究極の文字をめざして

第31回 怪音波を発しがち/突厥文字

2015.11.26更新

 前回取り上げたオルホン文字、これは別名「突厥文字」といいます。

 形が鋭角で、槍を持って突進しているような形から名づけられました。

 これはずばり、


 槍を表す文字ですし、これは


盾の横から槍を突き出す文字、そして、


これは謎の怪音波を発して敵を混乱させる様子を描いた文字です。

 すいません、すべて嘘です。
 それは突厥文字でなく突撃文字ですね。

 突厥(とっけつ)というのは、実はトルコのこと。八世紀ごろに、トルコ人たちが中央アジアで使っていた文字です。
 トルコ人というのはもともと現在の中央アジアに住んでいて、それがいろいろあってペルシャ、アラブを経て今のトルコ共和国の場所まで移動し、さらに勢い余って日本にケバブを売りに来ているわけです。
 まさに元遊牧民、半端ない移動距離です。

 さて、このトルコ語ですが、ひとつ面白い特徴があります。
 それは「母音調和」。

 トルコ語には8つの母音があるのですが、それぞれ「前舌」「後舌」のグループに分かれており、同じ単語の中に別のグループの母音は決して入らない、という仕組みになっているのです。

 正確には「eiöü」の4つの「前舌母音」と「aıou」の4つの「後舌母音」に分かれています。
 たとえばトルコ語ではaとeは別グループなので、「アベ」などという単語は存在し得ません。トルコではきっと「安倍首相とかありえない」ということになっているでしょう。お前はSEALDsか(現実的には、外来語に関してはそう厳密でもないらしいです)。

 この縛りは相当、トルコ人にとって大事だったようです。
 なんとこの突厥文字は、世界で唯一(多分)、この母音調和を反映した文字だからです。
 この突厥文字は母音を書き表さず、基本、子音のみを表記するのですが、この二つのグループのどちらの母音が来るかで、文字そのものが変わるというシステムを使っているのです。

 たとえば、突厥文字でBを表す文字は二つあります。
 そのうち


が前舌母音を、


が後舌母音を表します。

 つまり、baのときはを使い、beのときはを使う、ということです。

 うん、ややこしいですね。
 しかも、こんな感じでTやらSやらGやら多くの子音を表す文字が二つずつあるのですが、しかもそれぞれがどう見ても関連していないのです。
 たとえばこれはGの後舌母音ですが、


 前舌母音だと、


となり、同じGなのに一ミリも関連性が見出せません。
 あえて無理やり関連を探るとすると、電波塔から発せられた謎の怪音波によって人々がぐったりしている、というイメージでしょうか。
 なんだか怪音波を発する文字が多いな、突厥文字。

 さて、こんな面倒で素敵な突厥文字ですが、トルコ人が中央アジアから中東に進出するにしたがって忘れられ、現在のトルコではラテン・アルファベットを使っているというのは周知のとおり。
 「トルコ語の魂=母音調和」にここまでこだわった文字として、復活させようという動きとかがあったら面白いのですが。

究極の文字の条件
自分の言語の文法を文字に反映させてしまう

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松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

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