示現流開祖の剣士人生と薩摩の狂戦士たち。時代劇画の傑作「薩南示現流」
コンビニでまっすぐに向かうのはコミックコーナーだ。
だいたい下のほうにある「タブー」とか「裏社会」「絶望社会」というタイトルのついた、コアマガジン系のおどろおどろしいマンガ、それに山口組関係のもの(たいがい雑な内容)などをチェックするのがクセとなっている。そのなかにまぎれこんでいたのが、今回取り上げる剣術時代劇画『薩南示現流』(原作・津本陽 とみ新蔵)だった。これがめちゃくちゃにおもしろかったのだ! 狂気の残酷武士道コミック『シグルイ』を思わせるハードコアな内容だった。
薩摩に示現流を広めた伝説の剣士・東郷重位(とうごうちゅうい)の剣士人生を中心に、戦国時代の血の臭いが残る薩摩侍の恐ろしい気風と儀式がたっぷり描かれる。重位に次々と難題が襲いかかり、それを突破する豪剣の迫力にすっかりしびれてしまった。
薩摩島津氏の侍である東郷重位は、大友氏との戦いで武功を上げた勇者として知られていたが、島津氏が豊臣秀吉に敗北。重位は島津義久に従って上洛し、京都で地味に金細工の修行をする日々。しかし島津屋敷の近くにある天寧寺の僧侶の善吉と出会う。元武士で天真正自顕流を遣う善吉の凄まじい剣技を目の当たりにした重位は、彼を師と仰いで厳しい修行の末に体得。次男坊で部屋住みの重位には時間はたっぷりある。薩摩に戻った彼は猛稽古の末、師匠善吉から学んだ剣法にアレンジを加え、あのトンボといわれる構え(顔の横のあたりに剣を掲げる)からの、稲妻のような速さの袈裟斬りを会得するのだった。
この時代の島津家はまだまだ周囲の豪族を屈服させたばかり。東郷家も島津家に臣従したばかりで立場が弱い。そんなとき重位に、謀反の疑いのある地頭の肝付小平太を誅殺せよとの命がくだる。上意討ちである。しかし、この肝付小平太は薩摩では知らぬ者はいないゴリラのような大男で、でっかい刀と脇差を振るう豪剣の使い手であった。この上意討ちをきっかけに、重位のもとに気の荒い薩摩武士が我も我もと押し寄せる。
僧侶善吉との師弟愛や無茶な修行は、剣術や格闘技モノの常道といえるが、もうひとつの読みどころは、薩摩武士を取り巻く狂気じみた環境である。戦のときは五人一組。伍の制度というのが存在し、離れた者はむろん死罪。めいめい一人以上の敵を殺さなければ、やはり死罪。ひとりが殺されたとき、残り四人で仇を討たなければ、やっぱり死罪。陣場から離れるようなことがあれば全員死罪と、とにかく死罪尽くし。
というわけで十五歳を過ぎると士風を養う教育が行われるが、道端で女性を見ただけで咎められて自殺を命じられるという不条理なもの。点火した火縄銃を縄で吊るし、グルグル回転させたそれを囲んで宴会をする「肝練り(きもねり)」という儀式も異常だ。火縄銃はもちろん弾をぶっ放すわけだが、逃げてはならないし、避けてもならないのである。薩摩式ロシアンルーレットで根性を鍛えるのだった。
これら荒くれ者だけでなく、重位をライバル視する島津家兵法師範、癇癪持ちで手討ちをしまくるデンジャラスな若君、謀反を企む大物家臣など、薩摩最強の剣士として名を上げれば上げるほど、重位の前にでっかい試練が待ち受けるのである。
戦国時代のひりひりするスリル、死と隣り合わせの人生、上下関係の厳しい封建制度を、剣でねじ伏せる重位の姿が痛快だ。コンビニ系コミックで入手したので、このテキストがアップされたころには、たぶん売り切れになっていると思うが、古本や電子書籍で入手可能なので、ぜひ読んでもらいたい。格闘技コミックや剣術劇画が好きな方はとくに必見だ。
◆深町秋生(ふかまち・あきお)
1975年生まれ、山形県在住。第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2005年『果てしなき渇き』(宝島社文庫)でデビュー、累計50万部のベストセラーを記録。他の著書に『ダブル』(幻冬舎)『デッドクルージング』(宝島社文庫)など。女性刑事小説・八神瑛子シリーズ『アウトバーン』『アウトクラッシュ』『アウトサイダー』(幻冬舎文庫)が、累計40万部突破中。
『果てしなき渇き』を原作とした『渇き。』が2014年6月に映画化。
ブログ「深町秋生のベテラン日記」も好評。ブログはこちらからご覧いただけます。
深町氏は山形小説家(ライター)になろう講座出身。詳細は文庫版『果てしなき渇き』の池上冬樹氏の解説参照。詳しくはこちらからご覧いただけます。