文/安田浩一(ジャーナリスト)
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国籍法に反応した「普通のOL」
北海道札幌市――。9月下旬ともなればすでに秋の気配は濃厚で、午後の穏やかな日差しのなかにも、ぶるっと身震いするような冷気が忍び込んでいた。
2010年秋のとある日曜日である。市の中心部である大通公園は大勢の人で賑わっていた。テレビ塔をバックに観光客の女性のグループがおどけたポーズでカメラに収まっている。北国の秋は、空がどこまでも高く、そして青い。平和な光景だった。
その大通公園を横切る道路脇に、どこからともなく日の丸を担いだ男女が集まってきた。
在特会北海道支部の面々である。いかにのどかな光景に恵まれた場所であっても、在特会が登場すると空気は一変する。コード進行が乱れるとでも言おうか。穏やかな旋律のなかに、突然、調子っぱずれの和音が飛び込んできたような、座りの悪さを感じてしまうのだ。
街宣に集まったのは約20名。いつものごとく、それぞれがマイクを握って「在日特権の廃止」や「中国の軍事的脅威」を訴えた。
一番目を引いたのは「中国の脅威」をなめらかな口調で説いていた一人の女性である。高橋阿矢花(ハンドルネーム・28歳)。最近、勤めていた企業を退職し、現在は就職活動中だという。軽くウエーブのかかった髪と、大きめのイヤリングでキメた高橋は、むさくるしい男たちのなかにあって、ひときわ目立つ。
演説を終えた高橋に近寄った。名刺を手渡すと、彼女は強張った顔で私を見つめ、そして静かに頭を下げた。警戒心というよりも、メディアの人間などハナから信じていないのだという、不信感が表情にあらわれていた。その意志の強そうな顔に、むしろ私は好感を持った。
「もともと政治なんかに興味はなかったんです」と高橋は静かに口を開いた。イデオロギーとは無縁の「普通のOL」だったという。
そんな高橋の目を政治に向けさせるきっかけとなったのは、08年の国籍法改正だった。これは、外国人との間で婚姻関係のないままに出生した子どもであっても、親が認知すれば日本国籍の取得が可能となるよう、法改正されたものだ。
「直感的に何かおかしいのではと思ったんです。国籍というものが、こんなにも簡単に付与されていいものなのかって」
政治に無関心だった「普通のOL」が国籍法に反応した点を、私は興味深く感じた。彼女はけっして「無関心」だったわけではないのだろう。国籍というものに敏感となるだけのメンタリティを持ち続けていたには違いない。
国籍法について、ネットで夜通し調べたという。検索をかけ、関連記事やブログを読み漁った。日本人の"純血性"を訴える保守派の主張が幅を利かせていた。「改正反対」の声が圧倒的多数だった。なぜか安心した。同じ意見の者がこんなにも大勢いるのかと心強く感じたのだ。そして、それまでほとんど意識することのなかった「国家」という存在を彼女は「発見」する。
「国とはどうあるべきなのか。国は誰のためにあるのか。国がすべきことは何か。そうしたことを真剣に考えるようになったんですね」
高橋が頼ったのは、もちろんネットである。ネットには保守の立場から国家を論ずる者で溢れていた。「平和を守ろう」「差別はいけない」といった言説よりも、保守のそれはもっと力強く、そして説得力に満ちていた。なかでも高橋に強い影響を与えたのが、チャンネル桜と在特会だ。
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