東寺百合文書ウェブ好評 記憶遺産、ルール守れば活用自由
ユネスコ記憶遺産に登録が決まった国宝「東寺百合文書(ひゃくごうもんじょ)」。東寺(教王護国寺、京都市南区)に伝来した2万5千点にも及ぶ文書群だ。審査で世界的に評価された理由の一つに、文書を所蔵する京都府立総合資料館(左京区)による文書のデジタル保存とサイト公開があった。保存の取り組みを振り返りながら、今後の文化財保護に欠かせないデジタルアーカイブの活用方法を探った。
府立総合資料館は1967年に百合文書を購入し、修理と整理を始めた。職員は箱から文書を1枚ずつ取り出し、広げて調査し、目録を作った。地道な作業を続けた元古文書課長の上島有さん(91)は「中世からの文書がそのまま箱に入れてあり、ほとんど手が加わっていない。虫が食ったり、くっついたり、ばらばらになったりした文書も何とか原形に戻していった」と振り返る。
丁寧に整理したことでマイクロフィルムの撮影や現代の文字に置き換える翻刻版の出版が可能になり、文書の研究は飛躍を遂げた。文書を授業に使う学校も増え、大学入試にも出題された。退職した高校教諭からの多額の寄付金も活用し、膨大な文書をスキャナーで取り込み、デジタルデータ化にも成功した。
国宝のデジタルアーカイブの先駆的な取り組みとなったサイト「東寺百合文書WEB」は昨年から公開。約8万点の文書を高精細画像で見られる貴重なサイトとして研究者から好評を博している。
サイトの使い方は簡単だ。「記事検索」や「目録検索」にキーワードを入れる。和暦や西暦、年表からも関連の文書を探せる。出てきた文書画像は拡大でき、紙の質や墨のにじみまで分かる。活字だけでは分からない大量の情報がデジタルアーカイブには詰まっている。研究に利用している東京大史料編纂(へんさん)所の高橋敏子教授は「パソコンの画面をいくつも出して関連した文書や同じ筆跡の文書を探して読み解くのに便利だ」と話す。
「古文書は難しい」という初心者でもサイトは楽しめる。百合文書には足利尊氏や義満、織田信長など歴史上の有名人物にかかわる書状が多い。人名を検索して関連の文書から筆跡や印判、花押の変化を調べても面白い。また、職員が文書の内容を解説したコラム「百合百話」は理解しやすく、子ども向けの「キッズひゃくごう」は、古文書をやさしい言葉で説明している。地図から東寺の荘園を探すこともでき、自由研究にも活用できそうだ。
さらに自由な使い方もある。東京工業大博物館特任講師の阿児雄之さんは、さまざまな文書から自分の名前の文字を一つずつ取り出して名刺を作った。
東寺百合文書WEBは「クリエイティブ・コモンズ」というシステムで運用している。画像は東寺百合文書WEBからと明示すれば、わざわざ申請しなくても出版や商用に無料で使える。例えば、信長の「天下布武」の印判を使ったグッズ、文書をあしらった包装紙といった商品を出すことも可能だ。阿児さんは「東寺百合文書のウェブ公開の衝撃は大きく、オープンデータが一気に開花した。文化資源のデジタル公開が他機関にも広まってほしい」と期待する。
醍醐寺(伏見区)でも「醍醐寺文書聖教(しょうきょう)」(国宝)のデータベースを構築し、将来的に公開を検討中だ。東寺百合文書WEBが先駆けとなった文化財のデジタル公開は、やがて主流になるだろう。今後の課題について日本中世宗教史の研究者イリノイ大のブライアン・ルパート准教授は「災害などに備え、データベースを国内外で分散させるなど、国を挙げて文化財の保存に力を入れることが必要だ」と指摘している。
【 2015年11月24日 11時30分 】