パリ同時多発テロ事件についてどう考えていいのか分からない。みんなのSNSアイコンがトリコロール調に変わっていくのをぼんやりと眺めるだけ。そういうぼくと同じ仲間にお勧めしたいのが『郊外少年マリク』だ。ぼくのサイトを訪れるような人であれば必ず楽しめる。なんせ、団地の物語だから。

あ、今回の事件と無関係にすばらしい作品です。なんというかこういう事件と絡めた勧められ方すると気がそがれるかもしれないけど、ほんとうにいい本です。軽口と悪口雑言がテンポよく並べられつつ、ジョークにあふれた一人称の物語。でも、主人公を取り巻く環境はかなりヘビー。読みながらまさしく「泣き笑い」」する。そういう本。

主人公はフランス郊外(バンリュー)の団地(シテ)に住んでいる。移民が多く暮らす低所得者むけの集合住宅だ。母親と二人で暮らすマリクはアルジェリア系フランス人。

今回のテロ事件の容疑者の一人はパリ郊外の移民が多く住んでいる公営団地に住んでいたというニュースもあり、今読むとマリクとの共通点をいやでも連想してしまうが、この本が日本で出版されたのは3年前。

一方で、物語の中では2005年のパリ郊外暴動事件も登場する。サルコジ内相が団地で「社会のクズ」と呼んだあれだ。つまり、パリ郊外の団地はそういう場所としてあり、これらの事件は地続きなのだ。
かように、シテは日本の団地とはぜんぜん違う。以前「団地団」イベントで、ロンドンの貧しい公共団地(ブロック)に住む不良キッズたちが主人公の映画「アタック・ザ・ブロック」をとりあげたが、フランスのシテもまたしかり。日本の団地の場合は、もっぱら高度経済成長期に中産階級ホワイトカラーのために誕生した住宅だった。

が、ほぼ同じ時代ではあるものの、フランスの場合は低賃金のブルーカラー移民労働力を住まわせるものとして一気に建てられた。今回の事件とフランスにおける郊外団地に住む移民との関係は『過激派テロ組織ISISの戦士を生み出したフランスの「国内問題」』に分かりやすくまとめられているので、こちらをぜひ。最後に『郊外少年マリク』も紹介されてます。

オイルショック以降の不況で解雇された住民ごとお荷物扱いされるようになり、スラム化していくパリ郊外の団地。そこで育ったのがマリクだ。こうきくと、アメリカはセントルイスのプルーイット・アイゴーを連想する人も多いのではないか。1956年にできた巨大団地だ。最終的には荒廃し犯罪の温床になってしまい、1972年に爆破による取り壊しを行った。その衝撃の爆破映像はフィリップ・グラスが音楽を担当したことで有名な、ゴッドフリー・レッジョ監督の映像作品「コヤニスカッツィ」の中に登場する。

Pruitt-Igoe-collapses

ちなみにこのプルーイット・アイゴーを設計したのはあのNY貿易センタービルの設計者の一人、ミノル・ヤマサキである。爆破のシーンを見るといろいろ考えさせられる。

すてきな女性との恋愛も就職のチャンスも、軽口をたたきながら自らふいにしてしまうマリク。そうなってしまうのは、彼がシテの環境に囚われてしまっているからだ。

映画化もされた久保寺さんの『みなさん、さようならは、30年間団地から一歩も出ないで成長する主人公の物語だったが、マリクは精神的に団地から出られないでいる。日本の読者からすれば「なんでそこで…!」と思うシーンもあるが、こういうフランスの社会状況と団地で育った人間からすれば、なにもかもが「こうなるしかない」と感じられるのだろう。

人はかんたんに閉じ込められてしまう。そうではない世界と生き方があるかもしれないと思えることこそが恵まれている証拠なのだろう。

しかし最後、団地から出て行って成功した幼なじみのサロモンが「マリク、おまえは最低の馬鹿じゃない。おまえには切り札がいっぱいあるんだ」と救いの手をさしのべる。閉じ込めたのが団地なら、そこから連れ出してくれるのもまた同じ団地で育った友人だ。

物語の最後は大人になったマリクが団地の子供たちを見て、この中からヤクで死んだ友人のようになってしまうやつもいれば、自分を救い出してくれたサロモンのようなやつもでてくるだろう、と思う。そして次の一文で終わる。

周りには、なにひとつ変わらない団地(シテ)があった。
そしておれが自分で選ぶ、おれの人生があった。



…と、まあ、らしくないレビューになってしまったが、ぼくが言いたいのは、今回の事件はやたら歴史的背景が難しいので考えること自体腰が引けてしまいがちだが、別に全体像、とくに政治の観点から正しく把握する必要はないのではないか、ということだ。つまり、ぼくだったら団地を通して理解が可能だ(すこしだけだけど)。同じように鉄道好きなら鉄道を通じて今回のテロを理解することも可能だと思う。音楽好きなら音楽を通じて、たぶんダムを通じてっていうのも可能ではないか。

みんなの普段の興味の対象から調べてみてほしい。そしてぼくに教えてほしい。