オモシロ全開

小説家になりま専科

小説家になりま専科

◆第138回
もっとも肩の凝らない文学入門「有名すぎる文学作品をだいたい10ページぐらいの漫画で読む。」と、漫画で蘇る文学作品たち

 まったく自慢にならない話だが、私は小説業界のなかでもっとも小説を読んでない男かもしれない。
 
 

bungakusakuhi.jpg

 大学には入ったが、経済学部出身であり(じゃあ経済のことを知っているかというと、そんなことはなく、ゲームの『バーチャファイター2』と『鉄拳』に明け暮れているうちに卒業した)、読んだ小説といえば血沸き肉躍る冒険小説や犯罪小説ばかりだ。たまにインタビューを受
けると、「さぞ小説には詳しいのでしょうねえ」という前提で質問されるときもあり、しょっちゅう頭を悩ませている。世のなかには、たいして小説読んでない小説家もいるのだ……。
 
 
 そんなわけで、水木しげる風の絵柄を武器にしたドリヤス工場は、ついに金脈を掘り当てたのではないかと思った。ベストセラーの『有名すぎる文学作品をだいたい10ページぐらいの漫画で読む。』(リイド社)という身もフタもないタイトル。掲載されているのは太宰の「人間失格」、森鴎外の「舞姫」、田山花袋の「蒲団」などなど。本当にベタで有名な文学作品を取り上げている。オビに書いてあるとおり、史上もっとも肩の凝らない文学入門といえるかもしれない。おもしろかった。
 
 

ayakasikosyo.jpg

 ドリヤス工場はその水木しげるの絵柄で、話題のアニメ作品のパロディを描くなどで注目を浴びた。ライトノベル風のツボを押さえた商業作品(平凡な高校生が超能力に目覚め、美少女ファイターが味方について、謎の組織とバトル。そんでもって恋愛に明け暮れる)『あやかし古書庫と少女の魅宝』(一迅社)は、残念ながら出オチみたいな話だった。内容と画がフィットしていないように感じられ、「なんかもったいないな……」と思った覚えがある。それだけに今回の「有名すぎる~」は絵柄とぴったりとハマっているように思えた。
 
 
 作品のなかには無理やり10ページくらいに収めたものもあり、せっかく漫画化したのに、やはりわからないというものもある。樋口一葉の「たけくらべ」も収められているが、『ガラスの仮面』の舞台劇を通して読んだほうがおもしろく読めるだろう。しかし、水木しげる独特の絵柄のおかげか、バタバタとまとめたものであっても、わからないなりに成立しているから不思議である。不条理でシュールな作品ほど力を発揮している。カフカの「変身」などはぴったりと言えた。
 
 

takitayumesaku.jpg

 もし『有名すぎる~』が気に入ったのなら、やはり日本人作家の短編を漫画化した滝田ゆうの『滝田ゆう名作劇場』がお勧めだ。孤児院暮らしに耐えられなくなった井上ひさしが、実家に置いてくれと祖母に嘆願するものの、いろいろあって拒まれる「あくる朝の蝉」、戦後まもなくの時代、学生だった丸谷才一と思しき人物が、渋谷の不良学生に囲まれて恐喝に遭う「だらだら坂」など、暗い気配漂う昭和物語がこれまた独特のタッチで再現されている。
 
 
 もちろん、コミックをきっかけに原作に触れるのが一番なのは言うまでもない。この滝田ゆう作品がきっかけで、いくつもの原作を自然と手に取るようになった。『有名すぎる~』は10ページという制約を設けることで、原典へと呼びこむ案内人の役割を果たしていると思う。たいして文学作品を読んでいない私が言っても、説得力に欠けるわけだが……。
 
 
 

◆深町秋生(ふかまち・あきお)

1975年生まれ、山形県在住。第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2005年『果てしなき渇き』(宝島社文庫)でデビュー、累計50万部のベストセラーを記録。他の著書に『ダブル』(幻冬舎)『デッドクルージング』(宝島社文庫)など。女性刑事小説・八神瑛子シリーズ『アウトバーン』『アウトクラッシュ』『アウトサイダー』(幻冬舎文庫)が、累計40万部突破中。

『果てしなき渇き』を原作とした『渇き。』が2014年6月に映画化。

ブログ「深町秋生のベテラン日記」も好評。ブログはこちらからご覧いただけます。

深町氏は山形小説家(ライター)になろう講座出身。詳細は文庫版『果てしなき渇き』の池上冬樹氏の解説参照。詳しくはこちらからご覧いただけます。