韓国はワールド・ベースボール・クラシック(WBC)第1回大会(2006年)でベスト4、第2回大会(09年)で準優勝、北京五輪(08年)で金メダルを獲得し、野球の国際大会における中心国になった。しかし、13年の第3回WBCの1次ラウンドで伏兵オランダに敗れて早々に脱落すると、「韓国の野球は運が尽きた」という悲観論も聞かれた。だが、今回の国別対抗戦「プレミア12」で韓国は準々決勝からキューバ・日本・米国といった強豪を次々と制し、実力をアピールした。その原動力をいくつかのキーワードで解き明かしてみよう。
■分かっていてもまねできない「一体野球」
韓国代表チームの主将・鄭根宇(チョン・グンウ)は米国との決勝が終わった後、最年長37歳の鄭大ヒョン(チョン・デヒョン)にボールを渡した。8回に鄭大ヒョンが登板した際、米国の強打者マット・マクブライドを内野フライに仕留め、イニングを終えた時の球だった。鄭大ヒョンはその後、チョ尚祐(チョ・サンウ)と交代した。今大会はベテラン・鄭大ヒョンにとって韓国代表としては最後の舞台になる可能性が高いということで、鄭根宇が記念になるようボールを取って置いたのだ。韓国の野球は高校約60チームとプロの10チームが主軸だ。すそ野が狭いという弱点もあるが、選手たちがお互いを隅々まで把握しており、そのため国別対抗戦で力を発揮できるとの声もある。他国にはまねできない「強いきずな」があるということだ。
■ピンチで輝いた「アリ野球」
今大会で韓国は先発投手陣が弱いと言われていた。ドミニカとの予選で7イニングを1失点に抑えた張元準(チャン・ウォンジュン)=斗山=を除けば、先発は6回以上もたなかった。しかし、試合中盤から中継ぎ投手たちがきっちりと自分の役割を果たした。韓国は今大会8試合で先発投手と救援投手が35イニングずつ投げた。先発投手たちの防御率が3.06であるのに対し、救援投手たちは0.77と先発より成績は上回っている。特にイ・デウンが4回で降板した日本との準決勝で、車雨燦(チャ・ウチャン)や鄭ウラム(チョン・ウラム)らが追加失点してもおかしくない状況を乗り切り、逆転への足掛かりを作った。投手出身の金寅植(キム・インシク)監督と宣銅烈(ソン・ドンヨル)投手コーチ(前起亜監督)による「アリ(小物)控え投手起用」が最弱と言われた投手陣を最強に変えたのだ。
■「韓流スタイル野球」の力
韓国プロ野球は草創期に日本をお手本にしていた。韓国と日本のトップ選手たちが対戦するスーパーリーグを通じてレベル差を縮めた韓国は、その後も徹底的な分析やデータを駆使した日本プロ野球をモデルにしていた。それから米国にも目を向けた。米国の自主的なトレーニングや科学的なウエイトトレーニング法を乾いたスポンジのように吸収した。米国のパワーと日本の綿密さを兼ね備えた韓国野球は今、さまざまな具を合わせて複雑な味わいを出すビビンバのように独自の「韓流スタイル」を作りつつある。日本の野球は強いが、突発的な状況にとっさに対応できないことがある。米国の野球はパワフルで豪快だが細かな分析に弱い。韓国の野球は米国と日本の野球の欠点を最小限に抑えていると評価されている。
■勝利の原動力は「ヘムルタン」と「サムギョプサル」?
今回の韓国優勝で忘れてはならないのが「ヘムルタン(海鮮鍋)」と「サムギョプサル(豚バラ肉の焼肉)」だ。李大浩(イ・デホ)は台湾の食事が口に合わなかったため、台北にある24時間営業の韓国料理店に選手全員を毎晩連れて行き、サムギョプサルをおごった。ある野球関係者は「約10日間の滞在で選手たちが食べたサムギョプサルは軽く1000人分を超えるだろう」と話す。このようにして作られた強いきずなが今回の韓国優勝の原動力になったというのだ。金寅植監督をはじめとするコーチングスタッフたちは18日夜、東京の宿泊先近くにある韓国料理店でヘムルタンを食べて翌日の日本との準決勝に勝つと、19日と20日の夜にもその店を訪れた。勝つための「ゲン担ぎ」だったわけだ。