机の上に、パック詰めにされた、鯖の切り身・たこの足・シジミ・鮭の切り身・鰆の切り身・鮎2尾・鮭のちゃんちゃん焼きセット(鮭の切り身とカットされたキャベツ、ニンジン、ピーマン)、が置かれている。それぞれのラップには、マジックで大きく価格が書かれている

菅野彰

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会津『呑んだくれ屋』開店準備中

第31回 担当鈴木が会津娘を呑みに来たけれどあまり記憶がない

奥から、小鉢に、なめこのおろし煮、皿の上にタコの刺身、皿の上に牡蛎の生姜煮、手前にビールの入ったグラス2つ

 担当鈴木が会津娘を呑みに来たけれどあまり記憶がない。
 総じて、駄目なタイトルである。記憶がないのは楽しく呑んだからに他ならない。
 夏の終わりに、私は限定の「会津娘 純米酒 つるし」を予約までして手に入れた。つるしとは、酒袋を吊してそこから垂らした、しぼりたてもしぼりたての日本酒のことだ。
 四合瓶を予約しようとしたが、気づいたときにはもう予定本数を終了していて、一人で一升瓶かと思いながらも惑うことなく一升瓶を買った。
 日本酒はワインに比べて開封後の劣化は遅いが、それでも一度開けたらなるべく早く呑み上げたい。
 一人でそれに挑むのは、極めて危険だ。
「呑みに来いよ」
 夏の終わりから私は、度々鈴木にその会津娘を呑みに来るよう、誘っていた。
 夏の終わりと言っても、九月も末の話だ。
「今忙しい」
 鈴木は私の誘いを断り続けたが、少しもめげることなく私は鈴木を誘い続けて、先日根負けした鈴木がとうとうやって来た。
「来たよ!」
 二泊三日でやって来た鈴木を迎えて、しかしそれなら一応この連載に関わる何かをしようと、私たちは前々からやってみたかったことにチャレンジすることにした。
 会津若松駅の近くに、成城石井的なスーパーがある。
 有り体にいうと、なんでも高い。だが値段なりで、なんでも美味しい。特に魚貝類は、盆地の会津においてはここほど新鮮で美味しいものを売っている店は、今のところ見たことがない。
 そのお高く美味しいスーパーの海鮮コーナーでは、六時半ぐらいになると、消費期限が危ういものをトレイの上に山と積んで千五百円で売り飛ばす。トレイの中身は様々で、魚貝はどれも美味しそうだ。
 だがしかし、トレイのものは大抵その日のうちに消費期限が切れる。
 そんな山のような魚貝を一日で消費するのは無理だと、いつも私たちは指を咥えて眺めていた。
「あのトレイの魚貝を調理しまくる!!」
 せっかくなので、それを私たちの今回の目標にした。
 一度やってみたかっただけだ。
 そのときまで何がトレイに乗せられるかわからないし、日によっては投げ売り自体がないこともあるかもしれない。なんにせよ叩き売られるのは夜だ。
 だが鈴木は、真昼の十二時に会津若松駅にやってきた。
「眠い!」
 そう元気にぼやきながら。
「風呂に沈めてやるから、風呂で寝るがいい」
「五ノ井酒店さん行きたい」
「もちろん行くとも。時間は膨大にある」
 私たちは一端会津若松を離れて、以前取材させていただいた、会津坂下町の五ノ井酒店に向かった。
 今回はただの客なので、ただ買い物に伺った、筈だった。
 時は田んぼの稲が刈られる季節。新米の時期だ。新米の時期が来たということは、そこから新酒の時期が始まる。新酒の時期が始まるということは、去年の酒が底をつき始めるのだ。
「見事に冷蔵庫の中が寂しい……」
 五ノ井酒店にあるものは新酒ではなくても常にその時々のものなので、今は日本酒の正真正銘の端境期だった(この言葉を真の意味に近く使うの初めてかも)。
 だがしかし、早いところではお盆明けに稲刈りをしているので、新酒はもうそこまで来ている。やはり新酒の美味しさはひとしおで、楽しみで仕方がない。
 そこに、私たちはあまりにも魅惑の貼り紙を発見した。
「曙酒造、一番しぼりを楽しむ会……!!」
 な、なんと発売前の中取り零号のしぼりたてを、みんなで呑もうという会のいざないだ。
「行きた過ぎる!!」
 私たちは、その貼り紙に目が釘付けになった。
「でも……あたし来すぎだよね、この土地に。月一でほぼ来てるもんね。いくらなんでも来すぎだと思うんだよね」
「何を躊躇うの鈴木」
「菅野さんだけでも申し込みなよ! 隣町じゃん!!」
「そらそうだ私は何も迷わず申し込む。鈴木も来ればいいのに」
「うーん、うーん。そんなに頻繁に来ていいのだろうかうーん」
 少し寂しくなった冷蔵庫から日本酒を選びながらも、鈴木はずっと曙酒造一番しぼりのことで頭がいっぱいになっていた。
 私は思った。
 まあ、鈴木は来るのだろうと。
 来ないわけがない。大好きな曙酒造の、しぼりたての日本酒を何処よりも早く呑める会に。
 そのことにまだ、多分鈴木は気づいていないだけのことだ。
「どうしたの今日は」
 奧から五ノ井さんが出てらっしゃって、私たちはひとしきり日本酒の話などをしていた。
「仕事……のような、呑みに来ただけのような」
 どうしたのと言われると、鈴木はあははと笑うしかない。
 お会計のときに、私は一番しぼりの会を申し込んだ。
「一人? 鈴木さん来ないの?」
 五ノ井さんに、鈴木が尋ねられる。
「悩んでて」
「来なよ」
「行きます!」
 ほとんど一瞬で答えたので、私は思わず盛大に吹き出した。
 随分あっさりした短い悩みだったな鈴木……。
 日本酒を入手した私たちは、野菜を買いにそのまますぐ近くの「道の駅 あいづ」に寄った。
 ここでは珍しい地野菜が、直売されている。

机の上に、ラディッシュ・キュウリ・コマツナ?(唐辛子が同包されている)・パプリカ(紫色)・なめこが1袋づつ並べられている

「あれも買おうこれも買おう、珍しい調理なんかできそうもないもんどんどん買おう」
 鈴木はカゴを持って、突然マコモダケを掴んだ。
「ちょっと待って! マコモダケなんか触ったこともない!!」
「クックパッドがなんでも教えてくれるよー。ほらヤーコンとか」
「ヤーコンは食感があまり好きではない」
「私も」
「なら言うな」
 結局無難な野菜をカゴに入れて、「つまんない」と鈴木にブーイングされながらマコモダケとは別れる。
 そして、少し遅い昼を山の上に古民家を移築した「桐屋夢見亭」で食べた。美味しいお蕎麦屋さんだ。
「ここ、もしかして町中にある桐屋と関係ある?」
 鈴木に聞かれて、私は驚いた。
「あれ? ここ来たことない?」
 「桐屋夢見亭」は建物も風情があってロケーションもいいので、お客さんが来ると私はだいたいここに連れて来る。
「初めて来た」
「ふうん……」
 私が会津に越して来て、そろそろ十年になるかもしれない。そうすると鈴木は、十年会津に来ていることになる。
 今回似たような驚きがもう一つあったのだが、それはまた後ほど。
 ここではあまり深く考えずに、蕎麦を堪能した。
 すぐ近くに東山温泉があるので、いくらでも風呂に浸かっていられる私たちは、「御宿東鳳」の天空風呂で時間を潰すことにした。ここは町を一望する気持ちのいい温泉なのだが、夏に来ると日差しでなかなかすごいことになる。
 今は丁度いい季節だ。
 風呂でふと、鈴木が言った。
「体力落ちたんだよねー」
「へー」
 私はあまり相手にしなかった。
 すると鈴木はその無関心が伝わったのか、言葉を重ねた。
「いやいや、マジでマジで」
「軽い……軽すぎるな鈴木の体力問題!」
「だから最近毎日ヘパリーゼ飲んでるの。クスリが足りないのかなあたし」
「投薬で解決しようとするなよ……」
 そんな駄話をしながら私たちは、二時間以上もただ風呂にいた。二時間以上いると、一度出て行った泊まり客がまた戻って来たりする。
 どうやら何度目か戻って来て、その度に私たちを目撃したのだろうおばあさまに、
「あなたたちお風呂が大好きなのねえ。いいわねえ、お若いのに」
 と、声を掛けられた。
 充分ご存じだろうが、私たちは別にお若くない。何しろ来期の巨人の監督は、とうとう年下である。だが、その風呂の中では確かに最年少だったのかもしれない。
「あれさ」
 六時にはスーパーに行こうと支度をしながら、その話になった。
「あたし、本当に実際若かった頃から、ずっと何処に行っても言われ続けてる気がする」
 私はふと、二十代も前半の頃のことを振り返った。
「どういうこと?」
「なんか、いつも年寄りの集まるところに行って遊んでたんだと思うんだよね。百花園とか、寺とか神社とか温泉とか。そんでずっとあの台詞を言われ続けてきたけど、もういくらなんでも限界だと思うから、そろそろ私が誰かに言おうと思うわ」
「でも今日も、私たちより若い人いなかったのに誰に言うの」
「しかしこの台詞の世代交代の時期はもうとうに過ぎている……」
 私はもう、これを誰かに言いたい。
「いいわね、お若いのにこんなところで」
 とりあえず宿の中ですれ違った、通りすがりの子どもで練習してみた。
 近々何処かで、本番デビューするつもりだ。
 さて、本題である。スーパーの投げ売り待機である。
 六時にスーパーに行くと、投げ売りはまだ始まっていなかった。スーパーの中でコーヒーを飲んで待ちながら、六時半を前に私は様子を見に行くことにした。
 出遅れたら大ごとだ。
「始まってたら電話するから、荷物全部持って慌てて来て」
 鈴木に言い置いて海鮮コーナーに行くと、まさに投げ売りは始まっていた。
「鈴木! 絶賛始まってる!! すぐ来て!」
 慌てて電話を掛けて、五つほどあったトレイの中身を検分する。
 一つ一つ内容が全く違い、検分しているのは私の他にも二組いた。一人は女性、もう一組はツナギを着た男性二人だ。
 男性二人は安さと量に興奮しながらも、やはり食べきれないのではないかと踏ん切れないでいる。
 わかる。わかるよ。私たちもずっとそうやってこの山を眺めてきたから。
 駆けつけた鈴木に、私は二つにまで絞った候補を見せた。
「この山か、こっちの山だと思うんだよね」
「そうだね。どっちにしようね」
 そうこうしている間にも、女性は自分のトレイを決めて購入している。男性二人は、買うか買わないかというところからまだ出られていない。
「よし! こっちにしよう!!」
 よくよく考えて、私たちは一つのトレイを選んだ。
 千五百円の内訳を、紹介しよう。
 鯖一パック、鮎二尾、シジミ一パック、タコ足一本、鮭一パック、鰆一パック、鮭のちゃんちゃん焼きセット、以上だ。
 全てがほぼ、当日、または明日の消費期限になっている。
「がんばろう!」
「おう!」
 しかし声を掛け合って私の仕事場に到着した頃には、私たちはもうすっかり空腹で、疲れ果てていた。
「タコをトマト煮にして、シジミ汁の支度をして。鮎を焼くか……?」
 あんなに意気込んだのに、もうめんどくさい酒が呑みたい。
「鮎は後でいいよ……ナメコのおろし煮作ろう。めんつゆで」
 鈴木の提案で、ナメコで簡単美味しいおろし煮を作ることになり、鈴木の持って来た牡蛎の生姜煮や私の秘蔵のブリのオイル漬けなどを並べて、とにかく私たちは酒を呑むことにした。

二枚組写真:上 皿の上にタコの刺身、小鉢の中になめこおろし煮・下 皿の上にタコのトマト煮、小鉢にカットされたバケット

 まずはとりあえずビールである。
 私は未だに、どんな店に行ってもここからなかなか卒業できない。
 懐石だろうがフレンチだろうがイタリアンだろうが、とりあえずビールなのだ。
「乾杯!」
「かんぱーい!」
 あー染みる! と、ビールを呑んで、ナメコをいただく。
「うん! 美味しい!!」
「めんつゆ万能だなー」
 美味しいとナメコを称えたのに、鈴木はめんつゆに手を合わせた。
「タコ、やわらかいね。刺身にしたのも、美味しい」
 タコは少し残しておいて、そのまま刺身でも食べた。
 この辺でもちろん、日本酒が欲しくなる。
 いよいよ私が寝かせに寝かせた(一月しか経ってないよ)、「会津娘 純米酒 つるし」の出番である。
 一升瓶なので、この酒と気が合わなかったら私たちは大変だ。
 二人とも黙り込んで、会津娘と全身全霊で向き合う。
「美味しい!」
「すごいね! すっきりふくよか!!」
 さすがつるしとテンションが上がって、私たちは楽しく酒を呑んだ。
「良かったー。これで、もしこの酒と気が合わなかったら、暴れてたわ」
 そもそもはこの一升瓶のためにやってきた鈴木は、しみじみと呟いた。
 なんだかんだ話ながら夜は更けて、明け方近くに眠り、翌日私たちは昼に起きた。
「ラーメン!」
 起きるなり、鈴木は囀った。
 鈴木はうちに来ると、三日いたら三回、はせ川というラーメン屋で朝兼昼を食べる。どんなに前夜痛飲しても三日続けてラーメンを食べる女を、私は鈴木の他に知らない。
「駄目です」
 しかし私は、今回はラーメンは一度にしろと告げた。
「何故!?」
「昨日の鯖を、私がV6長野博レシピのサバサンドにするから鯖を食え! 鮎もある!! シジミ汁も作らず私たちはほとんど目的を果たしていない! という訳で私がバケットを買って来るから、鈴木はシジミ汁作っておいて」
「ラーメン!!」
 慟哭する鈴木を振り捨てて、私は仕事場を出た。
 全部自分たちで消費したかったが既にもう無理なのは目に見えているので、鮭一パック、ちゃんちゃん焼きセット、鰆一パックを私の実家に持って行った。
「消費期限が昨日で切れているものもあります。しかし私と鈴木もこれから消費期限の切れた鮎を食べるので大丈夫です」
 困惑する母に意味不明の大丈夫とともに魚を押しつけて、バケットを買いに行く。
 仕事場に戻ると鈴木が鯖に塩をしておいてくれたので、私はサバサンドを作りに掛かった。
 これは、鯖の季節になると私が一人で粛々と食べているものである。鯖も好きだし、野菜を一度にたくさん取れる、「妖怪野菜を食べなきゃ駄目だ」な私にはとても良い食べ物だ。
 バケットを二つに切って真ん中で割り焼いて、ルッコラ、トマト、赤玉ねぎ、そして塩をして焼いた鯖を挟む。今回はなかったが、あればディルを散らす。これでもかとレモンを搾って、噛みつくのだ。
 要はトルコ風サンドイッチだ。
「これからあなたは、驚くことになるでしょう。これを一体、どうやって食べるのかと。私は毎年このサバサンドの写真をTwitterに上げる度に、それを訊かれます」
 前置きをしてから、私は鈴木の前にサバサンドを置いた。
「これっ!」
 声にならない悲鳴を、鈴木が上げる。
「V6長野博考案の、食べる女の気持ちなど一つも考えていないサバサンドがこちらです」
 サバサンドは、とても人間の口に入るようには見えない。
「どうやって食べるの!?」
「大丈夫、安心してどうどう。私いつも食べてるから。佐世保バーガーみたいに、ぎゅうぎゅう潰して噛みつくのよ」
「無理だよ!」
「あんた顎丈夫でしょ!? 迷うな! 考えるな! 感じろ!」
 顎が丈夫でなければ食べられない、大変美味しいサバサンドで、二日目はスタートした。
 鈴木は戸惑いと顎の酷使で、サバサンドをあまり味わえていないように見えた。
「お、美味しかったよ……」
 それでも食べ物への敬意は、忘れない女である。
 これからまたロングタイムの温泉に浸かりに行く私たちだが、長すぎるので連載初めての後編に続くのだった。
 こんなダラダラした内容なのに、前後編なのかと?
 だってまだ鮎が残ってるでしょ!

●今回のレシピ

小鉢の中になめこのおろし煮

なめこのおろし煮

材料
なめこ ひと袋
大根 5cm
めんつゆ 150cc

作り方
めんつゆを鍋に入れて火にかけます。温まったところになめこを入れ、軽く5分ほど温めます。最後に大根おろしを入れて、ひと煮立ちさせたら器によそってください。
大根おろしを最後にいれるので、めんつゆは少し濃い目の方が美味しいです。
(今回のレシピは編集鈴木が担当しました)

●今回のお酒

日本酒「会津娘 純米無濾過 つるし」瓶

会津娘 純米無濾過 つるし

 五百万石と会津特産の酒米、夢の香を使ったふくよかな味わいの日本酒です。吊るした酒袋からしたたり落ちる酒を詰め、瓶ごと1度だけ火入れしたものを夏まで低温貯蔵したこのお酒は、ゆっくり熟成している分、穏やかな、どんな食材にも合うお酒となっています。

問合せ先
高橋庄作酒造店
福島県会津若松市門田町大字一ノ堰村東755
TEL:0242-27-0108
HP:http://homepage3.nifty.com/sakeshou/