2015-12-01 出版状況クロニクル91(2015年11月1日〜11月30日)
■[出版状況クロニクル]出版状況クロニクル91(2015年11月1日〜11月30日)
出版状況クロニクル91(2015年11月1日〜11月30日)
15年10月の書籍雑誌の推定販売金額は1227億円で、前年比7.8%減。
その内訳は書籍が588億円で、前年比2.5%減、雑誌は639億円で同12.1%減、そのうちの月刊誌は12.6%減、週刊誌は10.1%減。
この月刊誌、週刊誌双方の雑誌の2ケタマイナスは、出版状況がもはや臨界点にまで至ったことを告げている。
返品率は書籍が40.5%、雑誌は42.9%で、こちらも同様だといっていい。
本クロニクルなどで繰り返し記してきたように、近代出版流通システムは雑誌をベースとして構築され、それに書籍が相乗りするようなかたちで営まれてきた。そのビジネスモデルがついに崩壊しようとしている。
今年も余すところ1ヵ月となったが、出版状況は最悪のところまできていて、またしても書店はナショナルチェーンの超大型店の閉店も伝えられている。
1.日販の「2015年出版物販売額の実態」が出され、そのうちの「販売ルート別推定出版物販売額2014年度」が『出版ニュース』(11/中)に掲載されている。それを示す。
■販売ルート別推定出版物販売額2014年度 販売ルート 推定販売額
(百万円)構成比
(%)前年比
(%)1.書店ルート 1,163,801 72.3% 95.0% 2.CVSルート 216,536 13.4% 96.1% 3.インターネットルート 162,600 10.1% 101.2% 4.生協ルート 31,500 2.0% 90.3% 5.駅売店ルート 24,432 1.5% 71.4% 6.スタンドルート 11,129 0.7% 80.3% 合計 1,609,998 100.0% 95.6% [出版科学研究所による2014年の出版物推定販売金額は1兆6064億円だったので、ここでの合計販売額1兆6099億円とほぼ同じということになる。
2003年から2012年にかけての販売ルート別売上高は本クロニクル67、2013年は同79を見てほしいが、2003年の合計販売額は2兆2598億円である。当時はまだインターネットルートは設けられておらず、その代わりに割販ルートが挙げられていた。だがいずれにしても失われた販売額は6499億円で、それは2014年の2 から6 の合計額を超え、1 の書店ルートの半分以上を占めるものだとわかる。この十年間の出版物売上の凋落を物語っている。
ちなみに販売ルート別に見てみれば、2003年に対して、1 は4554億円、2 は2473億円、4 は185億円、5 は678億円のマイナスである。コンビニは半減、キヨスクは3分の1以下に落ちこんでいて、これらが雑誌売上の凋落をそのまま伝えている。
3 のインターネットルートも数年うちにコンビニと販売金額が逆転するのではないかと予測していたが、2014年は横ばい状況といっていいし、ピークアウトを迎えているのかもしれない。
結局のところ、2014年のルート別販売金額から見ても、唯一伸びてきたインターネットルートの成長が止まってしまえば、すべてがマイナス状況に陥り、さらなる合計販売額の失墜へと向かっていくであろう。
それが2015年度は加速しているわけだから、来年度の合計販売額は1兆5000億円近くになり、書店ルートも1兆1000億円を割るような事態を迎える可能性が高いと思われる]
2.『出版ニュース』同号では1で示したCVSルートの「出版物扱い比率・売上高2014年度」も掲載されているので、それも引いておく。
■CVSの『出版物取扱い比率・売上高』 2014年度 順位 企業名 年間
総売上高
(億円)店舗数 13年
店舗数1店舗当
売上高
(百万円)出版物
取扱い比率
(%)出版物
売上高
(百万円)1店舗当
出版物
売上高
(百万円)1 セブンイレブン 40,083 17,491 16,319 229.2 1.9 74,266 4.2 2 ローソン 19,620 12,276 11,606 159.8 2.4 46,661 3.8 3 ファミリーマート 18,602 10,514 9,780 176.9 2.1 38,635 3.7 4 サークルK・サンクスジャパン 9,282 5,990 5,612 155.0 2.1 19,237 3.2 5 ミニストップ 3,321 2,151 2,186 154.4 2.7 8,898 4.1 6 デイリーヤマザキ 1,927 1,533 1,531 125.7 3.5 6,693 4.4 7 セイコーマート 1,818 1,168 1,164 155.7 1.4 2,565 2.2 8 NEWDAYS 1,001 508 508 197.0 3.3 3,286 6.5   8 社 計 95,654 51,631 48,706 185.3 2.1 200,241 3.9 [コンビニ上位8社で店舗数は5万店を超え、年間総売上高も10兆円に達しようとしている。
しかし出版物売上高は落ちこむ一方で、2013年は7社で2040億円だったが、2014年は8社でも2002億円である。7社であれば2000億円を割っていたことになる。
8 のNEWDAYSは別にして、1店舗当出版物売上高はローソンだけが前年と同じだけれど、それ以外の6社はすべてが前年割れである。
セブン‐イレブンは420万円、ローソンは380万円、ファミリーマートは370万円で、これを月商換算すれば、それぞれ35万円、32万円、31万円であり、日商は何とか1万円を保っているという販売状況で、これ以上マイナスが続けば、日商1万円を割りこむことも確実だろう。
ローソンが来年2月までに全国1000店に専門棚2本を導入し、書籍販売を本格展開するとしているが、出版物売上高の回復は難しいというしかない。おそらくコンビ二と出版物の蜜月は終わったと考えられるからだ]
3.『FACTA』(12月号)が「主要147誌『実売部数』大公開!」を掲載し、「今年は出版界にとって『終わりの始まり』の年になるかもしれない」と始めている。要約してみる。
* 出口の見えない出版界の危機的状況を象徴するのは栗田出版販売の倒産で、負債総額は135億円という取次としては最大規模の倒産である。大口債権者を示せば、小学館6億7千万円、集英社6億6千万円、カドカワ5億1千万円、講談社3億8千万円、幻冬舎1億5千万円。
* 栗田は大阪屋と統合し、生き残りを図るが、その大阪屋の筆頭株主は「ネット書店」を展開する楽天で、三木谷会長は「既存の書店ネットワークを破壊しない」というが、日本の出版界を支えてきた取次・書店という出版物の流通プラットフォームはインターネット上の流通プラットフォームに取って代わられるだろう。
* 現在の流通プラットフォームは大量生産、大量販売の雑誌によって支えられてきたが、その雑誌が売れなくなり、147誌のほとんどが前期割れである。総合週刊誌トップの『週刊文春』は42万部、それに30万部前後の『週刊新潮』『週刊現代』が続いている。だがトップの『週刊文春』にしても、06年は57万部だったから、15万部も部数が落ちている。悲惨なのは新聞系の週刊誌で、『週刊朝日』は10万部を下回り、『アエラ』は6万部、『サンデー毎日』は6万部を切っている。週刊誌の採算ラインは実売率7割弱だが、この数ヵ月の週刊誌実売率は各誌6割にも達しておらず、毎号採算割れの状態にある。
* 週刊誌の退潮に関して、経営側の編集権に対する介入が強まり、『週刊ポスト』『週刊現代』編集長が売上不振を理由に相次いで交代。『週刊文春』編集長の突然の休職も、春画掲載問題にあるのではなく、権力者、有名人スキャンダル報道がその理由ではないか。
* 雑誌不振は小学館を直撃していて、同社の雑誌53誌のうちで、雑誌売上で黒字なのはわずか3誌だという。雑誌広告収入も減少し、今年度売上は1千億円に届かないのではないか。
* 出版界は経営多角化の動きが強まり、学研HDは出版事業売上27%に過ぎず、サービス付き高齢者住宅事業(サ高住)、塾や学校事業を進め、そのサ高住事業はトーハンも提携し、参入している。大手出版社も売上に占める不動産事業割合が高まっている。とはいっても、経営多角化の先にあるのが楽園とは限らない。
[キャッチコピーの「門外不出! ABCデータ」は11日の業界紙などにも掲載されているので、羊頭狗肉であるが、それでも雑誌状況と大手出版社の問題を俯瞰し、啓蒙する意味ではまとまった記事に仕上がっているといえるだろう。
それに直販誌でなければ、週刊誌実売率や小学館関連のことは言及できないと思われる。
とりわけ雑誌の流通販売だが、2でふれたコンビニが日商1万円を割った場合、コンビニにしても取次にしても、赤字になってしまうのではないだろうか。
それに週刊誌実売率7割弱が採算ラインだとすれば、今年の週刊誌返品率は37から41%で推移しているので、これも全体では赤字になっていることを意味している。
月刊誌に関しては、ムックやコミックも含んでいて一概にいえないかもしれないが、今年の返品率は平均すると43.3%に及んでいる。こちらも実売率は6割に届いていないことになる。
これらを総合すれば、出版社・取次・書店という近代出版流通システムにおいて、雑誌自体が生産、流通、販売の場で利益を生み出さない状況を迎えていることになるのかもしれない]
4.やはり『新文化』(11/19)がABC調査による「読み放題UU上位10誌」リストを挙げ、「雑誌定額読み放題『dマガジン』急成長と出版社の戦略」をレポートしている。これも要約してみる。
■2015年 上半期雑誌販売部数・読み放題UU上位10誌 順位 誌名 出版社
(発売社)読み放題UU数 紙の販売部数 デジタル版 1 AneCan 小学館 61,194 70,686 2,282 2 DIME 小学館 60,096 58,034 2,589 3 Goods Press 徳間書店 57,942 26,397 1,304 4 FRIDAY 講談社 56,486 142,497 - 5 ar 主婦と生活社 51,654 76,878 616 6 ESSE 扶桑社 50,963 256,547 3,666 7 GetNavi 学研プラス 47,040 50,387 5,537 8 Begin 世界文化社 44,752 63,463 3,736 9 日経TRENDAY 日経BP社 43,414 115,839 6,998 10 Oggi 小学館 42,003 91,326 2,629 * NTTドコモのスマホ向け電子雑誌読み放題サービス「dマガジン」は急成長し、開始1年半で会員数は250万人を超え、閲覧できる雑誌は160誌以上になっている。
* 雑誌凋落のかたわらで、昨年から電子雑誌の伸長が目覚ましく、2013年に77億円だった市場は14年には145億円とほぼ倍増している。この数字に大きく貢献したのが「dマガジン」で、システムはKADOKAWAの電子書籍ストア「ブックウォーカー」が運営している。ユーザーは月額432円でスマホなどを通じて好きなだけ雑誌が読める。
* その160誌のうちで読めない記事もあるが、7、8割は読むことができる。読まれているのは圧倒的に週刊誌の記事で、今年のある月のアクセスランキングを挙げれば、次のようになる。1『FRIDAY』、2『FLASH』、3『週刊ポスト』、4『週刊プレイボーイ』、5『週刊現代』、6『週刊SPA!』、7『女性セブン』、8『週刊女性』、9『週刊文春』、10 『an・an』。
* 集英社は『SPUR』『eclat』を除く9誌のファッション誌、『週刊プレイボーイ』『BAILA』を提供。紙の読者と重なっておらず、違う層に広がったと見ていて、紙版への影響はないが、電子版と「dマガジン」の競合はあり、後者が前者を上回っているという。
* マガジンハウスは『Hanako』『Tarzan』『Casa』『BRUTUS』『クロワッサン』『an・an』の5誌を提供。立ち読みが紙の売上につながるという意味でのあくまでプロモーションで、5誌の紙版売上を100とすると、「dマガジン」分配度は5程度とされる。
* 光文社はファッション月刊誌8誌を提供。「dマガジン」への露出は紙版の50%と他紙より少ない。もともと紙版の読者でない人が読んでいるので、それが電子版、紙版につながることを期待している。
* NTTドコモは「dマガジン」について、販売数が多く、認知度の高い雑誌を揃えられたことによって伸びたと語っている。また紙の雑誌を前提にして、それらをほとんど知らない人に魅力的な記事との思わぬ出会いを演出することを目指しているし、基本的に「dマガジン」の読者は紙版とは重複していないと認識している。
[私はまだ「dマガジン」を読んだことがないので、そのものに言及できないが、雑誌における出版社・取次・書店という近代出版流通システムの解体を推進していくことは確実だと思われる。それは今年に入っての雑誌売上の凋落と高返品率の高止まりが示していよう。
ただ問題なのはこの250万人のユーザーがさらに増えていくのかどうかである。NTTドコモは300万人、400万人のユーザーを語っているけれど、それがどこまで続くのか、ある一定のユーザー数に達した場合、ピークアウトしていくことも考えられる。
なおこの際だから、他の同様のサービス名と閲覧雑誌数、月額料金も挙げておく]
サービス名 提供会社名 閲覧雑誌数 月額料金 タボホ オプティム 200誌 500円 ビューン ソフトバンク 130誌 445円 ブックバス KDDI 170誌 562円 U-NEXT U-NEXT 60誌 1990円
5.栗田出版販売の再生計画案がまとめられ、東京地裁から債権者に対し、24ページに及ぶ文書、同じく43ページの「確定再生債権一覧表」などが送付された。それらの内容は「一覧表」を除いて、『新文化』(11/12)や『文化通信』(11/9)でも報道されている。
その再生計画案の骨子を挙げてみる。
* 当初の債権者数は2000社だったが、100%弁済を終えた少額債権者を除くと、900社(出版社800社、書店、リース会社100社)に減少している。
* 再生債権総額も130億3300万円を見こんでいたが、4〜6月期の平均返品率を算出して差し引く第二次卸スキームによる返品、及びすでに弁済した少額債権を差し引くと、111億1600万円となっている。
* 栗田の総弁済見込額は23億7800万円で、50万円以下の弁済率は100%となるが、50万円を超える部分に対する弁済率は17.4%。再生債権総額に対する弁済率は21.3%を予定。
* 大阪屋は栗田との統合のための受け皿会社として、10月15日に100%出資の株式会社栗田(新栗田)を設立し、社長には大阪屋の大竹深夫社長が就任。また大阪屋は8億円で栗田の取次事業譲渡を受ける予定。
* これらは12月24日の東京地裁での債権者集会における再生計画の是非を問う投票により、可決されれば、来年4月1日に大阪屋と合併した売上高1000億円の第三極の取次が生まれる。
[ちなみに栗田によれば、第二次卸スキームに同意しているのは、債権者は再建金額ベースで全体の90%強、社数ベースで85%とされる。本クロニクル86からずっと出版協や債権者有志出版社などの異議申し立てを伝えてきた。だが債権総額の2分の1と出席再生債権者の過半数の賛成があれば、再生計画は承認されることになっているので、それはすでに決定事項として送付されたことになろう。
しかし栗田を統合し、大阪屋が第三極の取次をめざすとしても、「再生計画案」自体が「売上増大施策や事業構造の改策施策については、想定通りに進んでいないのが実情である」とお墨付の文言を与えている。つまり何の改革もなされていないと公言していることになる。それに加えて加速する出版危機により、この1年間でも栗田どころか、大阪屋の売上高に匹敵する出版物販売額が失われているのである。
これらを考えれば、栗田の再生計画案が認可され、大阪屋と統合しても、同じことが起きるのは自明だと思われる。それこそマルクスが『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』(平凡社)の中で、ヘーゲルを引いていっているように、一度目は悲劇として処理されるかもしれないが、二度目は茶番(ファルス)でしかないだろう]
6.TSUTAYA図書館に対して、批判が出され続けている。それらの主たるものとして、福富洋一郎「武雄市をモデルとした新図書館建設の再考を求める要望書」(『出版ニュース』11/5)、田井郁久雄「虚像の民営化『ツタヤ図書館』」(『世界』12月号)、相川俊英「嫌われツタヤの『図書館戦争』」(『FACTA』 12月号)が挙げられる。ここでは田井の言及を取り上げてみる。
* ツタヤ図書館の本質的問題は選書や分類ではない。表面化した事例の下に根を張っているのはCCC指定管理の、図書館民営化そのものの構造的問題なのである。
* 武雄図書館の改修前の2011年度入館者数と貸出点数は25万人、34万点、改修後の13年はそれぞれ92万人、54万点で改修前と比較し、3.6倍と1.6倍、14年は80万人、48万点で3.1倍、1.4倍になったと喧伝されたが、これにはトリックがある。改修後の武雄図書館は、図書館・歴史資料館と商業施設の蔦屋書店・スターバックスの複合で、「入館者数」はこの建物全体の入口でカウントされたものであり、図書館の入館者数ではない。
* 13年度の貸出利用者数は16万人弱で、入館者数に対し、18%でしかなく、通常の割合は多くても3倍だから、あまりに少な過ぎるし、ほとんどの図書館の場合、入館者数より貸出点数のほうが多い。これから推測すると、13年の92万人と発表された入館者数のうち、貸出利用者数は50万人、それ以外の40万人は商業スペース利用者と見学を目的とする人たちである。
* 貸出点数は11年の1.6倍だが、開館時間は1.8倍になっているので、それに見合うほどの増加になっていないし、4.5億円の改修費用も反映されているとはいえない。それに登録者数は市内在住者は35%であり、武雄市民に限れば、貸出点数はむしろ減少したのではないか。
* 武雄図書館改修はCCC指定による運営を前提としたもので、総務省の指定管理者は複数の申請者から事業計画書を提出させ、その中から適切な提供者を議会の議決を経て指定するという手順を必要とするが、それを無視し、市長が独断で決定している。これにより、すべてがCCC主導となり、自治体は主体性を失い、指定管理者にお任せする関係となった。これは武雄市に限らず、その後計画された「ツタヤ図書館」に共通するものである。
* そのために蔦屋書店とスターバックスによる商業スペースが前面に展開され、その背後に図書館が配置される構成になっている。つまり蔦屋書店とスターバックスが主役で、図書館は引き立て役なのである。
しかも指定管理期間は5年で、継続は可能だが、CCCが撤退してしまえば、商業スペースも含め、他の事業者が引き継いだり、直営に戻すことは難しい。すでに市長は交代してしまっているし、あとはどうなるのか。
[その他にも経費削減のレトリック、施設使用料の問題、税金の使途などにも及んでいるのだが、それらは直接読んでほしい。『世界』はそれこそTSUTAYAでは売っていないし、買切少部数雑誌であるけれど、ここまで武雄図書館の実像に迫った分析はないからだ。図書館のみならず、出版社や取次も必読の論文である。大学図書館科教師を見直す思いだ。
なお福富洋一郎の「要望書」も田井の「虚像の民営化『ツタヤ図書館』」と同様の指摘を行なっていることを付記しておく。
また慧眼な読者はこの「ツタヤ図書館」問題が、前回の本クロニクルで言及したTSUTAYA書店の出版物販売実態と重なっていることに気づかれるであろう]
7.第7回図書館総会展のフォーラム「公共図書館の役割を考える」で、新潮社の佐藤信隆社長は図書館に向けて、「著者と出版社が合意した新刊本」に限定し、1年間の貸出猶予を求める要望書を年内に通知すると発表。
その理由として、「著者からの声が強く、放置できないほどになっている。すべて貸出に原因があると思わないが、相関関係はあると感じられるし、著者が書くことのモチベーションを維持できなければ、最終的に出版文化の衰退につながる」ことを挙げている。
[これらの問題の根底に横たわるのは、前回も記したように、日本の書店事情を弁えることなく、1980年以後バブル的に膨張した公共図書館の増加とその在り方である。1960年代に800館だった公共図書館は現在では3300館近くに及ぶに至った。
それは単に館数が4倍になっただけでなく、面積においてはそれをはるかに上回るものとして設置された。都市の場合は事情が異なるにしても、80年代以後に増加した地方の公共図書館の場合、地元の書店よりも広く、在庫も多く、さらに地方ならではの車社会に対応するように、これも広い駐車場を備えて開館されている。
つまりいってみれば、全国各地において、いずれも最大の坪数、在庫、駐車場を有する「無料貸本屋」が出現したことになる。その結果として、1980年に1億3千万冊だった貸出数は、2010年に7億冊を超え、書籍の推定販売冊数を超えるに至る。
街の中小書店がこれらの影響を蒙らないはずもなく、坪数、在庫、駐車場、そして何よりも「無料」に対抗できずに退場していくしかなかった。その結果、地方によってはTSUTAYAとブックオフしか残らず、それでいて町村合併もあったことで、生活環境において書店よりも公共図書館のほうが多いという現実を見ている。
日本の出版社は町の中小書店によって支えられてきたわけだから、その販売拠点だったそれらが失われれば、売れなくなるのは自明の理といえよう。
1980年代に隆盛を迎えたロードサイドビジネスを主とする郊外消費社会は、コンビニエンスと安さをコアにして成長したのであり、公共図書館も「無料」をコアとし、広い駐車場を備えたロードサイドビジネスの一種と見なすことができる。
しかし各分野のロードサイドビジネスが「民」によって担われたことに比し、公共図書館は「官」によって推進されたことに留意すべきだろう。他の分野では見られない民業圧迫とも捉えられる。すなわち町の中小書店と公共図書館の棲み分けの問題、それに連なる公共図書館の蔵書と在り方に関しての論議もなく、各自治体の横並び政策によって出現してきたのが現在の大半の公共図書館の位相と考えられる。それゆえに「ツタヤ図書館」問題は、現在の公共図書館と構造的に地続きなのである。
もちろん新潮社の思いもわかるが、貸出猶予はそうした公共図書館の歴史と構造、それこそ現在のユーザーのリクエスト状況からいっても、実現は難しいだろう。それよりも出版社、取次、書店は自己破産しかねない危機にあるのに、公共図書館だけが他人事のように傍観していていいのかと発し、現在の在り方を問い、ひるがえって無料貸出を待つのではなく、一刻も早く買ってでも読みたいと思わせる著作の出版に邁進すべきだ。
それが新潮社の歴史だったといえるのではないか]
8.『文化通信』(11/2)に「書籍出版社経営者が語る出版業界の20年の変化と課題」のタイトルで、筑摩書房の山野浩一と河出書房新社の小野寺優の対談が掲載されている。
[両社とも人文出版社で、また二人とも営業出身ということもあって、1980年代末からの営業体験から話が始まり、懐かしい思いにかられるし、そのような営業や販売環境が90年代以後変わっていったことを彷彿させる対談である。
それらの中でも、ついにそこまできたのかと思わされたのは、リーマンショックの頃からの変化である。その部分を引用してみる。
山野 : 既刊本が売れなくなりましたね。
小野寺 : 何が変わったかというとロングセラーが減りました。リーマンショック辺りから極端に既刊の売り上げが落ちています。筑摩さんもそうだと思いますが、書籍出版社はやはり在庫が動いてくれないとつらい。
山野 : 河出さんもうちも、どちらかといえばフローではなく、ストックの出版社ですからね。
小野寺 : 私が入った頃、売り上げの75%が既刊と言われました。いまは下手をすれば逆転しているでしょう。
山野 : うちも同様ですね。
[河出や筑摩のような「ストックの出版社」ですらも新刊依存度75%になっている事実が語られている。彼らも語っているように、80年代まではその逆が人文書出版社を支えていたのである。要するにまったく既刊本が売れなくなっているのだ。それに現在の出版状況からすれば、新刊依存度がさらに加速し、80%から85%へと高まっていく可能性すらもある。それはもはや書店における常備委託にしても、ほとんど回転しなくなっている書店状況を伝えている。それは7 の公共図書館状況ともリンクしていると考えらえる。
またそれ以上に驚きなのは、こうした社内事情が経営者から公然と語られてしまうことで、これは経営的にはマイナス発言と見なすしかないだろう。今世紀初めに、当時のみずす書房の経営者が新刊、既刊本売上比率が50%と並んでしまったという発言をしたことがあった。この対談にも名前が出てくる山野の最初の上司である故田中達治がそれを目にし、そういった発言は経営者としては絶対に慎むべきで、当時の筑摩の社長菊池明郎にもそのような発言をしないように伝えると私にいったことを思い出した。もはやそれも過去のことになってしまったのだと実感する]
9.8の筑摩書房と河出書房新社が期間限定時限再販企画を発表。
筑摩は『新校本宮沢賢治全集』などのなどの14タイトルの全集を対象とし、12月から来年3月末まで、出し正味50%で書店と直接取引。筑摩の全集時限再販は4回目である。
河出は「文芸別冊」シリーズのベスト30銘柄をセット組とし、12月1日から2ヵ月間の時限再販の「読者謝恩価格フェア」として、本体価格の20%を報奨金として支払う。こちらは取次経由である。
[筑摩の場合、第1回は9点で970万円、第2回は7点900万円、第3回は7点940万円とされているので、今回は14点であり、さらなる売上に結びつくであろうか。今回は『明治文学全集』も入っているが、それにつけても『大正文学全集』が未刊に終わったことが悔まれる。
河出のほうは「文芸別冊」が人気シリーズであることから、実売率5割以上を見こんでいるようだが、果たしてどうなるのか。
両社の既刊本売上シェアを高めることを祈る。私は筑摩の第3回目に『マラルメ全集』を買った]
10.日販がシャノアールの子会社あゆみBooksの全株式を取得し、100%子会社とし、日販の吉川英作専務部が新社長に就任。
あゆみBooksは1986年創業で、現在東京、神奈川、埼玉、宮城などに13店舗を展開し、2013年売上高は32億円、当期損失は6900万円。
[これも本クロニクル89で既述した取次による書店の「囲い込み」に他ならないだろう。
今年の新規開店はどこも売上が伸びず、ほとんどが苦戦していて、ある大型店などは売上が悪く、家賃が払えないのではないかという噂が巷に流れているという。
10月末に開店したジュンク堂高松店1100坪の初日売上は260万円、有隣堂ららぽーと海老名店350坪は300万円であり、どのような売上状況と展開になっていくのだろうか]
11.これも前回既述しておいたが、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店のブックフェア「自由と民主主義のための必読書50」が批判され、中断していたが、「今、民主主義について考える49冊」とタイトルと選書の何冊かを変え、再開。
[マスコミではネット上での批判を受け、中断とされているが、特定のところからの圧力によるとの話も伝わってくる。これはまだ複数の確認がとれないので、ここでは書かないが、それが『SEALDs民主主義ってこれだ』や小熊英二『社会を変えるには』が外された理由であるのかもしれない。
なおフェア中断に関して、出版団体としてフェア再開を求める抗議声明を出したのは出版協だけだった]
12.『朝日新聞』(11/10)の広告欄のところに、活字ポイントを小さくした目立たないかたちで、偕成社による「お詫びと回収交換のおしらせ」が出されていた。それによれば、『おでかけ版ボードブックいないいないばぁあそび』に、10月下旬より書店店頭でカッターナイフの替刃が挟みこまれている事例が2件(計3冊)が発生した。しかし幸いなことに怪我などは発生していないという。
その原因として、「店頭や流通段階での挟み込みの可能性は低く、海外工場での製造過程において混入した疑いがあると判断し、回収交換をおこなうことにしました」と続いている。
[この偕成社の件に関して、業界紙などでも書かれていないので、詳細は確かめられないが、絵本も「海外工場」で製造され、食品疑惑と同様のことが起き始めているということなのだろうか。
偕成社が万全の安全管理を期し、このような「おしらせ」を公表したことは評価していいけれど、時代状況と重なるような、何かはっきりしないニュアンスもつきまとっている]
[アマゾンの場合、守秘義務や取材を受けないこともあってか、KADOKAWAの取次を経由しないアマゾンとの直取引の実態もまったく明らかにされていないといっていい。
また横田増生の『潜入ルポアマゾン・ドットコム』(朝日文庫)以後、そのような試みも続いていないので、雇用環境についても何が起きているのか、わからない。
労組結成で問題視された「業務改善計画」(PIP)という人事制度はアマゾンの便利さ、スピード、送料無料のサービスの背景に、雇用問題が潜んでいることを喚起させる。
14.2011年に現代書林の元社長、元社員、現役編集者、ライター4人が薬事法違犯で突然逮捕された。
これに対して、元社長たちは神奈川県県警を名誉棄損で訴えていたが、東京の高裁の控訴審判決で、県に176万円の支払いを命じ、無罪が確定した。
[これは『出版状況クロニクル3』でふれているが、明らかに冤罪事件そのものだった。10年前に出された「水溶性キトサン」に関する本が薬事法違犯に問われたことから始まっている。
絶版になっていた10年前の本がなぜ罪に問われ、4人も逮捕される事件になったのか、釈然としないもので、長い裁判の果てに無罪を獲得したことになる。言祝ぐべきだ。
このような時代状況と出版の関わりからいえば、出版業界に属していると、生産、流通、販売を問うことなく、いつ何が飛んでくるのか、わからない段階に入っていると思われる]
15.『現代思想』(11月号)が特集「大学の終焉――人文学の消滅」を組んでいる。
[これは同じく『現代思想』(14年10月号)の特集「大学崩壊」を読んだ際にも、本クロニクル78で述べてきたが、現在の日本においてはマスコミの危機、出版の危機、大学危機がまさに連鎖しているのである。それも今回の特集タイトルではないが、危機から崩壊へと向かっていることになるのかもしれない。
「出版人に聞く」シリーズ〈19〉の宮下和夫『弓立社という出版思想』において、90年前後のバブル経済時代における、私たちが体験してきた大学のパラダイムの変貌にふれているが、現在起きていることも、その延長線上に出現してきていると了解される]
16.15でふれたように、「出版人に聞く」シリーズ〈19〉として、宮下和夫『弓立社という出版思想』発売中。
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