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鍛冶師ですが何か! 作者:泣き虫黒鬼

冥界に行きますが何か!

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始まりは唐突に~冥界ですが何か!(第壱話~第八話)ダイジェスト版

ダイジェスト版はどの様な形のするのが良いのか分からず、手探り状態で行いました。これで良かったのか甚だ疑問ですが、ご意見などいただければ直したいと思います。
 春四月、桜の花が舞い散る季節。
今日、俺の『誕生日』と言う約束の日を迎え、やっと刀鍛冶としての一歩が踏み出せる!と思っていた矢先にこんな事になるんだから、人の一生なんてホント一寸先は闇だ・・・。

 俺、津田驍廣つだたけひろは十八歳の誕生日にこの世を去る事になってしまった。
俺の家は江戸時代から続く刀鍛冶の家系だが、『異端の刀鍛冶』と色眼鏡で見られる刀鍛冶の家だった。
赤ん坊の頃から親父が鍛冶場で振るう金鎚の音を子守唄にし、ヨチヨチ歩きが出来るようになると親父が仕事をしている鍛冶場に行き、真っ赤に熱せられた玉鋼とそれに金槌を振るう親父の姿に憧れ、物心つく頃から『俺は将来刀鍛冶になるんだ!』と思い定めていた。

我が家の御先祖・津田武廣つだたけひろは刀鍛冶であると同時に剣客でもあり、斬れる刀を欲し自らの鍛え上げた肉体と剣客として培った闘気(気)を金鎚に籠め刀を打った。その結果『妖刀・村雨』を産みだすに至った。
結果同門の鍛冶師達に疎まれて追われ、信州の山間やまあいに居を構える事になり、津田武廣の作刀法が連綿と受け継がれていった。
 親父も若い頃は体を鍛え刀鍛冶に打ち込んでいた。鍛え上げられた肉体と真っ赤に熱せられた鋼との真剣勝負、その果てに産みだされる妖しくも美しい刀。それは俺を虜にするのに十分すぎる物だった。

 俺も親父に習い幼い頃から古武術道場に通い、やっとの思いで鍛冶場に入るのを許されたのが三年前の十五の春だった。
 それからは親父について鍛冶師の修行をし、刀は打たせてもらえないものの副収入として作成していたナイフや鉈などを作っていた。
 ナイフに関してはどうやら親父よりも俺の様な若者感覚で何でも取り入れる方が購入者受けがよく、インターネットで注文を取る様になると俺の打つナイフばかりが売れ、お袋には家計の救世主などと喜ばれていた。

そんな中「十八歳の誕生日を機に、(刀を)一本打ってみろ。」

と親父から作刀のお許しが出た。

誕生日、俺は朝からソワソワし、学校に行っても授業に集中出来る訳もなく、ただひたすらに少しでも早く授業が終わる事だけを願って一日を過ごした。
 そんな俺の様子に小学校からくされ縁の悪友の加瀬にはからかわれ、幼馴染の古武術道場の一人娘、津武雅美つぶまさみには『ちゃんと授業受けないとだめだよ、驍ちゃん』などと言って世話を焼かれてしまう。
子供頃は勝気で男の子と良く間違えられていた雅美だったが、次第に女っぽくなり、持ち前の凛とした風貌も合わさって、女子生徒憧れの的だった。しかし、本人はそんなことお構いなしに、イヤむしろ俺の『嫁』と言われるのを喜んでいる節もあり、調子にのって色々と俺の世話を焼きたがる為に俺を見る女子生徒の目線が恐かった。
 そんないつもと変わり映えもしない学校生活を終えて、大急ぎで家の鍛冶場に向かおうと家路を急いでいた俺の目の前に、幼稚園児位の子供達がボール遊びに使っていたボールが、車道に転がりそれを追って来た幼児は周りも確かめず車道へ。
 咄嗟の事なんで無意識に体が反応してしまって。俺は子供を車道から押し出した後、トラックを避け切れずに・・・。

 自分の葬式を見ると言うのは嫌なもんだ。
お袋は泣くだろうとは思っていたけど、まさか親父まで人目を憚らず号泣するとは思わなかった。
正直キツイよな・・・。
 しかし、親父に内緒で打った小烏こがらす様式(日本刀の一つで刀身の切先から中間部まで両刃になっている平家の守り刀とされた太刀)の脇差が俺の守り刀としてちゃんと棺に納められていた。 そんな家族や友人の悲しむ姿を見続けた俺は、荼毘だびにされたら途端に棺に収まっていた鍛冶師衣装に小烏の脇差を腰に差した姿に変わっていた。

 葬式が終わり、冥府への旅装束も整ったが、既に一週間が経っても俺は未だにこの世でフゥーワフワと漂っていた。成仏の仕方っていうのも知らないし如何したものかそんな事を考えていると、

「オイ、貴様。津田驍廣だな。」

いきなり声を掛けられ振り返ると、そこには馬に乗った銀髪で神社の神主が身に付ける様な狩衣かりぎぬを着たイケメンが俺の事を睨んでいた。

「我が名は那吒なたく閻魔王えんまおう様の使いで赴いた、これよりお前を冥界に案内してやるからついて参れ!」

 と言い放つイケメンの態度に俺は思わず、那吒に一足飛びに近付いてその腕を掴み、ちょっと大きな声をあげた途端、那吒は半ベソを掻き出してしまった。
 那吒の話だと最近の人間は神様を神様とも思わない輩が増えて、冥界でも力のある者でないと対応苦慮する様になって来てしまっているらしい。しかも、俺が腰に差している脇差から千手観音様の力を感じ、仏の力を身に宿している者だと思い込んで余計に怖かったらしい。

 話してながら黄泉路を通り抜け歩いて行くと、とてつもないデッカイ城壁の様な中国風建築が見えて来た。

「あれが閻魔王様の冥府だよ。」

と那托が言うのを聞きながら、その建物を目指して歩いて行くと、目の前にそびえ立つ門(真下に立つと天辺はもやがかった様に見えない程高い)の前に着いた。

「開門! 閻魔王のお云いつけにより津田驍廣殿をお連れした!」

門の目に着くと直ぐに下馬した那吒が、それまでナヨナヨしていた者が発したとは思えないほど大きな声で門に向って告げると、その声が消えるか消えないかの内にゆっくりと門が開き、絵本に出て来る様な虎皮のパンツに金棒(金砕棒)を持った『鬼』が現れた。

鬼の言う事には閻魔王様が俺達を待っているとの事、急かされるままに『裁きの間』向うと、そこには閻魔様ともう一人先客がいて何やら閻魔様と話しこんでいる様だったが、裁きの間に入って来た那吒と俺の姿を見て

「おぉ、よく参られた驍廣殿、那吒も御苦労だったな。」

閻魔様が声をかけるのに合わせて先客も振り向いた。

中国古式の衣冠束帯を着けたその人物の顔は・・・龍だった。

その場に居たのは八大竜王の筆頭難陀龍王で、那吒は八大竜王が一人・和脩吉龍王=九頭龍王の末娘でだと言う事で難陀龍王とは縁戚関係にあるらしい、そんな事を話していると、

「さて、もう宜しいか龍王?一応、驍廣殿をお呼びしたのは儂なのじゃがなぁ。」

閻魔様が龍王に替わり俺の注意を引く様に声を掛けて来る。
 冥府の閻魔様と言えば、死者の裁判官として冥界の王。一番偉い人でもっと恐い人物像を想像していたのだが意外と穏やかな話し方にホッとした、見た目はイメージ通りだけど。

「驍廣殿、すまん! お主の「死」は間違いだった!」

いきなり目礼しながら言い放つ閻魔様の言葉に、思わず俺は

「はぁ?」

と返してしまった。すると閻魔様は薄らと額に汗を浮かべ、少し焦りの色を浮かべながら、

「いや、だからお主は冥府こちらの手違いで死んでしまったのだよ・・・。」

「はぁっ?!」

「だから。」

「だからじゃなくて! 俺、今冥界に居るし。肉体はもう荼毘にふされて灰になってるし!」

「うむぅ、対処が早ければ臨死体験って事で片が付いたのだが・・・間違いに気付いたのがつい三日前でな、既に葬式も終わり戻るべき体も荼毘にふされてしまっておったのだ・・・。」

そう言いながらチラチラと那吒を見る閻魔様・・・。
その視線に導かれて那吒を見る俺(後で聞いたんだが、その時の俺は目が真っ赤に光って炎の後光が見えたらしい)を見て顔面蒼白になって震えあがる那吒。

 「な~た~く~!お前が原因かぁ!」

冥府宮殿が振動する様な怒声が響き渡った。
 その姿と声に那吒は目に涙を一杯溜めながら腰を抜かし、何故か閻魔様も震えあがってアワアワ、唯一難陀龍王だけが那吒を庇う様に俺の前に立つ。

龍王のとりなしでその場では怒りを抑えて話を聞く為、裁きの間から冥府の奥にある閻魔のプライベート空間に移動し、閻魔に難陀龍王と俺は同じ卓を囲み那吒は閻魔と竜王の後ろで小さくなり立っていた。

「それでだ、驍廣殿。もう肉体も無く、肉体を再構築し直して現世に戻ると言うのは不可能でな、現世に戻るには輪廻転生を経るしかないのだ。
勿論、今の記憶は幼児期まで微かに残る程度で、全く新しい人生を新たに始めると言う事になるのだが
、そこで特例中の特例なのだが、驍廣の生きて来た世界とは異なる世界、異世界へ転生すると言うのもあるのだ。どうだ、異世界に行ってみんか?」

と思いもよらない言葉を投げてくる。
俺は

「年に三回現世に渡れると言ったって見に行けるってだけ《・・》で、会うって事じゃないだろう。」

「まぁ、そうなのだが・・・。」

黙り考え込んでいる俺に龍王が

「驍廣殿、儂としては異次元、異世界に渡ってもらえると面白いと思うのだがのぉ。
異界には現世より文明が発達しておらん所が多い。そこに赴けば、お主の想う鍛冶師としての『腕』が存分に振るえるのではないかと思うのじゃ。
儂の知る異世界に丁度そんな所が在ってなぁ。其処なら直接手を貸す事は出来ぬが助言位は出来ると思うのじゃが。どうじゃ、異世界に渡ってみぬか?」

と背中を押す一言に

「俺の一端の『刀鍛冶師』になるって夢を叶える為に異世界とやらに行くってのも悪くはないか!」

と自分に言い聞かせる様に声をあげていた。俺の決断に閻魔は

「それで異世界に送るには十日程の準備期間を要する。準備が整うまでこの冥府で待っておれ、身の回りの世話は・・・」

「私がいたします!」

閻魔の言葉を遮る様に那吒が声を上げた。

「あいわかった!
驍廣殿の身の回り役を那吒に申しつける。『司命』としての与えた名『那吒』召しあげ、この後は名も本来の「紫慧紗シェーシャ」に戻し、己の勤めを果たすがよい!」

閻魔が申しつけた。

俺も用意された部屋に連れられて行くと紫慧紗の言葉に死んでからこっち何も食べてなかった事を思い出す・・・でも死者にご飯って?と思いつつもお腹に手を当ててみたら途端に腹の虫が鳴りだした。

「死んでも腹はへるんだぁ・・。」

俺の呟きに紫慧紗がちょっと呆れ顔で

「当たり前じゃない、だから棺に供物を入れて冥府に着くまでに空腹になってしまわない様に、とお供えもするんだよ。
それに、冥府では現世と同じ様に暑ければ汗を掻き、寒ければ凍える。食事をすれば排泄もするし、殴られれば痛いと感じる。現世での五感はちゃんと存在するんだ。五感がなければ地獄行きになり、現世で犯した行いを悔い改める為に科される『地獄の責め苦』も感じず、現世での自分の犯した罪を本当の意味で反省し、来世へより良い魂で臨む事が出来なくなってしまうじゃないか。」

と教えてくれたが、そのちょっと偉そうな物の言い方に思わず紫慧紗の頬を抓ってしまった俺だった。

食事を済ませ、風呂に入って寝ようとする俺だったが、紫慧紗はまだ部屋の中に居る事に気付いた。
話を聞くと、

「ボク、さっき「司命」の職を辞してしまったから今まで使っていた部屋を使うって訳にはいかないんだ。だからと言って今から新しくボクの為に部屋を用意してもらうのは女給さん達に悪いし・・・。申し訳ないけど今日はこの部屋の端の方で良いから休ませてもらえない?」

爆弾発言!
俺は慌てては寝具から毛布を一枚もってソファーへと移動し、さっさとソファー寝転がる。
部屋に備え付けられていたソファーは現世で俺が使っていたせんべい布団より、断然フカフカで寝やすくあっと 間に寝てしまった。死んでから色々あったから、意外と精神的にも肉体(?)的にも疲れていたのかもしれないなぁ・・・zzz。

 翌朝目を覚まし見上げた天井はいつもと違う事に気付いた。

「やっぱり死んだんだぁ、俺・・・。」

つい言わなくてもいい言葉が口をついて出る。

 現世では毎朝の稽古として、ランニングに素振りやシャドーボクシングなんかをやっていたから、寝て起きると何か体を動かしたくなり冥府内を一人歩いていると、気合の入った掛け声や木と木が打ち合う様な懐かしい音が聞こえて来た。
 音がする方へと歩いて行くと、その音は大きな扉の裁きの間よりも広そうな部屋から聞こえてくるようで、ヒョイっと覗くと赤や青、黄色や黒といった、色とりどりの鬼達が大きな声をあげて何やら稽古をしている様だった。その様子を部屋の入り口でジーッと見ていると、いきなり背後から声をかけられ振り向くと部屋の中で汗を流している鬼達と同じ様な胴着を来た閻魔が立っていた。

閻魔の話しでは捕縛術・護身術の稽古で、最近は地獄の亡者どもが昔とは比べ物にならぬほど欲望が強くなっていて、何か気に入らない事があると平気で逆らって、暴力に訴えてくる輩が増えている。
 本来、鬼と亡者では基礎体力や膂力が違うから滅多な事は起きないのだが、亡者が徒党を組んで暴れるとなると、なかなかに厄介でな。鬼達も何が起きても対処出来る様にと日頃から稽古をし、体を鍛えないといけなくなっているとの事だった。

 「朝飯の前の一汗!なかなか気持ちが良いものだぞ。お主もやってみるか?」

その一言に乗った俺の背中を押す様にして、閻魔と共に鬼達が稽古をしている部屋の中に入って行った。

 閻魔が部屋に入ると、稽古をしていた鬼達も動きを止め閻魔に向かって一礼してはいるものの、一緒に歩いている俺を見て怪訝な顔をしている。
まぁ無理も無い、俺は死者。鬼から見たら亡者の様な者だし・・・。
そんな中、俺よりも頭一つ分以上背の高く胸回りも倍近くありそうな筋骨隆々とした赤鬼が進み出て来て

「閻魔王様、その隣にお連れになっている者は一体・・死者ではないのですか?」

鬼達を代表して声をあげた。その問いに対して閻魔は

「う~ん、死者と言えば死者なのだが・・・死者では無いとも言えるしのぉ・・・。」

「死者ならば早々に冥府より地獄なり極楽なりへ送りませんと。何でしたら私が連れて行きますが?」

閻魔の許可さえもらえれば即座に俺を捕らえ様と身構えた。その姿に閻魔は

「いやいや、その必要はない。この者は言わば儂の客だ。仔細は言えぬが、今日から九日間冥府に滞在する、皆も見知り置け、良いな。儂の客人だ、くれぐれも事を荒立てる様な事がない様にな。」

稽古をしている鬼達全てに聞かせる様に告げた

 閻魔に稽古着(袖のない空手着の様な服)を借り、現世でしていた朝稽古の時と同じ様に部屋の隅で体を動かしていると、でっぷりと太った黒鬼と対照的な痩せノッポの青鬼が、なんだか厭らしいにやけた顔で近寄って来て二人がかりで無理やり部屋の中央で引きずり出されてしまった。

「さぁて、そんなに怯えなくても良いぞ、最初はオレは手を出さないから、ほら一発この腹に拳を入れてみろ!」

俺を部屋の中央に連れだした黒鬼は、その太鼓腹を撫でながら俺を促す

「それじゃ、お言葉に甘えて」

その場で軽くステップを踏んで、一気に懐飛び込み左フックを右腹側へ突き上げ一撃で打ち倒した。
数瞬後、面白い見せ物を見ているつもりでいた鬼達は、慌てて黒鬼の元に駆け寄り気絶しているのを確認すると、それぞれ思い思いの表情を浮かべていた。そんな中、黒鬼と一緒に絡んで来た痩せ青鬼が俺の方に向き直り、

「てめぇ、何しやがったぁ!」

と怒声をあげて痩せ青鬼が手にしていた棒で打ちこんで来る。
 俺は、慌てず騒がず打ちこみをかわし、棒の動きが鈍くなった所を見計らって、痩せ青鬼の手に手刀を入れ、棒を奪取。そのまま青鬼の喉元に棒の先端を突き付けた。

「お見事!いやー良いモノを見させてもらった。
 某、赤鬼の宇羅うらと申しこの鍛錬場を牛頭ごず様からお預かりしている者だ。
そなたの名をお聞かせいただいても良いかな?」

その場から離れようとする俺に先程の赤鬼が声をかけて来た。

「俺は、津田驍廣。一応死者って事になるのかな、昨日こちらに到着して数日の間冥府に逗留する事になっている。」

「うむ! 先程閻魔王様も数日間冥府に逗留すると申されておったな・・・なるほど。
津田殿、先ほどの立ち合い素晴らしいものだった。
呑鬼どんき蚤鬼そうきにも良い勉強になっただろ。
それでだ、ついでと言っては何だが某とも一手手合わせを願えぬだろうか?」

諦めの境地で脱力しながら渋々了承の言葉を俺が告げると、

「そうか・・・。では!」

開始の言葉をその場に残し宇羅が空気を斬り裂く突きを放ってくる。

 俺は、宇羅は互いに技量を出し合い拳を交わし、部屋の中央に走り寄りお互い突きを繰り出す俺と宇羅・・・。

「驍廣ぉ! 何やってんの!」

入口の方から女の声が響き思わず俺は入口の方を向いてしまって、

 『あぁ紫慧紗か・・』と思った瞬間、右の頬に熱く堅いモノが当たった感触がして・・・俺の意識はブラックアウトした。

 俺は目を覚ました途端目の前に飛び込んで来た瞳に涙を一杯に溜めて俺を見つめる紫慧紗と、それをニタニタと見ている閻魔や鬼達の姿に恥ずかしくなり、慌てて起きようとしたのだが『もう少し寝てて!』と紫慧紗の膝の上に戻されてしまいどうする事も出来ず、そのままの姿で紫慧紗の小言を聞いている最中だ。

「朝起きてみれば部屋にはいないし、何処に行ったかと思えば修練場で宇羅さんと立ち合いをしてるし!
大体、宇羅さんは修練場の取り仕切りを牛頭様から任される程の猛者もさなんだよ。
そんな事も知らず、自分の実力もわきまえず立ち合いに応じるなんて、身の程知らずも甚だしい!」

などとお小言を言われてしまった。

衆人環視の羞恥プレイを何とか耐え抜いた俺に稽古を終えた宇羅が

「朝飯はまだだろう、一緒にどうだ?」

と誘われるのを良い事に紫慧紗が何か言おうとするのを抑え込み

「是非よろしく!」

とお願いした。

 連れて行かれた先は、修練場並みに大きな部屋で長机と椅子が一面に並んでいる食堂で、丁度朝食の時間なのだろう、様々な鬼達でごった返していた。

 飯をもらい、宇羅と向い合わせで長机に着く。
俺と宇羅は朝食を食べながら、朝の修練場の話しで盛り上がる。

話の流れで、刀鍛冶になる為に武術の鍛錬をしていたと話すと

「驍廣殿、先程武術の鍛錬は刀鍛冶になる為だと言われておったが、それならば冥府の鍛冶場でも覗いてみては如何かな?」

と冥府の鍛冶場の存在を教えてくれた。
そんな時に牛頭が現れ

「今朝は修練場でなかなか良いモノを見せてもらえたと閻魔王から聞いたモォ。
鬼達の『武』の修練を差配する者としてのお礼だモォ」

と鍛冶場の長・馬頭の仲立ちを約束してくれた。

 飯を食い終わり、仕事に向う宇羅と分かれ一端部屋に戻った後、紫慧紗の案内で冥府の鍛冶場に向かった。

「ブルルルゥ、お前さんが牛頭の行っていた『驍廣』かぁ?
ようきたのう、この鍛冶場は鋳造を主体にやっておるが、鍛造も多少は採り入れておる。まぁ時間つぶしにはなるじゃろう、ゆっくり見て行ヒン。」

そう言って馬頭自ら鍛冶場の中を案内してくれた。
冥府の鍛冶場では鋳造で金砕棒=金棒を作っていて、棍棒などの一部は鍛造で作られている様だった。
ただし、使う者の希望で鍛造でも作成しているようだった。
 牛頭や宇羅が使う棍棒は鍛造で作られた物らしく、また、極少数ではあるが鉄鞭てつべん刺股さすまた・両刃直刀の唐剣とうけんも作られていた。

 そんな中、唐剣は俺の目を引くものがあり、ついつい夢中になって見ていると、

「唐剣に興味があるようですヒン。驍廣殿は現世で鍛冶仕事に携わっていたと聞いたヒン。
もし、やる事が無ければ冥府滞在中に一本打ってみてはどうかヒン?」

馬頭の言葉に俺は即座に飛びつき翌日から鍛冶場で唐剣を鍛える事になった。

 俺は現世での日本刀を鍛える技法を使い、冥府の玉鋼に似た金属(冥鋼)で腕を振るった。
数多くの行程を経て俺は、刃渡り二尺二寸(66センチ)柄まで入れた全長二尺七寸(82センチ)重さ800グラム、両手でも片手でも使える中華風の剣(唐剣)を鍛え上げた。
 その日は、作刀に協力してくれた鍛冶場の鬼達をはじめ、作刀の許可をくれた馬頭。馬頭に話しをしてくれた牛頭と宇羅そして紫慧紗と共に食堂で食を囲んだ。
 俺は作刀に関わった皆に感謝し、皆は俺の作った唐剣の出来栄えを褒めてくれた。馬頭などは

 「異世界などに行かず、このまま冥府に残り儂と一緒に鍛冶師として働くヒン!驍廣になら冥府の鍛冶場を任せられるヒン!!」

と盛んに勧誘してくれていたが、異世界に渡る事は閻魔と共に決めた事と話すと、諦めつつも頻りに惜しんでくれていた。

 冥界での最終日、この日は朝からバタバタと周りが騒がしく落ち着かなかった。
 今日で俺が冥府に滞在するのが最後だと知った鬼達から、次から次に立ち合い稽古が求められ拳で友情の確認などという事をしてしまった。

 朝食後、昨日打ちあがった唐剣を取りに鍛冶場に行くと、昨夜大騒ぎをした鍛冶場の仲間・・・が待っていてくれて。 

「本当にこれでお別れヒンな・・。このまま冥府の鍛冶師として働いてもらいたいヒンが、そう言う訳にも行かないヒンな。
 鍛冶場の責任者として礼をいうヒン。これまで耳にはしていたヒンが、実際に人間の作刀を見る機会はなくかったヒン、驍廣の仕事を見る事が出来て儂にとっても鍛冶場で働く鬼達にとっても良い勉強になったヒン。
 大した物では無いが、餞別として儂の鍛えた棍棒を持って行って欲しいヒン。」

そう言うと、俺の為に鍛えたと言う六角棍棒(冥界の鋼製)を差し出した。
 馬頭に、俺感謝の言葉を告げ唐剣と棍棒を受け取り馬頭達と別れ、馬頭達は俺と紫慧紗が見えなくなるまで手を振っていた。

 鍛冶場で受け取った唐剣を手に、裁きの間に行くとそこには閻魔と難陀龍王が既に来ていた。

「驍廣殿。今、閻魔王に話しを聞いていた所だが、この九日間充実した日々を送っていた様だのう。」

笑顔で語り掛けて来る龍王に思いかけず冥府で鍛冶仕事をさせてもらった事を話すと龍王は俺の持つ唐剣に目をやり

「ほぉ、それは重畳! それで、その手に持っておるのが、その鍛冶仕事とやらの成果かな?」

と何やら目を輝かせながら尋ねて来た。唐剣は閻魔のために鍛えた物だと伝えると、閻魔は嬉しそうに、

「ふむ。そうか、冥界代表として有り難く頂戴するかな。
難陀龍王、先程からこの剣に興味がある様じゃな。驍廣が鍛えし剣差し上げる訳にはゆかぬが存分にご覧なされよ。」

と上機嫌で龍王に許可すると、龍王は早速閻魔から剣を受け取ると、剣を立てて持ち、鯉口こいくちを切ってゆっくりと刀身を抜き放つ。
刀身には刃紋が浮かび、裁きの間を満たす光を反射し僅かに蒼光を放った。

「うむぅ・・。これはなかなかの一振りじゃのう・・・しかも僅かに刀身から冥力が漏れてくる気がするのだが・・・。」

感嘆の溜息をつきつつ、不思議そうに呟く龍王の問いに俺が

「そうかぁ? もしかすると、刀身に刻んだ閻魔の梵字のせいかなぁ? 
そう言えば紫慧も初めて有った時、俺の差していたこの脇差から千手観音の力を感じると言っていたが。まさか梵字を刻むとその武具に梵字が示す神仏の力が宿る・・なんて事は起こる訳がないよなぁ?」

何気なく言うと龍王は

「剣に梵字を刻んだと・・・まさかのぉ。すまぬ、驍廣殿ちょっと持ってくれるか。」

そう言って抜き身の唐剣を俺に渡すと、間髪いれず腰に佩いていた剣を抜き、唐剣に叩きつけた。

 『キィーン』と言う音の後に、『ギャランギャラン』と硬いモノが床に落ちる音が裁きの間に響き渡った。

突然の展開に茫然となっていた俺達だったが、裁きの間に響く音に反応して紫慧が

「何をなさるのですか?伯父上!!」

と大きな声を上げ難陀龍王に詰め寄る。が、龍王は

「いや~すまん。ついどれ程の剣か試してみたくなってのう。しかし、驍廣殿恐ろしい切れ味だのぉ、とても半人前の鍛冶師が鍛えた儀礼の剣に思えぬぞ。」

口角を上げながら嬉しそうに、それでいて目を輝かせて笑っていた。
俺が持つ傷だけでなく曇り一つ無い唐剣と、龍王が右手に持つ中ほどで断ち切られた剣先が床に転がっていた。
唐剣の出来を確かめた龍王は、唐剣に『冥裁』という名を送る。
唐剣の贈呈が終わり、一息つくとおもむろに閻魔が俺に促す。
俺はこれから向うと言う、異世界についてまだ何も聞いていない事を告げると

「おぉ、そうであったな。まぁ詳しくはこれから送る世界に赴き、体験しながらの方が良いと思うが、名だけ伝えておこうかのぉ。
その世界の名は『文殊界ウェンジュ』文殊菩薩が司る金剛界曼荼羅の一つじゃ。驍廣が求める鍛冶をする環境については問題ないしそれなりの需要もあろう、驍廣の腕があれば十分に良い異世界生活を送る事が出来るはずじゃ。」

そう龍王が語っている間に閻魔が何かしらの術を使ったのか、いきなり裁きの間の中央に真っ黒の穴が浮かび上がる。

「あの穴の先が『文殊界』じゃ。色々迷惑をかけたが、新たな人生・・しっかりとな。」

と閻魔。

「まぁ、頑張る事じゃ、たまに様子を見に参るでのぉ。」

と難陀龍王。

「紫慧、いつまで下向いてんだ、これでお別れなんだから最後くらいきちっと顔を見せろ」

いつまでも下を向いたまま恐い顔をしている紫慧に俺はそう声をかけるが、『ビック!』体を強張らせる様に反応するだけで、顔を上げようとせずにいる。

「短い間だったが世話になった、それじゃなぁ!」

穴に一歩踏み出そうとすると

「ボクも一緒に行くぅ~!」

いきなり紫慧が俺に飛び付いて来て、俺と紫慧はそのまま真っ黒な穴の中へと落ちた。


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