逆張りの思考
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「ベスト・オブ・TKG」とは何か

成毛眞
執筆者:成毛眞 2015年11月26日
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 卵といえば生卵、生卵といえば卵かけご飯だ。この素晴らしきファストフードにはTKGという略称が定着しつつあるが、どんな卵かけご飯をベスト・オブ・TKGとするかは、人によって異なるようだ。
 たとえば、人間国宝の十代目柳家小三治師匠はかつて、卵かけご飯をおいしく食べるコツは、かき混ぜすぎないことだと噺の中で言っていた。もっとも、幼い頃は、家族全員で一つの生卵を分け合って卵かけご飯にしていたため、混ぜて混ぜて粘性がなくなってさらさらになるまで混ぜてから、おのおのの茶碗に盛られたご飯の上に卵液を等分していたそうだ。
 大人になって生卵に不自由しなくなって、親戚から本当においしい卵かけご飯の食べ方を知らされたという。それが、卵黄も卵白もご飯も醤油も混ぜすぎない、ラフな卵かけご飯。過度な攪拌をしないことで、一口目は卵黄とご飯、二口目は卵白と醤油とご飯、三口目は卵黄と醤油とご飯といった具合に、味のバリエーションを楽しめる。これこそがおいしい卵かけご飯の食べ方だというのである。
 私は小三治師匠の落語を大いに愛する者だが、この点はどうしても賛同できない。マイ・ベスト・TKGは、小三治師匠の幼い頃のTKGとも、大人になってからのTKGとも異なるものである。
 私の卵かけご飯をつくる過程は、茶碗にほどよくご飯をよそうところから始まる。ご飯は電気釜で炊いても土鍋で炊いても結構だ。銘柄の指定は特にない。あえていうなら、サトウ食品のサトウのごはん(150グラム)が良い。温めすぎず、適度に電子レンジで加熱したら、それをいつものご飯茶碗に移す。
 次に登場するのは生卵。普通に売られている卵なら、ブランドにはこだわらない。そのうち白身の部分だけをご飯の上に流し込み、そしてスプーンでかき混ぜる。ふわふわと泡立つまで根気よく作業を続ける。私のTKG道に奥義があるとするなら、メレンゲ状にすることを決して怠らないことである。白いひも状のカラザを取るか取らないかは取るに足らない話である。
 ご飯と卵白がしっかり混ざって均一に細かな泡を含ませることができたなら、そこにひとつかみの花鰹を散らす。量は好みで調整する。銘柄は問わない。
 そこへついに黄身を乗せる。ここで崩してしまっては元も子もないし悔やんでも悔やみきれない。くれぐれも慎重に、そろそろと。この時点で茶碗の中の小宇宙は半ば完成している。
 しかし、画竜点睛を欠く。満を持して醤油に登場いただこう。量はお好みでよいのだが、この醤油は何がなんでも燻製醤油であるべきだ。勘違いしないでいただきたいのだが、卵かけご飯の主役は、ご飯や卵ではなく、醤油である。華やかなTKG舞台の主演である醤油は薫り高き燻製醤油でなければならない。これまで普通の醤油を使ってきた人は、一度でいいから燻製醤油を試してほしい。過去を悔やみたくなること請け合いである。
 ここまで来たら、利き手にスプーン、逆の手に茶碗で準備万端。ためらうことなくスプーンで黄身を割り崩しながら一心不乱に食べ進む。しっかりと絡み合った米と白身に、黄身のコクが加わったなまめかしさ、そして丸みを帯びた塩気を舌が感じたかと思うと、ベーコンを彷彿とさせるスモーキーな香りが鼻孔を駆け抜ける。こうなるとゆっくり味わいたいという気持ちとは裏腹に、スプーンを操る手は止まらない。

執筆者プロフィール
成毛眞
成毛眞 中央大学卒業後、自動車部品メーカー、株式会社アスキーなどを経て、1986年マイクロソフト株式会社に入社。1991(平成3)年、同社代表取締役社長に就任。2000年に退社後、投資コンサルティング会社「インスパイア」を設立。さまざまなベンチャー企業の取締役・顧問、早稲田大学客員教授ほか、「おすすめ本」を紹介する「HONZ」代表を務める。著書に『本は10冊同時に読め!』『日本人の9割に英語はいらない』『就活に「日経」はいらない』『大人げない大人になれ!』など(写真©岡倉禎志)。
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