「火星行きの切符が二枚あるんだけど……。」
彼がその少女に遭遇したのは、テレビ局の廊下でだった。化粧っ気のない顔に何やら妖気がある。
…シカトするには美しすぎる。彼をSF作家と知っての悪戯か。
「いくらだい?」
「お金はいいの。一緒に行って下さる?」
こんなに美しい少女が相手なら、例え地獄行きだって……彼はうなずいた。
「ついて来て下さい。」
エレベーターで屋上にあがった。火星行きのロケットが待っている風でもない。
「本当に行って下さるのね?」
「もちろん、でも、どうして僕を……。」
「貴方じゃなきゃ、いけないの!」
少女の瞳から涙がポロリと落ちた。仰天する彼に、少女は古びた写真を二枚突きつけた。
「これが切符よ。」
一枚には彼が、別れた昔の女と写っている。もう一枚には女と少女。
「貴方を恨み抜いて死にました。姉の所へ行きましょう!」
と、同時に彼は抱きつかれていた。重心を失って、二人の体は屋上から宙に舞った。
【昭和54年頃の朝日新聞から。一部改作。 原作。藤田敏八。】