(英エコノミスト誌 2015年11月21日号)
イスラム国(IS)によるパリでの大量殺人。当記事では、自らのライフスタイルに対する攻撃に直面したフランスの反応を考察する。
フランス・パリで、同時テロの犠牲者を追悼するため同国国旗の色にライトアップされたエッフェル塔〔AFPBB News〕
11月13日にパリの街を揺るがしたテロ攻撃が起きた後、レピュブリック(共和国)広場にはモノクロの巨大なグラフィティが登場した。そこに書かれたラテン語の「Fluctuat nec mergitur」は水運業に起源を持つ格言で、「たゆたえども沈まず」という意味を持つ、あまり知られていないパリ市の標語だ。この言葉は、同時テロ事件後の、恐怖とテロに負けない決意とに満ちた街の雰囲気を的確に捉えていた。
このグラフィティが現れて間もなく、標語に沿ってガラスの容器に入ったキャンドルが並べられた。
また、このフレーズはソーシャルメディアを通じて広まり、エッフェル塔にも投影された。
「生きる喜び」を謳歌する街を襲ったテロ
シャルリエブド紙へのテロ攻撃からわずか10カ月後に起きた2度目の血みどろの惨劇により、「生きる喜び」を謳歌する街としてのフランスの首都パリの評判が、痛烈な試練にさらされている。「セーヌ川沿いのテルアビブ」にはなるまいとのパリの決意もだ。
この季節には珍しいほど暖かかった金曜日の夜に起きた恐ろしい事件は、パリの精神に傷跡として残り続けるだろう。若いパリ市民たちが仕事を終えてくつろいでいたまさにその時に、3つのグループに分かれたテロリスト集団が作戦に乗り出し、129人を殺した。
競技場スタッド・ド・フランスの外では実行犯3人による自爆テロが発生し、居合わせた人が1人、巻き添えになって死亡した。このときスタジアムではサッカーの試合が行われており、フランスのフランソワ・オランド大統領も観戦に訪れていた。2つ目のグループはパリ東部のしゃれたエリアにある3軒のレストランで銃を乱射し、計39人が犠牲となった。さらにレストランにも近いコンサートホール「バタクラン」を標的とした第3の襲撃が発生し、89人が命を落とした。
1月にはイスラム教の預言者ムハンマドを揶揄するイラストを載せた風刺新聞、シャルリエブドが襲撃され、多数の犠牲者を出した。これに関連して、ユダヤ食品専門スーパーで起きた立てこもり事件でも買い物客4人が殺されており、一連の事件は世界を揺るがした。この襲撃は、表現の自由と宗教に対する計画的な攻撃の象徴と受け止められた。「Je suis Charlie(私はシャルリ)」は、テロに屈しないことへの共感を示す世界的な標語となった。
今回のテロ攻撃が衝撃をもたらしたのは、共に食事を楽しんでいる人々や若者たちに対する無差別の襲撃だった点にある。標的となったのは、歩道沿いのカフェで一杯やっていた人やロック・コンサートに来ていた人、サッカーの試合で歓声を上げていた人たちだった。犯行声明を出したイスラム国(IS)は、「醜行と堕落の首都」を標的にしたと言明している。