2013年03月16日

発売日『不明』のお詫び

あまりに興奮して、たまらない状態に入ってしまいました。

これは、ただごとじゃない!本当に、日本が変わるという、
確固たる実感とともに、ここで、宣言させていただきます。

ナンパが日本を変える!今年の「ええじゃないか」運動が、
全国に流布するにつけ、民衆の意識に革命が起こる!と。


当初は、ある意味、ただの冗談、スタイルにすぎなかった、
「何無派道場」や「ええじゃないか」が、ここにきて、本当に、
こんな形で結実するとは、思いもよらなかった。最高ぜよ!

今はまだよくわからないと思うが、ガンガン伝えていくぜよ!

男らしく語尾に『ぜよ』って言葉も、つけまくっていくぜよぜよ!


そんなわけで、3月20日の(春分の日)に開始予定だった、
ナンパ脱出プログラム第三章<究>』を、少し延期します。

今のまま始めても、まだまだあなたの熱が高まっていないし、
ただの便利なノウハウで終わってしまうため、ブログで熱を
伝えていくだけでなく、他にもいろいろやるべき事が出てきた。

まずは、この革命の下地を理解してもらうことが大前提です。





度重なる延期に関しては、本当に申し訳ないと思っています。

今後は、もう二度と予定日は、お伝えしません。ある日、突然、
あなたのメールアドレスに、まるで赤紙のようにお送りします。

後々、日本全土を巻き込むことになる革命は、いきなり始まる。

なぜなら、約150年前の「ええじゃないか」の始まりも、唐突に、
天から御札が降ってくることで始まったからです。それをなぞり、
出来るだけ本気で、「ええじゃないか」騒動を起こすことにする。

決めました。そして謎が解けました。なんで私が、こんな長い間、
当ブログや活動を続けるはめになったか?全てが解けたのです。


(最終章:最後の聖戦へ)

posted by fmtbank at 16:31| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月11日

女達との全面戦争を開始します!(ジハード)

ついに、お待たせしました!あらためまして、私が、フミトバンクです。

日本の古くから継承された伝統的な「何無派(ナンパ)道場」の家元で、
この春、全国で『ええじゃないか運動』を指揮する、愚か者であります。

いきなり、『ええじゃないか運動』って何なの?と思うかもしれませんが、
これは江戸の末期、明治維新に変わる時、民衆がまるでデモのように、
大勢で行進し、「ええじゃないか、ええじゃないか」と踊り狂った騒動です。

古い価値観を壊し、新しい時代を迎える時に起こった、不思議な現象で、
私はこれをナンパでもって、全国に起こそうと、数年間、準備してきました。


しかし、あなたに「一緒にデモ行進しよう」と誘うのではありません。もっと
静かな運動です。集団で集まらずに、各自が一人でやるものとなります。

ところが、各自、横のつながりがないというのに、間接的に協力しあって、
自然と一つのムーブメントになるという、不思議な現象が起こるでしょう。

現時点では、何のこっちゃ分からないのも当然。今回は不明だらけです。

全体像が見えない中でも、「ええじゃないか!」と、前進していただきます。





今回の春の『ええじゃないか運動』は、去年の夏の『100人解放行』とは、
まったく趣を別にしています。解放行は意識をシフトさせて量稽古していく、
「修行」でした。今回は「修行」ではなく、オフビートで革命的な「運動」です。

一言でいえば、逆ナンパです。もう普通に声かけてられっか、面倒だよ!
ダメで、ええじゃないか、技術なんて、ええじゃないか、修行なんて、もう、
どうでもええじゃないか、と、これまでのナンパに、反旗を翻す運動です。

ハッキリいって、誰でも出来ます。気合いもいりません。地蔵なんていう、
概念自体が出てこない、秀逸な方法です。イケメンとか関係なく、3秒で、
こちらに気持ちを引っ張り、好反応を得られます。まるでウソのようです。


ほんと、これじゃあ、まるで安っぽい情報商材の「ラクラクGETできる!」
というハッタリ宣伝文句のようですが、私は、ああいう裏技系のノウハウ
が現実に存在したらどうなるか?という挑戦をガチでやってみたのです。

そして、新しい裏技が出来ていく全過程の音声を、延々録音し続けました。

その結果、着手してからは7年間かかりました。たんなる編集作業だけ
でも数年間かかっていて、こんな面倒くさいこと、普通の人は無理な位、
延々と一人で、システィーナ礼拝堂の天井画を描いている気分でした・・。

何度投げ出したことか、わかりませんが、それもこの春まで!長かった。


まぁ私自身の苦労はどうでもいいんです。大事なのは、内容です。以前、
挑戦状を叩きつけたように、今回は、とにかく『Q』=問いを投げかけます。

まるで禅問答、禅の公案のように、私は、あなたと知恵比べをするつもり。

「はたして何名が禅問答を解けるのか?」で述べたように、まず前半部分を
『第三章<究>』でお伝えして、しばらくは各自で実践してもらい、その後で、
『第四章<極>』にて、後半部分を補完するという、Q&Aの二部形式です。

なぜ、そんな面倒なことをするかというと、私が考案した方法は、あくまでも、
私のセカイでの究極であり、他の人には、また他の人のセカイがあり、多分、
家元である私を超える手法を産み出す人が、何名か出るだろうという予想・・。


なのでファジーな部分、空白な部分をなるべく残しておきたい。その空白に、
人それぞれの想像力、直感、特性が現れ、無数のパラレルワールドの如く、
新しいセカイが分岐していくんじゃないかと、瞳をキラキラして期待してます。

つまり、私の構築した方法が必ずしも正解ではない。もちろん、正解を探り、
いろいろと考え、当てにきてください。その思考や試行が至高の「運動」です。

ただ頭で発想したことを言ってきてもダメですよ。どんなに秀逸なアイデアも、
行動しなければ、すべて妄想。しかし実際に行動した事は、どんなにダメでも、
「ええじゃないか!」と絶賛すべき「運動」です。そうして創造性は発揮される。

だから私は、今回の「ええじゃないか運動」に参加する人達を全員、「家元」と
呼んで尊重させていただきます。結局、ナンパは、人の数だけあるからです。





あと補足としまして、以前、述べたような恋愛ノウハウというのは、後半部分、
『第四章<極>』で大きく扱い、今回は主に、パズルを解いていくのがメイン。

「もう女を追っかけるのは嫌だ!」とブチ切れた私が、ナンパ自体を解体して、
実験を繰り返していきます。しかし、常に、その全貌は明かされず、一部分が
明かされ、また他の部分に対し、新たな問いが投げかけられていく構造です。

その過程から、うっすらと全体図が見えてきて、突如、パズルが完成していく、
アッ!という気づきによる感動を味わってください。もう、鳥肌がたちますよ〜。


これは、映画「桐島、部活やめるってよ」に影響を受けていて、あれは同じ日を、
違う登場人物の目線で描くことを何回も繰り返し、描写に厚みをもたせましたが、
『第三章<究>』でも、同じ手法の過程を、違う視点で、何度も描いていきます。

だから時間軸も錯綜していき、混乱する方もいるでしょう。『超覚醒チャレンジ
での骨太の分かりやすさと対極なので、ご注意ください。純粋なノウハウもの、
っていうよりもアクロバティックな編集による、難解パズルというべきでしょうか。

ただし、あの独りよがりすぎる、エヴァの映画「Q」にならないように、ちゃんと、
毎回、カタルシスが得られるように、新たな事実や答えが見えてきて、理解を
進められるようになっています。あの失敗作は、反面教師となりました。次作
への布石だからって、不明のまま走るな、ちゃんとエンターテイメントしろよ、と。


実は、最大のエンターテイメントは、見えないものが見えることです。いうならば、
どうなっちゃうかわからない、ってこと。その先が知りたいから、惹きつけられる。

それと、日常生活で当たり前と思っていたものが、引っくり返ることこそ、究極の
エンターテイメントともいえます。だから、今回のメインテーマは「認識力」となり、
あなたの知能に挑み、「認識」を変換させます。さぁパズルを解いてみろよ!と。

前作の『第二章<破>』では、ストーリーの流れでもってグイグイ引っぱっていく、
感情センターを刺激する内容でしたが、今回の『第三章<究>』は、もう完全に、
思考センターを刺激していきます。油断してたら、パズルや仕掛けで迷うでしょう。

音声も、一見、関係ないような、どうでもいい会話が、後々の複線になっていたり、
意味ありげな会話が、逆にどうでもいい話だったり、ミスリーディングまで仕込み、
あなたを混乱させ、至高の思考、嗜好の試行へと誘います。これぞ最強の娯楽!


誰もやらないこと、未知なる道は、多くの「迷い」で満ちてます。その中で、ただ、
他人の作ったノウハウをロボットのようになぞるのではなく、自己の思考を使い、
パズルの抜けおちた部分を補完していき、それが嵌ったときの快感ときたらない!

本当、面白いですよ。一生に一度の経験になると思うので、今回何か感じる方は、
ご参加ください。参加資格は、『覚醒プログラム』、『脱出プログラム』が配信済み
の方です。(すでにご注文済みの方は除く)。販売開始は、3月20日の春分の日。

その前に上記の二つをご購読する方は、ご注文時に、「一括配信」と記入ください。
一日で全てお送りして、「ええじゃないか運動」の開始に間に合うようにいたします。

思いっきり開き直り、この春を堪能しましょう!春分の日に、お待ちしております!

(東北大震災二周年の日に記す。しばし黙祷。そして、ええじゃないか!と絶叫。)

posted by fmtbank at 00:03| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月03日

この春、ええじゃないか運動を蜂起します。

東北の大震災の後、「ええじゃないか運動」が起こるはず!

そう思ってたけど、結局、起こってない。デモがそうだった?

いや、もっと徹底して、ヴァカじゃないとダメだし、少し違う。


もはや、江戸の末期に起こったような、民衆が歌い踊り狂う、

大きな「ええじゃないか運動」は、起きないのかもしれない。

今は、小さな規模でいいから、細分化された分野の中にて、

古い価値観をひっくり返す、「祭り」が行われる時代なのだ。

その細い川の流れが、最後は結集して、大きなうねりになる。


そして、この春、ナンパにも「ええじゃないか運動」が勃発する。

なんで、女を追わなくちゃいけない?もうナンパなんか出来ない!

声かけれなくても、ええじゃないか、逆ナンパで、ええじゃないか、

ダメ男で、ええじゃないか、内気で、ブサイクで、ええじゃないか、


そんな開き直りが、古きナンパを解体して、新しい価値観を創造。

全国で、ナンパに、恋愛に、落ちこぼれた男達が一斉蜂起する。

「リベンジ〜!」と真顔で叫びつつ、腹筋は笑いをこらえて動く・・。





これは日本全土で一斉に開始する、静かな、静かな、祭りである。

このヴァカな祭りの音頭をとらせていただくのは、私、フミトバンク。

「ええじゃないか運動」で、ナンパに革命を!とのたまう、愚か者・・。


革命というものは、準備がやたら時間かかるもので、数年かかった。

しかし、牢屋からの脱獄と同じく、全てにはタイミングがあるものだ。

今回の「ええじゃないか運動」の招待状である、『第三章<究>』は、

ものすごく開始が遅れたが、これで、ちょうどよかったかもしれない。

始まりは、春だ。そして、あの例の日に、全国一斉蜂起となるだろう。


(3月3日『ひな祭り』という女子の日に宣言。女子ども、待っとれ!)

posted by fmtbank at 12:30| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月01日

吾輩は「家元」である。尊重するように!

ナンパには流派がある。ファッションに重きを置くか、トークに重きを置くか。

または、押しが強いのや、自然体のもの、笑いを重視するなど、いろいろだ。

当然、軽い子を狙うのか、ナンパに抵抗ある固い人を狙うのか、でも変わる。

しかし最大の要因は、その人のキャラ、その人自身の強みや弱み、による。

そうして一人一人の特性によって、ナンパスタイルは勝手に特化されていく。


例えば、軽い子を狙うにしても、私の場合、漫画喫茶に連れ込んだことなど、
一度もない。あんな隣で聞き耳立てているような狭いところは、抵抗がある。
(潔癖症なところもあり、漫喫や個室ビデオBOXなど、一人でも行かない。)

カラオケBOXは、結構いいと思ってたが、ここもまた、店員さんがカメラにて
監視してるんじゃないかと勘繰り、恥ずかしいので、最後までしたことはない。

ところが、そういうクローズな場所ではなく、野外なら、どこであろうとまったく
平気で出来た。そもそも、お金がなかったし、ナンパスタイル自体、声かけて、
自分も相手も一度も座らず、立ったまま最後までやってしまうのが常だった。

しかし、これは問題がありすぎて闇に葬り、ほとんどブログにも載せていない。

道義上、「なかったこと」にしてしまったわけだが、もともと真似しづらいだろう。





話はズレたが、つまり、ナンパというのは、その人の状況や性格や趣味により、
自然にスタイルが出来あがるもので、実は、明確な「流派」なんぞありやしない。

たとえ、特定のナンパ教材、ナンパ講習を入口にしたとしても、続けていくうちに、
自分の中から、自分特有の道が開け、他者のスタイルの原型なんかなくなるし、
それぞれ得手、不得手も違う。それでいいし、笑っちゃうほど、比較も無意味だ。

一日千人に声かけれた勇者が、なんと店内では全く声かけれなかったりするし、
私もクラブの騒音の中では声かけれない。(悔しいので、一度だけ成功経験を
積んだことはあるが、もう行かない。)要するに、集団の中、閉所が苦手である。


そして、そういう苦手意識こそが、自分の強みになる。他人が当たり前のように
出来ることを、自分もやらなくちゃ!と思う必要はなく、余計なことはしないだけ。

その方が、時間もパワーも拡散しないで、一番好きな部分に注げて、開花する。

だから、ナンパの流派というのは、ナンパをする人の数だけあり、それぞれが、
それぞれの家元である。家元は、何かができるから家元なのではなく、むしろ、
出来ないことがあるから、家元なのだ。その出来ないことが、イコール個性よん。

ちなみに家元は、自己申告制なので、いつでも誰でもなれる。ワシャ、家元じゃ!

posted by fmtbank at 16:52| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年02月26日

ナンパを古典と新作の二種類に分けます

芸能の落語で、古典落語と新作落語があるように、ナンパも分かれてます。

古典ナンパと、新作ナンパの二つです。古典ナンパというのは、昔からある、
好色ですけべえな、すぐGETしたい男が女を求めるナンパ。ただの遊び人
からドスケベなむさい男まで、GETできたら嬉しい、という単純なナンパです。

これは世間がイメージする「ナンパ」そのもので、まさに古典的といえましょう。


一方、新作ナンパは、古典ナンパでは満足できない男達が自分流に作り出す、
新しいナンパです。運命の一人を見つけるための純愛ナンパや、他に芸術的な
トークを構築していく創造的なナンパや、逆ナンパなど、新しい手法の開拓です。

これらの新しい波は「ニュータイプ」と呼ばれる、本来、ナンパには向いていない、
オタクや引きこもり、または草食系、スピリチャル系の男達によって作られました。

この新作ナンパは賛否両論になりやすいのですが、別物と捉えてみてください。


古典と新作、どっちが上というのはありません。古典落語を、いろんな落語家が
演じても、違う噺になるように、普通の古典ナンパも、演じる人によって変わるし、
落語の世界でも古典落語が残ってきたように、古典ナンパは安定した人気がある。

むしろ新作ナンパは、古典ナンパが飽きた人や、むしろ古典ナンパで落ちこぼれに
なった人が、その閉塞感から新たに創造するケースもあり、多種多様です。たんに、
結婚相手を見つけるためのナンパにしても、そのためには軽い相手をGETしないで、
排除しなくてはいけません。つまり、性の本能だけでやらず、必ず制限がかかります。

いつも同じ方法でGETしてたのを全部捨てて、ゼロから新たな方法を模索したりなど、
思考センターを介入することで、新作ナンパは創造されるものです。なので古典より、
複雑になったり、失敗する確率も多く、あまり手を出したがらない。だからこそ面白い!


しかし、最初から新作に挑戦すると、ただの自己満足で終わったり、変わった手法に
溺れてしまい、柔軟性に欠けてしまいがちです。なので、まずは基礎である『見習い』
『前座修行』において、10人連絡先、10人GET、という最低限のノルマをこなします。

この古典ナンパを先に身につけておくと、あとは何をしようが、腹が据わって実験でき、
自分なりの手法を作り出すことが容易になり、挫折も少ないでしょう。芸能の落語界も、
新作メインでやっていくにしろ、最初は古典落語を憶えさせられるもので、一緒ですね。





この「何無派道場」でも、古典ナンパの基礎をマスターした者を『二つ目』と呼んでます。

『二つ目』は、『見習い』での10人連絡先、『前座』での10人GETを終え、自由になり、
今度は100人斬りを目指そうと、古典を極めるもよし、真面目に婚活したり、自分流を
確立してアートに走ったりなど、新作に挑戦するもよしで、それぞれの道を歩んでいく。

もはや誰の指図も受けないし、他人は一切関係ないので、何をしたっていいんですね。


ちなみに、『覚醒プログラム』が古典ナンパで、『脱出プログラム』が新作ナンパです。

やはり、古典はわかりやすいですが、新作ナンパの凄さは、なかなか伝わりません。

いよいよ、近日発表の『第三章』で、その全てを伝えきるつもりです。ナンパに革命を
起こしたいのなら、こうやるのさ!という強烈な啓示となるでしょう。どうぞお楽しみに!

posted by fmtbank at 23:24| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年02月24日

自分勝手になり、嫌われまくる!(前座修行)

芸能の落語界において、「見習い」の次の「前座」は、厳しい修行期間である。

まず寄席に入っても、師匠や先輩の世話ばかりで忙しく、自分の時間がない。

着物のたたみ方や、太鼓などのお囃子、ネタ帳の記入など、覚える事が多く、
なんといっても、周囲から、人間扱いされない。まるで下僕のように働かされる。

噺家たちは、この厳しい「前座修行」の洗礼を受けて、初めて一人前となるのだ。


そして、この洗礼はナンパ修行、いわゆる『何無派落語』のセカイでも同じである。

基本的な作法を体で覚えないといけないし、女性(使徒)に、思いきり振り回される。

ハッキリいおう。『前座』は人間じゃない。人間扱いされることを期待してはいけない。

しかし、それが最大の強みになる。何も持たざる者は、結果、全てを得ることになる。





ナンパワールドに入門してきた者は、最初、『見習い』という身分から始める。これは、
道聞きでも何でもいいので、声かけに慣れ、少しずつ声かけ数を伸ばすだけだった。

また、質問(Q)したり、ほめたり好意を伝えて(ポジ)、誘う(オシ)だけしてればいい。

この作業というのは、相手の存在を全肯定して、会話を流すだけの、世間でいうなら、
「いい人」というアーキタイプである。とにかく、感じがよくて、わかりやすいアプローチ。
いわゆる、誰からも嫌われないような、親しみやすい礼儀を持った人間で、例えるなら、
近所の人と世間話したり、販売や営業といった、接客の仕事を、そのまま出来る感じだ。

この基本的なコミュニケーションが出来ないのに、なれなれしすぎたり、ネガを多用し、
いかにもなナンパ師の声かけをしようとするのは言語道断。伝統芸能の世界同様に、
最初は、ちゃんと挨拶できるのか?普通に会話できるのか?ぐらいしか見られないし、
たとえ、この『見習い』の段階で挫折しても、その後、販売や営業の仕事にも役立つ。

ゆえに、『見習い』は、単純で肯定的な声かけと、「会話流し」を繰り返し、身につける。

そうして、10人から連絡先を聞けたら『見習い』は終了。いよいよ『前座修行』に入る。


まず『前座』に入ったら、心しておかなければならないことは、もはや後戻りできない!
ということ。『見習い』は、たんなる試用期間であり、逃げ道のある、優しい段階だった。

しかし、『前座』になったからには、その名の通り、『前』へ、『前』へと、徹底して進み、
絶対に、後ろには下がらない。『前座』の世界に「後退」という概念はない。ヤケクソ
のように、傍からは見えるかもしれない。当たって砕けろの極みであり、ヴァカ者だ。

もう『見習い』の時のような「いい人」は卒業。相手が無視していようが、ムッとしても、
話し続けて粘ったり、失礼な事を言ってみたり、ぶしつけな質問をしたり、本音トーク
を堂々と言ってしまう「悪い人」になる。『前座』は「ネガ」も使うし、自分勝手を目指す。

『前座』は、第一次反抗期。相手の迷惑なんぞ考えない。まさに自分が世界の中心。
とりあえず、声をかけまくるし、簡単に誘うし、下ネタも言うし、絶対に相手を求めるし、
とことん押す。押して、押して、押しまくる。細かいテクニックなんて知ったことか!と。

とにかく、なりふり構わない、がむしゃら!そんな自我を確立するための、いうならば、
ナンパワールドにおいて、最も躍動的な、男と女のバトルの最前線だといってもいい。

何無派十牛図』でいう、四番目の『世話人』の段階。牛を強引に引いている図である。


この自分勝手になる、という『前座修行』こそが、ナンパの醍醐味だ。『見習い』での、
単純で肯定的な姿勢なんぞは、他の分野、営業・販売でも身につけることができる。

ところが、自分の欲望を出して、肉体的に合体しようと、挑発的な態度をとる会話は、
世間的な仕事の世界では、完全にNGで、社会不適応者として、除外されるレベル。

これをやるからには、お行儀のいい子には無理だ。親や社会から、お行儀よくして、
空気を読んでればいい、お前は自分の欲望を出すな、ありのままの自分でいるな、
そう無意識的にも躾けられてきた者は、根深く、そのクセがついており、大変難しい。

だからこそ、何も考えずに、前へ、前へ、と行くしかない。考える間を与えない。まず、
声かけ数も増やし、連絡先が聞けたら、すぐに連絡し、返信なくとも、次の日に連絡し、
多くの連絡先を同時に廻し、できるだけヒマな隙間を与えないよう、作業をつめまくる。

連絡のタイミングとか、テクニックとか、考えるよりも、『前座』はスピードの方が大事。


ハッキリいって、初めての事ばかりで怖くて仕方ない。怖いから、いったん後退すると、
アッという間に、全てが崩れてしまう・・。だから、目をつぶってでも、前に行くしかない。

徹底して、前へ、前へ。そして、どれだけ失敗できるかが勝負。とことんダメさの解放。

カッコよくスマートにやりたいところだが、そんなの逃げ。どんなに役立ちそうな情報、
カッコいい方法を他者が説いてこようが、彼らも結局、最初は「がむしゃら」だっただけ。

いかなるノウハウも、『前座修行』をがむしゃらに駆け抜けてからの、後付けでしかない。





この熱くたぎる、『前座修行』は、女性10人と統合した時点で終了するが、GETする、
なんて意識しなくていい。それよりも、どれだけ、失敗できるかだけに、専念すべきだ。

実は、成功する時は勝手に成功するため、修行者の実力ではない。修行者の実力は、
どれだけ前に出て失敗できるかだけであり、成功なんてどうでもいい。もう相手まかせ、
セカイまかせである。ただし、失敗には二種類ある。前に出ての失敗と、後退の失敗・・。

けっして、後退してはいけない。前に出て、前に出過ぎて、思いっきり、打たれるべし!

中途半端な失敗など、ただの停滞であり、停滞を打破するには、プラス思考ではなく、
ただ前に出過ぎて、不様に失敗すればいい。すると必ず(100%)、後に補完される。

セカイは何もない空間を嫌い、常に満たそうとするのだ。これが「引き寄せ」の法則か。


『前座修行』は、不条理に耐える時期といってもいい。期待していると、ことごとく失敗し、
期待していないところで、突如、うまくいったりする。まったく予想がつかない未知の道。

矛盾に満ちた、不条理の世界。ここで徹底して、相手に嫌われようとする。これまでは、
相手に好かれようとして生きてきたし、入門段階の『見習い』でも、好感を持たれるよう、
訓練してきた。しかし、『前座』では、人生初の、嫌われるために話して、振舞ってみる。

すると不思議なことが起こる。「こんなこと言ったら、絶対に嫌われる!」と思うことが、
簡単に受け入れられたり、「いきなり体求めたら最低だよな。」と最低に求めてみると、
冷めていた相手が、急に乗っかってきたりと、腰を抜かす程の事態になったりもする。

しかし、その何倍も、あなたは拒否され、叱られ、ビンタされ、着信拒否されるだろう。

それでも後退などせず、前に前に出ていれば、そこには、強烈な精神の法悦がある。


こんなに自由でいいものか!と爆笑するあなたの傍には、10人の使徒が寄り添う・・。

勝手に成功してしまい、長かった『前座修行』が終わりを告げる。その時、知るだろう。

好かれようとする者は嫌われる。嫌われてもいいと思う者は好かれる、という真理を!

posted by fmtbank at 22:34| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年02月23日

なぜ入門者はネガを使わないほうがいいか?

失礼なことを言ったり、ぶしつけな本音トークで、心を開かせるのを「ネガ」という。

もちろん、これは有効だが、最初からネガを使うと、強烈な罵声や拒否をもらい、
立ち直れなくなる者がいる。なので最初は、できるだけ、ポジとオシしか使わない。

もともと自分が緊張していたり、慣れていないので、ネガティブな気分になりやすく、
そんな「ネガ夫」くんが、ネガを使うと、ただの嫌なやつになる。またネガというのは、
笑いもとれるため、得意になってネガを使い、素直さを忘れて、ネガに逃げてしまう。

素直にポジして誘ってたら、簡単にうまくいってたものを、自分から壊す者も多い・・。


なので、まず最初は、ひねくれずにストレートにいった方が、アッサリうまくいくのだ。

基本的に、相手の話すこと、存在を肯定し、会話を流して、素直に求めてみること。

そして、反応がイマイチだったり、強く断ってくる人は、ただ不快なので、追わない。

こちらを相手にしてくれる女性以外は、全て捨ててしまえばいい。本当に、ラクチン。





そうして、10人から連絡先を聞けたら、試用期間である、『見習い』は卒業である。

これでナンパワールドの正門は開く。なお、毎回10人に声かけろ!という厳しさは、
実は、次の『前座修行』に対してのルールであり、『見習い』期間は、そんな無理は
しないで、少しずつ増やしていけばいい。自分に甘くても結構。やる人は、やるから。

重ねていうが、ナンパ修行は人から強制されるものではない。どんなに制止しても、
自らやろう、という者だけがやればいい。ほっといても、最初の『見習い』の段階にて、
過半数は脱落する。感触的には、2割がパスし、時間をかければ、4割はいくだろう。

しかし最初に脱落しておくのもいいものだ。次の『前座修行』に入ったら、めちゃくちゃ、
もう恐ろしいほどに、現実に振り回され、落ち込まされて、戻れないほどに破壊される。


次は、この『何無派落語』における動乱の時期、『前座修行』について、述べてみる。

芸能の落語界では、前座は人間扱いされない。まさにナンパのセカイも同じだった・・。

posted by fmtbank at 06:49| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする