【コラム】ナチスと日本が戦勝、不気味な仮想の世界-カーター
2015/11/30 08:01 JST
(ブルームバーグ):アマゾンが配信するオリジナルドラマ「ザ・マン・イン・ザ・ハイ・キャッスル」の第6話には、ニューヨーク郊外ロングアイランドの住宅でスミス家が「対米戦勝記念日」を祝う場面がある。裏庭でピクニックを楽しみ、子供たちが花火に興じ、夜になれば打ち上げ花火が夜空を照らす。掲げられているアメリカの国旗には赤い横線が7本、白い横線が6本、そして左上には青地に白でナチスのかぎ十字章が染められている。これが日常だという不気味さに度肝を抜かされる。あらすじをばらすことなく確実に言えるのは、闇が深まるにつれてこの不気味さは増す一方だということだ。
このドラマの脚本は、1982年に死去するまで多数の型破りなSF小説を送り出してきたフィリップ・K・ディックの小説「高い城の男」を原作にしている。ストーリーの設定は1962年。連合軍が第2次世界大戦で敗北した後の世界が描かれる。米国の領土はドイツが占領する東海岸と、日本が占領する西海岸、ロッキー山脈や大草原地帯の一部を含む半独立の緩衝帯に3分割されている。
シリーズの初めの方ではなかなか緊張感が盛り上がらなかったが、制作者の仕掛けが奏功し、ドラマは視聴者をくぎ付けにし、そして恐怖に追い込む。
長くて息が詰まるような小説をドラマ化するため、制作側は登場人物のほとんどをそのまま維持しながらも、まったく違う性格やストーリー展開を与えた。中でも、小説ではストーリーのほぼすべてが日本が占領する太平洋側とロッキー山脈連邦で展開するが、テレビドラマの方はナチスに支配されるニューヨークを物語の中心に持ってきている。そこがこのドラマを面白くしており、同時に視聴者を困惑させている。
ドラマではまた、小説にはなかった木戸警部という冷酷で複雑な人物が登場する。サンフランシスコで起きた犯罪を本国日本の当局の逆鱗に触れないよう解決しなくてはならないという、不可能な任務を木戸は負う。こうした登場人物は最初のうちはあまり視聴者の関心を引かないが、それは変わる。次に何が起きるのか知りたくてたまらない状況が始まる。
一方で、ドラマ化においては黒人の扱いなど難しい点もある。1962年は今とまったく異なる時代だったからだ。このドラマに対する批評は様々な政治的教訓を導いているが、アメリカや人間に対する深い真実を理解する目的で「ザ・マン・イン・ザ・ハイ・キャッスル」を見るのは勧めない。それでもこれを見てほしいのは、新しいドラマで溢れる一方の世界でこれが一番優れたドラマの一つだからだ。
(スティーブン・L・カーター氏はエール大学法学部の教授で、ブルームバーグ・ニュースのコラムニストです。このコラムの内容は同氏自身の見解です)
原題:Spend the Weekend Immersed in Alternate History: Stephen Carter(抜粋)
記事に関する記者への問い合わせ先:ニューヨーク Stephen Carter scarter01@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先: Stacey Shick sshick@bloomberg.net
更新日時: 2015/11/30 08:01 JST