菅野彰
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最近大流行の、タコはどの生態系にも属していないという話を、ご存じですか?
どの生物の進化の流れにも、タコは属していない、全く独立した生態だそうだ。
だから私は、今回スーパーで大量購入した中にあったタコを切りながら、ぼんやりと呟いた。
「やっぱりタコって火星人なのかな?」
火星に生息しているとはいえ人を食べるのはどうだろうと、切り分けながらも悩んだのだ。
「そんなわけないでしょう!?」
担当鈴木にすぐさま「タコ火星人説」を否定されて、そうかと私は美味しくタコを食べた。
でも、地球に落ちてくるくらい近くの星の人なんでしょう? タコ。
私らかなりたくさんのタコ食べてるけど、大丈夫? 将来宇宙大戦争にならない?
しかしタコよ、あなたはとても美味しいよ。愛しているからこそ、食べてしまうのだ。
そんなことを考えながら、今回は片端から魚貝を調理したその後編です。
今回は東北の美味しいものを紹介するというよりは、前回に引き続き鈴木と「会津娘 純米酒 つるし」を呑んだり、会津をふらふらしたりとそんな後編だ。
前編の最後に書いた、V6長野博考案の食べる女の気持ちなど一つも考えていないサバサンドを食したあと、私と鈴木は近所の日帰り温泉に行った。
なんと三百円也。
ここは熱いから長湯はしてはいけないと書いてあるのだが、気持ち良い露天風呂につい長風呂をしてしまう。
今回は鈴木と二人で、三時間くらいいたような気がする。
そして珍しく私たちはこの三時間、本当に珍しいことに有意義な話をした。
お互いの仕事、仕事との向き合い方、同業者の友人への思いなど。
別にそんな話をしようと思って、温泉に行ったわけではない。
ただ、話すうちに止まらなくなったというか、自己内省だけではやはりどうしても整理がつかないことを、二人で延々と打ち明け合って意見を求め合って、三時間が過ぎた。
一人で考えていても答えが出なかったこと、気づけなかったことを知れて、
「なんか思いがけずいい風呂になったね」
と頷き合った。
長く作品を書かない友人のことを私がつらつら話していて、話しているうちに、ああ私はただ彼女の作品を読みたいだけなんだと気づいたりした。
そしてそれをその友人に、私は一度も伝えていないとも気づき、今度会ったときに顔を見て言ってみようと思ったりした。プレッシャーにならない程度に。
私自身は書かなかった時期に声を掛けてもらえたのは、やはり励みにはなったので、友人も同じように感じてくれるかわからないけど、一度くらいは言ってみようと思う。
そうして私たちは、時間を忘れて話をしていた。
これは比喩でもなんでもなく、完全に時間を忘れていた。
ふと時計を見ると、六時半だ。
「うわ! 弦やさんの予約時間まであと三十分だよ!!」
私たちはこの日、以前の「突撃『弦や』の新店舗」を読んでからずっと私を恨めしく思っていた鈴木の希望で、弦やを予約していた。
いつもエッセイに登場する友人と、三人でだ。
慌てて風呂を飛び出して髪を乾かして、少し遅れる旨を弦やに伝える。バタバタと風呂を出て私の仕事場に戻り、すぐにタクシーを呼んで弦やに向かった。
弦やは、いつでも、楽しい。
だから私はここでの記憶があまりない。
日本酒は全て、店長にお任せして、一合ずつもらった。
諸々つまみを頼んで、
「何故こんなになみなみと注いでもらっているのに、あっという間になくなるのだろうか」
と謎めきながら、店長お任せで、日本酒を追加していった。
会社帰りの友人もやって来て、友人が鈴木にお猪口を選ぶ。
友人は、鈴木をとても待っていた。
なんのためか。
私の悪口を言いたかったのだ。
この会津盆地には、私と友人の共通の友人がいない。
「聞いてよ、すーちゃん!」
何故だか友人は、鈴木をすーちゃんと呼ぶ。
「この間、私LINEで菅野さんに、話があるのって言ったの」
溜まりに溜まった私への不満を、友人は鈴木にぶつけた。
「うんうん」
機嫌良く鈴木は、友人の話を聞いている。
「そしたら、わかったトイレに行くから呟いておいてって言って、そのまま丸一日放置だよ! 既読にもなんないし!! 酷くない!?」
トイレに行ったら、忘れてしまったんだよ。友よ。
「そんで翌日何事もなかったかのように返事するから、私たち友達で良かったですね。彼氏だったら別れてますって言ったら、『私は男ならいい彼氏だと思うよ』って言うんだよ。意味がわからない!!」
この一日放置の後返事をしたとき友人は、言葉ではとても語り尽くせないような恐ろしい耳が取り外せるウサギが激怒しているスタンプを押してきた。
「そういうめんどくせーことを言うから、おまえは彼氏ができないんだ。私は、自分が男だったらモテただろうなと言ったんだよ」
「なんでそんなこと思えるの!?」
「マメだし」
「はあ!? 話があるのって言った人をトイレに行くと言ったきり丸一日放置できる人の何処がマメなんですか!?」
「マメなんだよ」
特に説得材料を持たないまま、私は言い張った。
「その上さ! この間私、菅野さんにスタンププレゼントしたの!!」
友人の不満は、一つや二つではないのであった。
「あ、その話私が分が悪いやつだな。ヤメロ」
「やめない! 菅野さんがね、みんなそれぞれ自分らしいスタンプ押してくるなあって言ってて。どうやって見つけるのかな。みんな違うから驚くよとか言うから、私が膨大なクリエイターズスタンプの中から菅野さんらしいスタンプ探してプレゼントしたんだよ!!」
そういうのをマメっていうんですね……。
「そしたら、受け取って最初になんて言ったと思う? 『このスタンプありがとうがねえよ』だよ!? プレゼントもらって、最初の一言が文句なんだよ!」
「いや、あれは、せっかくもらったから『ありがとう』って押そうと思ったらないからさ。なんて役に立たないスタンプなんだと……ありがとうとごめんなさいは基本だろう。人間の」
「その基本があなたはなってないという話をしてるんです!!」
その後、友人は私に、ご丁寧にいろんなバリエーションのありがとうしかない「ありがとうスタンプ」を送って来たので、連打して礼を尽くした。
ところで、「突撃『弦や』の新店舗」のときの、極楽浄土のような話を覚えているだろうか。
最後に日本酒が少し残り、
「何かちょっとでいいのでつまむものを」
塩辛でいいんですくらいの感じでそうお願いしたら、板前さんが氷の中からとてもきれいで新鮮な生サンマを掴んで、
「サンマのなめろうでいい?」
と、サンマのなめろうを作ってくださったのだ。
それを鈴木は、半ば私を憎むほどに羨んでいた。
しかし、サンマのなめろうはメニューにはない。
とりあえずサンマは入荷されているのだろうかと氷をちらちら見ながら、私がトイレに立った。
それに気づいたとても気持ちのいい女性スタッフさんが、鈴木に、
「何か気になりますか?」
と聞いてくださって、私がトイレから出て来たときには、サンマのなめろうが注文されていた。
「ヒャッホー!」
いさんでまた、日本酒を一合追加する。
そこに、板前さんが(実際はこの方が店長さんで、私が店長さんだと認識していた方は取締役のようですが、ややこしくなるのでこのままの表記でいきますよ)、厨房から出てサンマのなめろうを持って来てくださった。
「うわー!」
「これは!!」
「おいしそうな上にかわいい!」
なんとなめろうは、かわいいハートに形取られていた。
ハートのサンマのなめろうに、恐ろしいほどテンションが上がる私たちだ。
「随分喜んでもらったみたいだからってこんな風にしたんだから、自分で運びなさいよって言ったの」
女性スタッフさんに、尻を叩かれる板前さん。
照れ屋で無口で、美味しいサンマのなめろうを作ってくださる、とても素敵な板前さんだ。
「ありがとうございます!」
きゃあきゃあ言いながらなめろうを突いて、手元にあった日本酒をまた呑み上げる。
「もう一合」
私がもう一合を追加すると、鈴木が言った。
「もうなめろうほとんどないよ?」
これは、なめろうがほとんどないのに、もう一合追加するのかという意味だったらしい。
だが私は、
「え? じゃあ私もっと食べる」
ひょいぱく! と、いじきたなく口に反射でなめろうを入れた。
「ちょっと! 日本酒まだ来てないのになんで食べちゃってんの!? 残りのはあたしのだからね! 絶対あげないからね!」
鈴木もまたいじきたなく怒り出した。
「だって鈴木がもうないとか言うから! 反射でうっかり食べちゃったじゃない!!」
「お願いなめろうを巡ってそんなに本気で喧嘩するのはやめて! 仲良くして!!」
間に挟まれた友人も、それは悲鳴を上げるというものだ。
そこにまた日本酒が来て、全く違う話になった。
私は鈴木を舐めていた。
どうせ酔っぱらいだし、そっとなめろうを突いても気づきはしないだろうと、箸を伸ばした。
「あたしのよ!!」
その箸は鈴木に叩き落とされる。
ところでなめろうに対して、友人の権利は何処にあるのだろうか。
今度は鈴木がトイレに立って、もう帰ろうという段に、でももう一合呑みたいなと私は勝手にまた追加した。
帰って来て鈴木が、それをとても問題にし出した。
「もうおつまみもないのに! もうお会計しようと思ってたのに!!」
「いいじゃないいろんな種類のお酒が飲みたいじゃない! 四合も五合もたいして変わんないわよ!!」
伝票を見ると、私たちが呑んだ日本酒は、全部で七合だった。
五の先は数えられなかったらしい。一、二、三、四、五、いっぱい。
カラスよりは賢いという話だ。
帰り仕事場まで友人に送ってもらうことになり、少し離れた駐車場まで私たちは歩いた。
「近道見つけたの」
友人は以前と違う道を歩き始めた。
「どうやって見つけたの?」
「私の前を、きれいな着物を着たスナックのママさんみたいな人が歩いていてね。その人が裏道に入っていくから、きっとここが近道なんだと思って小走りで着いて行ったの。でもそのママさん、私が小走りで近づけば近づく程、早足で逃げるのよ。草履だから走れないみたいなんだけど、競歩みたいになって。どうして? 私はただの、制服の事務員よ」
「待って、今と同じ姿で追いかけたの?」
私は尋ねた。
「うん。このまま」
友人は確かに制服の事務員かもしれないが、上に着込んだパーカーのフードをすっぽりと被り、マスクをしているのだ。
「そら私だって走って逃げるよ!」
「最後は非常灯のマークみたいになって、スナックに駆け込んで行ったよ」
鈴木はこの話が耐えられなかったのか、路上に膝をついて爆笑していた。
「すーちゃん。会津の中心に膝をついて笑うのはやめて? 帰るよ」
追い打ちを掛ける友人に送り届けられて仕事場に戻り、そこからまた四合瓶一本と会津娘の残りを呑んだと鈴木は言うのだが、か弱い女二人でそんな鯨飲ができるとは私には思えない。
鈴木の記憶など当てにならぬ。
翌日、やっと鈴木の念願叶って、喜多方ラーメン「はせ川」に行った。
美味しくラーメンを食べて、さあ風呂に入って帰ろうという鈴木に私は言った。
「おい待て。消費期限が二日切れた二尾の鮎をどうするつもりだ」
「……覚えてたかー」
忘れるものかと、見た目かなりやばそうな鮎を、私は処理した。鱗を取り、腸を抜く。塩をまぶして、いつもよりよく焼いた。
「正直、処理しているときにこの鮎大丈夫なのだろうかという不安でいっぱいになった」
焼き上げた鮎を、鈴木の前に置いた。
「匂い嗅いだ?」
「もちろん魚臭かったよ」
「まあ、大丈夫でしょう(何がなんだ?)」
「食べて当たったら大丈夫じゃなかったってことだ」
最後の魚をいただこうと、二人で突く。
「大丈夫だ。美味しい」
「そうだね。大丈夫のようだ」
しかし私たちは今後二度と、あのトレイ山盛りの投げ売りされた魚を買うことはないだろう。結果、消費し切れていないのだから。
鮎を完食したあと、私は新宮熊野神社長床に鈴木を誘った。
「もう銀杏が黄色いと思うんだよね」
少しうちからは遠い長床に、私は鈴木を連れて行った。
遠方から客が来ると、銀杏が黄色くならなくても私は必ずここに連れて行く。なんだか気持ちのいい、風通しの良い神社なのだ。
大きな鳥居に大きなしめ縄を見て、鈴木はやたら感動の声を上げた。
「すごいねこの鳥居! いいところだねここ!!」
前回の、「桐屋夢見亭」の件を覚えてらっしゃるだろうか。「桐屋夢見亭」は蕎麦も美味しく古民家を移築した建物も気持ち良く、ロケーションもいいので客が来ると私は必ずそこに連れて行くのだが、何故か鈴木は初めてだった。
「……あのさ、鈴木」
長床にはしゃいでいる鈴木に、私は恐る恐る訊いた。
「何?」
「もしかして長床、初めて?」
「初めて来たよー! いいとこだねー!!」
前回も書いたが、私が会津に越して来てそろそろ十年になる。前回も書いたが、そうすると鈴木は十年会津に月一間隔で来ていることになる。
私は鈴木を、客だと思ったことがないんだな……。
「すみません大人二枚」
新宮熊野神社長床は、宝物殿もあるので拝観料が三百円掛かる。
「奢るわここ。十年連れて来なかった詫びに」
「ええ、私十年会津来てるけどここ初めてですね」
鈴木も奢られることに異存はないようだった。
遠目から見ても、銀杏はまだ青々としていた。
「まだ黄色くなりませんか?」
長床の方に尋ねると、
「まだまだだねえ。あと一月じゃない?」
そう答えられて、早かったかと惑うも鈴木は緑でも充分きれいだと喜んでいた。
今まで連れて来なくて悪かったよ本当に。
新宮熊野神社長床を堪能して、私たちは会津若松の駅の横にある温泉に向かった。
また風呂かよどんだけ風呂が好きなんだよしずかちゃんかよ。
「子どもの頃大人に温泉連れてかれて、たいくつでたいくつで意味がわかんなかったなー。ばあちゃんの湯治にくっついて、二週間テレビもない山の中の温泉に行ったときの絶望は忘れられない」
その湯治の思い出は鮮烈で、ぼんやりと私は思い出していた。
「今ならそれこそ極楽浄土だね」
「積ん読本を抱えて二週間くらい本読んでいられるなあ。風呂入って酒呑んで本読んで風呂入って酒呑んで本読んで」
「極楽だねえ」
何か自分たちからはとても遠いことのように語った記憶があるのだが、こうして書き連ねてみると、私たちは充分極楽浄土にいると気づかされる秋の入り口だった。
●今回のお店
弦や
気軽な居酒屋でありながら、旬を堪能できるツマミの美味しさ、日本酒の揃えのすばらしさに、何度も通いたくなります。特に福島、会津の日本酒の揃えは天下一品。日本酒の美味しさを改めて発見できます。フェイスブック、ツイッターで、情報を発信されているので、ぜひチェックを。
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