池内恵(いけうちさとし 東京大学准教授)が、中東情勢とイスラーム教やその思想について日々少しずつ解説します。
米国はトルコ・ロシア間のエスカレーション防止に注力
2015年11月25日 04:43米オバマ政権はトルコのロシア軍機撃墜の影響を極力小さく抑えたい姿勢が明確である。また、パリの同時多発テロ事件による対シリア軍事作戦への影響も避けたいようである。
24日のオランド大統領との会談の後の1時間に及ぶ記者会見で、フランスとの連帯を謳い上げたものの、対「イスラーム国」の軍事作戦の変更については言質を与えず、クルド人勢力と同盟して「イスラーム国」から支配地を奪還したシンジャール作戦の「成功」を依然として今後の作戦のモデルとしている。ロシア機撃墜については自ら触れず、記者からの質問に対しても、トルコの自衛権を認めるという原則論以外は何も語らず、情報を精査中という姿勢で一貫した。
同日の国防総省のピーター・クック報道官の記者会見でも同様に、トルコの自衛権を認めつつ詳細を調査中という姿勢で一貫していた。
BBCのアップデートと、ここまでに分かっている事実関係のまとめが参考になる。BBCが推測する地図によれば、トルコ領のシリア領内に突き出した部分の上空をロシア機が繰り返し侵犯したところをトルコが撃墜したが、当初の報道で名前が出ていたシリア側の国境地域Yamadi付近で被弾し、そこよりさらにシリア領内に入ったところに機体が落下したようだ。パイロットは機体の落下地点より手前で降下したものとみられる。ロシアは当初の「領空侵犯そのものを否定」の姿勢から、徐々に「領空侵犯を短時間犯したがトルコの安全保障を脅かすものではなく、シリア領内に戻ったところで撃墜されたのでロシアは悪くない」という立場に修正して行き、逆に「トルコ機も領空侵犯を犯した」といった反論も行っていくようである。
このような言い争いはともかく、トルコが国連安保理に出した説明とロシアの主張との妥協は可能だろう。トルコはロシア機がトルコ領内にいた時に撃墜のミサイルを発射したと主張し、ロシアは被弾したのはシリア領内に戻ってから、ということにすればいいからである。トルコの国連大使の説明を読むと、2機が領空侵犯し、1機目がシリアの領空に戻った段階で、2機目がまだトルコ領空にいる間にトルコ軍機からfireされたとなっている。もちろん落下地点がシリア領内であることは明らかな事実なので認めている。ロシア機がシリア領内で被弾したことを暗黙のうちに認めているように読める。
"Following the violation, plane 1 left Turkish national airspace. Plane 2 was fired at while in Turkish national airspace by Turkish F-16s performing air combat patrolling in the area," Cevik wrote in the letter, seen by Reuters.
"Plane 2 crashed onto the Syria side of the Turkish-Syrian border," he said.
他方、ロシアは領空侵犯の期間が9時24分からの17秒であるといった事実について争っていない。
また、トルコ軍機がシリア領に一瞬たりとも越境せず追尾できたとは信じがたい。
降下するパラシュートに対してシリアで地上から銃を乱射する様子を撮ったとみられるビデオ映像や、地上でロシアのパイロットらしき遺体を囲む反政府勢力の映像も流通している。シリアのトルクメン人部隊の副司令官とされるアルプアスラン・ジェリク(Alpaslan Celik)という人物がパラシュートの残骸を示し、パイロットは2名とも銃撃で死亡したと言う。トルクメン人部隊のジャーヘド・アハマド(Jahed Ahmad)は地上に降りる前にパイロット1人は死亡していたという。しかしトルコ政府からは2名とも生きているという情報が出ており、錯綜している。
ロシアのRTの放送では、流通するパイロットらしき遺体が映る映像で「アッラー・アクバル」「ムジャーヒディーン」を連呼することなどを理由に、トルクメン人部隊が「過激派テロリスト」であると分析する専門家に話を聞き、空爆そのものを正当化している。しかし穏健か過激かに関わらず、「アッラー・アクバル」や「ムジャーヒディーン」という語は、興奮した戦闘員たちが政治的立場を問わず用いていると思われる。ロシアとしては、領空侵犯を繰り返した上に撃墜された失態を、「ロシアが戦っている相手は全員過激派である」と主張する情報戦に利用して挽回したいところだろう。それに対してオバマ政権には、大事にせずに済ませたい姿勢が見える。