(2015年11月30日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
米国のリベラリズムにとって、今は勝利の瞬間であるはずだ。ほんの数年間で同性婚が受け入れられ、マリファナが合法化された。米国は初の黒人大統領を2度選出し、間もなく初の女性大統領を選ぶ可能性が十分にある。
だが、米国の大学キャンパスでのポリティカル・コレクトネス(PC、政治的公正)の復活――そして、けたたましさを増す多くの左派知識層の口調――は別の物語を伝えている。
左派は言論の自由を擁護する代わりに、封じようとしている。ダイバーシティー(多様性)の名の下に同調を要求する。
危険にさらされているのは、米国民主主義の性格だ。アイビーリーグのエリート校が熱に耐えられないのだとすれば、それはどんな厨房になるのだろうか*1。
プリンストン大学の学生たちの要求
PC運動は人種問題から脱却するどころか、逆に固定させている。プリンストン大学の学生たちは11月、米国の第28代大統領で元プリンストン大学学長のウッドロー・ウィルソンの名前をキャンパスから消し去ることを要求し、学長室を占拠した。
元大統領の名にちなんだものには、名高いウッドロー・ウィルソン・スクール(公共・国際政策学部)や寄宿舎、大食堂の壁画が含まれる。抗議した学生たちは、教職員向けの「文化的能力研修」の実施と、疎外された諸民族に関する必須科目の導入も求めた。
ウィルソンに反対する議論は単純だ。彼は連邦政府機関の職員に人種隔離を再導入した。有利になる議論は、彼が重要な歴史的人物であることだ。ベルサイユ条約の起草者でもあった。ひとたび人の名前を消し始めたら、それは終わりのない旅路となる。
ロジックに従えば、ワシントンを改名する必要があるだろう。米国の初代大統領は奴隷を所有していたからだ。トマス・ジェファーソンやジェームズ・マディソンなどは、もっと罪深かった。彼らはそれだけに基づいて評価されるべきなのだろうか。
ウィンストン・チャーチルは臆面もない帝国主義者だった。だが、ナチズムに立ち向かったことで、歴史は彼を優しく評価する。フランクリン・ルーズベルトはどうか。米国の第32代大統領は公民権を促進するために何一つしなかったし、第2次世界大戦中には12万人の日系米国人を抑留した。複雑でない歴史的人物などというものは存在しないのだ。
*1=ハリー・トルーマン元大統領の名言とされる「if you can't stand the heat, get out of the kitchen」という言葉にかけた言い回し