池内恵(いけうちさとし 東京大学准教授)が、中東情勢とイスラーム教やその思想について日々少しずつ解説します。
トルコがシリア国境付近でロシア機を撃墜:背景はトルクメン人問題
2015年11月24日 23:10シリア問題にまた別の角度の捻りが入り、急速に展開している。シリア北西部のトルコとの国境付近を飛行していたロシアの戦闘機をトルコが撃墜した。
トルコ軍はロシア戦闘機が繰り返し領空侵犯をして警告を受けたと主張しており、レーダーの航跡を公開している(ロシアはとりあえず否定している)。
トルコ側から出てくる情報はこの記事でアップデートされている。
背景には、シリア北部のトルクメン人問題がある。トルクメン人はトルコ語と同族の言語を用いており、トルコではほぼ同一民族のように見られている。トルコ側にも一定数が居住している。トルコとシリアの国境画定で、シリア側に取り残されたトルコ系民族という位置づけである。シリアのトルコ国境付近に居住地域が点在しており、クルド人やアラブ人と隣り合っている。
特に、シリアのラタキア県の北部、トルコのハタイ県と接する国境山岳地帯(トルクメン山と呼ばれる)に住むバユル・ブジャク地区のトルクメン人が、アサド政権にとっての戦略的な価値からも攻撃の対象となっているとトルコ側は危惧する。機体はトルクメン人の避難民がテント村を作る、国境線に接したヤマーディー(アラビア語名ヤマーマ)地区に墜落したとされ、まさにトルクメン人問題の真っ只中に起きた撃墜事件である。
ロシアの空爆は短期間に多くの一般市民を殺害していると非難されているが、中でもトルクメン人の居住区を狙い撃ちしており、アサド政権とロシアによる「民族浄化」が行われていると、トルコは非難してきた。ロシアの空爆とアサド政権の軍の侵攻を逃れるトルクメン人がトルコ国境に押し寄せる中、19日にはトルコがロシアの駐トルコ大使を呼んで対抗措置を警告していた矢先の撃墜事件である。
エルドアン政権は、極右的な勢力を含む、国内のトルコ民族主義勢力の声の高まりもあり、トルクメン人の保護を掲げてきたが、具体的な行動は抑制してきた。今回は、あからさまにトルクメン人の空爆被害や難民化が報じられ政治問題化する中で、一線を踏み越えたロシアに対して対処せざるを得なくなったものと見られる。エルドアン政権の政策としてはロシアと正面から対決する意図はないものとみられるが、結果的にエスカレーションが起こる可能性もある。
逆にアサド政権とロシア側は、トルコがトルクメン人に武器を供与して反政府勢力として戦わせていると主張してきた。
シリアのトルクメン人問題、特に今回問題になっているバユル・ブジャクについてのトルコ側の見解と、英紙ガーディアンによるトルクメン人をめぐる諸問題の紹介・解説が参考になる。
Taha Akyol, “The Turkmens of Bayırbucak,” Hurriyet Daily News, November 24, 2015.