枕の左の本棚である。
どうしても、何度読んでも難しいものが最後に座右の銘になる。
道元さんの正法眼蔵もなかなか数度では歯が立たない。
法華経はまた難しい。
杖となる、茶の本も風姿花伝も消えていた。
眠れないときに読むものなのである。
コックリ寝てしまう。
左には、非常用の水筒。
沖縄の飴。
杖もある。
まだ車いすは大丈夫。
兎に角、動きが利かなくなると茶道はいけない。
どんな奥秘、奥伝も私は徹底的に手を動かして教え方を研究してきた。
教える人の数倍は自分でやる。
パソコンで写真付きで見たって分かるものではない。
10年以上前にも主婦が先生の伝授は写真付きでパソコンに入れたから、
もう茶名以上はいりませんという。
この時のショックは言葉にならない。
ロボットがお茶をしてどうする。
茶道はお人とお人が交流して、
高めあう啓蒙の場である。
順番や所作、ルールは基本という。
濃茶をいただいて、
懐石からのお食事に足りない、栄養素を補う。
後炭で火が落ちたのを直して、帰ろうとする客をもうしばらくと止めて、
ゆったりお話ししながらお薄で休んでいただくのが茶事の眼目である。
パソコン入ったことで安心して、手を動かすことをやめれば、それは茶道をやらないほうが良かったとさえいえる。
悲しもべきかな!