錠剤のルルや苦くないパブロンなどが大流行。
ノドの痛みに直接塗るルゴールなど。
カゼを引いてピンチな受験生を救ってくれました。
1970年代に入り日本がいちばん変化したのは食生活。
街角にはハンバーガーやフライドチキンなどのファストフード店が次々にオープン。
またライフスタイルも夫婦共働きや単身赴任が増え冷凍食品やレトルト食品といった手軽に食べられるものが人気に。
それが…。
油っぽくて塩分が多い食事。
それに大量の砂糖も毛根にダメージを。
このあとえ!?嘘!?1970年代それが…。
この頃育毛剤は珍しく流行っていたのはそんななか登場した育毛剤が…。
人気だったのは付属に付いていた育毛剤を塗ったあとにブラシで叩くと頭皮の血行がよくなると薄毛に悩むお父さんたちはこぞって食いつきました。
終戦から70年さまざまな家庭の医学や薬によって日本人は世界一の長寿国になれたのかもしれません。
そんなわけでいろいろ懐かしい薬が出てきたわけですけどこちらに救急箱を用意しました。
あ〜。
こういうやつですね。
この中でうちの常備薬…。
これこれこれ。
これなんですこれ。
ももの花。
ありましたねハンドクリーム。
これ私ギリギリ知ってます。
ホント?はいあのね小さい頃俺1年間ずっと半ズボンで過ごす子だったんです。
サッカーもやってたこともあって。
まみちゃんなんか民間療法とか薬とか何かありました?よく転んでケガとかするんですけど痛かったしみた!でしょ?あ〜あった。
もうおじいちゃんにこうやってかけられて…。
って僕は…温かさが。
え〜!?ちょっちょっタイム…。
メンソレータム体中に塗って?よくそれ使って。
保湿って…。
スースーしますよ。
一応テレビだから言っておきますけど皆さん自分でちゃんと安全調べてからやってくださいね。
自己責任で。
ヘタにやらないように。
昔はホントにさっきもありましたけど…。
やってた。
イタッイタッて言いながらやってましたよおばあちゃん。
ホントに?ホントですか!?いやホントホント。
徹さんなんか特殊な気がします。
特殊じゃないって。
小さい頃ね。
それはやっぱりうちの梅干しを…やると汁みたいな。
それでは徹さんが飲んでいた梅酢を水で割った健康ドリンクを飲んでもらいましょう。
うまそうですよ。
うまいんだって!ちょっと待ってうちのと同じ味ってこと?全然うまくない。
えっ!?これだったんですか?ホントホント。
これは体にいいんですか?でも当時はこれで日射病にかからないとか…。
お腹壊したときには効くし。
効きます。
え〜。
お腹も痛いときにも。
これ飲んで?レンコン汁!?続いては山瀬さんがデビュー前に飲んでいたカゼ予防やにおいはレンコンですね。
今サンキュー一応言って声変わるかどうか今のサンキューどんな感じ?その感じでしょ?いっていって。
いただきます。
まず味は…。
うわっうわっ!声よくなってるから。
絶対なってるよ。
(笑い声)逆に…。
これは何です?この味は。
では続いての昭和平成ヒット商品見てみましょう。
戦前の日本には地下鉄やデパートはありましたが一般庶民の家にはテレビなどのめまぐるしく変わる社会情勢を知るには新聞が頼りでした。
配達は駆け足。
大切な新聞を届けてくれました。
更にこの頃七輪に火鉢とこの時代炭がないとご飯も作れません。
おいしかったですね。
深い谷間にかけた今にも崩れそうな危険な道。
命がけで炭は運ばれていたんです。
そしていちばん危険だったのが木材の運搬。
昭和初期の住宅といえば木造。
大切な家の材料となる木は我々に潤いを与えてくれました。
うまい!昭和初期の東京では配達にまじって行商の方も大切なものを売り歩いていました。
金魚屋さんだ。
東京の下町で太鼓を鳴り響かせていた行商は何を売っていたかわかりますか?前田美波里さんお答えください。
一見見ると…。
違うのかな。
太鼓鳴らして…。
正解は…。
1970年代まで下町ではよく見る風景でした。
夏になると風鈴屋さん。
(風鈴の音)他にも…。
お米を持っていくと大きな音でお菓子を作ってくれるポン菓子屋さん。
大切なものを運ぶ配達の音は実はこんな役目もしていたのです。
(ラッパ)連絡手段がないこの頃。
配達は同じ道を同じ時間で行われていました。
そんなへぇ〜!戦前配達に活躍したのが重い荷物を運ぶのに便利なリヤカー。
特に重たい氷を運ぶのに大活躍。
この頃庶民の暮らしに大切だったのが氷。
夏場は1日2回朝と夕方に運んでくれました。
しかしなぜそんなに氷が必要だったのでしょうか。
当時の冷蔵庫はまだ電気ではなく氷がなければすぐに食材が傷んでいたんです。
いわゆる一応断熱だけしてる。
テープを切って開通式。
世界初の海底道路関門トンネルが開通した1958年。
翌10日からいよいよ営業開始。
このあとはすごい!うわっうわっ!それが…。
それまで年に200円。
今の価値にするとおよそ8400円の税金を払っていたのがなくなったのです。
そこで日本は一気にサイクリングブームになりあっという間に自転車が普及していきました。
自転車の普及で勢いを増したのがクリーニング屋さん。
各家庭に受け取りと配達が可能になり全国で4万5,000店と一気に浸透していきました。
なかにはこんなクリーニング屋さんも。
当時のオムツは布オムツ。
毎日洗濯するのは大変でした。
そして戦後の日本で最も大切だったのが郵便。
この頃日本の家庭における…。
出稼ぎに出たお父さんや遠くの学校へ行ってしまったお子さんと連絡を取り合うのに手紙しかありませんでした。
がしかし…。
先に帰ってきちゃったんだ。
戦後焼け野原だった土地に家や団地が乱立。
そのスピードに郵便局がついていけなかったのです。
そのため…。
当然エレベーターなんてものはなかった時代。
団地の配達は若い郵便局員が担当し走って配っていました。
これだけ必死に配っても人手が足りず郵便物はたまる一方。
郵便の遅れは社会問題にまでなりました。
この騒動は郵便番号制が確立され機械化に成功した1968年頃まで続きました。
1958年以降自転車の普及で忙しくなったのがおそば屋さん。
当時は片手に品をのせ配達していたためかなりのテクニックが必要でした。
しかしベテランになるとご覧のとおり!この方は推定50人前の丼を片手で。
更にこちらの方は…。
ざるそばを推定100人前運んでいます!ちわ!この頃の台所には勝手口がありお米屋さんや酒屋さんが必要なものを聞きに来てくれる御用聞きというシステムもありました。
(2人)お米屋さんだ!いい子にしてたか?
(2人)うん。
じゃあこれおまけ。
あっプラッシーだ。
ありがとう。
子供たちにはプラッシーのサービス。
お父さんにはなぜかヌードカレンダーを配っていました。
新橋・横浜間を運行していたSLが廃止となり多くの鉄道ファンが悲しんだ1970年代。
この頃はいざなみ景気といわれ庶民の暮らしが豊かになった時代。
暮らしに余裕があるためこの頃の…。
そんな高級百科事典が飛ぶように売れました。
更にこの頃子供たちが必ずと言っていいほど配達してもらっていた大ヒット商品があります。
付録が楽しかった…。
科学と学習の2種類ありクラスの全員どちらか取っているというほどの大ブームに。
どちらかだと科学が人気なんですよね。
更にちゃんと30分経ったわよね。
お待たせしました。
画期的なシステムで一世を風靡したドミノピザ。
このシステムをきっかけに…。
こちらは忙しくて買い物へ行けない人のためにスーパーと同じ品揃えの商品を配達するこの時代から配達はお金に時間健康などを確保してくれる存在に。
我々の大切なものが増えるたび進化してくれる配達業界。
これからも強い味方になってくれそうです。
さぁということでね配達の進化を見てきましたけど…。
でもやっぱり御用聞きよかったわね。
御用聞きっていましたもんね。
あれがまず勝手口っていうのがそんなにないですもんね。
あぁそうか。
うちはもう学研です。
両方?両方。
もう端から端まで読んでたしもっと言うと彩音ちゃんなんかはわかるものあった?いやでも配達豆腐とか聞いたことはあるかなみたいな感じ…。
京都はまだお豆腐屋さん…。
京都だもんね?出身ね。
はい京都です。
撮影所の周りなんかはまだ鳴ってるもんね。
ピープーって。
交渉したんだけどやめてくれないんで…。
(一同)え〜っ!?豆腐屋さんのために?時代劇に音入っちゃうから。
入っちゃうからピープーピープーって。
可奈子ちゃんなんかはありますか?私はもう最近は毎日おだんごが売ってるうわ〜金魚が売ってる。
うわ〜とかってビックリしてたけど…。
Amazonもう今進化しててすごいのは…。
えっ前もって?前もって。
それは最近だから。
あの頃は載ってないから。
続いてまいりましょう。
はいでは続いての昭和平成ヒット商品見てみましょう。
みごとに戦後の復興を遂げた1950年代。
聞こえてくる
(伊集院)今でもちょっと憧れちゃうよね。
家の中には心地よい音が溢れていました。
おはよう。
おはよう。
はい。
当時あっそうそうちょっと
(2人)はい。
そこで聞こえてきた音は…。
(伊集院)あぁすり鉢ね。
当時の味噌は豆が残っている状態で売られていたことも多くすり鉢とすりこぎを持っていました。
(柳原)あ〜っホントだ!昔のその伝統を受け継ぐマルコメ君がすり鉢からお味噌汁のお椀に持ち替えたのは味噌の品質が変化した1965年以降のこと。
(柳原)これ知らなかった。
はいお待たせ。
朝食は家族みんな揃って。
この頃食事中の会話は行儀が悪いとされていたためただ黙々と食べる音だけが食卓に響いていたなんて家庭も多かったはず。
1955年頃は高度経済成長を迎え庶民の暮らしが急激に豊かになっていく時代。
テレビ洗濯機冷蔵庫の3種の神器と呼ばれる電化製品が各家庭に行き渡るようになり鳴り響く音も大きく変化していきました。
そんななかこの音覚えていますか?そう食卓に欠かせないアイテムとして登場した…。
(2人)うん。
(2人)は〜い。
子供でも簡単にパンを焼くことができお母さんの家事もかなり楽に。
ポップアップトースターの登場で多くの人がそしてこの頃こんがり焼いたパンとともに更に…。
ウインナーの先端に切れ目を入れて炒めた…。
子供たちに大人気のおかずでした。
当時は果物が高価だったため自宅の庭で採れた野菜で作る野菜ジュースが流行。
今まではお茶だったのがテーブルの上にジュースが並び当時の人は豊かさを実感したそうです。
こちらはある料理を作るための家電製品。
その料理とはどんなものかわかりますか?ヒントはこの音。
伊集院さんお答えください。
油の音で…。
それでは正解。
ホント?そう正解はゆで卵。
こちらはゆで卵を茹でるためだけの電化製品ゆで卵器。
水を調整して入れるだけで固ゆでにも半熟にもスイッチひとつで作ることが可能。
庶民の台所にもよく見られた調理器具だったんです。
ちなみにこのゆで卵器とセットでよく使われていたのがゆで卵をちょっと豪華に見せるための卵花型切り器なんてものも登場。
当時ゆで卵は食卓を彩るエース的食材でした。
ポリポリからサクサクへ。
食卓から聞こえる音の変化とともに朝食にパンを中心とした洋食が進出。
この頃紙芝居にベーゴマ…。
じゃあいいよ。
じゃあいくよ。
次うち。
ケンケンパケンケンパ。
子供たちの遊びの必須アイテムが…。
円を描き…。
男の子は道路や電柱に落書きをして遊んでいました。
更に…。
これ。
やった?やりました。
古新聞紙で作ったその使い方は…。
(3人)ケンケンパケンケンパ。
ハハッ逃げろ逃げろ…。
この頃の子供たちはなぜか音が出る遊びが大好きでした。
「春の小川は」これ。
男の子たちの更なる遊び道具が
(一同)エヘヘヘッ…。
その使い方はもちろん…。
ハハハッ…。
わかったわかった…。
当時の子供たちは5時のチャイムが鳴るまで目一杯遊び…。
ただいま。
ただいま。
アメリカの西部劇ドラマ…。
黒マスクで白馬にまたがる主人公がその勇士に憧れ…。
子供たちの間でもただいま。
はい召しあがれ。
(3人)お〜っ!当時の贅沢は専用のピンを巻きつけて缶を開けるシステムは最先端なオシャレな食べ物に感じられたそうです。
うわ〜っ!その食べ方は…。
ホカホカご飯の上にのせてちょっと温めてからパクリ。
今やどこでも手軽に買えるコンビーフも当時はそのため…。
ずるいあ〜っ!最後のひとかけらを巡りすると時折…。
(物音)これも昭和の食卓ならではの音。
ずるいずるいずるい…。
あ〜おいしいな。
あった派ですか?お父さん怖かったですか?おじいちゃんですね。
第18回オリンピック東京大会の開幕です。
1964年以降日本はオリンピック景気を機に高度経済成長の階段を一気に駆け上がっていきました。
といわれた時代から…。
新たな生活必需品とする3Cの時代へ突入。
笛吹きケトルの蒸気の音。
おはよう。
そしてその食卓を華やかに彩ったのが…。
魔法瓶炊飯器をはじめとした花柄模様の台所製品。
その余波はお鍋からお茶碗やコップまで花柄の善しあしで売り上げも変わったといいます。
そして…。
うん。
この頃パンを焼くのは今まで人気のポップアップ式は食パンしか焼けませんでした。
しかしオーブントースターだとコッペパンやロールパンなどさまざまな形のパンを焼けることから大ヒット商品に。
このオーブントースターの登場でこれまで炊飯器は保温機能がついていなかったため…。
しかし1972年ついに保温機能と炊飯機能がついた電子ジャーが誕生しいただきます。
ホカホカご飯の上にご飯のお供をのせて…。
一方子供たちも…。
1965年以降の朝の食卓から聞こえる音はまさに更にこの頃家の中で響いていた音が…。
掃除機の排気音。
これまで掃除といえばほうきで掃いて外に捨てるというものだったのですが…。
しかし…。
子供たちはその大きな音になかなか慣れることができませんでした。
そして当時はこんな音も…。
脱水槽がついて大ヒットとなったこちらも激しい音に加え…。
洗いとすすぎがボタン1つででき従来の洗濯槽に加え脱水機能が付いたのが当時は画期的でした。
脱水もつまみをひねるだけ。
あとは勝手に洗濯機が脱水してくれる夢のような商品でした。
がしかし…。
えっどういうこと?更にこの頃登場したのが…。
何それ?わざわざ蒸し器でもち米を蒸したりついたりすることなく簡単においしいお餅ができると爆発的に大ヒットしました。
しかし…。
(子供たち)スイッチオン!うわ〜っ!この時代の家庭からはその音がこちら。
おかえりなさい。
この頃カセットコンロが一般家庭に普及したことで家でも簡単に鍋が食べられると一躍鍋ブームに。
あと今日はデザートもあるのよ。
そんなとき
(モーター音)当時はとても重宝されていた家電。
うわ〜っ!食後のデザートの定番これを…。
登場したのは缶詰をセットすれば自動でふたを開けてくれるという優れもの。
缶切りを使って手をケガしてしまう恐れもないので重宝されたといいます。
うまい!そしてこの時代それは…。
家具調ステレオで優雅に音楽鑑賞。
お母さんたちが響かせていた音が…。
(ダイヤルを回す音)もしもし?私。
お母さんたちは音楽よりも母さん。
新たな電化製品が入り込んできたなかこのあと思わずグッときてしまう指示に従って中に入ってください。
1970年代はオイルショックで物価が高騰するなか…。
価格が安定していました。
そこで台所に加わった音がこちら。
(電子音)チン!の合図とともにお母さんたちの強い味方となった電子レンジ。
しかし…。
(前田)これはよくやりましたよね。
(渡辺)よく落ちましたね昔は。
昭和の家庭にはそんな…。
便利になっていく過程で少しずつ聞こえなくなっていったあの頃の音。
幸せな記憶とともにある家庭のなかの音はこの先どんな音になっていくのでしょうか?これはまたスタジオが盛り上がりましたね。
懐かしい!今のVTRの中で電話のダイヤルをこうやる音が…。
俺なんか生活の音っていうか真っ先に浮かぶのは近所が長屋みたいなところに住んでたから…。
叱りつける声が…。
わかる!それとこれはどうかわかんないけど朝になるとどっかしらの親父が絶対ウェーッて…。
あれ防音が甘いのかな。
昔の家って。
美波里さん他には何かありますか?私はやっぱりお正月になるとおなますって食べるでしょ?そこにうちのほうはピーナッツを入れてちょっとしたお味噌を入れてなますを…。
彩音ちゃんはどうやってやるかも知らない?はい知らないです。
ということでピーナッツを木下彩音ちゃんにすってもらいましょう。
怖いね!最初先に潰しとく。
それからやる。
うちじいちゃんが江戸っ子だから…。
縁起が悪いから…。
代わりましょうかやっぱり。
見てられないね。
ちょっとやってもらおうか。
結構…。
(渡辺)おばあちゃんにやってもらおうね。
そうおばあちゃんですよホントに。
ほらほら!手つきが全然違う。
うわっすごい!あんまり力入れないんですよ。
(山瀬)やっぱね年季が違うからね。
違うわ。
こんなもんです。
10分ほどすると乾いていたピーナッツがしっとりに。
前田美波里さんが子供の頃食べていたピーナッツなますが完成。
おいしいでしょ?おいしい!
(尾形)ピーナッツかなりきますね。
いける?いけますね!よかった!入ってないんですか?まずは戦後の復興を遂げ日本全体が明るい未来に歩みだした1950年代の行列。
こちらはデパートにできた行列は1958年に大ヒットしたフラフープ。
なにしろフラフープがないと遊び仲間に入れてもらえないとあって生産工場は連日フル稼動。
ついには歌舞伎にまで登場。
えぇ〜ウソ!続いては…。
老若男女問わず夢中になりました。
並んで手に入れた。
そして父も来てたんですよ。
特に人気を集めたのがちなみに日本最高額といわれる切手は明治8年に発行されたその価値なんと…。
ロットナンバー「ヨ」という文字入りで無傷なのがたったの1枚。
というように記念切手は価値が上がることからブームになり皆さん切手シートで大事に保管していました。
続いては高度経済成長に入り三種の神器が家庭に入ってきた1960年代の行列。
列島各地が記録的な豪雪に見舞われた…。
年号にかけられたもうタクシー代払ったら。
続いてはご婚約の決まった三笠宮やすこさんがテープを切ってこのほど公開されました。
そうやってきたのはさまざまなブームが巻き起こった1970年代といえばこちらの行列から。
そう万博アポロ11号が持ち帰った石をひと目見ようと美波里さんはねえぇ!?そうなんですよ。
働いてたんですよ。
もう我々にとったらちょっと!続いては全国に3,000店を超えるマクドナルドが日本に初上陸したのは1971年。
当時80円だったハンバーガーは今の価値だとおよそ352円。
マックシェイクは528円。
そんな贅沢品のハンバーガー1つ買うのに今では考えられない果たして5時間待って30秒しか見られなかった行列は?これからもよろしくお願いしますとカンカンランラン2頭のパンダ。
その大行列が…。
この日上野に訪れた見物客は徹夜組も含め
(前田)御徒町まで続いたんだって。
パンダあんなに並んだのにはい進んで進んで!って言われるから…。
続いての行列はそんな当時3時間並んだ人は?ちっちゃくて。
モナリザ展は壮絶な行列。
そのためか自宅によく飾っていました。
『週刊少年ジャンプ』に連載された『サーキットの狼』をきっかけに瞬く間に火がついた展示品の撮影許可を出したお店の前には子供だらけの珍しい行列ができました。
押さないで押さないで!予想以上の大混乱。
子供を相手についには警察が出動する騒ぎになりました。
少年たちにとって憧れの的はランボルギーニやフェラーリなどいやぁ昔からいろんな行列があったんですね。
尾形は何か並んだ?僕はやっぱ小学校のとき…。
ファミコンもめっちゃ並んで僕でもお金ないから全部お年玉使っちゃったからファミコンで。
だから
(笑い声)エアーでやってるんだ。
わからないんですけど。
私が初めてブームのものに並んだってなるとあれもすごかったね。
あれがちょうど小学生のときで特に白がもう大人気で並ばないといけなくて私中野に住んでたんで中野ブロードウェイに買いに行ってたまごっち並んだのが私は行列の思い出です。
その昔なんか徹さんも…。
そのレコードが…。
ウソ!これなんですけど。
あら!あら!いやなんで並んだかっていうと最初…。
すごくないですか?このアイドルの一番の魅力は何ですか?美波里さんいかがでしたでしょうか?やっぱりねお食事ひとつにしても時間のかかることが昔当たり前だった。
だからこそ家庭で会話ができたりすり鉢を押さえてくれる子供がいたりそれが大切なんじゃないかなと。
ピッと押したらできてしまうような今時代じゃない?もう一回あっちに戻ったほうがなんか再認識しちゃった私。
おいおいおい!おい!何言おうと思ってたみたいな。
2015/11/29(日) 19:54〜21:48
テレビ大阪1
日曜ビッグ「昭和平成ヒット商品 全部見せます!5」[字]
「あの頃はこんな暮らしでよく頑張った…」懐かしの仰天映像と共にヒット商品の“歴史”と“変遷”を一挙紹介!そうだったの!?日本の素晴らしさも見えてきます!
詳細情報
番組内容
生活に欠かせない家電や身近なモノの、知っているようで実は知らない<歴史>と<変遷>をお見せしちゃいます!懐かしの仰天映像満載!第5弾の今回は…
【家庭の医学の変遷をミレバ、乗り越えてきたピンチの歴史がワカル!】
お腹をこわした時は焼いた梅干しをお腹に巻いたり、味噌やしょう油を塗ったりしていた!?家庭での民間医療やヒットした薬の変遷を紹介します。
番組内容2
【台所の音の変遷をキケバ、幸せに満ちた昭和の暮らしがワカル!】
台所から聞こえた料理の音や調理器具、そして新しい調理家電などを音に注目しながら、その変遷を辿り、その時代の庶民の暮らしを紹介します。また外から聞こえた懐かしい昭和の物売りの音や声も紹介していきます。
番組内容3
【配達の変遷をミレバ、日本人が大切にしていた物がワカル!】
郵便配達、新聞や牛乳の配達、蕎麦の出前、酒屋や米屋など御用聞き、昭和の暮らしを支えてきた配達の変遷をたどります。
【行列の変遷をミレバ、日本人の我慢強さがワカル!】
東京タワーの完成時はおよそ3000人、大阪万博はのべ6000万人以上が行列したといいます。行列が出来た昭和のブームとは?
出演者
【司会】渡辺徹
【進行】山瀬まみ
【ゲスト】前田美波里、伊集院光、尾形貴弘(パンサー)、柳原可奈子、木下彩音
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/sun/
ジャンル :
バラエティ – その他
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