(2015年11月17日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
仏パリのレピュブリック広場で、同市内で発生した連続襲撃事件の犠牲者を追悼するために置かれた花やメッセージ〔 AFPBB News 〕
国際政治では「文明の衝突」が最も目立つようになるだろうと故サミュエル・ハンチントンは予言した。1993年に最初に打ち出されたこの理論は熱烈な支持者を獲得してきたが、その中には好戦的なイスラム主義者も含まれている。パリで大量殺人の挙に出たテロリストらは、イスラムと西側諸国は避けられない死闘を繰り広げていると考える勢力の一派だ。
これとは対照的に、西側諸国の政治指導者たちはほぼ決まって、ハンチントンの分析を退けてきた。
米国のジョージ・W・ブッシュ前大統領でさえ、「文明の衝突など存在しない」と言い切った。
西側諸国の多文化社会――その大半で、イスラム教徒は大規模なマイノリティー(少数派)集団を形成している――における生活は、異なる信仰と文化は共存も協力もできないという主張への反論を日々提供している。
パリが攻撃された今、この中核的な考え方を再度唱える必要がある。ただし、リベラルな価値観を改めて主張する必要があるとしても、そのせいで冷静さを失い、世界を覆ういくつかの有害なトレンドを認識できなくなってはならない。
世界各地で台頭するイスラム主義強硬派
事実、今日の世界ではイスラム主義の強硬派が台頭している。しかもその現象はトルコやマレーシア、バングラデシュなど、かつては穏健なイスラム社会のモデルだと見なされていた国々でさえ観察される。それと同時に米国や欧州、インドなどでは、政界の主流派からも反イスラムの偏見が表出するようになっている。
こうしたことが重なって、「文明の衝突」という物語を押し戻したいと考える人々は、逆に脇に追いやられつつある。
パリで今回起こったようなテロ攻撃は、イスラム教徒とそうでない人々との緊張を、その狙い通りに高めていく。しかし、過激化を促進している長期的な傾向がこれ以外に存在することもまた事実だ。その中で最大級にたちが悪いのは、ペルシャ湾岸諸国、とりわけサウジアラビアが石油で得た収入を使って、不寛容な部類のイスラム教をイスラム世界のほかの部分に広めてきたことだ。
今ではその影響を東南アジア、インド亜大陸、アフリカ、欧州に見ることができる。マレーシアは以前から、イスラム教徒のマレー人という多数派と大規模な中国系マイノリティーが共存に成功し、かつ繁栄している多民族国家の例だと言われてきた。しかし、状況は変わりつつある。
隣国シンガポールのビラハリ・カウシカン元外務次官は、マレーシアでは「非イスラム教徒の政治的・社会的な居場所が大幅かつ継続的に小さくなっている」と指摘する。
さらに「過去数十年に及ぶ中東からのアラブの影響が、マレー版のイスラムを着実に侵食してきた・・・以前よりも厳格で排他的な解釈に置き換えられた」と付け加える。
また、ナジブ・ラザク首相の政権を揺るがしている汚職問題は社会の緊張を高めている。同政権が支持を取り付けるにあたり、イスラム教徒の利益を代弁するアイデンティティー政治を頼りにしているからだ。ある政務次官は先日、マレーシアを陥れようとするグローバルなユダヤ人組織の陰謀に野党が加担しているとまで述べていた。
世俗的な憲法を持つイスラム国家のバングラデシュではこの1年間、知識人やブロガー、出版社の社員などがイスラム主義過激派に殺害されている。キリスト教徒やヒンドゥー教徒、イスラム教徒シーア派への攻撃も増えている。
こうした暴力の大半はイラク・シリアのイスラム国(ISIS)やアルカイダによるものだ。しかし、マレーシアと同様にバングラデシュでも、湾岸諸国は教育資金の提供や出稼ぎ労働者が形成する人的なつながりを通じて、イスラム過激派の台頭に大きな影響を及ぼしたように思われる。
模範とされてきたトルコも様変わり
西側諸国ではずいぶん前から、トルコはイスラム教徒が多数派を占め、かつ世俗的な民主主義の確立にも成功している国の最高の事例だと多くの人が思っていた。ところがレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領の時代になって、宗教はこの国の政治やアイデンティティーの問題で以前よりもはるかに重要視されている。
英エコノミスト誌などはエルドアン大統領を「穏健派イスラム主義者」と評している。だが、2014年に発した「(西洋人は)友人のように見えるが、実は我々の死を望んでいる。我々の子供たちが死ぬところを見たいと思っている」という大統領の言葉には、穏健さなど微塵もない。
インドのナレンドラ・モディ首相はイスラム教徒について、これほど扇動的なことは言ったことがないが、長年、反イスラムの偏見と暴力を容認してきたと批判されてきた。首相に就任してから最初の数カ月間は、経済改革に集中することで、一部の批判派を安心させた。
だが、この数カ月は、同氏の率いるヒンドゥー民族主義政党・インド人民党(BJP)のメンバーが反世俗、反イスラムの発言を強めており、牛肉を食べたとされるイスラム教徒の男性のリンチ殺人が全国ニュースになった。
欧州では、パリのテロ攻撃の前でさえ、難民・移民危機が反イスラムの政党や社会運動の台頭を煽る一因となっていた。ドイツが中東からの難民に門戸を開放すると、こうした移住者の宿泊施設に対する暴力的な襲撃事件が増加した。フランスでは、来月の地方選挙で極右政党の国民戦線(FN)が大きく議席を伸ばすことが広く予想されている。
米国でも反イスラム主義的な発言が増えており、大統領選指名争いの共和党候補の間では当たり前になっている。共和党員を対象とする多くの世論調査でリードするベン・カーソン氏は、イスラム教徒が米国大統領になることは許されるべきではないと述べた。ドナルド・トランプ氏は、米国への入国を認められたシリア難民は皆、強制送還すると語った。
イスラム世界と非イスラム世界が入り混じる現実
北米、欧州、中東、アジアでのこうした展開が重なり、文明の衝突という考えを煽っている。だが、イスラム世界と非イスラム世界は地球全体で入り混じっているというのが現実だ。
多文化主義はナイーブな自由主義の願望ではない。それは現代世界の現実であり、うまく回るようにしなければならない。それ以外の唯一の道は、さらなる暴力と死と悲しみだ。
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