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金星探査 女性研究者の熱意

11月26日 21時10分

岡田玄記者

今月24日、H2Aロケットの29号機が打ち上げに成功するなど、最近、成果を挙げ続けている日本の宇宙分野。じつは、来月、極めて難易度の高い挑戦が待ち受けています。日本で初めての金星探査機「あかつき」は、5年前に打ち上げられましたが、半年後、金星を回る軌道に入ることに失敗し、その後は、太陽の周りを漂うように回り続けています。その「あかつき」が、12月7日、本来の目標である金星を回る軌道を目指して再び挑戦することになりました。不可能とも言われたこの再挑戦の道を切り開いたのは、1人の女性研究者でした。科学文化部の岡田玄記者が解説します。

5年前の悪夢

金星探査機「あかつき」は、5年前の平成22年5月、鹿児島県の種子島宇宙センターからH2Aロケット17号機で打ち上げられました。目的は、謎が多い金星の気象状況を調べることです。

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金星は硫酸の雲で覆われるなど謎が多く、金星の気象を明らかにすることで、地球など、ほかの惑星の気象の仕組みの解明にもつながると期待されています。ところが打ち上げから半年後、金星を回る軌道に投入する際、メインエンジンが壊れるトラブルが発生し、軌道に入ることができませんでした。探査機にとって最も重要なメインエンジンを失った「あかつき」に再起の道はあるのか。チームでは、代わりに姿勢制御用の小型のエンジンを使うことで残された可能性を探ることになりました。

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みずから志願し、軌道探し

はたして「あかつき」を再び金星に送り込める条件の良い軌道は存在するのか。この難題に向き合ったのが、JAXAの女性研究者、廣瀬史子さん(35)です。
廣瀬さんは広い宇宙空間を探査機が飛行する際の軌道の計算を担当しています。

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5年前の失敗で落ち込む仲間たちを見て、この難題に挑戦しようと志願しました。
廣瀬さんは、志願したときの気持ちについて、「みんなのがっかりした表情が頭から離れず、なんとしても金星探査の道を開けないかと軌道の計算に臨むことにした」と話しています。

立ちはだかる“3つの条件”

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廣瀬さんが挑んだ新たな軌道探し。それには「3つの条件」がありました。
▽ひとつめは、「十分な観測を行うため800日程度、金星の周りを回れること」。▽ふたつめは、「金星を回る間、連続して日陰に入る時間を、90分以内にすること」。太陽光で充電するバッテリーが日陰では90分までしかもたないためです。▽3つめは、「熱を逃がす放熱材の部分に太陽の光が当たらないよう姿勢を保つこと」です。

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廣瀬さんは、パソコンだけでなく、手帳に計算を書き出し軌道を探し続けました。手帳を見せてもらうと、あるページには、「89」の数字がずらりと並んでいます。これは、ある軌道の1周目では、日陰に入る時間が90分以内に収まることを示しています。しかし、その隣には、200前後の数字が並び、2周目では、日陰の時間が200分前後となって条件を満たさないことを示していました。廣瀬さんは、こうして1つずつ数値や条件を変えながら2年半もの間、毎日、計算を繰り返してきました。まさに、寝ても覚めても、計算のことばかりを考えていたということです。そして、数万とおりの計算を経てついに、3つの条件を満たした最適な軌道にたどり着いたのです。チームの責任者は、廣瀬さんによる軌道の発見がなかったら、「あかつき」の再挑戦はなかったかもしれないとしています。

再挑戦を支えた手紙

答えを探してひたすら続けた軌道の計算。その支えになったというものを廣瀬さんに見せてもらいました。高校生のころ、NASA=アメリカ航空宇宙局へ出した手紙に、元技術者から届いた返事です。宇宙の分野で仕事をしたいと思ったらどんな勉強をしたらよいのかという廣瀬さんの質問に対し、届いた手紙には、「数学や物理など基礎的な学問を一生懸命、勉強することです。基礎的な学問が身につけば、なんでもできるようになります。あなたならできます」と記されていました。

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廣瀬さんは、このことばを胸に秘め、勉強に、仕事に、励んできたということです。

運命の“12月7日”

じつは、今回の取材の中で、この手紙の中に、新たな発見がありました。手紙が書かれた日付は、「12月7日」。廣瀬さんが数万とおりの軌道計算の中から導き出した、「あかつき」再投入の日と同じだったのです。さらに、「あかつき」が5年前に軌道投入に失敗した日も「12月7日」で、廣瀬さんは、まさに運命的な日だと感じています。

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“難易度高い挑戦に”

神奈川県相模原市のJAXA相模原キャンパスにある管制室では、あらゆる事態に備えた訓練が繰り返されています。「あかつき」の責任者を務める中村正人(なかむら・まさと)プロジェクトマネージャは、今回は難易度が高い挑戦になるという認識を示しています。というのも、「あかつき」は4年の設計寿命を超えて、すでに5年余り飛行しています。また、当初の計画にはなかった太陽に近いコースを通っているため、熱にさらされ、機器が劣化しているおそれもあります。このため、エンジンを噴射させている間に故障してしまうおそれもあるということです。

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再び「あかつき」を投入する12月7日、チームでは、午前8時51分ごろ、金星の上空500キロ付近で4つの小型エンジンをおよそ20分間、一斉に噴射させる計画です。エンジンが作動したかどうかはその日のうちに分かりますが、探査機が金星を回る軌道に入ったかどうかが分かるのは、2日後になるということです。廣瀬さんの計算どおり、再投入は成功するのか。運命の瞬間が迫っています。

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