トルコによるロシア軍機撃墜は両国の対立を激化させ、シリアをめぐる軍事的な緊張が高まっている。撃墜に至った背景には、トルコの”皇帝”と呼ばれるエルドアン大統領の深謀遠慮がある。しかし過激派組織「イスラム国」(IS)を攻撃する側のこうした分裂で、ISだけが独り、ほくそ笑んでいる。
アサド退陣棚上げ論つぶし?
エルドアン大統領はシリアのアサド大統領の追放を長らく求め、反体制派を支援してきた。シリアとの国境管理や物資の補給、石油の不正密売などでISに比較的緩やかな対応を取ってきたのも、ISよりもアサド政権の打倒を優先させていたからだ。
しかし、シリアに軍事介入し、ISよりも反体制派への攻撃を続けていたロシアは10月末のエジプトでのロシア旅客機爆破テロ、パリの同時爆破テロを受けて、方針を修正しIS攻撃を本格化させた。米国のオバマ大統領やフランスのオランド大統領はロシアを取り込んでIS攻撃を一体化させようという絵を描いた。米主導の有志連合とロシアとの共闘である。
こうした空気を反映し、シリアの紛争で欧米とロシアの最大の対立点だったアサド大統領の扱いをめぐって、アサド氏の処遇を一時棚上げにして、ISに米欧ロで一致して当たろうという機運が急速に高まった。これに危機感を深めたのがエルドアン大統領である。
アサド退陣棚上げ論が既定路線になれば、アサド政権を追放し、トルコ寄りの新政権を樹立することを第1に掲げてきたエルドアン氏の戦略は大きく狂ってしまう。ベイルートの消息筋は「アサド棚上げ論では、結果的にロシアやイランの要求が通り、アサド氏が移行政権でも生き残ってしまう。これを恐れて棚上げ論をつぶしにかかったのがロシア機撃墜の理由の一端だ」と指摘する。