池内恵の中東通信無料

池内恵(いけうちさとし 東京大学准教授)が、中東情勢とイスラーム教やその思想について日々少しずつ解説します。

執筆者プロフィール
池内恵
池内恵 東京大学先端科学技術研究センター准教授。1973年生れ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。

シリアのトルクメン人と汎トルコ主義

2015年11月25日 00:37

ロシア機撃墜事件によって、その背後にあるトルクメン人問題が、欧米メディアでも無視できない問題となり(トルコはこの問題に以前から注目を促してきたが)、BBCも急遽「シリアのトルクメン人とは何か?」という解説をウェブサイトに掲載している

ただでさえ複雑なシリアの宗派・民族構成の中で、点在するトルクメン人の問題は省略されがちだが、トルコ民族主義、特にチュルク系諸語の民族全体を広い意味でのトルコ民族ととらえる汎トルコ主義の観点からは、クルド人問題と同様の関心を持って見られてきた(筆者の個人ブログでは以前にドイツのトルコ人団体の掲げるシリア北部のトルクメン人居住地点の地図を示したことがある)。汎トルコ主義はトルコ共和国の民族主義者の一部によって推進されていると共に、世界のチュルク系諸語の民族の中にネットワークを持っている。中国のウイグル人が迫害を逃れるルートもこれに依拠している面があるようだ。それによってウイグル人がトルコ経由でシリアの反政府部隊として傭兵的に動員されているという話も囁かれる。シリアの崩壊は、シリアの一部を汎トルコ主義的な視点からの版図で失地回復しようとする、あるいはトルコ系住民を保護しようとする民族意識を刺激する。トルコ政府も管理しきれない面があるのだろうし、政府内にもそのような運動を支援する勢力がいるだろう。

汎トルコ主義的なウェブサイトを見ると、シリア北部およびダマスカスなどのトルクメン人の居住地域は「西トルクメン」と規定されている(ここでは「トルクメン」としてイラク北部を指しているようである)。

"Syrian Turkmens Describing ISIS," Turkmens Describing ISIS," Turkomania.org, September 5, 2014.

この記事が掲げる地図では、シリアの北西部の大きな範囲がトルクメン人の居住地とされており、通説とは異なり、シリアの最大の少数民族はクルド人ではなくトルクメン人であると記している。それによれば、350万人がトルクメン人で、ただしそのうち200万人はアサド政権の同化政策によってトルコ語を話せなくなっているが民族的出自を認識しているという。さらには一部の活動家の掲げる地図を示し、クルド人が多く住む地区を含むシリア北部全土をトルクメン人が多数を占める「西トルクメン」であるとまで主張している。

このサイトはチュルク系諸民族がマイノリティとなっている地域を中心に扱っており、中国の新疆ウイグル自治区のことは「東トルキスタン」と呼び、「南アゼルバイジャン」としてイランの領土に含まれるアゼルバイジャン人地域を扱っている。トルコについてはアルメニア人虐殺の否定など、オスマン帝国の解体・領土喪失の際の「不正義」をテーマとしており、汎トルコ主義的な失地回復運動を意図しているものとみられる。

なおこういった民族の失地回復主義を掲げる団体のウェブサイトは、アルメニア人についてもクルド人についてもあるので、ウェブサーチをすれば、日本人の多くが普段は思いもよらないパラレル・ワールドが世界には広がっていることを感じとることができる。

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