広島を4年間で3度の“リーグV”に導いた名将…森保一の監督哲学とは
森保一監督は開幕前からこう広言していた。高萩洋次郎(現FCソウル)や石原直樹(現浦和レッズ)、さらにファン・ソッコ(現鹿島アントラーズ)といった主力が広島を去り、選手層はむしろ薄くなった。それが周囲の評価だったのに。
だが結果として、森保一の言葉に嘘はなかった。11月22日、年間1位を確保した湘南ベルマーレ戦後、森崎和幸はこう語っている。
「トレーニングの質が高く、試合以上の厳しさでやれていることが僕らの強み。いつもピッチに出ている選手の力だけでなく、試合に出ていない選手のおかげで優勝できたと思っています」
今シーズンはキャリアハイとも言える圧巻のパフォーマンスを見せたミハエル・ミキッチも、2ndステージ優勝の要因に「選手層の厚み」を挙げた。
「チーム内の競争が常に激しい。誰が出るのか分からない状態を練習からキープできているから、いい化学変化がチーム内で起きた」
今シーズン、森保監督が取った手法は、ある意味で「ギャンブル」。シャドーの主力が移籍したことを引き金として、全ポジションの「レギュラー」を白紙に戻した。キャンプでの練習の組み合わせは、常にシャッフル。本来ならチームを仕上げる時期となる宮崎キャンプでも、組み合わせは毎日変わった。例えばキャンプ最後の練習試合となった京都サンガF.C.戦では、1トップに佐藤寿人ではなくドウグラスが入り、シャドーには野津田岳人。最終ラインは千葉和彦が外れ、佐々木翔が起用された。その1週間前に行われた徳島ヴォルティス戦では青山敏弘が先発から外れ、森崎和も45分で交代。水本裕貴もミキッチも塩谷司も、固定して使われることはなかった。
当然、コンビネーションは熟成しない。例えば唯一のJ1相手となったベガルタ仙台戦では「主力組」は0-4の完敗。メンバー間の阿吽の呼吸は薄れ、単純なミスも目立った。だが一方で、ポジション奪取のチャンスに目の色が獰猛に変化した若手が多く出場した3、4本目は計6-0。「俺たちが4点差をひっくり返すんだ」という気持ちを前面に出し、後に日本代表GKとなる六反勇治やベテラン上本大海らがいる仙台を圧倒し、「やれる」という意気込みを強烈に見せつけた。
シーズンに入ると、森保監督は主にヤマザキナビスコカップで若手にチャンスを与えた。予選リーグ第3節の松本山雅FC戦。指揮官はチーム全員をリーグ戦と入れ替え、ビョン・ジュンボンや高橋壮也など公式戦出場経験の乏しい選手も迷いなく起用し、4-2と逆転勝利。さらに指揮官は、勝てばヤマザキナビスコカップ予選リーグ突破に大きく近づくFC東京戦でも松本戦同様のメンバーで戦った。FC東京はリーグ戦の主力出場が予想されたにも関わらず、である。その信頼に若者たちが応え、リーグで優勝争いを演じているチームと堂々と渡り合い、90+1分までリードするという展開を作った。
この結果は若者たちに自信を、主力には大いなる刺激を与える。練習でのバトルはさらに激しくなり、時に若者たちが主力を圧倒した。
「サポーターに『お金を払ってでも見たい』と言っていただけるようなクオリティと激しさで、練習をやっていこう」
森保監督が選手たちに語り続けた言葉は、やがて「練習を見ることが楽しい」という形に変化する。ミキッチと高橋、青山と茶島雄介、カズ(森崎和幸)と丸谷拓也、柏好文と清水航平――。マッチアップする戦いは激しさを増し、全員が力を使い果たす練習は、娯楽性すら満載。見学するサポーターから感嘆の声が何度も上がった。今や若者たちのチームは、天皇杯でロアッソ熊本や徳島といったJ2中堅クラブの主力と戦っても内容で圧倒。勝利しても課題ばかりを口にするようになり、周囲もそれを当然のまなざしで見つめるようになった。
実際、明治安田生命J1リーグ2ndステージ最終節の湘南戦でピッチに立った選手たちのうち、佐々木翔と清水航平はレギュラーとは言えない。過去には浅野拓磨や野津田、宮原和也、丸谷、茶島らが先発起用されたことがあるが、いずれもパフォーマンスを落とすことなく、結果も出している。ドウグラスと柴崎晃誠にしても、激しいチーム内競争の中でポジションを確保した選手だし、寿人ですら「スタートで出られないかもしれない」という危機感を胸に抱いていた。
いい競争は危機感を生み、レベルを向上させる。それはサッカーだけでなく、社会全体の構造だ。例えば共産主義の経済的失敗も、突き詰めれば競争原理の欠如に行き着く。アルベルト・ザッケローニ監督の日本代表がワールドカップで失敗したのも、長谷部誠(フランクフルト)や遠藤保仁(ガンバ大阪)ら主力のコンディション不良に際して、代わりとなる選手を用意できなかったことも要因の一つだろう。
「競争させる」というチームマネジメント。言葉では簡単だが、実行は難しい。競争にベクトルが行き過ぎてコンビネーションがままならなくなり、選択の理由が明確でなければ、ネガティブへと作用しかねない。メンバーを固定させてしまったほうが、マネジメントはやりやすい。
ただ、森保監督の判断に分かりにくさはなかった。練習で結果を出した選手がメンバー入りを果たし、試合にも出る。ずっとベンチに入れなかった山岸智の状態が上がれば試合に起用し、2ndステージ第14節川崎フロンターレ戦での劇的な決勝ゴールにつながった。清水が結果を出せば柏がケガから復帰してもベンチスタート。寿人のJ1通算得点記録が懸かっていても60分前後での交代の形は崩さず、7試合連続して得点を決められなくても守備面で貢献していると判断すれば先発を外さない。
起用に対して明解な意図が読み取れるから、選手たちから不満は出ない。若手の2部練習も最後まで視察し、練習試合も常に観戦する。監督として多忙な日々を送りながら、若者たちの練習に視線を送り続ける指揮官の姿を見れば、試合に出ていない選手たちのモチベーションも落ちない。
「どんな状況であっても、一人ひとりが日々のトレーニングを大切にしているし、それを一年間継続してきた。試合に出られない選手が頑張っているからこそ、試合に出る選手も結果を残せる」
この山岸の言葉が、象徴的である。
さて、コンビネーションよりも競争を優先させた森保監督の選択は、戦術面でも明解だった。パスを丁寧につないでビルドアップするサッカーはもちろん広島のベースだが、競争優先のチームづくりでは阿吽の呼吸は生まれづらい。だからまず、チームづくりは守備から入った。しかも、「いい守備からいい攻撃」というコンセプトの下、リトリートしてブロックを形成する守備とアグレッシブにボールを奪いにいくやり方と、2つの方法論のミックスに挑んだのだ。
もちろん、言うは容易く、実行は困難。前からのプレスは、森保監督が就任以降何度も挑戦し、その度に意識の統一がピッチ内で図れずに失敗している。だが、指揮官は諦めなかった。練習を継続させながら切り替えを磨き、判断の精度を高めた。ピッチ内での指揮官というべき森崎和とは練習後、頻繁に言葉を交わし、時にはマーカーを芝の上に並べて戦術的な理解を推進した。
1stステージ第7節の清水エスパルス戦、そして第16節モンテディオ山形戦。圧巻のプレスが相手の守備陣で炸裂し、森崎和が相手陣内深くでボールを奪い切ってゴールを生み出した。圧倒的に押し込まれた2ndステージ第8節アルビレックス新潟戦では、全員で固いブロックを形成してしのぎきり、前線からの高い守備意識から2得点を生みだした。
「広島がこれほど速い攻撃を仕掛けるとは思っていなかったでしょう」と森崎和が言うように、広島の速攻は相手を引き裂き、得点の山を築いた。主なスタメン組は全員が得点を決め、チームとしては計16人がゴールをマーク。林卓人も1アシストを記録している。これも「チャンスがあればシュートを撃て」という指揮官の思惑が反映された結果だろう。ペナルティーエリア外からのシュートは鹿島アントラーズに次いでリーグ2位の数字だ。
「全員守備・全員攻撃」は多くの監督が理想として掲げている言葉だが、その理想を「いい守備からいい攻撃」のコンセプトの下、高いレベルで体現していたからこそ、1試合平均得点2点台と平均失点0点台というバランスを達成できた。4年前の就任時から森保監督が諦めずに指導を続けてきた結果だ。
浦和レッズのミハイロ・ペトロヴィッチ監督が明解に言っているように、今の広島は「我慢ができるチーム」。ベースに流れているのは明確にペトロヴィッチ流だが、4年間をかけて森保監督が自らの主張をチームに植え付けてきた。ペトロヴィッチがロマンチストであれば、森保一はリアリスト。ペトロヴィッチは自らの美学をサッカーに折り込み、時に「美しい死」をも厭わない芸術家だ。だが、森保一はタイトルという巨大プロジェクトを完成させるために、一つ一つの工程の精度を上げ、トライ&エラーを繰り返しつつも成功に邁進する技術者と言っていい。ノーベル賞に値するような基礎研究を行ったのがペトロヴィッチならば、それを実用化するために奔走するのが森保一の特性だ。
TVドラマ『下町ロケット』の主役・佃航平のように、粘り強く、夢に向かって歩きながらも、現実と向き合うことを忘れない森保一とその仲間たち。J1最多勝ち点を達成してもなお、成長の途中と自分たちを位置づける広島が来年以降、どういう化学変化を見せていくのか。その答えはおそらく、森保一自身にも弾き出せないだろう。なぜなら彼の生き方は、人間国宝・坂東玉三郎と同じように「まず目の前のことに全力を尽くす。その積み重ねが未来を創る」ことだからだ。
目先の課題に、全ての力を振り絞る。少なくとも広島の選手たちは、やりきっている。自分は果たして、どうなのか。振り返っても、答えは出ない。
文=中野和也(紫熊倶楽部)
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