あれ、入れちゃいましたよ。
そう、お箸でね。
これ、うどんの形をした入浴剤です。
先生は人を驚かせるのが大好きだ。
(中村)へえ〜。
私がカメラを回しているといつも何かをしてくれる。
何かチャップリンの映画に出てくる子どもみたいですよね。
でも先生こと瀬戸内寂聴さんは御年93歳。
私は11年前取材者として先生と出会った。
いつしか「私が死ぬまでカメラを回しなさい」と言われるようになりさまざまな場所に同行して映像を記録してきた。
・「ハッピーバースデートゥユー」
(拍手)日本中にその名を知られた僧侶として悩み苦しむ人がいれば全国どこへでも…。
あっ家傾いたままだまだ。
うわ〜。
東北の被災地にも度々足を運び人々の中に入っていった。
(寂聴)今日ねここへあなたがいらしたのはねご主人がここへ連れてきて下さったんです。
私は先生の仕事の場にもカメラを入れさせてもらった。
90を過ぎてなお現役の流行作家。
徹夜も辞さない。
その私生活は僧侶のイメージからはかけ離れている。
おめでとうございま〜す。
晩酌はほぼ毎日。
そして本人が長寿の源と信じているものがある。
まず先生お肉ですか?こんなん後でいいのよ。
肉食べなさい。
おいしい!この肉。
しかしいつまでも続くと思われた元気いっぱいの日々が去年突然暗転してしまう。
お疲れさまでした。
どうも〜。
先生ががんになったのだ。
始まりは去年5月。
先生から届いた携帯電話のメールだった。
腰の激痛で入院したというのだ。
これやってると楽なんですか?やっぱり。
楽楽楽。
診断は腰椎の圧迫骨折。
コルセットをしなくては耐えられないほどの痛みに襲われていた。
何もする気がなくなるぐらい痛いんですか?食欲もうせ一時は精神状態も不安定に。
こんなに弱々しい先生を見たのは初めてだった。
ねえちゃんと撮ってる?入院中苦痛を訴えるメールが度々届いた。
(加藤)どういうふうにおかしいのかというと…。
やがて追い打ちをかけるように新たな病が見つかった。
(加藤)ここら辺の壁は薄い。
ここは厚い。
可能性があります。
胆のうにがんの疑いが強い腫瘍が見つかった。
(加藤)もし胆のうがんであれば…全身麻酔での手術は高齢者には負担が大きい。
正直私は90を越えた先生が手術をしないと言うのではないかと思った。
ところが…。
するしかないでしょ。
僕もした方がいいと思います。
更に…。
ワクワクしたっていうのがすごい。
差し迫ったこの状況をも書く力に変えてしまう先生。
私はそんな先生がよみがえって何を書く事になるのか見届けたいと思った。
京都・嵯峨野。
ここに先生が住まいを定めて42年になる。
仕事と生活の拠点寂庵。
度重なる入院で去年は主の不在が続いた。
先生ががんの手術を終えてようやく戻ったのは去年9月下旬の事だった。
あっ信じられないですね。
歩行器は使っていたが先生はしっかりと歩いていた。
3か月も寝たきりだったとは思えない回復ぶりだった。
あ〜すごいすごい。
しかし体を支える事ができず椅子に座るのも大変そうだった。
あっ座れるようになった。
すごいですね。
しゃぶしゃぶ。
先生は元気な時と同じようにここで食事をすると言って聞かなかった。
はいどうも。
乾杯!しばらく控えていた酒にも手を伸ばした。
あっ飲めた!飲めた。
飲めましたね。
おいしい。
よかったよかった。
しかし10分とたたないうちに椅子に座っていられなくなってしまった。
何だろうと思っちゃう。
ちょっと撮ったら。
弱みを見せまいと笑う先生。
それだけ強いって事ですよ多分。
いろんな意味で。
はいおやすみ。
おやすみ。
寝なさいよもうすぐ。
こんな状態で再び小説を書ける日など本当に来るのだろうか。
おはようございます。
お邪魔致します。
退院後先生が熱心に取り組んできた事がある。
週2回のリハビリテーション。
(坂本)やっぱり鏡に映すと違いますか?入院生活でそげ落ちてしまった足腰の筋肉を取り戻すためだ。
はい。
この上に乗って頂きましょう。
目標は自分の足で立つ事。
そして長時間机に向かう事。
もう一度小説を書きたいという思いが先生を突き動かしているように見えた。
6からしんどかった。
6からしんどかったです?今日は。
12…9!もう一回です!10!
(拍手)お見事!よくできました。
「なにくそ!」みたいなところが結構おありなんで「10回ぐらいできるわよ」みたいな「もっとできるわよ」みたいなのが結構おありでしたよね。
痛みも今もうないんですね。
何ともないですか。
何ともないの。
悪いけど何ともないの。
病との闘いに明け暮れた1年が終わり先生は93回目の正月を迎えた。
おめでとうございま〜す。
おめでとうございます。
でもだいぶ元気になられてよかったです。
本当に。
新年早々先生は小説の構想を話し始めた。
先生でも書斎まで行かない方がいいんじゃないですか?それ。
え?書斎まで行かない方がいいんじゃないですか?しばらくたったある日突然書斎に行きたいと言いだした。
これはねできるのよね。
書斎には入院以来一度も足を踏み入れていない。
リビングからは30メートル離れている。
あ〜どうしよう…。
10分かけ歩いたがたどりつく事はできなかった。
これがもうあと半年も続いたら本当に気が狂ってしまうね。
先生は26歳の時夫と娘を捨て年下の男性と出奔。
33歳瀬戸内晴美として文壇デビューを果たす。
奔放な恋愛をつづった私小説恋と革命に生きた女性の評伝そして「源氏物語」現代語訳。
愛と自由を求める女性の魂を400冊以上書き続けてきた。
出家し寂聴となったのは51歳の時。
色欲を断ち自らをより一層文学へと追い込むためだったという。
久しぶりに深く酒を飲んだある夜の事。
だから非常に少数なんじゃないんですか?それは。
ああでも歩けるようになった。
寂庵には先生を支え身の回りの世話をする女性たちがいる。
年の差は70近く。
生活のペースはこの彼女たちに握られている。
サラサラ入るから…。
ほらほら…みんなに言われて。
頑張れ!先生頑張れ!この器は相当入るのよ。
おいしい。
(瀬尾)ほら!アハハハハッ!ああいいですね。
へえ〜。
脚の長さが全然違う。
(瀬尾)アハハハッそら違う。
ものおじしない彼女たちとのやり取りを先生は心から楽しんでいる。
なんて事言うんですか。
何て言うでしょう。
死ぬ時ぐらいはちゃんとみんなに迷惑かけないように死んで下さい先生。
死ぬ時ぐらいは…。
本当にもう。
寂庵の前に人だかりが出来ていた。
釈の生誕を祝う花祭りの日。
1年ぶりに人前で法話をしようというのだ。
たくさん来てるねえ。
寂庵の中も華やいでいた。
馬場さん。
よかった…。
馬場さん感動して泣いてる。
1年ぶりに正装した姿にスタッフが涙ぐむ。
あっそうですか。
うん。
おめでとうございます。
(拍手)寂庵のお堂には復帰を待ち望んでいたファン150人が詰めかけた。
(拍手)
(笑い声)本当にありがとうございました。
ありがとうございます。
法話の時間は僅か7分。
がんから生還した命のありがたみを素直に語った。
すみませんこれで終わりですからすいません。
申し訳ございません。
先生お元気でね。
法話のあとマスコミを前に復帰会見が行われた。
ひとつき後。
先生は退院後初となる長編エッセーに取りかかった。
今回の体験を基にした闘病記だという。
まだ書斎に行くほどには足腰が回復しておらず仕事道具を寝室に持ち込んだ。
最初に書いた言葉は…。
「老と病」。
腰椎の圧迫骨折に始まり2か月を越えた入院はこれまでの人生で最も長い。
そっちの方がいいですね。
入院生活の中で最も深く先生の体と心に刻み込まれたもの。
それは痛みの記憶だという。
先生の中で何かが変わっていた。
病に倒れる前は度々こんな事を言っていたからだ。
そんな心の内を先生は入院する直前に書き上げた私小説「死に支度」の中でも語っている。
幽霊なら痛みや死には縁がない。
しかし現実の闘病生活は死に対する先生の考えを大きく揺るがした。
病と痛みは幽霊を再び生身の93歳へと引き戻したようだった。
京都に暑い夏がやって来た。
体調のいい時を選んで先生は闘病記を休み休み書き続けていた。
執筆の場所は寝室から念願だった書斎に。
い〜汚い!そりゃそうですよ。
先生は今回の病だけでなく古い病歴まで遡って書く事にした。
もうちょっとこれが書けるまで死なないでね。
自分はどう生き長らえてきたのか。
友人に連絡を取ると記憶から抜け落ちた病がいくつもあった。
くも膜下出血で九死に一生を得た事もある。
長期の入院こそ少ないものの病院の世話になった事は数知れない。
本当に自分の体については無頓着ですよね。
いや関係ないと思います。
関係ないと思います。
私でも今思いついた…。
それがないでしょ?どうですかね。
それは何とも言えない…。
書いてもいいけど。
ひとしきり自問自答したあと先生は原稿用紙に向き合った。
93年の人生の間自分の体と心を襲った痛みや苦しみを思い起こし書き留めていく。
しかし…。
自分を変えた闘病体験をどんな作品にすればいいのか。
先生もまだつかみかねていた。
(坂本)先生変わりましたね。
上手になりましたね。
この夏先生は日増しに元気を取り戻しリハビリの目標は家の周りを散歩する事に変わっていた。
(坂本)指ってね使わないとなかなか使えないものでしょ。
そうそうそうそう…。
しかしその元気は時にむちゃな行動につながる事もあった。
突然の上京。
このころ国会前で連日行われていた安保法制反対デモに飛び入りで参加するためだった。
長旅も1年ぶりだった。
本当によく来たね。
ねえ。
先生は戦争中空襲で母親を失っている。
自身は中国・北京で終戦を迎え命からがら引き揚げてきた。
反戦の意思は強い。
どうもありがとうございました。
私はむちゃをしがちな先生を見ていてある言葉が浮かんだ。
あれもあまりないんですか?ないんだ。
8月中旬。
闘病記は冒頭部分の15枚がようやく書き上がった。
この日先生とは10年来のつきあいの担当編集者に読んでもらう事になった。
先生はがんや痛みといかに闘ったのか。
そんな読者の関心事が真っ先につづられているものと編集者は期待していた。
ところが…。
そこにはがんや痛みについてはほとんど書かれていなかった。
思い出したくないんですかね?苦心の末に先生が書いたもの。
それは闘病記というより病に負けない心構えのようなものだった。
自分をネタにした前向きな老いの姿。
しかし書いた先生自身もまだ満足できないでいるようだった。
これほど先生が迷うのは珍しい事だ。
順調に回復していた先生の体調に異変が起きた。
この日突然手足の痛みとしびれを訴え主治医のもとで診察を受ける事になった。
握れない?診断は老化現象。
根本的な治療法はないという。
93歳の現実がそこにあった。
今は亡き人たちの霊がこの世に帰ってくるお盆。
先生はペンを置きその霊を迎えるためお堂に入った。
(鈴の音)この世で出会い愛した人々のほとんどを既に見送ってきた。
(読経)長く生きる事は一人寂しさに耐える事でもある。
あっ本当だ。
ついてるついてる。
先生は寂庵を出て歩き始めた。
いつか自分にも訪れるその時に思いを巡らせているように見えた。
(子ども)見えた見えた見えた!あっ大の字が見える?見える。
先生大の字見えますって。
先生が一杯やらないかと私を誘った。
裕さんも私がさコロッと明日なんかに死んだらやっぱりちょっとねかわいそうね。
何ですかそれ?かわいそうって言ってもだってそれはそうなったらしょうがないですからね。
まあしょうがないけどねでもこんなに何でも聞いてくれる人はほかにいないからね。
だけどもどうしたって順序として私が死にますからね。
まあその方が正しいですからね。
それはしかたがない。
おはようございます。
おはようございます。
突然先生があの闘病記のタイトルが浮かんだと言いだした。
また仕事したんですか?もう途中で眠くなってしまったから寝たの。
そしたら書けるでしょ。
先生は作品を闘病記にとどめず「いのち」というより大きなテーマで書き直すという。
私いつもね小説を書く時に題を考えないで書くんですね。
それで終わったあとでパッと決まるの。
今度は題を考えないで書き始めてねそれですぐねああ「いのち」だと思って。
それを平仮名で「いのち」って。
これいけると思ったの。
しかも先生は作品をエッセーではなく長編小説にする事に決めた。
「いのち」。
先生の中で何かが動き始めたようだった。
10月。
先生はスタッフの心配をよそに岩手県の天台寺へ法話に出かけた。
私も体調が心配だった。
でも先生はこれまでも大勢の人を前に語る事で自らを奮い立たせそれを書く力に変えてきた。
天台寺はかつて先生が20年近く住職を務めた大切な場所。
毎年何度も法話を行い自分の墓もここに決めている。
1年半ぶりとなる天台寺での法話。
境内に集まったのは3,000人。
先生は長い闘病生活で得た体験を話し始めた。
私も一度もないのね。
今日が最後だと思ってね手を挙げて下さい。
法話の最後こんな質問が飛び出した。
寂聴先生は若い頃から恋多き女と世間でずっと言われておりましたが今は?あのねいつでも誰かいます。
いつでも「ああいい男だなああいい男だ」って…。
あなたももうちょっと髪の毛があったらいいな。
今日はね本当にありがとうございました。
本当にありがとうございました。
とてもうれしいです。
立ったまま1時間。
多くの聴衆の拍手にまた力をもらった。
先生は自分の墓が見たいと言いだした。
ああそこにあったんだけど。
180ある墓は全て同じ形。
これですね。
この何もないやつがそうです。
何もないじゃないの!書いてあったのに私のお墓って。
先生はここに入る予定だという。
ちょっと休んでちょっと休んで。
考えてるんですか?うん。
墓石にはその人にとって大切な言葉を自由に刻む事ができる。
いわばこの世への別れの言葉だ。
大体それぐらいの事って感じですね。
いつか最期に眠る事になる場所。
死という言葉を何度も口にしながらこの日先生はひたすら明るかった。
退院から1年余りが過ぎた今年秋。
長編小説「いのち」の構想がようやくまとまったのか先生は一から書き直すと書斎に入った。
93歳で書く自らの「いのち」。
いつの間にか4時間がたった。
ペンを置いた先生は心だけがどこか遠い所をさまよっているようだった。
結構ガッと集中したから疲れたんじゃないですか?お疲れになったんじゃないですか?結構集中して。
すげえなそれは。
与えられた命は生ききるという覚悟。
自分の力の限界を感じたりねもう書けないって不安になったりとかっていうのはあまりないんですか?瀬戸内寂聴は未来の自分に期待している。
もちろん一日で書ける枚数は若い頃と比べると半分ほどでしかない。
それでも「いのち」はたとえ一枚ずつでも書き進めていくつもりだ。
今日も寂庵に流れる時間はせわしなくにぎやかだ。
すごい出来ました。
先生特製のラテ。
へいお待ち!この日先生は生まれて初めてアイスカフェラテを作った。
今93歳と6か月。
はいどうぞお上がり下さい。
頂きますありがとうございます。
人生はまだ進行中。
2015/11/23(月) 22:00〜22:50
NHK総合1・神戸
NHKスペシャル「いのち 瀬戸内寂聴 密着500日」[字]
激しい腰痛、そしてがんの手術を経て、1年ぶりに復帰した作家・僧侶の瀬戸内寂聴さん(93)。その闘病と再起の日々をプライベートな密着映像で描く迫真のドキュメント。
詳細情報
番組内容
激しい腰痛、そしてがんの手術を経て、1年ぶりに復帰した作家・僧侶の瀬戸内寂聴さん(93)。その日常を記録しつづけたプライベート映像がある。カメラはガン宣告、闘病中の姿、そして懸命のリハビリを経て再起に向かう日々を至近距離から記録した。大病の経験は寂聴さんの死生観をどう変えたのか。そして、新たな気持ちで立ち向かう新作に彼女はいったい何を書こうとするのか。密着映像で描く93歳・瀬戸内寂聴さんの素顔。
出演者
【出演】瀬戸内寂聴,【語り】杉本哲太,【朗読】中井貴惠
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ニュース/報道 – 報道特番
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