聞き手・花房吾早子
2015年11月30日18時23分
■カルビー元社長・松尾雅彦さん(74)
被爆体験を進んで語ってきたことはありませんでした。なぜ、取材を受けたのかって? 「祈り」だけでは、核兵器も戦争もなくならないと思うからです。
原爆が投下された70年前の8月6日朝、母と馬車で広島市中心部から疎開中でした。「黒い雨」を浴びた私の髪の毛は抜けたそうです。当時は4歳半。記憶はほとんどありませんが、火災から逃げて入った川の中で、袋に入っていた貴重な砂糖がゆらゆらと溶けるのを見て「もったいなあ」と感じました。
米ぬかから飼料を作っていた実家は全壊。でも父、母、2人の兄、妹とも生きることができた。戦中・戦後は、ひどい食糧不足。栄養が足りない人たちにカルシウムやビタミンB1を補ってもらおうと、父はいろんな原料を使った団子を売りました。これが「カルビー」の語源です。
「お菓子には夢がある」なんて必ずしも思わない。食べ物は戦争の原因にもなる。そこにあるのは経済を優先する「重商主義」。稼ぎを重視すると、行き過ぎた競争になる。「相手からどれだけ取れるか」。これが戦争につながるんです。
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朝日新聞社会部
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