2015年11月30日15時33分
30日に亡くなった漫画家の水木しげるさんは、幼いころ「出会った」妖怪たちに生涯こだわり、描き続けた。怖いはずの妖怪が、水木さんの手にかかるとユーモラスな人気者に。戦争で片腕を失い、戦後は職を転々として貧困に苦しみながらも、少年時代の夢を失わず、最後まで妖怪と遊び続けた。
家に出入りしていた手伝いのおばあさん「のんのんばあ」から、妖怪や霊の話を聞かされ、水木さんはその存在を確信したという。代表作「ゲゲゲの鬼太郎」に出てくる妖怪たちは、ほとんどこの時期に「体験」したものだ。
「昔のおばあさんの話には、神代から日本に伝わる雰囲気が残っていた。その雰囲気を妖怪という形にしたのが『鬼太郎』。もともとが日本の土壌にあるものだから、今も愛されるし、滅びもしないと思います」と水木さんは語っていた。
水木さんの妖怪には、人間を疎外し、自然環境を破壊する現代文明への痛烈な批判もこめられている。それは、戦争を体験し、戦後の貧困を味わった水木さんの分身でもある。
高度経済成長の矛盾が公害などの形で一気に噴き出した1960年代末に、「ゲゲゲの鬼太郎」のテレビアニメがヒットしたのは、そうしたメッセージが受け入れられたからだ。「お化けにゃ学校も 試験も何にもない」という水木さん作詞の主題歌は、競争に疲れた子供たちの共感を呼んだ。
妖怪の研究にも力を入れ、96年には作家の荒俣宏氏、京極夏彦氏と世界妖怪協会を創立。図鑑や事典を出版し、世界各地のお化けや怪奇現象を研究して歩いた。
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