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Think outside the box

Unus pro omnibus, omnes pro uno

ケインズの人口減少への処方箋

日本経済の停滞の根本に人口減少がある、との認識が広まってきたようです。そこで、人口減少に対する処方箋を、クルーグマンではなくケインズに聞いてみることにします。1937年の"Some Economic Consequences of a Declining Population"(人口減少の経済的帰結)から引用します。

デフレ不況をいかに克服するか ケインズ1930年代評論集 (文春学藝ライブラリー)

デフレ不況をいかに克服するか ケインズ1930年代評論集 (文春学藝ライブラリー)

静止人口のもとで繁栄と国民の平和を維持するためには、所得分配の平等化によって消費を増加させる政策と、生産期間を長期化させることが利益的となるように利子率を強制的に引き下げる政策に絶対的に頼らなければならないというのが、私の主張である。*1

参考に、吉川洋の解説も引用します。

投資の停滞が予想される経済で、長期的な不況を避けるためには何をしなければならないのか。ケインズは二つの方策を提案した。第一に利子率を低くしてK/Yを上げることにより投資を促進する。 

第二に、たとえ投資が停滞しても不況に陥らないように、経済全体で貯蓄率を引き下げる必要がある。投資の下落を消費の増大で代替することにより有効需要を維持しようというわけである。そのためには所得を貯蓄率の高い富裕層から消費性向の高い低所得者層へ移転しなければならない。具体的には所得税における累進性を高めることなどを提案した。

①低金利政策、②所得再分配強化、ということです。

名目金利にはゼロ下限の制約があるので、クルーグマン中央銀行が高目のインフレ目標を掲げることで、実質金利を引き下げることを提唱したわけですが、当初の自信たっぷりの予想通りには行きませんでした。

IMF Survey : Top Researchers Debate Unconventional Monetary Policies

…, Paul Krugman, Distinguished Professor at the City University of New York and a New York Times columnist, assessed the results of unconventional monetary policies and contended that such policies had not been a game changer, as initially hoped.

totb.hatenablog.com

となれば、残るは②の所得再分配強化です。脇田成はこれまでの政策論を以下の二つに分類していますが、 

賃上げはなぜ必要か: 日本経済の誤謬 (筑摩選書)

賃上げはなぜ必要か: 日本経済の誤謬 (筑摩選書)

A 企業を支援し、規制緩和を行って、市場化を徹底し、国際化に活路を求める解決策

B 「格差」問題を重視し、再分配政策など政府が介入の度合いを強め、内需を高める政策

ケインズの分析に従えば、これまでのA路線からB路線への大転換が望ましいことになります。 

脇田は

政府の繰り出す成長戦略が真の成長戦略にならない理由は、この最終的な家計消費が伸びないことが理由です。

と指摘していますが、安倍政権が求める最低賃金引き上げは、B路線に沿った望ましいものと評価できるでしょう。

www.sankei.com

ケインズの分析で考慮されていない点も忘れてはなりません。特に重要なのが海外投資です。

「経済政策」はこれでよいか―現代経済と金融危機

「経済政策」はこれでよいか―現代経済と金融危機

ケインズが、有効需要政策を採るなら国際資本移動の面にある程度の障壁を考えていたことを忘れてはならない。

政府が景気対策を打ち、その結果、企業は経営に余裕が出ると、投資のより多くが海外にという傾向になる。

このことはマクロ経済政策としては、海外に投資される分が有効需要として海外に漏れるということであり、有効需要の減少を意味する。

もしケインズが生きていたならば、市場万能、グローバルな経済に対して、制度、習慣の違いを重視していきながら、競争と調和とを妥協させていくという考え方に動いていくだろう。

21世紀に入って、対外直接投資は大きく増加しています。

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最低賃金ではB路線の安倍政権ですが、グローバル化の推進など、全体としてはA路線色が強いことは間違いありません。そうすると、企業の過剰貯蓄が賃上げではなく海外投資に向かう経済全体にとっては望ましくない事態が進みかねません。*2

ケインズは①②の政策を追求しなければ、

諸資源の慢性的な過少利用の傾向が生じ、最終的には社会体制は弱体化し、破壊されるにちがいない。

と予測していましたが、企業の海外投資を抑えてでも賃上げ・家計消費増加を促進する経済政策を採れるか否かが、日本社会の命運を分けることになりそうです。*3

おまけ 

クルーグマンですが、「流動性の罠においてはマネタリーベースを増やしてもマネーストックは増えないことを予見していた」と、相変わらず自分の先見の明を誇っています。論点をすり替えているようにしか見えませんが。

http://krugman.blogs.nytimes.com/2015/11/21/are-banks-europes-problem/

http://krugman.blogs.nytimes.com/2015/11/22/vsps-and-the-case-of-the-disappearing-bpea/

*1:強調は引用者。

*2:一種のストロー現象が生じて、活力のある部門が海外に逃げ出し、国内の活力が失われる恐れがあります。「業績が傾いた企業から優秀な人材が逃げ出し、無能ばかり残る」や「産業が失われた地域から若者が大都市に流出し、高齢者ばかりが残る」の拡大版です。

*3:多分、駄目でしょう。