れんこんのもちっとした食感も楽しめる一品です。
絵だか字だかわからないような書。
岡本太郎の「遊ぶ字」と呼ばれる作品の一つです。
今にも動きだしそうな「遊ぶ字」。
どの顔どの姿も生命力に満ちています。
芸術は爆発だ!絵画彫刻そして書。
既成の枠を超えた芸術を生み出した岡本太郎。
作品のみならずその生き方までもが常識にとらわれないまさに爆発するような力強さを放っています。
そんな太郎に強い影響を与えたのが母・岡本かの子。
「生々流転」などの小説和歌仏教研究でも活躍する才女。
かの子の書といえば…。
(羽田)うわ〜!長い!かの子の書には太郎にも勝るとも劣らぬ爆発しそうなパワーが秘められていました。
太郎の「遊ぶ字」の創作の秘密とは?肉筆の原画から探ります。
岡本太郎と母・かの子に書から迫る。
「臨書」とは書をありのままに写し取る事で歴史上の人物に触れる事。
文字の傾きや震えかすれなどから書いた人物の生きざまや息遣いまでも追体験していきます。
講師は…石川さんは長年書とは何か独自の視点で探究。
臨書を通じて多くの人物と向き合ってきました。
私羽田美智子が石川先生と臨書を体験しながら歴史に名を残した人物の生きざまに迫ります
あっここですね。
「TARO」って書いてある。
私たちが訪れたのは東京・青山の岡本太郎記念館です
ここは太郎が生前アトリエ兼住居にしていた場所
今もたくさんの作品が保存され一般に公開されています
先生見て下さい。
かわいい。
上からのぞいてる。
ハハハッ!ほんとだ。
「いらっしゃい」って言ってるみたい。
おおっビックリした。
うわ〜!先生!あれっいらっしゃるのかと思った今。
遊び心いっぱいの岡本太郎の作品がずらり
うわ〜!すてき!
実際に創作活動をしていた部屋に今回特別にご用意頂いた作品があります。
それは…
じゃ書ですか?
一見笑顔のようにも子宮のようにも見える「母」。
力強い線のうねりが印象的です
へえ〜。
そしてこちらは…赤緑青黄色に彩られた「花」です。
まさに満開の花が咲き誇っているかのよう
石川先生も岡本太郎の「遊ぶ字」との対面は初めてとの事。
見入っていました
この作品について美術史家で岡本太郎の研究でも知られる山下裕二教授に教わります
岡本太郎さんって私が知ってる中ではやっぱ「芸術は爆発だ!」っていうような…。
その言葉ばかりが有名になってしまってね。
これも「花」という字が爆発してますよね。
なんか中心から外に向かって放射状に…。
爆発というと普通線状に放射するでしょ。
バッとね。
…じゃないんですよね。
太陽の事をすごく強く意識してますよね。
だから炎のようにあがっている。
うねりながら。
だからやっぱり太陽なんですよね。
この書実はよく見るとちょっと変わった箇所があるそうで…
これちょっとここの辺にホワイトとか見えますけれども…
確かに白いポスターカラーで文字の輪郭がくっきりと修正されています
私たちの想像を超える方法で書かれていました
これがこの「母」の元になったまさに…
まず墨汁で書きそれを印刷やコピー機で一旦複製。
それに絵の具を重ねたり文字の輪郭を修正したりして書いたとの事
いわゆる普通の書とは違いますよね。
普通の書はこんなふうに何度も修正を加えちゃいけないわけでしょ。
なぞってね。
「なぞっちゃいけません」って昔教わりましたよね。
それは太郎の生き方そのものに貫かれていました
(山下)昔…面白いエピソードがあってね。
絵も描かれるし彫刻も作られるし建築も作られるしいろんな事をやっておられるけれども「先生の職業をひと言で言うと何ですか?」って言ったら「人間だ」って言ったというんですよ。
フフフフ!面白い。
まさにそういう人なんですね。
岡本太郎は1911年漫画家の父・岡本一平と歌人の母・かの子の間に生まれました。
大阪万博のシンボル「太陽の塔」に代表される造形。
そして東京・渋谷の壁画「明日の神話」など太郎の作品は実にダイナミックです。
またいち早く縄文土器に美術的価値を見いだすなどその独自の審美眼でも大きな功績を残しました。
そういう才能っていうのはどこから生まれてきたものなんですかね。
特にお母さんのかの子さんっていう存在はすごく大きくてね。
「母と子」っていっても一般的な母と子じゃなくてもう太郎さんは…
2人は母と息子の関係を超え対等な人間同士として向き合っていたというのです
芸術家・太郎に深く影響を与えた母・岡本かの子
かの子は一体どんな書を残したのでしょうか。
特別に見せてもらいました
長い!
これは1937年仏教研究家として活躍した頃かの子が書いたもの。
三日三晩寝ずに取り組んだとされる観音経の複製です
いやすごいですね。
圧倒されますね。
没入している感じですよね。
自分がもう無になって。
文字と文字がぶつかり合うくらい密集して書かれていて今にも爆発しそう。
この書にどんな人柄が表れているのでしょうか
1889年裕福な家庭に生まれたかの子は17歳で与謝野晶子に出会うなど文学の素養を身につけ後に歌人として名を知らしめます。
仏教研究家に転身したのは40歳を過ぎた頃。
かつて精神的に不安定な時期に仏教と出会いのめり込んでいったのです。
川端康成の薫陶を受け…驚くのは小説を執筆するそのスピードでした。
ほぼ毎月のように新作を発表。
あふれる思いを吐き出すかのように創作を続けたかの子は1939年49歳で突然この世を去ります。
しかしその死後も生前に書きためた遺作が次々発表されました。
かの子がいかにエネルギッシュに小説を書いていたかがうかがえます。
どの道も進んだらとことん追求する。
かの子は分野を問わず自身の表現の場を貪欲に求めました。
それは職業「人間」と自らを称した息子・太郎の姿とも重なります。
かの子の非凡な生き方は恋愛においても同様でした。
自分の愛人を夫と息子・太郎と一つ屋根の下に同居させるなど破天荒そのもの。
しかしそんなかの子の生き方を太郎は否定しませんでした。
生前太郎は母の事をこう語っています。
岡本かの子とはどんな人物なのか。
私はもっと知りたくなりました。
かの子の書を求めて石川先生と日本近代文学館を訪ねました
ここにかの子が書いた和歌の短冊が保存されていました
夏の昼下がりに微動だにせず咲く牡丹を歌っています
独創的というか大きいですねなんかこう。
大きいですね。
線の太いところと細いところが無造作になってる…。
常識とかは本当にどうでもいいやって思ってるような。
ただ大きいだけじゃなくて膨張しようとするそういう基本的な書き方だと。
「風」の字なんかも風構がグーッと膨張してこの風構の中にいっぱい空気を膨らませて。
大きく力強く書かれたかの子の書は堂々と我が道を行く人柄がそのまま表れたかのようでした
かの子は創作活動に没頭するあまり幼い太郎を柱に縛りつけていた事もあったとか。
それでも太郎は一心不乱に仕事に打ち込む母の背中は神々しく誇らしい存在だったといいます。
かの子が突然この世を去ったのは太郎がパリに美術留学中の事。
そのため太郎は母の死に目にはあえませんでした。
神奈川県川崎市。
かの子が幼少期を過ごした場所に岡本かの子文学碑があります。
これも太郎の彫刻作品です。
「誇り」と名付けられた彫刻の台座には太郎の文字が。
岡本太郎とかの子。
母と息子の関係を超えて互いに深い敬愛の念でつながっていたのです。
それでは本日の臨書は岡本太郎。
九楊先生お願いします。
まさか。
え?「まさか」。
これは難しすぎますよ先生。
「花」を臨書。
この字はどう書いていますか?筆順。
ええ〜?どっから書いたんでしょう。
でもここから書いてはないですよ。
真ん中から?まずは書くつもりになって太郎の書をじっくり観察します。
これを「目習い」といいます。
いきなり書かずこうしたイメージトレーニングをする事が臨書にはとても大切です。
「芸術は爆発だ」と言いましたけど。
名言を残されてますよね。
その「爆発」っていうのは要するに中心から外側にエネルギーが向かって出ていく事ですね。
その姿をずっと書いてるんですね。
ところが1か所だけ中心から書いていないところがある。
ん?それは分かる。
中心は…ここ中心ですから。
こっちから来てないところ?九楊先生は草冠の横の線に注目しました。
こう書いてこう書いたんではどうもないと。
なぜかというとここですね。
ここのところが滑らかに内側から外側に行ったラインにならないんだここ。
ああ〜。
これはもともと左側からこう入ってこうここで緩めてこう書いていって最後にまたこっちもゆれをつくろうとして書いたというふうに僕は推定しますね。
へえ〜!この起筆部分の折れ曲がりは原画にもありました。
こうした細かい筆の動きに気付けるのも臨書ならでは。
まずは九楊先生の臨書です。
なんと筆を水平近くまで寝かせて書きました。
母親譲りで放射状にあふれるエネルギーですね。
草冠の横の線は左から右に入りそして書き出しに筆を戻します。
ここから筆を回転させながら書いていきます。
次の一画は…。
なんと途中で筆を離してしまいました。
はぁ〜…。
わ〜すご〜い!すご〜い!やっぱり「花」って字に見えますよね。
こんな筆の使い方もあるとは九楊先生恐れ入りました!だから体中の細胞がね。
だから「芸術は爆発だ」と言った「爆発」の意味がこうじゃないんですね。
いや〜ちょっと体を使って…。
フフフッ。
それでは羽田さんも挑戦です。
九楊先生の筆遣いをまねて…。
ねじってねじって。
グアーッと全身でねじって。
そっから細く。
そうそう。
おっいいじゃないですか。
なんか太い眉毛みたく…。
そうそう…。
そういう感じね。
軽くなる時はフワーッと浮いていくようにこう。
最後の最後までちゃんと筆にその形をつけさせてヒューッとそうそう…。
うまいね〜。
そうそう…そういうふうに。
そっからまたバッと開いてそうそう…。
でまた緩んでサーッと。
そうそう…。
力を入れて抜いて。
そんな動きが必要でした
ああ〜いいですね。
私も少しは爆発できたかな?
では太郎の「爆発」の原点今度は母・かの子の臨書に挑戦です。
ちょっと短冊を使って書いてみましょうか。
ああ〜。
うわ〜!こんなきれいな短冊に。
ちょっと気持ちも改まりますね。
いや改めないでかの子のままでやって下さい。
臨書するのは冒頭の「初夏能陽は」の5文字。
「の」は「能」という字の草書です。
この字と字の間はあんま空けないようにして。
文字で埋まってるような字ですから。
だからこの間も普通のようには空けないで詰めて。
一文字ずつは大きくても文字の間は隙間なく詰めるのがかの子のスタイル。
かの子の爆発力に迫りました。
かの子さんは遠慮しなくていいところはバッといける方。
でもとても引く時は引く方っていう感じがなんか見えてきたような気がしたのがとても面白かったですね。
これは平安時代の名品国宝「秋萩帖」です。
深まりゆく秋の心情を表す和歌です。
現代仮名をふってみましょう。
当て字のようですが漢字が音を表す仮名として使われているのです。
現在「に」という平仮名は「仁」という字から生まれたものだけですが明治の初めまでは何種類もの平仮名がありました。
これは全て「に」です。
今は使われなくなったこうした平仮名を…一音に対していろんな文字が使われたと。
その名残が例えばおそば屋さんの「楚ば」というなんかグニュグニュッとした文字であったりそれから「おてもと」なんかの時に「も」が「茂」という字を書いて「と」が「登」という字を当ててたりするのはその名残ですね。
さまざまな仮名文字で書かれた「秋萩帖」。
どんな文字を使い表現するかも書の楽しみだったのです。
2015/11/24(火) 11:30〜11:55
NHKEテレ1大阪
趣味どきっ! 石川九楊の臨書入門 第7回「岡本太郎×岡本かの子」[解][字]
圧倒的な個性を放つ芸術家、岡本太郎の書は「遊ぶ字」。「花」「母」など、踊るような、燃える炎のような作品の数々。字なのか絵なのか?型破りな岡本太郎に書から迫る!
詳細情報
番組内容
「芸術は爆発だ!」で知られる岡本太郎。作品だけでなく、生き方そのものも常識にとらわれない太郎を育んだのは、母、岡本かの子だった。歌人・小説家として作品を残したかの子の書く字も、まさに爆発するかのようなエネルギーに満ちていた。自由奔放な母の生き方を、決して否定しなかった太郎。二人は親子でありながら、互いに一人の人間として尊敬しあう存在だった。太郎の「花」、かの子の和歌の直筆を鑑賞、臨書にも挑戦する。
出演者
【講師】書家・京都精華大学客員教授…石川九楊,【生徒】羽田美智子,【出演】明治学院大学教授…山下裕二
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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