アフターヌーン・ガーデン
楽しんで読んでいただけると嬉しいです。
春の昼下がりの庭は、和やかな陽気と微かな小鳥のさえずりに満ちていた。
中央に置かれた白いテーブルの傍には、蒼い色彩をささやかに覗かせたアヤメが、列をなして植えられている。
「……お兄様、どうかなされました?」
ボーっとしていたのを見抜いたのか、向かいに座った妹が不思議そうに俺のほうの顔を覗き込んでいた。
「ああ、悪い」
体を正面に向けると、きょとんとした妹に軽く手を振って答えた。
「もう、せっかくのティーパーティーなんですから、楽しんでくれないと困りますよ?」
言いつつ妹はティーポットを傾けて、俺の席に置かれたカップにとくとくとアップルティーを注いでいった。
「ん、ちょっとな。考え事を」
「そうですか。……お兄様も大変ですね」
「そうでもねえよ。少なくともお前に心配されるほど苦労はしてねえな」
「何ですかそれ。私は杞憂なんてしてないつもりです」
童話の国の主人公のようなフリルの服を撫で付けて、妹は拗ねたように俺に目を向けた。
「お兄様がどれだけ苦労してきたのか、お父様たちよりも私が把握しているつもりです。だから、私がそばにいないとダメなんですよ?」
ブラコンなのか思いやりなのかは微妙なところではあるが、そこはずずっと紅茶をすすってスルーしておく。
空になったカップと入れ替わるように、そよ風が俺たちの間をすり抜けては草木を揺らしていく。少し遅れてさわさわとさざめきの音が返ってきた。
目ざとく飲み干した俺に気付くと、妹はまた丁寧に紅茶を淹れた。こういう気の効くところには俺も頭が上がらない。
そんなことを伝えてみると、「流石でしょう?」とフフンと鼻を鳴らされた。
「お兄様のお手伝いをするために今まで色々と使用人に教わってきたんですもの。文字通り血が滲むほどの特訓でしたよ?」
「可愛い顔で恐ろしいこと言うな。あといい加減キタさんのことは名前で呼んでやれ」
キタさんは俺と同居する年配のお手伝いさんだ。
「この家に置ける上下関係は絶対ですよ。お兄様を筆頭に、私と使用人が服従しているのですから。いつでも引導を言い渡す権利があるのも、お兄様だけですよ?」
「おれはそんな無理は言わねえよ。それより、あの本さっさと返してくれよ」
あの本、というのは俺が本屋で目を付けた新作のファンタジーである。
「も、もうちょっとお待ちください! あのストーリーはもう一度読み返さないと気が済みません!」
「お前、ホントラブコメには目がねえんだな……ったく、あのシリーズ購読しなくちゃならねえじゃんかよ」
メインは異世界での日常やバトルだが、実は主人公とヒロインのラブコメ展開の方が全体を閉めるキャパは多い。そして、この妹もまたそんな甘ったるいラブコメを嗜んで、否楽しみ尽くしているのだ。
「お、お兄様のお財布に負担を掛けているのなら無理をなさる必要はありません! 私だって引き際を弁えますよ!」
「いいって、別に。ちょうど俺もあのストーリーは気に入ってたしな」
何を、と妹に訊かれて、
「そうだな……なんて言うか、主人公が前向きだよな。俺はあそこまでピュアにはなれねえな」
「ピュアさは無くても、素晴らしい独特の価値観ならお兄様にありふれていますでしょう?」
「それ多分貶してるよな?」
フフッと笑われてしまっては、返す言葉も無い。
「それにしても、お兄様がファンタジーを読まれるなんて珍しいことですね?」
ぎくりと肩が跳ねていた。
「あー……まあな」
「――さては、何か良からぬことでも?」
「だーっ、違う! 強ち間違ってないけど!」
ジト目で睨み付けられて、俺は観念したように口を開いた。
「……表紙だよ」
「あー、私を差し置いて二次元に走るんですか? 最低にも程がありますよ!」
「差し置くゆーな! てか差し置かない方法ってなんだよ!?」
そんなこんなでワーワー言い合いながら数分を擦り減らした。
折り合いは一番好きなシーンを言い合う所で収まった。
「ラストだな、やっぱり。今までのワクワクがすっと胸に収まっていく感じだったな、あれは」
「私は断然あの奇跡の瞬間です。もうあれは作為の欠片もない完璧なシーンでした!」
熱弁を振るう妹に適当に頷きを返しながら、黙って俺は白旗を上げるそぶりを見せる。
実はこのやり取りが自画自賛であるのは、また後の話だが。
話の種が尽きてきたところで、また新しい紅茶が淹れられた。アッサムは俺の好みであることを、妹はよく知っている。
とくとくと静かに注がれるのを見届けた後、味わうように僅かばかりに口に流す。旨い。
「……この日を迎えると、どうしても昔のことを思い出しますね」
「まあな。親父もお袋も俺のことはほったらかしだったしなぁ」
「……そんなのんびりとしていないで下さい」
「ん、まあそう言うな。どうせ思い出すなら、トラウマより笑い話のほうがいいだろ」
「でも……」
渋る妹の頭を軽く叩いてやると、ニッコリ笑って「それもそうですね」と返した。
今でこそ遠い過去とあしらえるが、当時は地獄絵図以外の何物でもなかった。
飯はロクに口に出来ないし、水すら取れずに瀕死になったことだってある。
高二になってまで育児放棄を食らうなんて想像もしなかった俺は、底知れぬ絶望感にただ沈むだけだった。
今でこそ和解してそこそこ連絡も取ってはいるが、一度生じた壁は見えなくなっても俺たちを無意識に区切っていた。
「いくらなんでも非常識なんですよ。囚人みたいに閉じ込めた挙句そのまま放置するなんて。……お兄様は恨んでいないのですか?」
「ああ、それは胸を張って言えるな。ていうか、もうその話はやめとこうぜ」
「じゃあ、気を取り直して乾杯しましょうか?」
「おう」
「それでは、お兄様の『50』回目の誕生日を祝って」
「「乾杯!」」
陽気に声を合わせて、カップをこつんとぶつけた。
俺は今でも、あの時から変わっていない。要は不老不死というやつだ。
気味悪がられた末に捨てられた。俺自身が無理もないと思うのだから、恨む道理は何処にもない。
この「妹」と出会ったのも、12年前のことだ。
家系で言えば年の離れた姪に当たるわけだが、分け合って俺とお手伝いさんの住むこの家に移り住んできた。理由が――俺と似ていたが故に。
「お兄様」
「なんだ?」
「今日は天気がいいですね」
「天にも味方されてんのかもな」
そんなやりとりは、穏やかな春風にそっと流されていった。
作中で登場した「天空のラグナロク ~異世界ほのぼの冒険記~」もよろしくお願いします。
閲覧ありがとうございました!!
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