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バター“品薄”本当の理由は

11月25日 20時30分

山根力記者,佐藤庸介記者

料理やお菓子作りに欠かせないバター。これからクリスマスケーキなどで需要が高まる季節を迎えますが、この時期になると気になるのが“バターの品薄”ではないでしょうか?
乳製品が並ぶスーパーの売り場で、バターのコーナーだけ「お一人様一個まで」という紙が貼り出されている光景も珍しくありません。バターが“品薄”になる最大の理由は、原料となる生乳(せいにゅう)の生産量が減少していることです。高齢化などで全国の酪農家の数は10年前の3分の2に減りました。しかし、取材を進めていくと、その背景にはさらに酪農を取り巻く構造的な要因もあることが分かってきました。
私たちの生活に身近なバターを安定的に供給するために何が必要か、経済部の山根力記者と帯広放送局の佐藤庸介記者が解説します。

バター“品薄”の実態は?

「もうバターが無いことに慣れました」。
11月のある日、東京都内のスーパーで買い物に訪れた主婦からこのような声を聞きました。この店で入荷できるバターは1日に10個ほど。客には1人1個までと購入制限をお願いする張り紙を貼って理解を求めています。

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このほかにも複数のスーパーを取材しましたが、商品棚に十分な在庫がある店もあれば、大手でも購入制限をしているところもありました。店によってばらつきがあると感じました。
 農林水産省はこの冬、品薄にならないようにと、ことし5月に1回の輸入規模としては過去最大となる1万トンの追加輸入を決めました。追加輸入されたバターは、11月中にすべて市場に出回る見通しです。
また、業界団体によりますと、今年度のバターの生産量は昨年度より7%増える見通しで、メーカーも増産に取り組んでいます。それでも店によっては“品薄”が起きている状況について農林水産省は、全体としては供給量が足りていても、流通の段階で偏在が起きているためだとしていて、卸売業者などに対して適切な情報の提供を行い、こうした偏在の解消につとめたいとしています。

なぜバターばかりが・・・

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しかし、消費者にとっては、供給は足りているはずなのになぜこうもバターの品薄が頻繁に起きるのか、というのが素朴な疑問です。
原料が同じ生乳でも、牛乳やヨーグルトが品薄になるという話は聞いたことがないと思います。それを知るには乳製品ができあがる仕組みを理解する必要があります。

バター向けは価格が安く、後回し

バターは牛の乳を搾った生乳からつくられます。
作り方は、まず遠心分離によって生乳からバターの元となるクリームを取り出します。このクリームを熟成させてかき混ぜ、固形であるバターの粒を取り出します。その粒に食塩を加えながら練り合わせるとバターが完成します。
その生乳はなま物であるため日持ちせず、気候などによって生産量が変動しやすいという特徴があります。このため、牛乳、生クリームなど鮮度を求められるものほど優先され高い価格がつきます。
一方、加工され、保存がきくバターは相対的に優先度が下がるため価格は安くなり、後回しになってしまう傾向があるのです。バター用と牛乳の生乳の価格の差は4割近くにもなります。こうした状況のなかで生乳の生産量が少ないとしわ寄せがバターに集まる構造になっているということです。

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メーカーは人気商品に注力

バターなど乳製品をつくるメーカー側の事情もあります。大手乳業メーカーのなかには、ヨーグルトやチーズなど消費者に人気のある商品の開発に力を入れているところもあります。味わいの深いチーズや、おなかの調子を整えるといった、消費者の健康志向の高まりに応えるヨーグルトなどは価格が高めでも売れるため、メーカーにとっては収益力向上につながります。生乳の調達が限られているとすれば、収益性の高いほうに力を入れる。民間企業としては当然の論理です。こうした状況のもとではメーカー側からバターの生産を是が非でも増やそうという意識は働きにくくなる状況が生まれがちです。

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酪農家を束ねる生産者団体の存在

バターが“品薄”になる最大の理由は生乳生産量の減少であることは前述しましたが、取材を進めると生乳を巡る集荷・販売の仕組みにも課題があることが浮かび上がってきました。
 酪農家は生乳を乳業メーカーに販売することで収入を得ますが、実は牛乳用、バター用など酪農家がみずから用途を決めて自由に販売することが難しい仕組みになっています。

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全国に10ある生産者団体「指定生乳生産者団体」が多くの酪農家から生乳の販売委託を受けて乳業メーカーと価格交渉を行うのです。
 この制度は昭和41年に「加工原料乳生産者補給金等暫定措置法」にもとづいてスタートしました。当時は酪農家の経営規模が小さかったこと、生乳は保存がきかないため短時間のうちに乳業メーカーに買い取ってもらわなければならず、酪農家が価格交渉上不利な立場に置かれがちでした。このため、酪農家が団結することで乳業メーカーと対等に交渉できるようにしたのです。また、生産者団体が生乳をまとめて集荷・輸送することで輸送コストを削減したり、一時的に生産量が増えすぎて生乳が余りそうな場合でも、販売先を調整してさばくことができ、酪農家の経営安定に貢献しています。
 ただ、この制度のもとでは酪農家が生乳をどの用途向けに売るのか、決めることはできず、団体に任せっきりになってしまいます。

酪農家の思いは

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酪農家は生産者団体の制度をどうとらえているのでしょうか。北海道で3軒の酪農家を取材すると生産者団体の価格交渉力に不満をもつ酪農家もいました。
団体が生乳の価格をもっと高値にするよう交渉してくれれば、生産量を増やして、バターの“品薄”の解消にもっと貢献できるのにと残念がっています。
さらに生産者団体の枠組みに見切りをつけた酪農家もいます。つくった生乳を生産者団体ではなく、群馬県の卸売り会社に買い取ってもらい、用途は牛乳に特化しています。継続して販売できるかどうか、不安はありますが、今のところは何に使われるのか分かってやりがいにもつながるうえに、買い取り価格も10%程度高くなったといいます。
 一方、この制度のもとで高価格帯の牛乳を売ることに成功している酪農家もいます。特別な生乳に限り高値で取り引きできる仕組みを使うことで、えさを工夫し、大都市圏向けの牛乳を販売。団体を通じて生乳を確実に販売できるという安心感を持ちながら、差別化で収益アップを実現しています。

バターをきっかけに酪農を考える

 バターを巡る問題は、それぞれの当事者のそれぞれの事情が複雑に絡み合い、解決が難しくなっています。およそ半世紀前につくられた制度では、歴史的に日本の酪農を強くしてきましたが、経営の自由度が発揮しにくいという疑問の声も出てきました。酪農家がリスクを引き受けながらも、より柔軟に販売先を選べることで増産への意欲を回復できれば、店頭で“バター品薄”が起きて、その弊害を消費者が被ることも避けられるはずです。
すぐに状況を改善する秘策はないと思いますが、消費者は、バターなどの身近な乳製品がどのような仕組みのもとで食卓に届けられているのかをまず知り、酪農家は経営マインドをもって自分たちの製品に新たな付加価値をつくりだし、国はそのために必要な新しい支援策を考える、そういう転換期にきているように思います。


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