池内恵の中東通信無料

池内恵(いけうちさとし 東京大学准教授)が、中東情勢とイスラーム教やその思想について日々少しずつ解説します。

執筆者プロフィール
池内恵
池内恵 東京大学先端科学技術研究センター准教授。1973年生れ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。

トルコ・ロシア間の緊張

2015年11月24日 23:49

トルコによるシリア国境地帯でのロシア軍機撃墜に対して、プーチン大統領は領空侵犯の責任を認めず、「背中から刺された」「『イスラーム国』のテロの共犯」「深刻な結果をもたらす」と激しいレトリックで迎え撃った模様である。もっともこのような時に弱気の発言をできるはずもないので、実際にトルコとの関係が軍事的に緊迫化するかどうかは不明。

シリア問題をめぐって対立するロシアとトルコだが、16日にトルコのアンタルヤで行われたG20サミットでは握手を交わしており、13日のパリ同時多発事件によって醸成された米・露歩み寄りの機運にトルコも同調するものと見られていた。しかしトルクメン人問題が悪化して、トルコの民族意識に基づく国益から独自の対応を取らざるを得なくなった。ロシアとアサド政権がトルクメン人問題ではそこまでトルコを追い詰めたとも言える。

ロシアのパイロット2名が、パラシュートで脱出した写真が出回っているが、地上でシリアのトルクメン人の反政府民兵がこのパイロット2名を拘束し殺害したと発表している。これが事実なら、ロシア・トルコがそれぞれの国内世論を背に強硬姿勢を取ることを余儀なくされ紛糾する可能性がある。

露土戦争によってロシアに領土を侵食され続けたトルコの民族意識は反露意識を一つの構成要素としており(そこから日露戦争での日本の勝利を民族的な歴史の記憶の中に深く刻み込んでおり、「親日的」と呼ばれる背景になっている)、プーチン発言はトルコの世論を硬化させかねない。

プーチン大統領の今回の発言が、ソチでヨルダンのアブドッラー国王との会談に伴って行われているように、ロシアは中東の米同盟国への接近を怠っていない。しかしこの問題をきっかけにトルコが対露姿勢を硬化させると、トルコは米国・ NATOにとって不可欠で代替の利かない現地の同盟国であるため、米露歩み寄りはいっそう困難なものになる。

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