ナンパは心の掃除、クリーニングである。男というのは、放っておくと、
すぐに観念にとりつかれ、他人と比べて卑屈になったり、敵対したり、
始末におえない。グズグズするのもイライラするのも、時間の無駄だ。
自意識過剰になったり、他人を重要視し、その比較から自分を卑下し、
さんざんエネルギーの無駄遣いをしている。マトリックスは、あなたの
生みだした、その過剰ポテンシャルを捕食して、あなたを弱体化させる。
無駄な観念がなくて、心が健全な男は、精神が空っぽで、マトリックスも、
捕えようがない。文字通り、つかみどころのない男は、世間の風評など、
ものともせず、自分のやりたいことを、おそろしく気軽にやり遂げてしまう。
純粋に、自分のエネルギーが、すべて自分の行動につかわれるからだ。
このマトリックスから自由で、エネルギーに満ちた者が、何無派師である。
彼は、いつも心を無にでき、たとえ観念が生まれても、それを無視できる。
★
マトリックスが生み出した幻想である「世間」は、これが重要、あれが重要と、
気をそらせて、あなたが本当にやりたいことをやらせないよう、仕掛けてくる。
重要でないことを重要と思わせ、他人の方法を「同じようにやってごらん」と、
あなた本来の道から巧妙にそらせようとしてくる。今のままでは、お前は弱い、
まだ行動しない方がいいと囁き、もっと準備してからやろうと、先延ばしさせる。
そうやって、ありとあらゆる聞こえのいい思考が、あなたを眠らせる。覚醒は、
一瞬で起こるというのに、ほんのわずかな隙間を狙い、そそのかし、遠回りを
させる。気づけば数カ月、いや、何年間、何十年間と、人生が無駄になっている。
(その証拠に、実際、ナンパに覚醒すると、なぜ悩んでいたのか首をかしげる!)
このマトリックスの巧みな誘導に乗ることから、逃れなくてはいけない。とにかく、
気をつけよう。マトリックスは「あなた」のフリをして、「あなた」になりすますのだ!
「あなた」が自分の考えだと思っているものに、すりかえが施されて、騙される。
自分の考えじゃないものを、自分の考えだと思い込み、大きく道を誤ってしまう。
まるでガン細胞が、自分の細胞になりすまし、増殖していくように、マトリックスの
観念へのまとわりつきによるガン化は、どんどん増殖していき、痛みを感じた頃、
すでに末期となり、自分で自分がコントロールできなくなって、精神は腐り果てる。
なので手遅れにならないうちに、精神をこまめに掃除し、クリーニングし続けよう!
そのためには、瞑想だけでは足りない。女性に声をかけ、積極的に傷つくことだ。
そして、その傷つくというのは、幻想が傷つくだけ。本来、不要な観念を攻撃して、
消去するだけの「お清め」であり、心身ともに健全になるためのデトックスである。
2010年09月21日
思考は自己欺瞞の塊だ!
posted by fmtbank at 14:32| カテゴリ無し
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2010年09月20日
クリーニング!クリーニング!クリーニング!
ナンパは、エロスよりもタナトス。死を意識してやる程、ラクになる。
このことを繰り返し、繰り返し、述べてきた。そして、そう煽るたびに、
「よし!死ぬ気でやります!変わりたい!」と鼻息荒く、意気込む者が
あらわれるのだが、残念ながら、その意気込み自体が、ジャマとなる。
何も考えない自然体に対し、「死ぬつもりでやる!」という興奮状態は、
あきらかに不自然で、過剰なポテンシャルを生みだす。マトリックスは、
そういう無駄なエネルギーをエサにするため、すかさず触手を伸ばす。
結局、わずかに声かけて意気消沈したり、頭で考えていたように行動
できない。あなたはマトリックスにエネルギーを奪われたのだ。今回も、
「死ぬ気でやろうと思う!」というメールをいただいたが、読んでみると、
「今は忙しいので、さ来月から頑張ります。」というオチでズッコケた・・。
このように、思考というのは先延ばししかしない、自己欺瞞そのものだ。
死というのは、「今この瞬間」にある。全ての思考は、過去の記憶の再生、
たんなる現実逃避であり、我々を眠りこけさせる。ナンパに思考は不要!
どんなに一見いいアイデアだろうが、それが外部からきたのなら、結局は、
我々を騙す幻想になる。このブログの文章や、素晴らしいノウハウでさえも、
いいアイデアに思えるものなら、疑ってかかるべきで、99%はジャンクだ・・。
それよりも、我々は、思考そのものを過剰ポテンシャルとして扱い、それを
捨てて捨てて捨て去るべきだ。健康体が、どこも痛みを感じなく、体がないと
あたかも感じるように、脳内も思考がなければないほど、健康的だといえる。
そうして何も無い状態であって初めて、すべての答えが自然に与えられる。
インスピレーションは、思考に囚われてない時だけ、どこかから、降って沸く。
何も考えていない者は、あっけらかんと、柔軟性に富み、すべてを手にする。
★
何無派師は、思考を消す、つまり、自我をゼロにして、自分に割り当てられた、
肉体である『ナンヴァ』を操縦する。このナンヴァは、あのエヴァンゲリオンで、
パイロットとエヴァとが同調して操るところが、ナンパで自分の肉体を操るのと
まったく同じなので、そう名付けられた。集中しないと、シンクロ率は上がらない。
なので、ナンヴァは『何無場』(何も無い場)と表記される。無心にナンパをする、
その器のことだが、根本的に、完全に無になることは難しい。特に、部屋で一人、
瞑想しているだけならばともかく、女性を前にして、話さなくてはいけないとなると、
心は動揺するし、それ以前に、行動する前から尻ごみし、いろいろと考えてしまう。
モテない男、臆病な男というと、すぐ浮かぶのは、グズグズ考えてばかりで、結局、
行動から逃げている姿を連想するかもしれないが、彼の思考が、過剰ポテンシャル
であり、それを自分で減らしたり、消し去ることは不可能に近い。(自己催眠でも!)
では、過剰な思考を、どうやって捨て去るかというと、これはもう、実際に声をかけ、
恥をかきながら、捨てていくしかない。要するに、自分独りではなく、協力者としての、
女性の力が必要だ。冷たい反応から、いい反応まで、すべて女性が協力してくれる。
あなたの中にある思考にまとわりついた過剰なポテンシャル、それを解消するのが、
女性の役割である。女性に触れ合えば、触れ合うほど、消えていき、軽くなってくる。
それは、自我に凝固した「自意識過剰」だったり、女性を過大に評価する幻想であり、
とにかく何かを重要だと思い込んだ、不自然な状態を解消し、自然体へと戻す作用だ。
そう書くと、一見、いいことづくしにも思えるが、実際は、あなたは揺さぶりをかけられ、
攻撃されているかのように感じてしまう。女に相手にされないことが、甚だ苦しく思え、
自分は本当にダメ男と落胆するかもしれない。それも当然で、過剰なポテンシャルが
主に自我に集中しているため、それを拡散させようという働きが生まれるからである。
これを難しく考えないでほしい。何も考えない、とらわれてない自然体の状態こそが、
通常なのだから、自意識過剰の状態なんて、自我にエネルギーが凝固して不均衡。
その不自然な緊張を、再度、散らして通常に戻すために、自我周辺は攻撃を受ける。
しかし、攻撃ではない。これは掃除、クリーニングである。自分の中の凝固した部分、
女性への過大な幻想も不自然なので、散らして平坦化したい。そこでナンパを続け、
女への幻想も失われていく。裏切られ、落胆するが、それらはすべてクリーニングだ。
あえてここでは、ネガティブなことしか述べていない。実際は、嬉しいこと、楽しいこと、
めいっぱいあるわけだが、傷つくことも、たくさんある。なので傷つくことを避けようとし、
とびきりの絶頂感をもたらす場面から、逃げてしまう人が多いため、それなら、いっそ、
傷つくことを心の掃除、クリーニングとして捉えてみるわけだ。(実際、そうなのだが!)
★
ハッキリいって、あっけなく成功するナンパほど面白くないものはない。絶対に相手を
してくれる女性だけと交流しても、生きている実感は感じにくい。同じことの繰り返しで、
脳は眠りこけてしまう。それよりも、心のガラクタ、過剰なポテンシャルを奪ってくれる、
冷たい反応の女性が人生には必要だ。放っておくと、ガラクタは溜まる一方なのだから。
だからこそ定期的に、冷たい女性によって、心の中の汚物を掃除してもらう。無視され、
罵倒されることにより、心のゴミは取れて、スッキリと清められる。そんなお清めとして、
ナンパは穢れを払う行為として、デトックスの効果があるわけだ。なので、しばらく休み、
デートばかりしてると、すぐにまた、声がかけれなくなる。心のゴミは、すぐに重く溜まる。
声かけて断られるのが平気な男は、普段から行動も素早くなり、強気に、健康に生きる。
だからこそ、こまめに声をかけて、しっかりと心の中を掃除し、気軽な状態を維持したい。
このことを繰り返し、繰り返し、述べてきた。そして、そう煽るたびに、
「よし!死ぬ気でやります!変わりたい!」と鼻息荒く、意気込む者が
あらわれるのだが、残念ながら、その意気込み自体が、ジャマとなる。
何も考えない自然体に対し、「死ぬつもりでやる!」という興奮状態は、
あきらかに不自然で、過剰なポテンシャルを生みだす。マトリックスは、
そういう無駄なエネルギーをエサにするため、すかさず触手を伸ばす。
結局、わずかに声かけて意気消沈したり、頭で考えていたように行動
できない。あなたはマトリックスにエネルギーを奪われたのだ。今回も、
「死ぬ気でやろうと思う!」というメールをいただいたが、読んでみると、
「今は忙しいので、さ来月から頑張ります。」というオチでズッコケた・・。
このように、思考というのは先延ばししかしない、自己欺瞞そのものだ。
死というのは、「今この瞬間」にある。全ての思考は、過去の記憶の再生、
たんなる現実逃避であり、我々を眠りこけさせる。ナンパに思考は不要!
どんなに一見いいアイデアだろうが、それが外部からきたのなら、結局は、
我々を騙す幻想になる。このブログの文章や、素晴らしいノウハウでさえも、
いいアイデアに思えるものなら、疑ってかかるべきで、99%はジャンクだ・・。
それよりも、我々は、思考そのものを過剰ポテンシャルとして扱い、それを
捨てて捨てて捨て去るべきだ。健康体が、どこも痛みを感じなく、体がないと
あたかも感じるように、脳内も思考がなければないほど、健康的だといえる。
そうして何も無い状態であって初めて、すべての答えが自然に与えられる。
インスピレーションは、思考に囚われてない時だけ、どこかから、降って沸く。
何も考えていない者は、あっけらかんと、柔軟性に富み、すべてを手にする。
★
何無派師は、思考を消す、つまり、自我をゼロにして、自分に割り当てられた、
肉体である『ナンヴァ』を操縦する。このナンヴァは、あのエヴァンゲリオンで、
パイロットとエヴァとが同調して操るところが、ナンパで自分の肉体を操るのと
まったく同じなので、そう名付けられた。集中しないと、シンクロ率は上がらない。
なので、ナンヴァは『何無場』(何も無い場)と表記される。無心にナンパをする、
その器のことだが、根本的に、完全に無になることは難しい。特に、部屋で一人、
瞑想しているだけならばともかく、女性を前にして、話さなくてはいけないとなると、
心は動揺するし、それ以前に、行動する前から尻ごみし、いろいろと考えてしまう。
モテない男、臆病な男というと、すぐ浮かぶのは、グズグズ考えてばかりで、結局、
行動から逃げている姿を連想するかもしれないが、彼の思考が、過剰ポテンシャル
であり、それを自分で減らしたり、消し去ることは不可能に近い。(自己催眠でも!)
では、過剰な思考を、どうやって捨て去るかというと、これはもう、実際に声をかけ、
恥をかきながら、捨てていくしかない。要するに、自分独りではなく、協力者としての、
女性の力が必要だ。冷たい反応から、いい反応まで、すべて女性が協力してくれる。
あなたの中にある思考にまとわりついた過剰なポテンシャル、それを解消するのが、
女性の役割である。女性に触れ合えば、触れ合うほど、消えていき、軽くなってくる。
それは、自我に凝固した「自意識過剰」だったり、女性を過大に評価する幻想であり、
とにかく何かを重要だと思い込んだ、不自然な状態を解消し、自然体へと戻す作用だ。
そう書くと、一見、いいことづくしにも思えるが、実際は、あなたは揺さぶりをかけられ、
攻撃されているかのように感じてしまう。女に相手にされないことが、甚だ苦しく思え、
自分は本当にダメ男と落胆するかもしれない。それも当然で、過剰なポテンシャルが
主に自我に集中しているため、それを拡散させようという働きが生まれるからである。
これを難しく考えないでほしい。何も考えない、とらわれてない自然体の状態こそが、
通常なのだから、自意識過剰の状態なんて、自我にエネルギーが凝固して不均衡。
その不自然な緊張を、再度、散らして通常に戻すために、自我周辺は攻撃を受ける。
しかし、攻撃ではない。これは掃除、クリーニングである。自分の中の凝固した部分、
女性への過大な幻想も不自然なので、散らして平坦化したい。そこでナンパを続け、
女への幻想も失われていく。裏切られ、落胆するが、それらはすべてクリーニングだ。
あえてここでは、ネガティブなことしか述べていない。実際は、嬉しいこと、楽しいこと、
めいっぱいあるわけだが、傷つくことも、たくさんある。なので傷つくことを避けようとし、
とびきりの絶頂感をもたらす場面から、逃げてしまう人が多いため、それなら、いっそ、
傷つくことを心の掃除、クリーニングとして捉えてみるわけだ。(実際、そうなのだが!)
★
ハッキリいって、あっけなく成功するナンパほど面白くないものはない。絶対に相手を
してくれる女性だけと交流しても、生きている実感は感じにくい。同じことの繰り返しで、
脳は眠りこけてしまう。それよりも、心のガラクタ、過剰なポテンシャルを奪ってくれる、
冷たい反応の女性が人生には必要だ。放っておくと、ガラクタは溜まる一方なのだから。
だからこそ定期的に、冷たい女性によって、心の中の汚物を掃除してもらう。無視され、
罵倒されることにより、心のゴミは取れて、スッキリと清められる。そんなお清めとして、
ナンパは穢れを払う行為として、デトックスの効果があるわけだ。なので、しばらく休み、
デートばかりしてると、すぐにまた、声がかけれなくなる。心のゴミは、すぐに重く溜まる。
声かけて断られるのが平気な男は、普段から行動も素早くなり、強気に、健康に生きる。
だからこそ、こまめに声をかけて、しっかりと心の中を掃除し、気軽な状態を維持したい。
posted by fmtbank at 12:29| カテゴリ無し
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2010年09月19日
ナンパはタナトスでイッちゃおう!
あ〜ん、あん、いいわー、ダメー、いくぅ〜!(ほっぺた桃色)
なんて演技じみたオルガスムではなく、失神するかのような、
激しい本物のオルガスムでは、女の自我が消え去る。だから、
男も消え、周囲も消え、何が何だか、わからなくなってしまう。
これはある種、精神的な死であるため、オルガスムを怖がり、
「イッたことがない」と言う女も多い。その気持ちも、よくわかる。
我を忘れて自分が消えるのは、『死』と同じであり、恐怖を感じ、
自分からイカないようにストップをかけてしまう。実は、これは、
タナトス(死の衝動)を抑圧することで、非常に、もったいない。
タナトスにブレーキをかけず、解放して初めて、イケるのである。
なので男は、女を安心させたり、長時間のタッチで満たしたり、
淫らな言葉攻めで、思考を飛ばして、タナトスへと働きかける。
そうしてSEXというエロスは、最終的にタナトスへと転じるのだ。
★
生の衝動と死への衝動、エロスとタナトスは、表裏一体である。
我々がナンパするにあたって、この基本は、おさえておくべきだ。
なぜなら、「お!あの女、エロい。」と声かける時、または会話中、
「どうしてもSEXしたい。」なんて思う時、無意識に、相手を怖がる。
拒否られたらどうしよう?だとかの、それ以前に、何かが怖い・・。
ただ単純に、エロスを感じたら即、行動できるゲットタイプなんぞ、
ごく少数であり、ほとんどが、エロスに対して、恐怖を感じてしまう。
自分が安全地帯にいるならまだしも、実際に行動すると怖いのだ。
だってエロスの影には、必ずタナトス、死の衝動が隠れているから。
実は、拒否される怖さだけでなく、うまくいった時に、どうなるのか?
未知の怖さにも満ちている。それに我々は、エロスをあっけらかんと
表現することは悪いことだと、社会に躾けられているため、ぎこちなく、
エロスも抑圧し、同時にタナトスも抑圧し、身動きとれなくなってしまう。
そんなマトリックスに捕まりやすい、ニュータイプにとって、ナンパでは、
最初にエロスを刺激するのはよくない。ネットだとか外部からの情報は、
さんざんエロスを刺激することばかりで、普通ならバランスを崩すだけ。
エロスに気恥かしさを感じて、そこに隠れたタナトスにも、ビビってしまう。
ならば発想の転換で、ひたすらタナトスを求めて、ナンパをすればいい。
無駄なものを捨てるために、ダメになるために、死ぬために、声かける。
死ねば死ぬほど身軽になるという発想で、身を清めていく、一種の行だ。
何かを得ようとする、甘ちょろい発想は完全拒否し、捨て身で会話する。
カッコ悪ければ悪いほど、豊かだと開き直って、精神を空っぽにしていく。
このタナトスを指向したナンパは、ストイックで、味気ないと思うだろうか?
忘れてはいけない。エロスとタナトスは表裏一体である。ふと気がつけば、
エロスが姿を現わしている。いつの間にか、正々堂々と誘えるようになり、
あんなに無理だと思っていた女性も、逆に、いうこときいてくれるようになる。
「あんたなんか要らないよ」の精神で、凛としていれば、一喜一憂もしないし、
結果的に、大逆転が待っている。エロスだけで誘惑しても、心はつかめない。
体だけでなく、心をとらえるには、女の弱いタナトスこそを、男は武器にしよう。
特に初心者は、タナトスから入れば、最短距離でナンパに覚醒できるだろう。
ナンパにおけるファーストインパクトは、まず本能を目覚ませることであるが、
ただエロスを活性化させようとしても、なかなかうまくはいかない。それよりも、
タナトス、死の衝動を活性化しようと意識すれば、エロスも引っ張られていく。
エロスとタナトス、両方を活性化して初めて、男の本能はギンギンに花開く!
なんて演技じみたオルガスムではなく、失神するかのような、
激しい本物のオルガスムでは、女の自我が消え去る。だから、
男も消え、周囲も消え、何が何だか、わからなくなってしまう。
これはある種、精神的な死であるため、オルガスムを怖がり、
「イッたことがない」と言う女も多い。その気持ちも、よくわかる。
我を忘れて自分が消えるのは、『死』と同じであり、恐怖を感じ、
自分からイカないようにストップをかけてしまう。実は、これは、
タナトス(死の衝動)を抑圧することで、非常に、もったいない。
タナトスにブレーキをかけず、解放して初めて、イケるのである。
なので男は、女を安心させたり、長時間のタッチで満たしたり、
淫らな言葉攻めで、思考を飛ばして、タナトスへと働きかける。
そうしてSEXというエロスは、最終的にタナトスへと転じるのだ。
★
生の衝動と死への衝動、エロスとタナトスは、表裏一体である。
我々がナンパするにあたって、この基本は、おさえておくべきだ。
なぜなら、「お!あの女、エロい。」と声かける時、または会話中、
「どうしてもSEXしたい。」なんて思う時、無意識に、相手を怖がる。
拒否られたらどうしよう?だとかの、それ以前に、何かが怖い・・。
ただ単純に、エロスを感じたら即、行動できるゲットタイプなんぞ、
ごく少数であり、ほとんどが、エロスに対して、恐怖を感じてしまう。
自分が安全地帯にいるならまだしも、実際に行動すると怖いのだ。
だってエロスの影には、必ずタナトス、死の衝動が隠れているから。
実は、拒否される怖さだけでなく、うまくいった時に、どうなるのか?
未知の怖さにも満ちている。それに我々は、エロスをあっけらかんと
表現することは悪いことだと、社会に躾けられているため、ぎこちなく、
エロスも抑圧し、同時にタナトスも抑圧し、身動きとれなくなってしまう。
そんなマトリックスに捕まりやすい、ニュータイプにとって、ナンパでは、
最初にエロスを刺激するのはよくない。ネットだとか外部からの情報は、
さんざんエロスを刺激することばかりで、普通ならバランスを崩すだけ。
エロスに気恥かしさを感じて、そこに隠れたタナトスにも、ビビってしまう。
ならば発想の転換で、ひたすらタナトスを求めて、ナンパをすればいい。
無駄なものを捨てるために、ダメになるために、死ぬために、声かける。
死ねば死ぬほど身軽になるという発想で、身を清めていく、一種の行だ。
何かを得ようとする、甘ちょろい発想は完全拒否し、捨て身で会話する。
カッコ悪ければ悪いほど、豊かだと開き直って、精神を空っぽにしていく。
このタナトスを指向したナンパは、ストイックで、味気ないと思うだろうか?
忘れてはいけない。エロスとタナトスは表裏一体である。ふと気がつけば、
エロスが姿を現わしている。いつの間にか、正々堂々と誘えるようになり、
あんなに無理だと思っていた女性も、逆に、いうこときいてくれるようになる。
「あんたなんか要らないよ」の精神で、凛としていれば、一喜一憂もしないし、
結果的に、大逆転が待っている。エロスだけで誘惑しても、心はつかめない。
体だけでなく、心をとらえるには、女の弱いタナトスこそを、男は武器にしよう。
特に初心者は、タナトスから入れば、最短距離でナンパに覚醒できるだろう。
ナンパにおけるファーストインパクトは、まず本能を目覚ませることであるが、
ただエロスを活性化させようとしても、なかなかうまくはいかない。それよりも、
タナトス、死の衝動を活性化しようと意識すれば、エロスも引っ張られていく。
エロスとタナトス、両方を活性化して初めて、男の本能はギンギンに花開く!
posted by fmtbank at 13:52| カテゴリ無し
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2010年09月17日
エロスとタナトス
GETしたりだとか、うまくいくことだけが、ナンパの喜びではない。
女からの冷たい反応や、思わぬ攻撃、裏切り、ショッキングなこと、
そういった一見、ネガティブでうまくいかないことさえも、快楽である。
そんなバカなと思う者は、ただの鈍感なのか、経験が少ないだけで、
自意識を失うという貴重な体験から、逃げているだけかもしれない。
もっとナンパで危険に飛び込んでいこう。全てを賭けようではないか!
徹底して負ければ、凄まじい快感が訪れる。むしろ負けたほうがいい。
プライドや自意識を減らすこと、根本的に全て失うことは、この世で、
最高の快感であり、その代表としては、「死」が挙げられる。すでに、
気づいているだろうが、必ず訪れる「死」は、絶頂感をもたらすのだ。
よく臨死体験をして戻ってきた者は、夢を見て、多幸感に包まれるが、
あれは死の直前になると、脳内麻薬がハンパなく大量に出るからで、
だからといって、日々が辛いからって、今すぐ死ぬのはもったいない。
肉体的に死んじまったら、その一回で終わり。それよりも生きながら、
繰り返し精神的な死を迎えることで、多幸感を育てていき、何度でも、
深くて素晴らしい体験を積み重ねることができるだろう。生きてこそだ。
生きる中で、共に死を経験し、生と死がとけあい、その中を人は生きる。
そして、これが、『エロスとタナトス』という、ナンパの根本的衝動である。
★
エロスとは、『生きる情動』である。主に、「あの女、エロい!」といった言葉
に見られるように、性的なエネルギーが喚起される様をあらわす。人間は、
すべてが性的な存在であるし、異性や他者を求める感情や衝動は健全だ。
なので部屋に閉じこもって、他者との交流を避ける者は、エロスに欠けてる。
ネットやAVを使って、脳内でエロスを処理できても、実際の女性を前にして、
欲情しなかったり、または欲情しても、それを表現しない男は、エロくはない。
そして、エロくないということは、エロスという、『生きる情動』が弱いわけで、
女性にも、何の働きかけも出来ず、喜びを与えることが出来ない。なので、
『いい人』ぶる男は、最弱な生き物であり、生きている実感に欠けた存在だ。
では男たるもの、エロスだけあればいいのかというとそうではなく、その逆の、
タナトスという、見落としがちである『死の衝動』こそが、男に力を与えてくれる。
タナトスは、「死へ向かう衝動」、または「破壊的本能」のことで、エロスのもつ、
生きるための方向性とは真逆で、全てを捨て去ろうする、無への回帰である。
アニメのエヴァンゲリオンにも、「タナトス」という名曲があったし、旧劇場版は、
無になりたいという、死への衝動の匂いがプンプンする問題作だった。大勢を
巻き込みブームになったのも、その根底にあったタナトスが原因の一つだろう。
そうなのだ!人は、タナトスという死の衝動に、なぜか惹きつけられる。たんなる
エロスだけでは、肉体は刺激されても、心までわしづかみにされやしない。ここに
我々がナンパするうえで、大いに飛躍するための、ヒントが隠されているのでは?
要するに、タナトスに比重をおいたナンパをすれば、女性の心をつかみ、ひいては、
ただの空しい数的結果の向上ではなく、死んでもいいような、深い満足を得られて、
夢にも思わなかった変容が起こりうる。ナンパの本質はエロスよりもタナトスにある。
ナンパでは興味本位で、やたらエロスばかりがクローズアップされているが、それは、
部外者の浅い興味を満たす、暇つぶしにすぎない。実際に、行動する我々にとっては、
扇情的に思考をのっとるエロスよりも、腹を決めるタナトスの方が、100倍有効である。
「とりあえず、いったれ。」「ダメだろうが、知ったこっちゃない。」「傷ついてナンボだよ。」
そういった腹をくくった男は、とことん強い。タナトスが活性化すると、まるで別人となる。
★
単純に考えてみても、覚悟している男というのは、メスを惹きつける。極道者もモテるし、
不良は、体を張る者が多いため、モテる。もちろん、勇者というものも、たいていそうだ。
そうした『死への衝動』を受け入れて、発動させている者には、あらがえない魅力がある。
これがタナトスであり、ウジウジ考えてばかりの男、ただエロいだけの男にはないものだ。
そして、なぜ女性が、このタナトスに強烈に惹かれ、そういった男にエロスまで感じるのか
というと、そもそも男の本質がタナトスにあるからだろう。逆に、女の本質はエロスといえる。
男の方が、女よりも圧倒的にタナトスが強い。戦争を起こしてきたのも、ほとんど男だったし、
男の自殺者は、女の3倍である。女は生きる情動、エロスが強いために、したたかに生きる。
失恋しても、きれいさっぱりと忘れて、新しい男と付き合えるのも、圧倒的に女のほうである。
これも、子供を生んで育てるという本能があるため、「死」よりも「生」に意識がいくのだろうか。
また、女は一般的に、損をしたがらないし、恥をかきたがらないし、快適さを好む。だからこそ、
平気で恥をかいたり、冒険したり、全てを賭けたりできる、男のタナトスに惹かれる。自分には
ないものだからこそ、惹かれるのだ。そして、男のタナトスの中に、身を任せたいエロスを見る。
実は、心理学的にも、エロスとタナトスは表裏一体で、エロスの裏側には必ずタナトスがある。
人間は、タナトスの中にエロスを感じ、エロスの中にタナトスを感じる。あなたがナンパの際に、
エロい女を見たとき、うっすら恐怖を感じるのも、エロスの中にタナトスを見ているからなのだ。
ならば話は簡単。ナンパの時は、徹底してタナトスを意識すればいい。(次回、もっと詳しく!)
女からの冷たい反応や、思わぬ攻撃、裏切り、ショッキングなこと、
そういった一見、ネガティブでうまくいかないことさえも、快楽である。
そんなバカなと思う者は、ただの鈍感なのか、経験が少ないだけで、
自意識を失うという貴重な体験から、逃げているだけかもしれない。
もっとナンパで危険に飛び込んでいこう。全てを賭けようではないか!
徹底して負ければ、凄まじい快感が訪れる。むしろ負けたほうがいい。
プライドや自意識を減らすこと、根本的に全て失うことは、この世で、
最高の快感であり、その代表としては、「死」が挙げられる。すでに、
気づいているだろうが、必ず訪れる「死」は、絶頂感をもたらすのだ。
よく臨死体験をして戻ってきた者は、夢を見て、多幸感に包まれるが、
あれは死の直前になると、脳内麻薬がハンパなく大量に出るからで、
だからといって、日々が辛いからって、今すぐ死ぬのはもったいない。
肉体的に死んじまったら、その一回で終わり。それよりも生きながら、
繰り返し精神的な死を迎えることで、多幸感を育てていき、何度でも、
深くて素晴らしい体験を積み重ねることができるだろう。生きてこそだ。
生きる中で、共に死を経験し、生と死がとけあい、その中を人は生きる。
そして、これが、『エロスとタナトス』という、ナンパの根本的衝動である。
★
エロスとは、『生きる情動』である。主に、「あの女、エロい!」といった言葉
に見られるように、性的なエネルギーが喚起される様をあらわす。人間は、
すべてが性的な存在であるし、異性や他者を求める感情や衝動は健全だ。
なので部屋に閉じこもって、他者との交流を避ける者は、エロスに欠けてる。
ネットやAVを使って、脳内でエロスを処理できても、実際の女性を前にして、
欲情しなかったり、または欲情しても、それを表現しない男は、エロくはない。
そして、エロくないということは、エロスという、『生きる情動』が弱いわけで、
女性にも、何の働きかけも出来ず、喜びを与えることが出来ない。なので、
『いい人』ぶる男は、最弱な生き物であり、生きている実感に欠けた存在だ。
では男たるもの、エロスだけあればいいのかというとそうではなく、その逆の、
タナトスという、見落としがちである『死の衝動』こそが、男に力を与えてくれる。
タナトスは、「死へ向かう衝動」、または「破壊的本能」のことで、エロスのもつ、
生きるための方向性とは真逆で、全てを捨て去ろうする、無への回帰である。
アニメのエヴァンゲリオンにも、「タナトス」という名曲があったし、旧劇場版は、
無になりたいという、死への衝動の匂いがプンプンする問題作だった。大勢を
巻き込みブームになったのも、その根底にあったタナトスが原因の一つだろう。
そうなのだ!人は、タナトスという死の衝動に、なぜか惹きつけられる。たんなる
エロスだけでは、肉体は刺激されても、心までわしづかみにされやしない。ここに
我々がナンパするうえで、大いに飛躍するための、ヒントが隠されているのでは?
要するに、タナトスに比重をおいたナンパをすれば、女性の心をつかみ、ひいては、
ただの空しい数的結果の向上ではなく、死んでもいいような、深い満足を得られて、
夢にも思わなかった変容が起こりうる。ナンパの本質はエロスよりもタナトスにある。
ナンパでは興味本位で、やたらエロスばかりがクローズアップされているが、それは、
部外者の浅い興味を満たす、暇つぶしにすぎない。実際に、行動する我々にとっては、
扇情的に思考をのっとるエロスよりも、腹を決めるタナトスの方が、100倍有効である。
「とりあえず、いったれ。」「ダメだろうが、知ったこっちゃない。」「傷ついてナンボだよ。」
そういった腹をくくった男は、とことん強い。タナトスが活性化すると、まるで別人となる。
★
単純に考えてみても、覚悟している男というのは、メスを惹きつける。極道者もモテるし、
不良は、体を張る者が多いため、モテる。もちろん、勇者というものも、たいていそうだ。
そうした『死への衝動』を受け入れて、発動させている者には、あらがえない魅力がある。
これがタナトスであり、ウジウジ考えてばかりの男、ただエロいだけの男にはないものだ。
そして、なぜ女性が、このタナトスに強烈に惹かれ、そういった男にエロスまで感じるのか
というと、そもそも男の本質がタナトスにあるからだろう。逆に、女の本質はエロスといえる。
男の方が、女よりも圧倒的にタナトスが強い。戦争を起こしてきたのも、ほとんど男だったし、
男の自殺者は、女の3倍である。女は生きる情動、エロスが強いために、したたかに生きる。
失恋しても、きれいさっぱりと忘れて、新しい男と付き合えるのも、圧倒的に女のほうである。
これも、子供を生んで育てるという本能があるため、「死」よりも「生」に意識がいくのだろうか。
また、女は一般的に、損をしたがらないし、恥をかきたがらないし、快適さを好む。だからこそ、
平気で恥をかいたり、冒険したり、全てを賭けたりできる、男のタナトスに惹かれる。自分には
ないものだからこそ、惹かれるのだ。そして、男のタナトスの中に、身を任せたいエロスを見る。
実は、心理学的にも、エロスとタナトスは表裏一体で、エロスの裏側には必ずタナトスがある。
人間は、タナトスの中にエロスを感じ、エロスの中にタナトスを感じる。あなたがナンパの際に、
エロい女を見たとき、うっすら恐怖を感じるのも、エロスの中にタナトスを見ているからなのだ。
ならば話は簡単。ナンパの時は、徹底してタナトスを意識すればいい。(次回、もっと詳しく!)
posted by fmtbank at 23:43| カテゴリ無し
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2010年09月14日
自然界の法則には逆らわない
ナンパは、女と融合するだけの単純行為ですが、それを阻害するのが、
いわゆる自意識過剰であり、まず最初に取り組むべき問題となります。
自意識過剰では、本来簡単なナンパも、混迷化して、うまくいきません。
自意識過剰とは、自分が他人から、どういうふうに見られているか?と、
過剰に意識したり、自分が傷つかないように守ろうとムキになることで、
とにかく、自分というものが『過剰』なんです。自我が肥大してるんです。
自然界の掟として、過剰なものは滅ぼされます。例えば、特定の生物が、
やたら増えないように、その天敵がちゃんと食べて減らし、数を一定にして
バランスをとったり、気候に関しても、気圧が上がりすぎたら、その反動で
気圧を下げようとする働きが生まれます。自然界はバランスをとる仕組み。
で、人間が理性を介入させ、自然界のバランスを崩したため、公害だとか、
ある種の生物が絶滅したり、その結果、今度は自分の首をしめているのは、
よくご存じだと思います。人間は、自然に対して、余計なことをしすぎました。
同様に我々は、自分の体や本能に対しても、理性で余計な介入ばかりして、
バランスを崩しています。気がつけば、自然体じゃなくなっているし、本音も、
自分でわからなくなっています。自分で自分を攻撃し、弱体化している状態。
精神自体が、理性にとりつくマトリックスの奴隷となり、ガン化してるのです。
そんな不自然な状態を、自然に、元に戻すのが、ナンパの役目であります。
つまり、ナンパは、今流行の自然回帰、エコロジーに属します。(やったね!)
自然な状態に戻れば、ラクで朗らかになれて、勝手にうまくいくことでしょう。
★
これまで、数多くの悩み相談を受けてきましたが、実をいうと、人に聞くよりも、
自分で気づいた方が成長が早いと知っています。ある程度、単純な基本型を
覚えたなら、後はご自身で、次から次へと気づくことができ、実力がつきます。
もう、これでもか、これでもかと、答えは現実世界が与えてくれるわけですが、
なぜそれに気づけないかというと、とにかく自意識過剰が原因であり、自分に
意識を集中したら、自分以外のものが見えなくなる、という当たり前のことです。
しかも、自意識過剰では必ず攻撃を受けます。自分を過剰に意識した状態は、
とても不自然であり、自然の法則が、その過剰なエネルギーを減らそうと働き、
凝固した「自分」という感覚を減らそうとしてきます。バランス崩した状態なので、
何とかして自意識を減らそうとする現象を起こし、平常化させようとするのです。
自意識過剰のままナンパしても、「キモイ」と言われたり、思わせぶりのままに、
突然、豹変した女性に裏切られたりします。こういった現象は、まさしく自意識が
過剰になっているのを、減らすために行われる、ありがたい処方箋ともいえます。
自己の意識が過剰すぎているわけだから、少しでも減らすことにより、その人は、
健康に戻り、自由になれるわけです。自分の凝固したエネルギーは散らすべき!
ならば、女性からの冷たい反応こそを、ありがたく頂戴しようではありませんか!
この自然の法則に従うことが、ムリのない自然回帰、エコロジーなんですね〜。
ところが、自意識過剰な状態の人というのは、この自然な流れに逆らってしまい、
自意識を過剰なままで保とうと、懸命に努力する。過剰な状態を維持するなんて、
凄まじいエネルギーが必要なのに、その無駄な努力をしようとしてしまうのです。
ありとあらゆる理由を作って、行動しないようにします。自分のルックスから性格、
ひいては生い立ちやトラウマまで持ち出して、自己を飾りたてて、過剰な状態を、
維持しようとする。「〜だから、声かけれない、誘えない。」だとか、人それぞれの
理由なんて何でもよくて、全部、同じ!たんに自意識を過剰にするための戯言・・。
そんなことしても、何にもなりません。たんに自分だけは特別だと思いたいだけで、
みんな同じようにコンプレックスはあるのですから、どんな悩みだろうが平凡です。
自分だけが弱くて内気で、特別に行動できない、なんて、傲慢にも程がありますよ。
そんなことより、せっかく自意識を減らそうとしてくれる現象が、ナンパをしてれば、
起こるのだから、「傷ついた」だとか、被害妄想に逃げずに、どんどん許しましょう。
自然の流れに逆らっても、絶対に勝てない。せっかく無駄な自意識を奪おうとして、
女性が冷たい反応をしてくれているのに、逃げようとするのは、やっと失った汚物を、
慌てて自分の手を汚して、補充するようなものです。堂々巡りの徒労にすぎません。
負ける戦はやめましょう。「傷ついた」なんて受け止め方は、傷を自分でえぐるだけ・・。
本当は、傷なんて負いません。むしろスッキリできるデトックス、毒出しといえます。
冷たい反応を受けて凹むというのは、自己を減らす治療で、最高に嬉しいことです。
この発想の転換を起こすのが、最初の覚醒であり、ナンパの根本的姿勢だよん!
いわゆる自意識過剰であり、まず最初に取り組むべき問題となります。
自意識過剰では、本来簡単なナンパも、混迷化して、うまくいきません。
自意識過剰とは、自分が他人から、どういうふうに見られているか?と、
過剰に意識したり、自分が傷つかないように守ろうとムキになることで、
とにかく、自分というものが『過剰』なんです。自我が肥大してるんです。
自然界の掟として、過剰なものは滅ぼされます。例えば、特定の生物が、
やたら増えないように、その天敵がちゃんと食べて減らし、数を一定にして
バランスをとったり、気候に関しても、気圧が上がりすぎたら、その反動で
気圧を下げようとする働きが生まれます。自然界はバランスをとる仕組み。
で、人間が理性を介入させ、自然界のバランスを崩したため、公害だとか、
ある種の生物が絶滅したり、その結果、今度は自分の首をしめているのは、
よくご存じだと思います。人間は、自然に対して、余計なことをしすぎました。
同様に我々は、自分の体や本能に対しても、理性で余計な介入ばかりして、
バランスを崩しています。気がつけば、自然体じゃなくなっているし、本音も、
自分でわからなくなっています。自分で自分を攻撃し、弱体化している状態。
精神自体が、理性にとりつくマトリックスの奴隷となり、ガン化してるのです。
そんな不自然な状態を、自然に、元に戻すのが、ナンパの役目であります。
つまり、ナンパは、今流行の自然回帰、エコロジーに属します。(やったね!)
自然な状態に戻れば、ラクで朗らかになれて、勝手にうまくいくことでしょう。
★
これまで、数多くの悩み相談を受けてきましたが、実をいうと、人に聞くよりも、
自分で気づいた方が成長が早いと知っています。ある程度、単純な基本型を
覚えたなら、後はご自身で、次から次へと気づくことができ、実力がつきます。
もう、これでもか、これでもかと、答えは現実世界が与えてくれるわけですが、
なぜそれに気づけないかというと、とにかく自意識過剰が原因であり、自分に
意識を集中したら、自分以外のものが見えなくなる、という当たり前のことです。
しかも、自意識過剰では必ず攻撃を受けます。自分を過剰に意識した状態は、
とても不自然であり、自然の法則が、その過剰なエネルギーを減らそうと働き、
凝固した「自分」という感覚を減らそうとしてきます。バランス崩した状態なので、
何とかして自意識を減らそうとする現象を起こし、平常化させようとするのです。
自意識過剰のままナンパしても、「キモイ」と言われたり、思わせぶりのままに、
突然、豹変した女性に裏切られたりします。こういった現象は、まさしく自意識が
過剰になっているのを、減らすために行われる、ありがたい処方箋ともいえます。
自己の意識が過剰すぎているわけだから、少しでも減らすことにより、その人は、
健康に戻り、自由になれるわけです。自分の凝固したエネルギーは散らすべき!
ならば、女性からの冷たい反応こそを、ありがたく頂戴しようではありませんか!
この自然の法則に従うことが、ムリのない自然回帰、エコロジーなんですね〜。
ところが、自意識過剰な状態の人というのは、この自然な流れに逆らってしまい、
自意識を過剰なままで保とうと、懸命に努力する。過剰な状態を維持するなんて、
凄まじいエネルギーが必要なのに、その無駄な努力をしようとしてしまうのです。
ありとあらゆる理由を作って、行動しないようにします。自分のルックスから性格、
ひいては生い立ちやトラウマまで持ち出して、自己を飾りたてて、過剰な状態を、
維持しようとする。「〜だから、声かけれない、誘えない。」だとか、人それぞれの
理由なんて何でもよくて、全部、同じ!たんに自意識を過剰にするための戯言・・。
そんなことしても、何にもなりません。たんに自分だけは特別だと思いたいだけで、
みんな同じようにコンプレックスはあるのですから、どんな悩みだろうが平凡です。
自分だけが弱くて内気で、特別に行動できない、なんて、傲慢にも程がありますよ。
そんなことより、せっかく自意識を減らそうとしてくれる現象が、ナンパをしてれば、
起こるのだから、「傷ついた」だとか、被害妄想に逃げずに、どんどん許しましょう。
自然の流れに逆らっても、絶対に勝てない。せっかく無駄な自意識を奪おうとして、
女性が冷たい反応をしてくれているのに、逃げようとするのは、やっと失った汚物を、
慌てて自分の手を汚して、補充するようなものです。堂々巡りの徒労にすぎません。
負ける戦はやめましょう。「傷ついた」なんて受け止め方は、傷を自分でえぐるだけ・・。
本当は、傷なんて負いません。むしろスッキリできるデトックス、毒出しといえます。
冷たい反応を受けて凹むというのは、自己を減らす治療で、最高に嬉しいことです。
この発想の転換を起こすのが、最初の覚醒であり、ナンパの根本的姿勢だよん!
posted by fmtbank at 11:22| カテゴリ無し
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2010年09月13日
さようなら、自意識過剰な夏!
少しずつ涼しくなってきました、いよいよナンパの季節です!
なんたって、この夏は、この100年で最も暑かったそうですし、
ちょっと出かけただけで汗でビショビショ、服もすぐに塩をふき、
暑さでグッタリし、ナンパどころの騒ぎじゃなかったことでしょう。
しかし、そんな暑さの中でもナンパに励む方は大勢いたようで、
ナンパ相談のメールも、今までで一番、大量にいただきました。
そんな、皆さんの情熱には心打たれましたが、やはり結果が出る、
出ないはハッキリ分かれてしまいます。その差は、一言でいうと、
『自意識過剰』というやつで、細かいテクニック以前の問題です。
『自意識過剰』だと、想いが重くなりすぎて、気軽に行動もできず、
女性の反応も正確に見れないで、自分の妄想を投影してしまう。
そうして同調もできないので好かれず、さらに自分を守ろうとして、
殻に閉じこもり、様々な言い訳でもって、壁を築き続けるわけです。
ほんと、自意識が過剰になると、ロクなことがありませんわ〜・・・。
★
このブログは最初から、ずーっと、この『自意識過剰』を扱って、
女をGETするよりも、まずは自分を捨てよ!というLOSTを掲げて、
その後も6年に渡り、表現は違えど、同じことを主張してきました。
基本的には、自信を持とうとするのではなく、自己など消していき、
あっけらかんとした無の状態になろうという、引き算のアプローチ。
そこで、ナンパする者を、『何無派師』と呼び、自己をゼロに戻して、
軽やかに行動し、相手と同調したり、キャラを自在に変えたりする、
要は、自己から自由になる者として、高尚な定義付けをしたのです。
ポイントは、自分を信じる『自信』ではなく、そんな自分も蹴飛ばして、
自意識そのものから自由になる、『自由』こそを、目指そうという話で、
まさに悟りの世界です。あえてナンパに人間の究極を持ちこみました。
たかがナンパごときで大げさと思うかもしれませんが、私は心の底から、
ナンパは世界を救う、と思い込んでいます。それは決してムーブメント
という形では起こりませんが、あくまで個人的な体験をトリガーとする、
精神的爆発に由来します。ナンパは明らかに、人を変容するのです。
ナンパを続けるうちに、自然体に戻り、そこから、今まで想像もしない、
新たな自分が覚醒し、あの名付けがたい不思議な跳躍が起こります。
この覚醒していく過程を、ファーストインパクトからセカンドインパクト、
そして最後のサードインパクトとして表現し、解説していくつもりです。
ここのところ幸せボケで、ブログ更新していませんでしたが、今後は、
短くても頻繁に更新していきたいので、ここで気持ち入れ替えまっす!
なんたって、この夏は、この100年で最も暑かったそうですし、
ちょっと出かけただけで汗でビショビショ、服もすぐに塩をふき、
暑さでグッタリし、ナンパどころの騒ぎじゃなかったことでしょう。
しかし、そんな暑さの中でもナンパに励む方は大勢いたようで、
ナンパ相談のメールも、今までで一番、大量にいただきました。
そんな、皆さんの情熱には心打たれましたが、やはり結果が出る、
出ないはハッキリ分かれてしまいます。その差は、一言でいうと、
『自意識過剰』というやつで、細かいテクニック以前の問題です。
『自意識過剰』だと、想いが重くなりすぎて、気軽に行動もできず、
女性の反応も正確に見れないで、自分の妄想を投影してしまう。
そうして同調もできないので好かれず、さらに自分を守ろうとして、
殻に閉じこもり、様々な言い訳でもって、壁を築き続けるわけです。
ほんと、自意識が過剰になると、ロクなことがありませんわ〜・・・。
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このブログは最初から、ずーっと、この『自意識過剰』を扱って、
女をGETするよりも、まずは自分を捨てよ!というLOSTを掲げて、
その後も6年に渡り、表現は違えど、同じことを主張してきました。
基本的には、自信を持とうとするのではなく、自己など消していき、
あっけらかんとした無の状態になろうという、引き算のアプローチ。
そこで、ナンパする者を、『何無派師』と呼び、自己をゼロに戻して、
軽やかに行動し、相手と同調したり、キャラを自在に変えたりする、
要は、自己から自由になる者として、高尚な定義付けをしたのです。
ポイントは、自分を信じる『自信』ではなく、そんな自分も蹴飛ばして、
自意識そのものから自由になる、『自由』こそを、目指そうという話で、
まさに悟りの世界です。あえてナンパに人間の究極を持ちこみました。
たかがナンパごときで大げさと思うかもしれませんが、私は心の底から、
ナンパは世界を救う、と思い込んでいます。それは決してムーブメント
という形では起こりませんが、あくまで個人的な体験をトリガーとする、
精神的爆発に由来します。ナンパは明らかに、人を変容するのです。
ナンパを続けるうちに、自然体に戻り、そこから、今まで想像もしない、
新たな自分が覚醒し、あの名付けがたい不思議な跳躍が起こります。
この覚醒していく過程を、ファーストインパクトからセカンドインパクト、
そして最後のサードインパクトとして表現し、解説していくつもりです。
ここのところ幸せボケで、ブログ更新していませんでしたが、今後は、
短くても頻繁に更新していきたいので、ここで気持ち入れ替えまっす!
posted by fmtbank at 16:32| カテゴリ無し
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2010年08月26日
究極のナンヴァ、『マークシックス』とは?
ナンパを楽しむために、あなたは自分専用の肉体(ナンヴァ)に乗り込んで操る。
そして、そのナンヴァは覚醒することにより、次々とタイプが変わり、進化していく。
まず最初はプロトタイプ(零号機)だ。単純な基本を繰り返して、ナンパに慣れて、
自分の緊張を解き、相手の警戒を解くことを体で覚える、ナンパの基礎体力づくり。
守りを重点とし、「いい人」で充分である。とにかくナンヴァとのシンクロ率を上げよう。
続いて、テストタイプ(初号機)へと目覚める。これは試行型であり、文字通りに、
試行錯誤を繰り返し、自分なりのスタイルを作り出す。決め手は、図々しくなって、
開き直ることだ。下ネタにスキンシップと、嫌われるリスクを負って、挑んでいこう。
そのうち、これだ!という感覚をつかむ。これをファーストインパクトの時代と呼ぶ。
(あくまでも、『ナンパ覚醒プログラム』で描いているのは、この時点までの覚醒。)
そうして、ゲットタイプ(弐号機)へと覚醒するわけだが、すでに実戦向きである、
戦闘型となっており、得意パターンも出来て、ゲットしやすくなっている。これで、
ある程度は完成をみる。ずっと続ける者もいれば、飽きてしまい辞める者もいる。
しかし、このゲットタイプ、やたら手が早くなり、女性への幻想を失って、ドライに
なりがちのため、油断するのだろうか、最終的に、自爆してしまうことも多いのだ。
警察沙汰になるなんてのは滅多にないが、ショッキングな事が起こり、精神的に
死ぬはめになる。これがセカンドインパクトである。あたかもエヴァの旧劇場版で
アスカの乗る弐号機が、ロンギヌスの槍で串刺しにされるような酷い、終わり方・・。
ところが、このセカンドインパクトこそが、今までのやり方を捨てる機会となるため、
おかげで、また新たなナンパの世界が始まるのだ。これが当ブログのテーマとなる。
ちなみに、その続きというのは、以下のような感じ。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
ゲットタイプとしての死を経験した後、ふたたびテストタイプに戻り、また試行錯誤
を繰り返すことになるのだが、今度は方向性が違う。これまでのナンパの技術を
捨てていき、新たな才能を、自分の中から引き出していく。GETよりもOUTが目的。
目指すは、サードインパクトだ。その触媒となる、運命の人(使徒)を探して、合一
する必要があるのだが、その展開は全く読めない。ただいえるのは、もう徹底的に、
エゴが攻撃され、消されていくことになる、非常にハードな道程である。謎も多い・・。
また噂では、究極のナンヴァである、『マークシックス(6号機)』への進化が、突如、
起こるともいわれている。その実態が何なのか分からない。しかし『マークシックス』
の意味は、シックスセンス(第六感)から来たらしく、まさに直感がキーワードとなる。
マトリックスから自由になり、直感をフルに駆使した超人がナンパするとどうなるか?
その自由になるまでの過程を、実録音声とともに、できるだけ詳細に追っていきたい。
はたして、このブログが、最後のゴールまで、述べきることが出来るのかは不明だ。
そして、あなたも、「サードインパクト?マークシックス?」と首をかしげて、最後まで、
このブログに、つきあうことが出来るかどうかも、大いに不明である。ダメだ、こりゃ!
そして、そのナンヴァは覚醒することにより、次々とタイプが変わり、進化していく。
まず最初はプロトタイプ(零号機)だ。単純な基本を繰り返して、ナンパに慣れて、
自分の緊張を解き、相手の警戒を解くことを体で覚える、ナンパの基礎体力づくり。
守りを重点とし、「いい人」で充分である。とにかくナンヴァとのシンクロ率を上げよう。
続いて、テストタイプ(初号機)へと目覚める。これは試行型であり、文字通りに、
試行錯誤を繰り返し、自分なりのスタイルを作り出す。決め手は、図々しくなって、
開き直ることだ。下ネタにスキンシップと、嫌われるリスクを負って、挑んでいこう。
そのうち、これだ!という感覚をつかむ。これをファーストインパクトの時代と呼ぶ。
(あくまでも、『ナンパ覚醒プログラム』で描いているのは、この時点までの覚醒。)
そうして、ゲットタイプ(弐号機)へと覚醒するわけだが、すでに実戦向きである、
戦闘型となっており、得意パターンも出来て、ゲットしやすくなっている。これで、
ある程度は完成をみる。ずっと続ける者もいれば、飽きてしまい辞める者もいる。
しかし、このゲットタイプ、やたら手が早くなり、女性への幻想を失って、ドライに
なりがちのため、油断するのだろうか、最終的に、自爆してしまうことも多いのだ。
警察沙汰になるなんてのは滅多にないが、ショッキングな事が起こり、精神的に
死ぬはめになる。これがセカンドインパクトである。あたかもエヴァの旧劇場版で
アスカの乗る弐号機が、ロンギヌスの槍で串刺しにされるような酷い、終わり方・・。
ところが、このセカンドインパクトこそが、今までのやり方を捨てる機会となるため、
おかげで、また新たなナンパの世界が始まるのだ。これが当ブログのテーマとなる。
ちなみに、その続きというのは、以下のような感じ。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
ゲットタイプとしての死を経験した後、ふたたびテストタイプに戻り、また試行錯誤
を繰り返すことになるのだが、今度は方向性が違う。これまでのナンパの技術を
捨てていき、新たな才能を、自分の中から引き出していく。GETよりもOUTが目的。
目指すは、サードインパクトだ。その触媒となる、運命の人(使徒)を探して、合一
する必要があるのだが、その展開は全く読めない。ただいえるのは、もう徹底的に、
エゴが攻撃され、消されていくことになる、非常にハードな道程である。謎も多い・・。
また噂では、究極のナンヴァである、『マークシックス(6号機)』への進化が、突如、
起こるともいわれている。その実態が何なのか分からない。しかし『マークシックス』
の意味は、シックスセンス(第六感)から来たらしく、まさに直感がキーワードとなる。
マトリックスから自由になり、直感をフルに駆使した超人がナンパするとどうなるか?
その自由になるまでの過程を、実録音声とともに、できるだけ詳細に追っていきたい。
はたして、このブログが、最後のゴールまで、述べきることが出来るのかは不明だ。
そして、あなたも、「サードインパクト?マークシックス?」と首をかしげて、最後まで、
このブログに、つきあうことが出来るかどうかも、大いに不明である。ダメだ、こりゃ!
posted by fmtbank at 13:16| カテゴリ無し
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