まだほんの数名ではありますが、この年末までの出家宣言ありがとうございます。
なお「出家」というと、家を出て、外の現実世界に飛び出すようですが、実は逆です。
ナンパするために、今いる部屋を出て、外に行くと、広い世界が広がっていますが、
実は、この外に広がっている現実世界こそ、仮想現実です。今の部屋にいる以上に、
肉体を動かして歩いたり、他者と話したり、肉体的接触したり、五感が刺激されます。
体感できる情報量がよりビビッドになりますが、だからって、それが現実の証拠には
なりません。むしろ逆で、より情報量を増量して、体感、感動のレベルを上げるため、
わざわざ「ナンヴァ」という重たい肉体を操作しては、仮想現実の中で遊ぶわけです。
ある意味、非常に面倒くさい行為。でも、だからこそ感情の上下を体験できるために、
たとえ苦難があろうが、自ら、この仮想現実に飛び込んでいく人達が後を絶たない。
この仮想現実の事を、ナンパワールドと呼びます。あなたが自ら入りこみ、幾多の
試練を乗り越え、冒険しながら感動を味わうセカイです。部屋で一人でいる時より、
もっと体感レベルは上がり動揺しますが、だからこそ仮想現実の「セカイ」であって、
地味な現実世界の「世界」とは区別し、ナンパワールドの「セカイ」と表記しています。
どうですか?ここまでついてこれてますか?納得できない人は単純に、ナンパの時、
普段と違う現実に入る、と思ってください。普段の自分は捨てて、モードを変えるだけ。
では次に進みます。ナンパワールドに入る、つまり外に出るには、あなたはナンヴァ
という自分の肉体に乗り込む必要があります。実際、こうしてただ部屋の中にいても、
自分の肉体は存在していますが、あえてナンパに行く時は、あらためて自分の肉体
をエヴァのように、シンクロすべき乗り物として捉えます。この際のメリットは2つほど。
あらためて身ギレイにして、衣服を着せ、気持ちを切り替えられることと、もう1つは、
ブサイクだ、チビだ、オヤジだ、などの愚痴を言わずに、可愛らしい動物のように、
客観的に扱えるようになることです。なぜなら、その肉体は、あなたとは別だから!
その肉体に関して、人に何を言われようが、あなた自身は傷つく必要はありません。
もっと若いイケメンだったら等、不満はあるかもしれませんが、自分の肉体には替え
がないので、あなたは、そのナンヴァでナンパワールドに入っていかなくてはならず、
しかも、そのセカイは危険に満ちています。自分が自分のナンヴァに味方しなくて、
一体、誰が味方してくれるというのでしょう?他者の攻撃から守ってあげてください。
「ATフィールド」を活用した、細かい方法は後で説明しますが、とにかく、あなたは、
肉体の性能が不利であればある程、感動が大きくなるという、難易度の高い遊戯
に参加できるわけですから、不細工なナンヴァで本当にラッキーです。それだけ、
試練が大きくなり、乗り越えた時の感動も大きくなります。もちろん、大変でしょう。
なぜなら、あなたが入るナンパワールドは、マトリックスに支配されたセカイだから。
網の目に張り巡らされた、マトリックスの監視から逃れつつ、修行を続けてください。
★
マトリックスについては、これまでにもたくさん述べてきましたが、その特色としては、
あなたのフリをする他者の言葉といっていいでしょう。ナンパで声かけようとする時、
「どうせ俺はムリだよ」「いい歳して何やってんの?」など、制御してくる言葉ですね。
そんな分かりやすいものばかりでなく、周囲の視線が急に気になったり、言葉でなく、
なぜかブレーキがかかって止めたり、理性が納得する理由を次から次へと、巧妙に、
「今日は10人声かけたからいいだろう。よくやった!」なんて味方のようなフリをして、
本来11人目に大成功していたはずなのに止めたりと、巧妙に邪魔をするのです。
マトリックスのやり口は、ガン細胞のように狡猾です。あなたのフリをする。結果、
自分のパワーが弱まったら、マトリックスの仕業。元気になった時は、自由になり、
自分の直感で行動できた証拠です。しかし、やっかいな事に、成功して、いい気に
なった途端、その記憶にもマトリックスは、まとわりついてくるし、たちが悪いです。
期待を持たせるだけ持たしてから打ち砕いて、その落差で消えたエネルギーを、
ごっそり持っていったり、やる事がえげつない。健康な人でも、毎日ガン細胞が
作り出されているように、完全にマトリックスの影響から逃れるのは無理ですね。
だからこそ騙し合いというか、マトリックスの裏をかいた時の爽快感はたまらない。
ナンパワールドは、様々なパターンで構成されており、それを観察し続けていくうちに、
ふとした所に穴を見つけ、裏技を駆使したり、あえてマトリックスを利用したりもする。
全てはパターン、パターン、パターンです。そして、たまにそれを超越した現象が
起こるわけですが、それさえも、あなたを感激させるためのパターンかもしれない。
そうです!マトリックスというエネルギーぶん取り屋だけでなく、明らかにあなたを
喜ばせ、愉快にさせ、感動させようとする、何らかのシステムは存在しています。
やはり陰と陽のバランスから、陰なるマトリックスと相反する、陽なるシステムが
あるわけで、それをザックリと、「セカイ」と呼びます。つまり、ナンパワールド自体、
あなたを成長させるために働きかけ、様々な経験をもたらせる、善なるシステム!
根本的には、あなたは絶対的に守られています。困ったことが起きても100%、
それは解決されるし、解決できなかった時も、後から考えたら、それが正しくて、
自分の考え自体が無意味なマトリックスに犯されていたのだと、気づくだけです。
これらの考えは、プラス思考に似ていますが、それよりも「お任せ思考」といって、
良しも悪しも、お天道さまに任せしようという、日本人に合ったものでラクでしょう。
そして、そのお任せする存在というのが、「セカイ」なわけです。そして、あなたは、
修行が進むにつれ、この「セカイ」なるものを、心の底から信頼できるようになる。
なるようになる。悪いようにはしないだろ。そう思えたら、本当にラクだし、実際に、
そう思うと、そうなってしまうのが、この仮想現実である、ナンパワールドの特色!
とはいえ、こんな長ったらしい文章を読んでも、そんな気にはなれませんわなぁ。
だからこそ、あなたには何無派道場がある。さぁ身をひきしめ、どうぞ道場の中へ・・。
2011年12月13日
ナンパワールドへようこそ!最後の聖戦
posted by fmtbank at 13:54| カテゴリ無し
|
2011年12月12日
反省しました。路線変更です!
ここ最近、ナンパの成功報告が、なんだか減りました。そして、深く反省したんです。
この当ブログは、いつの間にか、変な方向に進んでいたな、と。末期だったな、と・・。
私は間違ってました。女を追うのではなく、ひたすら禁欲的に悟りを目指すナンパは、
絵空事でしかない。そんな枯れたナンパは、マニアックすぎて、需要がありませんわ。
いや、確かに、たんに気安くGETするより、心と心が深くつながる関係を築く方がよく、
あえて「感情センター」をメインとした、『純愛ナンパ』を主張してきましたが、気づくと、
その恋愛さえも否定し出して、セカイとの合一、「悟り」をメインにおき始めていました。
これは、いきすぎですね。やはり地に足つけて、性的なものを扱わないと本末転倒で、
天空に浮かぶ月を見ながら、『マークシックス』の事ばかり考えてもしょうがないです。
そこで原点回帰といってもいい、路線変更!意外にも、「ゲットタイプ」のすすめです。
★
しかしまぁ、女をゲットしようというナンパへの路線変更といっても、基本的には同じです。
何無派道場での修業も、これまで同様に、「悟り」を目的としますが、その悟りというのが、
男と女という個体差の「差」をとること、そして統合すること。要するに「性的結合」を意味し、
完全にゲットタイプとしての覚醒を推奨する形となります。単純に、すぐやっちゃえって事!
修行の「行(ぎょう)」も、女にガンガンに行って、行って、行きまくり、文字通り、最終的には、
性的にイクことの意味も含みます。それも爆発的にイク、最高のエクスタシーを求めます。
そうなると、たんに女の尻を追いかける、ごく普通のストじゃない?と思うかもしれませんが、
そこは、ほら!これまで『純愛ナンパ』を徹底研究してきたわけですから、根本が違います。
たんに「本能センター」だけでなく、「感情センター」「思考センター」をも、巻き込んでいくような、
究極の快感を追い求める『超ゲットタイプ』のスタイルを提示し、絶頂へと導いていきたいです。
ほとんどのナンパブログが、女とやりたいという、「本能センター」優位ですから、私はあえて、
運命の人との大恋愛を求めるという「感情センター」優位の方向をとってきました。ところがね、
満足ある結果を出した後、私はすっかり枯れました。そしてブログの内容も、よくわからなく・・。
そんな私も、最近、ニュータイプのナンパブログを読むにつけ、原初の衝動が戻ってきました。
いろいろ小難しい事など考えず、ひたむきに行動して、シンプルだったなー、という感覚です。
そもそも、このブログは、タダでやっちゃおう!という、「本能センター」優位だったわけですし、
再びそこに立ち戻ろうかと思いました。この一番大事なことを、おろそかにしてはいけません。
というのも、先日、ある方のブログを読んでたら、「10人と再会するまでは、ゲットは二の次」
なんて事が書いてありました。これは私が以前、ナンパ成長十段階の、『4:世話人』をクリア
するためのノルマとして示したせいです。そんなつもりで書いたわけではなく、むしろ、相手を
出来るだけ強引なタッチをせずに求めて、それで失敗しようが、ガンガンに求めてほしかった。
結局、『純愛ナンパ』を主張したがゆえに、弱い姿勢で甘んじる人を増やしたかもしれません。
そんな反省が今、ムクムクと立ち起こっています。これは路線を変更しなくてはいけない、と。
★
そういうわけで、今年も残り20日となりましたが、ひとまず今年いっぱい、路線を変更します。
ナンパを始めて、まだ一度もゲットできていない方、または、とびきりイイ女をゲットしたい方、
そういう方に対して、今年中に、素晴らしいゲットが出来るように、なんとか応援したいです。
できれば『覚醒プログラム』をご購読されても結果が出なかった方は、もう一度聴いてみて、
そして、このブログも合わせてお読みください。今年は、大震災もあり、散々だった方もいる
かもしれませんが、終わりよければ、全てよしです。最後に、大きな花火を上げませんか?
ずっとナンパを休止していた方や、自分の年齢ではナンパなどムリだとあきらめていた方、
せめて最後だけでもと、ごく短期間の、クリスマスを経て大晦日まで、出家してみませんか?
もうかた苦しい事はいいません。強烈に魅力的な女性と結合するために、とことん行くだけ。
どんなにダメだろうが、行って、行って、行って、行きまくる。そして前のめりに、ぶっ倒れる。
捨てる神あれば、拾う神もありですよ。力尽きた時に初めて、女神が現れることもあるし、
とことん行ってみた結果、一体、どんなドラマが生まれるか、好奇心が湧かないですか?
ナンパなんて本来、やんなくてもいいんですが、それでも興味があるなら、行くべきです。
そんな今年最後に、身を切るような寒さの中へ、出家していく『行者』に向けて、ブログを
更新していきたいと思います。これは「ナンパが飽きた後どうする?」という質問に対して、
最後のファイナルアンサーでもあります。以前は答えられなかった、難問への解答です。
あくまで私が最後に到達して、やっていた世界観ですが、参考になれば嬉しく思います。
ただし、このブログの運営が、性的表現の規制で非常に厳しくなっており、すぐに表示が
停止されるようになってしまったので、直接的な性の表現はしません。ムラムラさせて、
ナンパのモチベーションを上げるのではなくて、もっと間接的に、けしかけるつもりです。
要は、たんに女の尻を追いかけるような事を、非常に素晴らしいものだと神秘化させて、
面倒くさくて家を出る気になれない方を1人でも、その気にさせればいいかなという感じ。
特に、「性」に関して結果が出なかった方、今年いっぱいの出家をお待ちしております!
期限をつくると、思いがけないパワーが発揮されやすいので、今こそ、ご出家ください。
この当ブログは、いつの間にか、変な方向に進んでいたな、と。末期だったな、と・・。
私は間違ってました。女を追うのではなく、ひたすら禁欲的に悟りを目指すナンパは、
絵空事でしかない。そんな枯れたナンパは、マニアックすぎて、需要がありませんわ。
いや、確かに、たんに気安くGETするより、心と心が深くつながる関係を築く方がよく、
あえて「感情センター」をメインとした、『純愛ナンパ』を主張してきましたが、気づくと、
その恋愛さえも否定し出して、セカイとの合一、「悟り」をメインにおき始めていました。
これは、いきすぎですね。やはり地に足つけて、性的なものを扱わないと本末転倒で、
天空に浮かぶ月を見ながら、『マークシックス』の事ばかり考えてもしょうがないです。
そこで原点回帰といってもいい、路線変更!意外にも、「ゲットタイプ」のすすめです。
★
しかしまぁ、女をゲットしようというナンパへの路線変更といっても、基本的には同じです。
何無派道場での修業も、これまで同様に、「悟り」を目的としますが、その悟りというのが、
男と女という個体差の「差」をとること、そして統合すること。要するに「性的結合」を意味し、
完全にゲットタイプとしての覚醒を推奨する形となります。単純に、すぐやっちゃえって事!
修行の「行(ぎょう)」も、女にガンガンに行って、行って、行きまくり、文字通り、最終的には、
性的にイクことの意味も含みます。それも爆発的にイク、最高のエクスタシーを求めます。
そうなると、たんに女の尻を追いかける、ごく普通のストじゃない?と思うかもしれませんが、
そこは、ほら!これまで『純愛ナンパ』を徹底研究してきたわけですから、根本が違います。
たんに「本能センター」だけでなく、「感情センター」「思考センター」をも、巻き込んでいくような、
究極の快感を追い求める『超ゲットタイプ』のスタイルを提示し、絶頂へと導いていきたいです。
ほとんどのナンパブログが、女とやりたいという、「本能センター」優位ですから、私はあえて、
運命の人との大恋愛を求めるという「感情センター」優位の方向をとってきました。ところがね、
満足ある結果を出した後、私はすっかり枯れました。そしてブログの内容も、よくわからなく・・。
そんな私も、最近、ニュータイプのナンパブログを読むにつけ、原初の衝動が戻ってきました。
いろいろ小難しい事など考えず、ひたむきに行動して、シンプルだったなー、という感覚です。
そもそも、このブログは、タダでやっちゃおう!という、「本能センター」優位だったわけですし、
再びそこに立ち戻ろうかと思いました。この一番大事なことを、おろそかにしてはいけません。
というのも、先日、ある方のブログを読んでたら、「10人と再会するまでは、ゲットは二の次」
なんて事が書いてありました。これは私が以前、ナンパ成長十段階の、『4:世話人』をクリア
するためのノルマとして示したせいです。そんなつもりで書いたわけではなく、むしろ、相手を
出来るだけ強引なタッチをせずに求めて、それで失敗しようが、ガンガンに求めてほしかった。
結局、『純愛ナンパ』を主張したがゆえに、弱い姿勢で甘んじる人を増やしたかもしれません。
そんな反省が今、ムクムクと立ち起こっています。これは路線を変更しなくてはいけない、と。
★
そういうわけで、今年も残り20日となりましたが、ひとまず今年いっぱい、路線を変更します。
ナンパを始めて、まだ一度もゲットできていない方、または、とびきりイイ女をゲットしたい方、
そういう方に対して、今年中に、素晴らしいゲットが出来るように、なんとか応援したいです。
できれば『覚醒プログラム』をご購読されても結果が出なかった方は、もう一度聴いてみて、
そして、このブログも合わせてお読みください。今年は、大震災もあり、散々だった方もいる
かもしれませんが、終わりよければ、全てよしです。最後に、大きな花火を上げませんか?
ずっとナンパを休止していた方や、自分の年齢ではナンパなどムリだとあきらめていた方、
せめて最後だけでもと、ごく短期間の、クリスマスを経て大晦日まで、出家してみませんか?
もうかた苦しい事はいいません。強烈に魅力的な女性と結合するために、とことん行くだけ。
どんなにダメだろうが、行って、行って、行って、行きまくる。そして前のめりに、ぶっ倒れる。
捨てる神あれば、拾う神もありですよ。力尽きた時に初めて、女神が現れることもあるし、
とことん行ってみた結果、一体、どんなドラマが生まれるか、好奇心が湧かないですか?
ナンパなんて本来、やんなくてもいいんですが、それでも興味があるなら、行くべきです。
そんな今年最後に、身を切るような寒さの中へ、出家していく『行者』に向けて、ブログを
更新していきたいと思います。これは「ナンパが飽きた後どうする?」という質問に対して、
最後のファイナルアンサーでもあります。以前は答えられなかった、難問への解答です。
あくまで私が最後に到達して、やっていた世界観ですが、参考になれば嬉しく思います。
ただし、このブログの運営が、性的表現の規制で非常に厳しくなっており、すぐに表示が
停止されるようになってしまったので、直接的な性の表現はしません。ムラムラさせて、
ナンパのモチベーションを上げるのではなくて、もっと間接的に、けしかけるつもりです。
要は、たんに女の尻を追いかけるような事を、非常に素晴らしいものだと神秘化させて、
面倒くさくて家を出る気になれない方を1人でも、その気にさせればいいかなという感じ。
特に、「性」に関して結果が出なかった方、今年いっぱいの出家をお待ちしております!
期限をつくると、思いがけないパワーが発揮されやすいので、今こそ、ご出家ください。
posted by fmtbank at 14:03| カテゴリ無し
|
2011年12月11日
あからさまな下ネタが逆効果になることも!
やはりナンパを家の近所で続けていると、以前声かけた相手と偶然に再会することもある。
たとえば、以前の話である。エステシャンの子から連絡先を聞いたが、結局、連絡しないで
いると、二ヶ月後位にバッタリ、コンビニで出会った。ケバイ人が、「覚えてます?」と尋ねて
きたので、「いえ。」と答えて去ろうとしたところ、あっ!と思い出し、しばらく話すことになった。
これが意外にも盛り上がる。初回に印象がなかった彼女は、二回目にして、使徒化したのだ。
そこで、その日に別れた後も、彼女との縁はまだ続く気がして、今度はメールを送ると、すぐ、
「今度、ごはん行きましょう。」という彼女からの返信。ところが具体的な日時を決めようとして、
メールを送ると音信不通。ナンパでよくある事だから、あれ?出番は終わったかな?と放置。
そこから、だいぶ経ってからだろうか、久々に今度は、違うコンビニで、彼女と遭遇。ところが、
彼女は、あまりにそっけない。すぐに離れようとする。何だよ、その態度と、カチンときたので、
もう縁はないとわかっていても、帰ってから、再びメールしてしまう。「どうしたの?不機嫌!」
すると、男友達と一緒だった事が判明。そして以前は、携帯が壊れて、僕からのメール等も、
全部消えてしまったという。本当かなー?と思いつつ、また向こうから「ごはん行きましょう。」
というメールがくる。また社交辞令だろうと予想して返すと、今度は本当に、日時も決まった。
で、もう縁はないだろうと思っていた彼女と再会するわけだが、今回スキンシップはもちろん、
その当時、研究していた、下ネタさえ使わずに相手をムラムラさせるという方向性で話すと、
こちらが腰を抜かす程に、彼女は反応を見せた。ここまでキレイに決まったのは、初めて!
その結果、あまりに盛り上がり、滅多に夜更かししない僕も、彼女と早朝まで飲んでしまう。
しかし、あまりに眠くなり、結局、GETはしていない。こりゃ簡単に出来るし、しなくてもいいか、
そんな余裕もあり、フラフラのまま別れた。要は、その前段階で満足しきってしまったのだ。
(こちらが家に誘うと、彼女もアッサリOKしていたのだが、それでも、なぜか流してしまった。)
ところが、次の日になって異様にムラムラする。彼女に対して欲情している自分に気づいた。
原因はわかった。前日、エステシャンの彼女に、居酒屋で腕をマッサージしてもらっていて、
その時、オイルを塗ってもらい本格的に、やってもらっていたのだが、思いっきりグイグイと
胸に手が当たってた。わざとなのか無意識なのか?(いや、わざと!)これがいけなかった。
その時、あえて「胸当たってるよ」と言わずに、黙っていた事で、僕の無意識に暗示として、
インプットされてしまったのだ。これが、ちゃんと「胸当たってる」と言って意識化していたら、
違っていたんだと思う。そこで僕は、ムラムラしたまま、また一週間後の再会をとりつける。
★
ところで、この三度目の再会では、最初から最後まで下ネタオンリーだった。彼女も、全て、
あけっぴろげに言う。当然、こりゃ性的結合して当たり前かと思いきや、「今日は帰ります。」
という彼女の断り。不思議な事に、失望と共に、安堵感もあった。ふぅー、やらなくてすんだ。
どうも、あんまり気持ちよくない感じで、奥深い所で、避けるべき相手だという感覚もあった。
実際のところ、あけっぴろげすぎるトークの最中、僕のナンヴァは一度もヴァッキしてなくて、
おそらく彼女も、ムラムラしてなかった。逆に前回の、一切下ネタを言わなかった時の方が、
こちらも彼女も盛り上がっていた。どうやら両者ともに、明示では冷めるタイプだったようだ。
なお明示とは、明らかな下ネタ。そして暗示が、ほのめかしだ。性を出さずに、性を醸し出す。
僕は、含み笑いや沈黙や、口で言ってる事と裏腹に体が反応したりする等には興奮するが、
相手に正面から性行為を語られまくると、逆にその気を失くす。今回もそうなってしまった・・。
ついに、彼女の出番も終わったと分かった。一応メールしたが返信はなく、それから偶然に、
出くわすこともない。もう話すこともないだろう。彼女は、僕に新たな技術を目覚めさせる為、
遣わされただけの使徒だった。役目を果たした今、彼女はもう、この世にはいないも同然だ。
事実、このエステシャンの彼女と最後に会ってからの数日後、僕の元に、2人のエロ使徒が
連続で送りこまれ、僕は大成功を収めることになり、彼女の事など、すっかり忘れる。そして、
このエロ使徒達も、アッという間に記憶の彼方へと消え去り、僕のセカイにいた気配さえない。
思えば、今まで現れた大勢の使徒達も、もう僕のセカイにはいない。どこかへ消えてしまった。
そう書くと、寂しい限りだが、セカイは、いつまでも手を変え品を変え、こちらを楽しませようと、
新たな使徒を送ってくる。過去を振り返るヒマはない。もうシェフにお任せ、セカイにお任せだ。
至上の喜び。興奮する試練。ゆったりとした時間。今日もセカイが最高の体験を届けてくれ、
こちらは何もしなくていい。全て任せりゃ、本当にラクで、ただただ、面白くって、たまらない!
たとえば、以前の話である。エステシャンの子から連絡先を聞いたが、結局、連絡しないで
いると、二ヶ月後位にバッタリ、コンビニで出会った。ケバイ人が、「覚えてます?」と尋ねて
きたので、「いえ。」と答えて去ろうとしたところ、あっ!と思い出し、しばらく話すことになった。
これが意外にも盛り上がる。初回に印象がなかった彼女は、二回目にして、使徒化したのだ。
そこで、その日に別れた後も、彼女との縁はまだ続く気がして、今度はメールを送ると、すぐ、
「今度、ごはん行きましょう。」という彼女からの返信。ところが具体的な日時を決めようとして、
メールを送ると音信不通。ナンパでよくある事だから、あれ?出番は終わったかな?と放置。
そこから、だいぶ経ってからだろうか、久々に今度は、違うコンビニで、彼女と遭遇。ところが、
彼女は、あまりにそっけない。すぐに離れようとする。何だよ、その態度と、カチンときたので、
もう縁はないとわかっていても、帰ってから、再びメールしてしまう。「どうしたの?不機嫌!」
すると、男友達と一緒だった事が判明。そして以前は、携帯が壊れて、僕からのメール等も、
全部消えてしまったという。本当かなー?と思いつつ、また向こうから「ごはん行きましょう。」
というメールがくる。また社交辞令だろうと予想して返すと、今度は本当に、日時も決まった。
で、もう縁はないだろうと思っていた彼女と再会するわけだが、今回スキンシップはもちろん、
その当時、研究していた、下ネタさえ使わずに相手をムラムラさせるという方向性で話すと、
こちらが腰を抜かす程に、彼女は反応を見せた。ここまでキレイに決まったのは、初めて!
その結果、あまりに盛り上がり、滅多に夜更かししない僕も、彼女と早朝まで飲んでしまう。
しかし、あまりに眠くなり、結局、GETはしていない。こりゃ簡単に出来るし、しなくてもいいか、
そんな余裕もあり、フラフラのまま別れた。要は、その前段階で満足しきってしまったのだ。
(こちらが家に誘うと、彼女もアッサリOKしていたのだが、それでも、なぜか流してしまった。)
ところが、次の日になって異様にムラムラする。彼女に対して欲情している自分に気づいた。
原因はわかった。前日、エステシャンの彼女に、居酒屋で腕をマッサージしてもらっていて、
その時、オイルを塗ってもらい本格的に、やってもらっていたのだが、思いっきりグイグイと
胸に手が当たってた。わざとなのか無意識なのか?(いや、わざと!)これがいけなかった。
その時、あえて「胸当たってるよ」と言わずに、黙っていた事で、僕の無意識に暗示として、
インプットされてしまったのだ。これが、ちゃんと「胸当たってる」と言って意識化していたら、
違っていたんだと思う。そこで僕は、ムラムラしたまま、また一週間後の再会をとりつける。
★
ところで、この三度目の再会では、最初から最後まで下ネタオンリーだった。彼女も、全て、
あけっぴろげに言う。当然、こりゃ性的結合して当たり前かと思いきや、「今日は帰ります。」
という彼女の断り。不思議な事に、失望と共に、安堵感もあった。ふぅー、やらなくてすんだ。
どうも、あんまり気持ちよくない感じで、奥深い所で、避けるべき相手だという感覚もあった。
実際のところ、あけっぴろげすぎるトークの最中、僕のナンヴァは一度もヴァッキしてなくて、
おそらく彼女も、ムラムラしてなかった。逆に前回の、一切下ネタを言わなかった時の方が、
こちらも彼女も盛り上がっていた。どうやら両者ともに、明示では冷めるタイプだったようだ。
なお明示とは、明らかな下ネタ。そして暗示が、ほのめかしだ。性を出さずに、性を醸し出す。
僕は、含み笑いや沈黙や、口で言ってる事と裏腹に体が反応したりする等には興奮するが、
相手に正面から性行為を語られまくると、逆にその気を失くす。今回もそうなってしまった・・。
ついに、彼女の出番も終わったと分かった。一応メールしたが返信はなく、それから偶然に、
出くわすこともない。もう話すこともないだろう。彼女は、僕に新たな技術を目覚めさせる為、
遣わされただけの使徒だった。役目を果たした今、彼女はもう、この世にはいないも同然だ。
事実、このエステシャンの彼女と最後に会ってからの数日後、僕の元に、2人のエロ使徒が
連続で送りこまれ、僕は大成功を収めることになり、彼女の事など、すっかり忘れる。そして、
このエロ使徒達も、アッという間に記憶の彼方へと消え去り、僕のセカイにいた気配さえない。
思えば、今まで現れた大勢の使徒達も、もう僕のセカイにはいない。どこかへ消えてしまった。
そう書くと、寂しい限りだが、セカイは、いつまでも手を変え品を変え、こちらを楽しませようと、
新たな使徒を送ってくる。過去を振り返るヒマはない。もうシェフにお任せ、セカイにお任せだ。
至上の喜び。興奮する試練。ゆったりとした時間。今日もセカイが最高の体験を届けてくれ、
こちらは何もしなくていい。全て任せりゃ、本当にラクで、ただただ、面白くって、たまらない!
posted by fmtbank at 08:07| カテゴリ無し
|
2011年12月09日
悩める子羊よ、セカイにゆだねよ!
ナンパワールドに入る修行者は少ない。入口で、はねかえされるからだ。
確かに、入口は険しく見える。無視や、時には罵声までもらい、うすら寒い。
まぁ、やんなくてもいいかと、いつの間にか声かけなくなる。マトリックスの
世界に戻されてしまう。いつの間にか、知らないうちに、気づけば眠ってる。
そんな中で、機が熟した者、目覚めの時がきた者は、そんな眠った状態に、
違和感を感じてくる。「ナンパなんてこの歳で」だとか、「内気でブサイクが」
だとか、魂を縛るマトリックスの暗示が頭をよぎるが、ついには我慢できず、
覚醒することになる。導きが起こってくるんだ。その時を逃してはいけない。
ナンパワールドは、いったん奥まで入ってしまえば、たくさんの恩恵がある。
それは、使徒という形で送られてくる。つまり、その日出会った女というのは、
何らかのメッセージを運んできてくれる代理人。非常に大きな影響を与える、
「大使徒」は稀だけれど、大抵は、こちらのバランスを整えてくれる存在だ。
特に、頭で考えすぎの者には、「その考えすぎがいけないのよ。」と教える。
思考が活発だと、相手と深くシンクロできないため、相手にとっても邪魔で、
気持ちよくないため、指摘してくる。なぜなら女は、男と一体化したいから。
そのためには手段を選ばず、次々といろんな女を送り、我々を裸にしようと、
働きかけてくる。我々、男は、それを傷ついただとか、狭い視点で判断する。
頭で考えすぎている者は、ナンパを続けるうちに必ず、頭で太刀打ちできず、
それでも強烈に魅力を感じる使徒に出会い、ボロボロになる。それを世間では、
「失恋」と呼び、嫌がられるが、とんでもない!デトックスを誘発する、恩恵だ。
人間(ナンヴァ)には、頭の『思考センター』と、胸の『感情センター』、そして、
下腹部の『本能センター』という、3つのセンターがある。それらが安定して、
開放されていないと、人はバランスを崩す。本来は、全て覚醒するのが理想。
なので頭ばっかり使って、エネルギーのバランスが悪い者は、その状態で、
いかにGETが成功し続けようが、害しかない。というよりも、自分がバランス
悪いので、バランスが崩れている相手しかGETできないし、自分より安定し、
バランスのいい相手には、気後れを感じるだろう。なぜなら、負けるからだ。
成功しようが失敗しようが、どうでもいい。要するに、バランスの崩れた者は、
よりバランスの安定した使徒によって、調整がかかる。考えすぎの者は、恋に
落ちて破壊されたり、本能センターばかりの者は、それが原因で何かを失う。
あるいは、感情センターばかりが過剰の者は、感情移入ばかりして、結局は、
何も得られなかったりする。しかし、根本的には、皆、思考センターが過剰で、
思うように行動できない。なぜならマトリックスが狙うのが、頭だからである。
我々、修行者は、何かがうまくいかない時、思考停止になりがちだが、その時、
マトリックスにやられている事に気づかなくては、エネルギーを消耗する一方・・。
しかし、もっと大切なのが、邪魔する存在だけではなく、明らかに、我々を守り、
我々を助けてくれる存在があり、これをマトリックスに相対して、「セカイ」と呼ぶ。
★
僕はセカイを、すっかり信頼している。なにしろ、守ってくれ、目覚めさせてくれる。
行動さえすれば、よってたかって、僕を正常にしてくれる。全部、やってくれるんだ。
この単純な現実が、マトリックスに捕われている者には、視界が狭く、見えていない。
君の悩みは、どんなに普遍的であろうと、君独自の悩みだ。だから自分が気づいて、
行動さえすれば、修行にさえ出れば、その時、最も必要な使徒が、目の前に現れる。
実にシンプルじゃないか。すべてが連なってカチッとはまっていく、この人生の流れ。
僕は、その美しさに感動して、また一段と、このセカイを、ナンパワールドを信頼した。
(何無派道場より記す)
確かに、入口は険しく見える。無視や、時には罵声までもらい、うすら寒い。
まぁ、やんなくてもいいかと、いつの間にか声かけなくなる。マトリックスの
世界に戻されてしまう。いつの間にか、知らないうちに、気づけば眠ってる。
そんな中で、機が熟した者、目覚めの時がきた者は、そんな眠った状態に、
違和感を感じてくる。「ナンパなんてこの歳で」だとか、「内気でブサイクが」
だとか、魂を縛るマトリックスの暗示が頭をよぎるが、ついには我慢できず、
覚醒することになる。導きが起こってくるんだ。その時を逃してはいけない。
ナンパワールドは、いったん奥まで入ってしまえば、たくさんの恩恵がある。
それは、使徒という形で送られてくる。つまり、その日出会った女というのは、
何らかのメッセージを運んできてくれる代理人。非常に大きな影響を与える、
「大使徒」は稀だけれど、大抵は、こちらのバランスを整えてくれる存在だ。
特に、頭で考えすぎの者には、「その考えすぎがいけないのよ。」と教える。
思考が活発だと、相手と深くシンクロできないため、相手にとっても邪魔で、
気持ちよくないため、指摘してくる。なぜなら女は、男と一体化したいから。
そのためには手段を選ばず、次々といろんな女を送り、我々を裸にしようと、
働きかけてくる。我々、男は、それを傷ついただとか、狭い視点で判断する。
頭で考えすぎている者は、ナンパを続けるうちに必ず、頭で太刀打ちできず、
それでも強烈に魅力を感じる使徒に出会い、ボロボロになる。それを世間では、
「失恋」と呼び、嫌がられるが、とんでもない!デトックスを誘発する、恩恵だ。
人間(ナンヴァ)には、頭の『思考センター』と、胸の『感情センター』、そして、
下腹部の『本能センター』という、3つのセンターがある。それらが安定して、
開放されていないと、人はバランスを崩す。本来は、全て覚醒するのが理想。
なので頭ばっかり使って、エネルギーのバランスが悪い者は、その状態で、
いかにGETが成功し続けようが、害しかない。というよりも、自分がバランス
悪いので、バランスが崩れている相手しかGETできないし、自分より安定し、
バランスのいい相手には、気後れを感じるだろう。なぜなら、負けるからだ。
成功しようが失敗しようが、どうでもいい。要するに、バランスの崩れた者は、
よりバランスの安定した使徒によって、調整がかかる。考えすぎの者は、恋に
落ちて破壊されたり、本能センターばかりの者は、それが原因で何かを失う。
あるいは、感情センターばかりが過剰の者は、感情移入ばかりして、結局は、
何も得られなかったりする。しかし、根本的には、皆、思考センターが過剰で、
思うように行動できない。なぜならマトリックスが狙うのが、頭だからである。
我々、修行者は、何かがうまくいかない時、思考停止になりがちだが、その時、
マトリックスにやられている事に気づかなくては、エネルギーを消耗する一方・・。
しかし、もっと大切なのが、邪魔する存在だけではなく、明らかに、我々を守り、
我々を助けてくれる存在があり、これをマトリックスに相対して、「セカイ」と呼ぶ。
★
僕はセカイを、すっかり信頼している。なにしろ、守ってくれ、目覚めさせてくれる。
行動さえすれば、よってたかって、僕を正常にしてくれる。全部、やってくれるんだ。
この単純な現実が、マトリックスに捕われている者には、視界が狭く、見えていない。
君の悩みは、どんなに普遍的であろうと、君独自の悩みだ。だから自分が気づいて、
行動さえすれば、修行にさえ出れば、その時、最も必要な使徒が、目の前に現れる。
実にシンプルじゃないか。すべてが連なってカチッとはまっていく、この人生の流れ。
僕は、その美しさに感動して、また一段と、このセカイを、ナンパワールドを信頼した。
(何無派道場より記す)
posted by fmtbank at 07:14| カテゴリ無し
|
2011年11月21日
無限に声をかける方法はこれだ!
今まで生きてきて、これほど心穏やかな日々というのは、そうなかった。
ようやく僕も、今の修行生活に慣れてきたので、ちゃんと綴っていきたい。
なんか小学生に股間を触られ呪いにかかったとか、女全員との婚姻届を
提出しただとか、変な事ばかり伝えてしまったため、軸がブレてしまった。
本質的には、ひたすら修行に励む、地味な日々である。その中で発見し、
試行錯誤していく様を、地に足がついた感覚で、君に伝えていくべきだな。
だってね、これまで一生懸命ナンパしていたのは何だったの?という位に、
変化があった。特に、声かけに関しては、本当にラクになり、どんな時でも、
涼しい顔でいけるようになった。そこに努力は不要で、むしろ手を抜くんだ。
よく立ち位置がどうだとか、台詞がどうだと、テクニックが言われるけれど、
声かけに関して最も大切なのは、手を抜くこと、体中の力を抜くことみたい。
フミトバンクは、「半分眠りながら声をかけろ」とまで言う。つまり、思っている
それ以上に、立ってられない位に脱力を意識して、声かけを楽にやるわけさ。
ヴァカになるためには、勢いをつけてハイテンションにいく方法もあるけれど、
この場合、持続力が続かない。二時間位が限度だろう。また日にちが変わり、
出来なくなってしまったりする。それよりも徹底した脱力によるローテンションの
声かけだと、何時間声かけても疲れない。逆に、元気になって驚いたりもする。
そして力さえ抜けば、自ずと、自然な立ち位置や適応した台詞が出てくるし、
何よりも、相手を観察する余裕が生まれるので、いちいち考えなくてもいい。
まさに、いいことづくしなので、道場ではまず、この声かけを練習させられる。
やることは簡単だ。まず何でもいいから声かける。例えば、覚醒プログラム
のオートマの第一声で入り、その瞬間、意識してスッと肩の力を抜いてみる。
それから即座に第二声、ポジきめつけを言ってから、今度は、もう思いっきり
全身の力を抜く。その超脱力状態で、相手を観察する、というか分析でもなく、
ただ表情と全体の雰囲気を感じる。目なんかトロンとして、口半開きでもいい。
すると、かえって相手が何を思っているかわかり、大抵緊張が伝わってくる。
もし何らかの反応があれば、返答するために、少し意識をハッキリさせるが、
相手が無視していたり、そっけない返答をしてきたなら、さらに脱力して終了。
これがもう気持ちよくて気持ちよくて仕方がない!先日、無視こそが最高の
喜びなんて書いたが、あれは強がりではなくて、実際に、本当なんだとさえ、
思えてきた。無視される時が一番、この超脱力がしやすく、落ちつけるんだ。
だから最初は、まるで壁打ちの練習のように、出来るだけ、無視してくれる
ような相手を選んで、声かけては、ただ脱力するというのを繰り返すことで、
声かけた瞬間に、ナンヴァ(肉体)がリラックスするよう、躾けることが出来る。
これは大きいよ!だって、どんな相手だろうが、声かけた直後に落ちつける。
自動的にそうなる。これを道場長は「超オートマ」と呼んでるけど、結局はね、
ただのオートマとそう変わらない。たんに、意識を超脱力にもっていくだけだ。
★
いずれにせよ、僕はまだ、このローテンションの声かけを練習中で、やっと、
昨日、つかめた程度だし、それで喜んで書いてるだけで、また見失うだろうし、
意外に、もっと掴めるかもしれない。とにかく、トコトンやって極めるつもりだ。
だって、これは、まさに拡張した瞑想修行であり、今後も役に立つと思うから。
今まで、立ったままの瞑想とか、自宅でよくやってたけど、あくまで一人きりで、
誰にも邪魔されない場だったし、見知らぬ他者を前にして、同じように路上で
瞑想するとは思わなかった。要は、脱力というのは、瞑想ということだからね。
やっぱり、まずは一人で脱力する練習をしないと、他者を前にして脱力なんて、
出来やしないだろう。僕もまだ一人で脱力する時のリラックスまでは、なかなか
いけていない。慣れてない人だったら、その十分の一ぐらいしか緩めないかもね。
でも、こればっかりは、日々の積み重ね。即効性を求めず、毎日続けるしかない。
それでは今から、また僕は一人で脱力の練習に入る。ただ体を楽にするだけで、
これを修行というなんて、おこがましいけど、ちゃんと、魔の地(街のこと)へ出て、
凄まじい量の初対面の人々(女性という集合体)に身を投じるのだから、OKだろう。
ちなみに、今回のテーマから軸がブレるからいわないけど、女性達は全員、僕に
協力してくれる存在だ。要するに、妻である。結婚生活は、いいことだけではなく、
いろいろあるだろうけど、慌てず焦らず、妻(女全員)とは、うまくやっていきたい。
以上、僕の結婚生活の一番最初の基本をお伝えした。要するに、リラーックス!
ようやく僕も、今の修行生活に慣れてきたので、ちゃんと綴っていきたい。
なんか小学生に股間を触られ呪いにかかったとか、女全員との婚姻届を
提出しただとか、変な事ばかり伝えてしまったため、軸がブレてしまった。
本質的には、ひたすら修行に励む、地味な日々である。その中で発見し、
試行錯誤していく様を、地に足がついた感覚で、君に伝えていくべきだな。
だってね、これまで一生懸命ナンパしていたのは何だったの?という位に、
変化があった。特に、声かけに関しては、本当にラクになり、どんな時でも、
涼しい顔でいけるようになった。そこに努力は不要で、むしろ手を抜くんだ。
よく立ち位置がどうだとか、台詞がどうだと、テクニックが言われるけれど、
声かけに関して最も大切なのは、手を抜くこと、体中の力を抜くことみたい。
フミトバンクは、「半分眠りながら声をかけろ」とまで言う。つまり、思っている
それ以上に、立ってられない位に脱力を意識して、声かけを楽にやるわけさ。
ヴァカになるためには、勢いをつけてハイテンションにいく方法もあるけれど、
この場合、持続力が続かない。二時間位が限度だろう。また日にちが変わり、
出来なくなってしまったりする。それよりも徹底した脱力によるローテンションの
声かけだと、何時間声かけても疲れない。逆に、元気になって驚いたりもする。
そして力さえ抜けば、自ずと、自然な立ち位置や適応した台詞が出てくるし、
何よりも、相手を観察する余裕が生まれるので、いちいち考えなくてもいい。
まさに、いいことづくしなので、道場ではまず、この声かけを練習させられる。
やることは簡単だ。まず何でもいいから声かける。例えば、覚醒プログラム
のオートマの第一声で入り、その瞬間、意識してスッと肩の力を抜いてみる。
それから即座に第二声、ポジきめつけを言ってから、今度は、もう思いっきり
全身の力を抜く。その超脱力状態で、相手を観察する、というか分析でもなく、
ただ表情と全体の雰囲気を感じる。目なんかトロンとして、口半開きでもいい。
すると、かえって相手が何を思っているかわかり、大抵緊張が伝わってくる。
もし何らかの反応があれば、返答するために、少し意識をハッキリさせるが、
相手が無視していたり、そっけない返答をしてきたなら、さらに脱力して終了。
これがもう気持ちよくて気持ちよくて仕方がない!先日、無視こそが最高の
喜びなんて書いたが、あれは強がりではなくて、実際に、本当なんだとさえ、
思えてきた。無視される時が一番、この超脱力がしやすく、落ちつけるんだ。
だから最初は、まるで壁打ちの練習のように、出来るだけ、無視してくれる
ような相手を選んで、声かけては、ただ脱力するというのを繰り返すことで、
声かけた瞬間に、ナンヴァ(肉体)がリラックスするよう、躾けることが出来る。
これは大きいよ!だって、どんな相手だろうが、声かけた直後に落ちつける。
自動的にそうなる。これを道場長は「超オートマ」と呼んでるけど、結局はね、
ただのオートマとそう変わらない。たんに、意識を超脱力にもっていくだけだ。
★
いずれにせよ、僕はまだ、このローテンションの声かけを練習中で、やっと、
昨日、つかめた程度だし、それで喜んで書いてるだけで、また見失うだろうし、
意外に、もっと掴めるかもしれない。とにかく、トコトンやって極めるつもりだ。
だって、これは、まさに拡張した瞑想修行であり、今後も役に立つと思うから。
今まで、立ったままの瞑想とか、自宅でよくやってたけど、あくまで一人きりで、
誰にも邪魔されない場だったし、見知らぬ他者を前にして、同じように路上で
瞑想するとは思わなかった。要は、脱力というのは、瞑想ということだからね。
やっぱり、まずは一人で脱力する練習をしないと、他者を前にして脱力なんて、
出来やしないだろう。僕もまだ一人で脱力する時のリラックスまでは、なかなか
いけていない。慣れてない人だったら、その十分の一ぐらいしか緩めないかもね。
でも、こればっかりは、日々の積み重ね。即効性を求めず、毎日続けるしかない。
それでは今から、また僕は一人で脱力の練習に入る。ただ体を楽にするだけで、
これを修行というなんて、おこがましいけど、ちゃんと、魔の地(街のこと)へ出て、
凄まじい量の初対面の人々(女性という集合体)に身を投じるのだから、OKだろう。
ちなみに、今回のテーマから軸がブレるからいわないけど、女性達は全員、僕に
協力してくれる存在だ。要するに、妻である。結婚生活は、いいことだけではなく、
いろいろあるだろうけど、慌てず焦らず、妻(女全員)とは、うまくやっていきたい。
以上、僕の結婚生活の一番最初の基本をお伝えした。要するに、リラーックス!
posted by fmtbank at 11:39| カテゴリ無し
|
2011年11月14日
無視されることこそ、最高の喜び!
僕は、名無しである。僕には名前がなく、もはや何者でもない。
この道場に出家したからには、過去を捨て、今を生きるわけで、
長ったらしいプロフィールなど無用だ。ただ毎日修行するだけ。
といっても、何のために、ひたすら、声かけの修行を続けるのか?
それは、「自分」を消すためである。実は、「自分」があるからこそ、
プライドが生まれ、それを守ろうとして傷つき、苦しむ。「他者」とも、
「自分」を強く意識するがゆえ、切り離されてしまい、交流できない。
「自分」なんて消えちまえばいい。そうして初めて本当に生きられる。
いにしえより語られてきた「悟り」というものも、自他の差がなくなること、
差がとれることで、「差とり」だという。それは、「自分」という概念自体が、
幻想だったと気づき、心底解放され、セカイと一体化する強烈な体験だ。
それだけを求め、求道者たちは、自我から自由になろうと修行してきた。
そして何無派道場では、この「自分」消しを、世間でいうナンパを通じて、
体現していく。だから目的はGETでも恋愛でもなく、自己の消滅である。
いわば空海の、生きながら死ぬ、「即身成仏」を目指すといってもいい。
もちろん「在家」である君にとっては、GETしたり彼女をつくるのが目的で、
いっこうに構わない。しかし最終的に行きつくところは同じだと思っている。
だって考えてもみてくれ、僕らは死ぬ、必ず死ぬ。それだけが確実で、
後は、何だかよくわからないだろう?何を得ようが、何を体験しようが、
最後はチャラだ。ならば、その間、何をしたって大差ない。何してもいい。
どんなに立派な事をしようが、快楽を得ようと奮闘しようが、もしかして、
全てが消え去る「死」からの逃避かもしれない。空白から逃れようとする、
無駄な行為。だったら最初から、消えることを目的にした方がブレがない。
別に自殺を勧めてるわけではないよ。自然に生きて、自然に死ぬ事こそ、
ムリがない至上の喜びであり、「死」こそが、人生最後のプレゼントになる。
ちゃんと生きたからこそ、美しい十全なる「死」が与えられるわけで、ただ、
自分で早めに死んじゃおうとするのは、実にズルイとしかいいようがない。
その前に、しっかり地に足をつけ、生きながら死ぬべきだ。修行によって!
★
さて、この自己消滅に基づいたアウトタイプのナンパは、世間でいわれる、
普通のナンパと価値観が引っくり返っていて、もはやナンパとはいえない。
その特色として、声をかける最大の目的が、相手に無視されることであり、
無視こそを最高の喜びとする。なぜ無視がいいかというと、こちらの存在、
つまり「自分」を無視してくれ、少しでも「自分」という感覚を減らしてくれる。
声かけて連続で無視されていくと、はたして自分は存在しているのか?と、
不思議な消滅感覚におそわれてくる。これこそが貴重であり、自分を消す、
最初の入り口となる。どんどん自分が消えていき、自我が解体されていく。
僕は透明人間になりたい。肉体というナンヴァを乗りこなす、実体のない、
透明な純然たる意識に!そのためにも、た〜くさん無視されて、あたかも、
半透明な存在になったかのように、身軽に、スムーズに、消えていきたい。
その助けとなるのが、無視しれてくれる女性達であり、最高のサポート役だ。
しかし残念なことに、完全無視してくれる人は意外に少ない。こちらとしては、
完全に無視されて、「自分」が完全に消えた感覚になりたいのだが、チラッと、
こちらを見てから無視したり、明らかに意識して、身を固めたりと反応する・・。
要は、こちらのキッカケ、働きかけが作用した事がわかってしまう。それでも、
完全じゃないとはいえ、こうした無視は嬉しい。また時には、キャッチセールス、
スカウトといった、商用目的の人達と間違えて、すぐ断りを入れてきたりもする。
これもまた、こちらをしっかり見ていない、一人の人間扱いをしていない証拠で、
「自分」を弱める、いい反応だと思う。ギリギリ、無視の範疇に入れていいだろう。
とにかく、一言、二言と話したとしても、こちらと話すつもりは全くない状態こそが、
無視の美しさである。僕がどんなに、お金持ちで肩書きがあろうが、話し上手で、
喜ばせ上手、自分を面白いと思っていようが、イケメンだろうが(全然違うけど)、
相手にとっては全く関係なく、ただ瞬間的に、こちらの存在を認めようとしない。
その瞬間、こちらの存在感は無に帰す。なんて美しいんだろう!過去も関係なく、
未来もない。希望もない。すべてはゼロだ。「自分」なんてものは、パッと消え去る。
これこそが、声をかける最大の効用であり、ひたすら「自分」を消すための修行だ。
(何無派道場より、記す)
この道場に出家したからには、過去を捨て、今を生きるわけで、
長ったらしいプロフィールなど無用だ。ただ毎日修行するだけ。
といっても、何のために、ひたすら、声かけの修行を続けるのか?
それは、「自分」を消すためである。実は、「自分」があるからこそ、
プライドが生まれ、それを守ろうとして傷つき、苦しむ。「他者」とも、
「自分」を強く意識するがゆえ、切り離されてしまい、交流できない。
「自分」なんて消えちまえばいい。そうして初めて本当に生きられる。
いにしえより語られてきた「悟り」というものも、自他の差がなくなること、
差がとれることで、「差とり」だという。それは、「自分」という概念自体が、
幻想だったと気づき、心底解放され、セカイと一体化する強烈な体験だ。
それだけを求め、求道者たちは、自我から自由になろうと修行してきた。
そして何無派道場では、この「自分」消しを、世間でいうナンパを通じて、
体現していく。だから目的はGETでも恋愛でもなく、自己の消滅である。
いわば空海の、生きながら死ぬ、「即身成仏」を目指すといってもいい。
もちろん「在家」である君にとっては、GETしたり彼女をつくるのが目的で、
いっこうに構わない。しかし最終的に行きつくところは同じだと思っている。
だって考えてもみてくれ、僕らは死ぬ、必ず死ぬ。それだけが確実で、
後は、何だかよくわからないだろう?何を得ようが、何を体験しようが、
最後はチャラだ。ならば、その間、何をしたって大差ない。何してもいい。
どんなに立派な事をしようが、快楽を得ようと奮闘しようが、もしかして、
全てが消え去る「死」からの逃避かもしれない。空白から逃れようとする、
無駄な行為。だったら最初から、消えることを目的にした方がブレがない。
別に自殺を勧めてるわけではないよ。自然に生きて、自然に死ぬ事こそ、
ムリがない至上の喜びであり、「死」こそが、人生最後のプレゼントになる。
ちゃんと生きたからこそ、美しい十全なる「死」が与えられるわけで、ただ、
自分で早めに死んじゃおうとするのは、実にズルイとしかいいようがない。
その前に、しっかり地に足をつけ、生きながら死ぬべきだ。修行によって!
★
さて、この自己消滅に基づいたアウトタイプのナンパは、世間でいわれる、
普通のナンパと価値観が引っくり返っていて、もはやナンパとはいえない。
その特色として、声をかける最大の目的が、相手に無視されることであり、
無視こそを最高の喜びとする。なぜ無視がいいかというと、こちらの存在、
つまり「自分」を無視してくれ、少しでも「自分」という感覚を減らしてくれる。
声かけて連続で無視されていくと、はたして自分は存在しているのか?と、
不思議な消滅感覚におそわれてくる。これこそが貴重であり、自分を消す、
最初の入り口となる。どんどん自分が消えていき、自我が解体されていく。
僕は透明人間になりたい。肉体というナンヴァを乗りこなす、実体のない、
透明な純然たる意識に!そのためにも、た〜くさん無視されて、あたかも、
半透明な存在になったかのように、身軽に、スムーズに、消えていきたい。
その助けとなるのが、無視しれてくれる女性達であり、最高のサポート役だ。
しかし残念なことに、完全無視してくれる人は意外に少ない。こちらとしては、
完全に無視されて、「自分」が完全に消えた感覚になりたいのだが、チラッと、
こちらを見てから無視したり、明らかに意識して、身を固めたりと反応する・・。
要は、こちらのキッカケ、働きかけが作用した事がわかってしまう。それでも、
完全じゃないとはいえ、こうした無視は嬉しい。また時には、キャッチセールス、
スカウトといった、商用目的の人達と間違えて、すぐ断りを入れてきたりもする。
これもまた、こちらをしっかり見ていない、一人の人間扱いをしていない証拠で、
「自分」を弱める、いい反応だと思う。ギリギリ、無視の範疇に入れていいだろう。
とにかく、一言、二言と話したとしても、こちらと話すつもりは全くない状態こそが、
無視の美しさである。僕がどんなに、お金持ちで肩書きがあろうが、話し上手で、
喜ばせ上手、自分を面白いと思っていようが、イケメンだろうが(全然違うけど)、
相手にとっては全く関係なく、ただ瞬間的に、こちらの存在を認めようとしない。
その瞬間、こちらの存在感は無に帰す。なんて美しいんだろう!過去も関係なく、
未来もない。希望もない。すべてはゼロだ。「自分」なんてものは、パッと消え去る。
これこそが、声をかける最大の効用であり、ひたすら「自分」を消すための修行だ。
(何無派道場より、記す)
posted by fmtbank at 12:32| カテゴリ無し
|
2011年11月07日
婚姻届を提出しました
過去の自分を捨てて、新たに何かを始める時、儀式が必要になる。
例えば、僧侶というのは出家する前に、髪を剃ったりの儀式がある。
この道場でも同じだ。女遊びや恋人探しといった、世間的な幸せを
追い求める「在家」ではなく、全てを修行に捧げる「出家」の場合は、
俗世間との決別を意味する、それなりの儀式をしなくてはいけない。
もちろん、髪を剃るわけではないが、少しだけ抵抗があるものである。
なんと今回、その出家の儀式は、役所に婚姻届を提出することだった。
つまり、結婚だ。結婚した事を、お上に知らせる、籍を入れるという作業。
もっとも、やることは簡単だ。たんに書類に書き込めばいいわけだから・・。
ところが、しっかりと書き込んで、ドキドキしながら提出したというのに、
結果は、「何なんですか、これ?」と聞かれ、突っ返されただけだった。
こっちが聞きたい。何なんだ、これ?と。ヴァカもいい加減にしてくれと!
★
僕が、役所に提出した婚姻届は、通常のものと、少しだけ違っていた。
それは、本来、妻となる人物の氏名欄に、「女性全員」と書かれていて、
住所のところも、「セカイ」とだけ記されている、なめた内容だったのだ。
要するに、これから地球上の女性全員と結婚します、全員を愛しますよ、
と役所に宣言したわけだが、絶対に伝わらないと分かっていての提出・・。
そりゃ突っ返されるわな、という代物で、役所の人の反応も冷たかった。
これがねー、妙に、恥ずかしかった。なんともいえない、照れくささである。
当然、こんな事は、たいしてヴァカな行為じゃないというのは、わかってる。
しかし、これはTV番組でもなければ、近くで友人が見ているわけでもない。
他人を面白がらせるためにやったわけじゃないから、勇気が必要なんだね。
ただ自分独りで、自分のためにやる、自己完結の行為だから、恥ずかしい。
しかし、やったぞ。僕は、やりきった。ちゃんと決意表明の婚姻届を提出した。
もちろん突っ返されたが、大事なのはそこじゃない。僕はさらに、その提出し、
突っ返された一部始終を録音した音声データを、今度は道場に提出したのだ。
僕が、真の意味で提出したかったのは、この儀式をちゃんと終えたという証拠
のデータであり、それを道場に送信して初めて、出家が認められることになる。
どうやら、ちゃんと受理されたようで、しばらくして、道場長から祝電が届いた。
★
この度は、ご結婚おめでとうございます!道場長のフミトバンクです。
本日より、あなたは、全セカイの女性の夫となりました。しかし結婚は、
ゴールではありません。これからがスタートです。よくいわれる言葉に、
結婚生活は修行だ、なんてのがありますが、まさしく修行が始まります。
そして、あなたの結婚生活は、通常のよりも、ハードなものとなるでしょう。
なぜなら、あなたは女性という、生き物全体と結婚したのです。しかも、
やっかいな事に、それを個々の女性たちは知りません。あなたが結婚
したのは、女性全体という集合意識であり、個々の意識は、その契りに
気づいていないため、行き違いも多々出てくるでしょう。しかし、それさえ、
愛してやってください。つまり、個々の女性の反応、すべてを愛すのです。
あなたは、すでに何無派十牛図でいう「9、統合者」の段階にに入っており、
もはやイイ女がどうだとか、性格が良い悪いとか、一切関係なくなりました。
女性一人一人の差異など、微差でしかありません。すべての差が消えて、
区別や評価から自由になり、一つになっていくのが、「統合者」であります。
そして最終的には、自他の区別さえも消えて、無に帰すことになるでしょう。
そこに到るまでには激しい修行が待っています。ぜひ、がんばってください。
★
以上が、道場長から送られてきた、祝電である。
君が、この戯言を、どう感じたかは分からないが、
僕は正直いって、久々に興奮してしまったのだよ。
こういう発想でナンパするなんて聞いたことないし、
スケールの大きい男になれるような気がしたんだ。
もしかしたら、予想以上に、変われるかもしれない。
なお、突っ返された婚姻届は、火をつけて燃やした。
僕の名前の所も燃えて、全ては灰になってしまった。
そうして、僕は名前を失い、何者でもなくなったのだ。
そして、セカイ中の、全ての女性が、我が妻となった。
ここに、名も無き僕の、新たな結婚生活が始まる!
例えば、僧侶というのは出家する前に、髪を剃ったりの儀式がある。
この道場でも同じだ。女遊びや恋人探しといった、世間的な幸せを
追い求める「在家」ではなく、全てを修行に捧げる「出家」の場合は、
俗世間との決別を意味する、それなりの儀式をしなくてはいけない。
もちろん、髪を剃るわけではないが、少しだけ抵抗があるものである。
なんと今回、その出家の儀式は、役所に婚姻届を提出することだった。
つまり、結婚だ。結婚した事を、お上に知らせる、籍を入れるという作業。
もっとも、やることは簡単だ。たんに書類に書き込めばいいわけだから・・。
ところが、しっかりと書き込んで、ドキドキしながら提出したというのに、
結果は、「何なんですか、これ?」と聞かれ、突っ返されただけだった。
こっちが聞きたい。何なんだ、これ?と。ヴァカもいい加減にしてくれと!
★
僕が、役所に提出した婚姻届は、通常のものと、少しだけ違っていた。
それは、本来、妻となる人物の氏名欄に、「女性全員」と書かれていて、
住所のところも、「セカイ」とだけ記されている、なめた内容だったのだ。
要するに、これから地球上の女性全員と結婚します、全員を愛しますよ、
と役所に宣言したわけだが、絶対に伝わらないと分かっていての提出・・。
そりゃ突っ返されるわな、という代物で、役所の人の反応も冷たかった。
これがねー、妙に、恥ずかしかった。なんともいえない、照れくささである。
当然、こんな事は、たいしてヴァカな行為じゃないというのは、わかってる。
しかし、これはTV番組でもなければ、近くで友人が見ているわけでもない。
他人を面白がらせるためにやったわけじゃないから、勇気が必要なんだね。
ただ自分独りで、自分のためにやる、自己完結の行為だから、恥ずかしい。
しかし、やったぞ。僕は、やりきった。ちゃんと決意表明の婚姻届を提出した。
もちろん突っ返されたが、大事なのはそこじゃない。僕はさらに、その提出し、
突っ返された一部始終を録音した音声データを、今度は道場に提出したのだ。
僕が、真の意味で提出したかったのは、この儀式をちゃんと終えたという証拠
のデータであり、それを道場に送信して初めて、出家が認められることになる。
どうやら、ちゃんと受理されたようで、しばらくして、道場長から祝電が届いた。
★
この度は、ご結婚おめでとうございます!道場長のフミトバンクです。
本日より、あなたは、全セカイの女性の夫となりました。しかし結婚は、
ゴールではありません。これからがスタートです。よくいわれる言葉に、
結婚生活は修行だ、なんてのがありますが、まさしく修行が始まります。
そして、あなたの結婚生活は、通常のよりも、ハードなものとなるでしょう。
なぜなら、あなたは女性という、生き物全体と結婚したのです。しかも、
やっかいな事に、それを個々の女性たちは知りません。あなたが結婚
したのは、女性全体という集合意識であり、個々の意識は、その契りに
気づいていないため、行き違いも多々出てくるでしょう。しかし、それさえ、
愛してやってください。つまり、個々の女性の反応、すべてを愛すのです。
あなたは、すでに何無派十牛図でいう「9、統合者」の段階にに入っており、
もはやイイ女がどうだとか、性格が良い悪いとか、一切関係なくなりました。
女性一人一人の差異など、微差でしかありません。すべての差が消えて、
区別や評価から自由になり、一つになっていくのが、「統合者」であります。
そして最終的には、自他の区別さえも消えて、無に帰すことになるでしょう。
そこに到るまでには激しい修行が待っています。ぜひ、がんばってください。
★
以上が、道場長から送られてきた、祝電である。
君が、この戯言を、どう感じたかは分からないが、
僕は正直いって、久々に興奮してしまったのだよ。
こういう発想でナンパするなんて聞いたことないし、
スケールの大きい男になれるような気がしたんだ。
もしかしたら、予想以上に、変われるかもしれない。
なお、突っ返された婚姻届は、火をつけて燃やした。
僕の名前の所も燃えて、全ては灰になってしまった。
そうして、僕は名前を失い、何者でもなくなったのだ。
そして、セカイ中の、全ての女性が、我が妻となった。
ここに、名も無き僕の、新たな結婚生活が始まる!
posted by fmtbank at 10:55| カテゴリ無し
|